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窓口係は世界最強  作者: キミマロ
第一章 窓口係のお仕事
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第十九話 覚醒と隠ぺい

 心が穏やかになるような、満ち足りた感覚。

 全身を、尋常でないほどの力が駆け巡っている。

 とっさに手を見れば――燃えていた。

 かつて見たオウカやシャルリアのように、蒼い炎が吹き上がっている。

 これが――幽気の力か。

 使うのは初めてだが、しっくりと体になじんでいた。

 ずうっと昔から、使い続けて来たかのようだ。


「……やれそうだな」


 幽気の力は、気の数十倍。

 リューネさんが言っていた言葉は、ハッタリなどではなかった。

 近くに落ちていた小石を、軽く指先で押す。

 硬いチャート質の石が、あっという間に砂に変わった。

 あくまで感覚的にだが、今の俺の力は軽く以前の二十倍にはなっている。


 未だにギルドやその周囲の建物を壊し続けている土龍。

 改めてみると、その巨体はさきほどまでより不思議と小さく見えた。

 幽気に覚醒して、余裕が出来たからだろうか。

 ついさっきまでヒシヒシと感られた強烈な圧迫感が、ほとんど消失している。


「行くぞッ……!!」


 武器はない。

 己の肉体だけを頼りに突き進む。

 足を踏み込んだ瞬間、煉瓦が砕けた。

 周囲の景色が加速して、感覚が引き伸ばされる。

 一瞬。

 軽く三十メートルはあった彼我の距離が、瞬きするほどの間で詰められた。

 自分で自分の感覚を置き去りにした俺は、そのまま本能のままに拳を繰り出す。


「グギァッ!!!!」


 衝撃。

 拳が土龍の足にめり込む。

 先ほど剣を弾き返したことが嘘のように、強靭なはずの外皮が波打った。

 更にその一部が裂けて、どす黒い血が漏れ出す。

 咆哮。

 輝く爪が、俺を切り裂こうと迫る。

 身体を血に濡らしながらも、俺は宙に飛んでそれを回避した。

 高く高く、遥か蒼空へ。

 幽気によってもたらされた圧倒的な脚力が、俺の体を遥か上空へと引き上げる。

 気が付けば、建物の高さを軽く超えて土龍を見下ろすような場所まで来ていた。


「おっりゃァッ!!」


 重力に任せて自由落下。

 そして右足を伸ばすと、幽気と位置エネルギーを一点に集中させる。

 かかと落とし。

 土龍の額に、靴底が激しく衝突する。

 衝撃波が発生し、大気がどよめく。

 周囲の窓がジリリと震えた。

 かかとが固い何かを貫き、柔らかく暖かな何かに包まれる。


「ギィアアアァッ!!!!」


 断末魔。

 身体全体が震えるような大絶叫が、周囲に響き渡る。

 だがそれにひるむことなく、さらにもう一発。

 横顔に強烈な一撃を貰った土龍の体が、グッと横滑りする。

 牙が折れて、口からぼろりと落ちた。

 黒鉄の巨体は大きく傾いて倒れると、そのまま起き上がらない。

 今の一撃が、完全に致命傷になったようだ。


「我ながら、こりゃやべえな。まるっきりチートじゃねえか」


 Aランクの冒険者たちが、手も足も出なかった土龍。

 それに、いともあっさりと勝つことが出来てしまった。

 これが幽気の力。

 あまりの凄さに自然と身が震える。


「注意しないとな。こんなの、広く知られたらまともに生きていけねえや」

「大丈夫かいなッ!?」


 壊れたギルドの入り口から、リューネさんが出てきた。

 彼女は渇いた笑いをこぼす俺と倒れた土龍の姿を何度か見比べると、大体の事情を察したようにうなずく。


「どうやら……完全に幽気に覚醒したようやなあ」

「……ええ」

「怖いんか? 自分の力が?」

「ちょっと、驚いてます。まさか、これほどだったなんて……」


 俺がそう答えると、リューネさんはどこか影のある笑みを浮かべた。

 その瞳は優しく、普段は感じられない年長者としての落ち着きがある。


「誰でも、最初はそうや。私もそうやった。なんとなく、自分が自分でなくなってまったような感じがするんやろ? でもな、幽気っていうのはれっきとした自分の力や。自分の心が生み出す力なんや。安心しいや、絶対に悪いもんやあらへんから」

「そうでしょうか?」

「そうや。まあ、少しずつ慣れていけばええよ。…………しっかし、覚醒したてにしては派手にやってくれたもんやなあ」


 腕組みをしながら、唸るリューネさん。

 何せ、怪獣サイズのSランク魔物だ。

 これだけのものを倒したとなれば、大騒ぎになる。

 当然、誰が倒したかなども話題になるはずだ。


「まさか、そのままラルフ君が倒したなんて発表するわけにもいかへんし。私も、表向きは事務方のトップってことで弱いことになってるからなあ」

「そうなんですか?」

「だって、こんないたいけな女の子が強いなんておかしいやろ?」


 そういうと、リューネさんはキラッと目を輝かせてウィンクをした。

 おいおい、五十過ぎの人が一体何を……。

 思わず突っ込みたくなったが、すぐさま言葉を飲み込んだ。

 土龍よりもさらに恐ろしい怪物を、彼女の背中に見た気がしたから。


「まあ、とにかく。こいつ、どうすればええんやろなあ。通りがかりのS級がフラッと倒した……なんてのもおかしすぎるし。扱いに困るわァ。それにこれだけの龍や、素材も相当な額になる。ラルフ君に報酬を渡すにしても、上手く誤魔化さなアカンし……」

「あの! だったらひとつ、提案があるんですが」

「お、言うてみ?」


 本当に困っているのだろう。

 リューネさんは俺の言葉に、興味津々とばかりに食いついてきた。

 俺は近くに倒れている『黄昏』のメンバーを見やると、唾をのむ。


「今回の件で、俺は『黄昏』のみなさんにお世話になりました。彼らがいなかったら、被害はもっと出ていたと思います。だから……今回の土龍討伐は、彼らの手柄ってことにしませんか? 素材も報酬、彼らのものと言うことで……ひとつ」


 俺の提案に、リューネさんは石化した。

 やがて彼女は口を裂けてしまいそうなほど開くと、叫ぶ。


「う、うそやろッ!? 報酬と素材、合わせて軽く数億ジュエルにはなるで! もし、黄昏が土龍を討伐したってことにしたら、それをぜーんぶ譲ることになるんやで!?」

「まあ、それで秘密が守られるなら。それに俺、そんなに大したことはしてませんから。覚醒したのも、ほんと偶然で。いくらなんでももらえませんよ、そんなに」


 あははっと後頭部を掻く俺。

 リューネさんは俺に詰め寄ると、怖い顔をしてもう一度尋ねてくる。


「ほんとのほんとにいいんやねッ!? 確かに、ギルドとしてはその方が自然に処理出来て助かるけれども……。一度処理してもうたら、戻すことはできんよ? あとから金が欲しい言われても、渡されへんのよ?」

「ええ、わかってますよ。というか、どんだけ俺は守銭奴って思われてるんですか?」

「……何となくそんな感じがしたし? ラルフ君って、絶対にもらえるものは貰っておこうって感じやん?」

「そりゃ、酷いですよ! 今回は違います!」


 リューネさんの瞳をまっすぐと見つめ返す。

 そのまま、動きを止めることしばし。

 静寂の中で俺の本気を悟った彼女は、やがて、くたびれたように息をつく。


「……わかった。それなら、そのように処理させてもらうわ。けどそうなると、今度は黄昏の方が大変やな。実力以上にランクが上がってまうし」

「だったら、黄昏の皆さんが頑張っているうちに土龍が倒れたなんてどうです? ドラゴンだって、病気になりますよ」

「この傷で?」

「魔物の生体に詳しい組織なんて、ギルドくらいですよ。だからギルドがそういえば……」


 そこまで言ったところで、リューネさんがニタアッと目を細めた。

 彼女はからかうように、俺の肩を小突いてくる。


「ラルフも悪やなあ……。それなら、そういう風にするわ。さっそく、『都合のいい獣医』の手配をせんと」


 そういうと、すっかり壊れてしまったギルドの建物を眺めるリューネさん。

 その表情は、いつになく寂しげだ。


「せっかく準備をしてもろうたけど、これじゃパーティーは無理そうやなあ」

「……ですね。シャルリアにはなんて言いましょう?」

「わがままそうに見えて、あれで結構聞き分けのいい子や。せやけど、残念やわ……」


 しょんぼりとした顔で腕組みをすると、リューネさんはがっくりと肩を落とした。

 彼女自身も、何だかんだでこのパーティーを相当に楽しみにしていたのだろう。

 背中から、何とも言えない哀愁のようなものが漂っている。

 終電を逃したオッサンのような雰囲気だ。

 ここは、何とかしてあげたいところだ。


「そうだリューネさん。料理の方は無事ですか?」

「そうやねえ、土埃が入ってダメになっとる奴も多いやろうけど……少しは食べられると思うで」

「だったら、寮の方に料理を運んでパーティーしませんか? 冒険者の人は誘えませんけど、身内だけでも」


 俺がそう提案すると、リューネさんの顔が一気に華やいだ。

 彼女はグッと親指を挙げると、瞳を輝かせる。


「ナイスや! よし、そうと決まったらさっさと事後処理を済ませるで! 急ぐんや!」

「はいッ!!」


 こうして、俺とリューネさんは全速力でギルドの中へと戻った。

 今宵の宴を、楽しみにしながら――。


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