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孤独の音
孤独の音《1-2》
 暗い暗い道をゆらゆらと浮かんでいる。
 正確には誰か(・・)の腕に抱かれ、どこかへと運ばれていた。
 それがどこか…そんなこと知る由もなくて、重く沈む意識の淵でただ漠然と“僕は死んだのかな…”なんて人ごとのように思っていた…。

 不意に頬を風が掠めていく。
 その気配に驚いて彼は閉じていた眼を開けた――。

「―っつ!?」

 視界に広がるは水面と満開の花々と、そして手の届きそうな位置にある低い空。辺りには風に巻き上げられた花弁が踊り、そっと水面に波紋を写した。

「ここは…」

 そう呟いた自分の言葉に驚く。
 先程までは確かに耳も聞こえず、声を出す事も叶わなかったはずなのに…。それが今は何事もなかったかのように行える。その事実が怖かった。

「気づいたか―」
「…っ?」

 背後の方で聞こえた声に、彼は振り向く。
 その様子は慌てるでも、動揺するでもなく冷静で落ち着いていた。

「ようやく眼を覚ましたか―」

 声の主に視線をやると、まるで公園のように開けた場所がある。揺れる木々、葉の隙間から洩れる木漏れ日。そしてその木陰のベンチには、あの時最期の一瞬に見た場違いな―少年―の姿があった。綺麗な黒髪を風になびかせた美少年ともいえる面立ちに、伏せ眼がちな冷たい瞳、少し酷薄な笑みを刻む唇。彼からは冷めた印象しか受けられない。そしてその傍らには、同じ顔をした人物がもう一人。こちらは意思を映さない瞳に、長い銀髪を緩やかに遊ばせ、なんとも印象に残らない感じの子供だった。

「君たちは?」

 彼は尋ねる。
 その言葉に、酷薄な笑みを刻んだ少年がフッと眼を細めた。まるで軽蔑するように…。

「名乗りは自分から…だろう?」
「あっ…」

 なんとも億劫そうに少年は告げる。
 確かに“人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るものだ”なんてよく言うけれど、少年の言い方には抵抗がある。もう少し言葉を選んだほうがいい。むしろ“愛想”というモノを学んだほうがいいのではないかと、お節介ながらにも思ってしまう。

―僕の方が年上だよね…。

 相手はどう見ても―幼い少年。それに引き換え自分は中学を今年卒業する身分だ。

―もっとも生きていたらだけれど…。

 得体の知れない相手に名乗る事に少々気が引けるが、名乗らなければ話が先に進まない気がする。なぜなら眼の前の少年はそれ以上の会話をするでもなく興味も薄そうに傍らの長い銀色の髪を弄んでいるのだから…。

「僕は駆城 瑠衣(くしろ るい)…君は?」

 渋々、けれども少しだけ微笑みを向けると瑠衣は名乗る。そして少年の言葉を待った。

ライ(・・)だ」

 視線を向ける事もなく、微笑み返す事もなく、彼―ライ―はただ傍らの人物に視線を向けたまま応える。愛想もへったくれもない、なんて礼儀のない子供だろう…。瑠衣は思わずそんなことを考えた。そして、それを見透かすように少年は鼻先で笑う。

「お前は馬鹿か?」
「っ!?」
「可笑しくもないのに笑い、自分を繕い何になる」
「何って」
「自分を誤魔化すつもりなら、こんなところに来るな」

 瑠衣に反論の余地を与えずに、ライはけたたましく捲し立てる。一体彼の何処にこんなに言葉が詰まっていたのか…そう思えるほど彼の口は雄弁だった。

―何が…言いたい?

 瑠衣は躊躇いながらも彼の言葉の意味を探る。冷たい眼差しが真っ直ぐに向けられ、見られているという事実が、胸の鼓動を速める…彼が危険な存在に思えた。そして…。

「まぁいい。とにかくお前の身柄は預かる。それが()の願いだ―」
「奴って…?」

 分からない事ばかり言う彼に対し、瑠衣は怪訝そうな表情で尋ね返す。一体何の話をしているのか…出来る事ならばきちんとした説明が欲しい。生憎、それは叶いそうにないが…。

「話は本人に聞け。もっとも、見えたら(・・・・)の話だがな」

 癪に障る口調に瑠衣は思わずムッとなる。どうしてこう頭にくる言い方をするのだろうか。隣に座るもう一人の人物は口を開く気配もなく、ただ遠くを見つめている。その様子に同じように辺りに視線を彷徨わせた。

―ここは何処?

 見た事もない景色に、見た事もない場所。
 知っているモノは何一つないのに、不思議と“怖い”とは思わなかった。

―僕はココを知ってる?

 心が落ち着く感覚。
 安心して眠れる場所に出会えたような安定感。不意に涙が一筋頬を伝う。

「何故泣く」
「えっ…?」
「何が哀しい?」

 ライの顔を見ると、彼はとても不思議そうに眼を細めている。自分の頬に流れる滴を拭い瑠衣も自分に問いかけた。何故泣いているのかと…。

―涙なんて必要ないのに…。

 今も鮮明に思い出せるは“紅い記憶”―。
 憎しみと怒りと、大切な人を守りたい一心で行った罪。それが頭の中から離れない。あれは現実で、この手は紅く血ぬられていて…。

―僕は汚い…。

 いつの間にか綺麗になっていた手や服、顔にあれが現実(・・)の事だと証明するものはない。まるで嫌な夢でも見ていたのではないかと錯覚するほどに、今が穏やかだった。

―でも、事実は変えられない。

 胸に重くのしかかるこの気持は変わらない。充実感も失くしたくはない。それが“罪”なのだとしても…。

「好きにすればいい」

 まるで心を読み取ったようにライが口の端を上げる。その視線は下に落とされているが、言葉は瑠衣に向けられたものに違いなかった。その事に少しだけ眼を丸くする。
 初めて彼に微笑まれたのだ。その意外な事実は瑠衣を驚かせるのに十分だった。

「…ありがとう」
「…っ?」
「……」
「…礼を言われる筋合いはない」

 ライが伐が悪そうに眉根を寄せる。不機嫌を思わせるようなその表情は、彼なりの照れ隠しなのだと知るのに、時間はそうかからなかった。

 
 不思議な少年―ライ―と、不思議な空間が、瑠衣を優しく包みこんでいた――。
性格悪いのが登場です(笑)←えっ?
ようやく、この話の鍵になる人物”ライ”が登場しました。
…ほんとに救いようの無い”腹黒さ”!!!

塁の名前も”瑠衣”表記になってますが、これが彼の本当の名前になります^^
まだまだ序の口な出だしですが、頑張ります^^;
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