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窓口係は世界最強  作者: キミマロ
第一章 窓口係のお仕事
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第十八話 戦う理由

 『黄昏』は、Aランクの中でも上位の実力を誇るパーティーである。

 新メンバーであるベロノアも、ドラゴンを討伐したこともある実力者だ。

 飛竜程度であれば難なく退けるであろうし、並大抵の魔物には勝てる。


 だが、いま目の前に現れた土龍は伝説とすら呼ばれるドラゴンだった。

 大地の圧力に耐えるため、鋼よりも固く発達した外皮。

 岩盤すら容易く切り裂いてしまう爪。

 そして、わずかな震動だけを頼りに敵を察知する鋭敏な感覚器官。

 全てが高い次元で備わっているこの生物は、間違いなくS級――魔物たちの頂点に存在する。


「ちッ! こいつはヤバいぞ……ッ!」

「こんなのが居たのか……!」


 悲鳴染みた声を漏らす俺たち。

 土龍の顔が、ゆっくりとこちらへ向けられた。

 長い進化の間に退化し、落ち窪んだ穴と成り果てた目が、冷徹にこちらを射抜く。

 これがドラゴン。

 これがS級。

 気配を感じただけで、全身が寒々とする。


「来るぞッ!! 全員、散開ッ!!」


 振り落とされる爪。

 硬いレンガが敷き詰められているはずの道路が、あっさりと砕けて土が吹きあがる。

 散開して周囲を見渡した俺は、思わず舌打ちをした。

 まだ、現場周辺にかなりの数の市民が残っている。

 突然のことに、尻餅をついている人も居た。


「おい、窓口ッ! いますぐみんなをここから逃がしてくれッ!!」

「分かりました! ベロノアさんも早く!」


 怪我をしているベロノアを、市民たちと共に逃がそうとする。

 だが彼女は、差し出された手を振り払ってしまった。

 そして背負っていた大剣を、勇ましく構える。


「ベロノアさん! 今のあなたじゃ無理ですッ!」

「無理だろうが何だろうが、やるしかないだろうが!」

「しばらく待てば、他の冒険者たちも来ます! それまで逃げ――」

「嫌だね! 私はもう、逃げたくないんだ!」


 明らかな拒絶。

 あまりに冷たく、そして強い言葉にとっさに反論が出来なかった。

 呆然とする俺の前で、戦いが始まる。


「行きますッ!!」


 まず、メンバーのうちの一人が弓を構えた。

 緑色の長髪を風に流した、若干気障な雰囲気の男である。

 彼は指に三本の矢を挟んで持ち、次々と番えては放つ。

 独特の風切音を鳴らしながら、弧を描いた矢が流星が如く降り注いだ。

 流し込まれた気によって強化された矢は、命中すると同時に爆発。

 黒鉄の外皮の上で、炎が次々と華を咲かせる。

 響き渡る爆音。

 しかし――貫けない。

 鉄板に石を投げてぶつけているようなものだった。


「ガララァッ!!」


 効いてはいなくとも、うっとおしいとは感じたのだろう。

 土龍は背を向けると、尾でもって射手を薙ぎ払おうとした。

 その一撃を今度は、盾を構えた巨漢が防ごうとする。

 身の丈二メートルはあるだろうか。

 構えられた盾は途方もなく大きく、城壁のようだ。

 しかも、青光りする刺が無数に生えている。

 並の魔物ならば、逆に返り討ちだろう。


「ふぬッ!!」


 巨大な土龍を相手に、巨漢の男はどうにか持ちこたえて見せた。

 自身と盾を限界まで気で強化し、さらに盾の先端を煉瓦の隙間に埋め込むことによって、尾の一撃を堪えたのだ。

 何という力だろう!

 信じがたい光景に、俺は思わず見入ってしまった。

 だがそれも一瞬。

 派手な音を出して刃がすべて砕けると、盾の本体も真っ二つにされた。

 その余波で巨漢と射手の二人はまとめて吹き飛ばされ、近くの建物に叩きつけられる。


「ルーサー! ガインッ!!」

「クソ、一瞬で半分やられちまったッ!!」


 『黄昏』は冒険者四人のパーティー。

 よって残るは、リーダーのゴーダさんとベロノアだけだ。

 ゴーダさんはベロノアの前に立つと、勇ましい雄叫びを上げる。


「この化け物がッ! 俺が相手だッ!」


 剣を低く構え、強烈な蹴りを大地に繰り出す。

 残像。

 ゴーダさんの体が、白い閃光となって疾走する。

 瞬く間に土龍との距離を詰めた彼は、強烈無比な突きを繰り出した。


古き鋼の煌めきリヒトシュラールッ!!」


 サーベルの先端が、土龍の外皮を穿たんとした。

 ドンッと、大砲でも放ったかのような重低音が響く。

 衝撃が音の波となって、こちらにまで伝わってきた。

 しかし、地底の超高圧にも耐える外皮はその攻撃を受け付けない。


「うごァッ!!」


 振るわれた尾の一撃。

 大技を放って動きが鈍っていたゴーダさんは、その一撃をまともにくらった。

 白銀の鎧が凹み、身体が紙っぺらのように宙を舞う。

 やがて近くの建物の壁に叩きつけられた彼は、口から血を吐いた。

 それを見たベロノアは、いよいよ顔つきを険しくする。


「良くも……!」

「待て……やめろ……!」

「そうです、ここはいったん逃げましょう! その怪我じゃ、無理です!」

「何だよ無理無理って! 兄ちゃん、あんたには失望したぜ! そんなに弱虫だったなんて、知らなかったッ!」


 そう吐き捨てると、ベロノアは一気に飛び出していった。

 剣を高く掲げ、さながら戦乙女のように駆け抜ける。

 風が吹いた。

 それに背中を押されるようにして、ベロノアは宙へと飛び、高みから剣を振り落す。


緋色十字ロートクロイツッ!!」


 紅い閃きが十字を刻む。

 爆発。

 煙が舞い上がり、ベロノアの体が白い中へと消えた。

 土龍の巨体が、わずかに揺らぐ。

 だがそれだけ。

 土龍はまるで蚊を叩き潰すかのように、爪を振るう。

 ベロノアは後ろに退いてどうにかそれを避けたが、着地した瞬間に膝を抑えた。


「クソ、こんな時に……! かはッ!!」


 ベロノアは苦しげな表情を浮かべると、わき腹を抑えた。

 その額には脂汗が滲んでいた。

 先ほどの大技は、身体にかかる負担が大きすぎたのだろう。

 気の流れが大きく乱れてしまっている。


「ベロノアさんッ!! 戻ってッ!!」

「ふん、誰が! 私はこの身が動かなくなるまで戦い続ける!」

「どうしてそこまで!」

「あんな奴が、ここで好き勝手するのを見てられないだけだよ! ほら、見てみな!」


 ベロノアさんがそう言った途端、土龍の爪がギルドの建物に当たった。

 壮麗な大建築が、なすすべもなく崩れていく。

 柱が倒れて、渇いた石の欠片がこちらまで飛んできた。


「悠長なことを言ってたら、何もかも壊されちまう! そんなの、もう御免なんだ!」

「だからと言って……」

「あんたは守りたくないのか!? ギルドを、みんなの居場所を!」


 そういうと、膝に手をやりつつも再び立ち上がるベロノア。

 彼女はふらつきながらも大剣を構えると、土龍を睨みつける。

 その瞳は、その瞳に宿る光は――まったく闘志を失っていなかった。

 ボロボロになりながらも、彼女はまだ勝つつもりでいる。

 傷だらけの肉体に宿った黄金の心は、まだまだ折れないでいるようだった。

 何て美しい姿だろう。

 思わず、息をのみそうになる。


 その時だった。

 壊れたギルドの建物から、ひらひらと何かが飛んでくる。

 やがて俺の前に落ちたそれは、大きな横断幕だった。

 食堂に飾られていた「お誕生日おめでとう!」と書かれていたものである。


「くッ……」


 心に響く何かがあった。

 ギルドで繰り広げられていた、楽しい日常の風景が脳裏によみがえる。

 いま他の場所で戦っている、ヘレナにミラ、そして誰よりもシャルリア。

 みんなみんな、ギルドに帰ってパーティーをするのを楽しみにしているはずだ。

 この居場所に戻って、また元のような日常へと帰りたいはずだ。

 そこをこんな怪物に壊されるわけには……いかねえ!


「…………ベロニアさん、少しおとなしくしていてください」

「はあ? ……うッ!」


 ベロニアさんの首筋に、手刀を食らわせる。

 一瞬で意識が飛んだ彼女は、すぐにその場に倒れた。

 それを近くの建物の壁際まで寄せると、周囲を確認する。

 市民たちはすでに非難が完了し、人気はない。

 他の黄昏のメンバーたちも全員が意識を手放していた。

 残るは俺と土龍のみ。

 これならば、存分に戦える。


「来いよ、爬虫類。叩き潰してやる」


 覚悟を決め、キレた俺の拳には――蒼い炎が灯っていた。

 シャルリアやリューネさんと同じ、蒼く静かに燃える幽気の炎が。


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