ハードボイルド昔話
遠くさざめく潮騒。
果てなく続く砂浜。
それを眺めながら、俺は懐から愛飲のLSを取り出した。
「ラスイチか……」
独り言をいう癖だけは、なかなか直らない。
浜風は強い。ジッポの火が消えない様に左手で風を遮り、煙草に火をつけた。
深呼吸をするときのように煙を深く吸い込むと、後頭部に鈍い痛みにも似た刺激が走る。俺はこの瞬間がたまらなく好きだ。
もう一度、同じ痛みを味わおうと煙を吸いかけた時だ。
「離して! 離して下さい!」
声のした方に目をやる。俺は舌打ちをして、火をつけたばかり最後の一本を揉み消した。
「おい、手前ぇら。俺の浜で好き放題に何はしゃいでやがるんだ」
街では見かけないガキどもだった。少し脅せばケツを捲ると思ったが、リーダー格らしい若いのが、
「失せな、おっさん。あんたにゃ用は無いぜ」
なんて粋がった口を叩きやがったもんだから、間髪入れず一発、平手で耳を叩いてやった。鼓膜の一枚で済めば、安いもんだろう。
悲鳴を上げて砂浜に膝を突いたリーダーに、俺はマネーグリップに挟んでおいた数枚の万札を握らせた。
「治療費だ。取っておけよ。それ持って、さっさと失せな」
リーダーは片手で耳を押さえながら万札を受け取り、「ちっ、相手が悪いぜ。出直しだ」と、仲間のガキどもに言い、逃げ出すようにして立ち去った。
ガキどもの姿が見えなくなってから「おい、あんたも早く帰んなよ」と、女に声をかけた。だが、彼女は浜辺に座り込んだまま震えが収まらないようだった。
長居をする理由は俺には無い。軽く溜息を吐き、女に背を向けた。
「お待ち下さい。助けて下さってありがとうございます。どうか、お礼を……」
「気にすんな。浜を汚すヤツが許せないだけだ」
「せめてお名前を!」
「浦島だ……浜の仲間たちは、俺を太郎と呼んでいる」