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第6章

 ところで、僕がクーパーと組んで名探偵ごっこをしている間、家では大変な出来ごとが起こっていた。いや、僕の目には極めてくだらない、とるに足りないことなのだけれど、当事者たち――美月と松平――にとっては一大事件のようだった。

 松平はいつものように僕の家へ遊びにきたのだが、あいにく僕はクーパーと散歩に出かけていて留守だった。当然、僕が父さんの浮気調査をしてるなんて知らない母さんは「すぐ戻ると思うから、二階に上がって待っててちょうだい」なんて言ったわけだ。

 僕と美月の部屋の構造は、美月の部屋のほうが戸口側で、真ん中のカーテンを引いた奥のほうが僕の部屋になっている。ゆえに、カーテンを閉じるとそこは密室状態になるわけで――行儀のいい松平はたぶん、僕になんの断りもなくゲーム機のスイッチを入れるのは悪いと思ったのだろう、大人しく漫画を読みながら僕が帰るのを待っていたらしい。

 そしてそこへ我が家のお嬢さま、プリンセス美月がやってきた。麗しのプリンセスは馬鹿な兄貴は散歩で留守中だと知っていたので、いつものようにアホくさいファッションショーをやりはじめた。 しかし、実に間が悪いことに、彼女がその日着ようと思っていたのは、おニューの水着だった。

 隣の部屋からガサゴソいう音がするのを聞きつけた松平は、僕が帰ってきたものと思い、勢いよくシャッとカーテンを開けた。

「きゃああああっ!」

 美月はその時上半身裸で、真っ平らな胸を松平に見られたと、まあこういったわけだ。


「なんだか可哀想だったわ、松平くん。耳まで真っ赤にしてね、「僕が悪いんです。ごめんなさい」って言って帰っていったわ」

 母さんは食卓テーブルに夕食のおかず――サラダやヒレカツなど ――の皿を整えながら、溜息を着いた。

 美月は我が家の男ふたりの前でデリカシーのない話をされたと感じているのか、死ね、とばかりにグサリとトンカツを突き刺している。

「あんな人、ちっとも可哀想なんかじゃないわ。可哀想なのはこのあたしよ。恥かしくてもうお嫁にいけないわ」

「じゃあ、松平くんにお嫁にもらってもらうか?」

 父さんが僕に目配せしつつまぜっかえすと、美月は烈火のごとく怒りを炸裂させた。

「もういい!お父さんもお母さんも、娘が大切な裸を見られたのに、そんなことどうでもいいんでしょ!あたしはあんなえっちなのぞき魔となんか、絶対絶対ぜええったい、結婚したりなんかしないんだから!」

(松平のほうだって、ごめんだろうよ)と僕は言いかけたが、これ以上何か言うと妹が泣きだすと思ったので、黙ってトンカツを口に運び続けた――うん、美味しい。

「ほら、みづきもみずほも、もっとたくさん野菜を食べなさい。それとみずほ、ごはん食べ終わったら、松平くんに電話してあげて。べつに気にしないで明日もうちへ遊びにいらっしゃいって」

「……あたし、キャンプにいかないから」

 美月が押し殺したような声で呟く。

「あんな人とキャンプにいくくらいなら、クーパーと留守番でもしてたほうがまだましよ!」

 箸を投げ飛ばさんばかりの勢いで置くと、お膳を下げることもなく、好物のヒレカツも残したままで、美月は二階へ上っていった。「あんなナインペタンな胸、見せられた松平だって迷惑だよなあ」

 ごはんをかきこむ僕を、母さんがメッ!という目つきで睨む。もちろん美月の前で同じ科白を言うほど、僕は命知らずではない。

「だからさ、べつに気にするなって。そりゃ故意に風呂場の窓をのぞいたっていうんならさ、変態と言われようとなんと言われようと仕方ないかもしれない。でもあれは事故だったんだからさ、気にしないで明日もうちに遊びにこいよ。美月も意識してるみたいだから、明日はミカちゃんちにでもいくだろうし……うん。うん……」

 せっかく僕が松平を説得しかけてたのに、廊下で話を聞いていた美月が大声で、

「いったい誰が意識してるってのよ!」

 と怒鳴ったのが受話器の向こうまで聞こえてしまったらしい。

「あのさ、カイ。悪いんだけど俺、やっぱりキャンプには一緒にいけないよ。もし美月ちゃんの胸を見たなんて平野に知られたら、首しめられて殺されるかもしれないしさ」

「おまえねえ……」

 いつもは堂々として男らしい松平が、まるで彼らしくなくオドオドしている。べつに彼は平野の怒りを怖れているというわけではない。ただ美月と顔を合わせて気づまりな思いをするのが嫌なのだ。「まあとにかく、あんなハンカくさい妹のことは気にするなよ。松平がいかないって言ったらたぶん、井家くんだっていかないって言うだろうし、そしたら結局みんないかないってことになっちゃうだろ。この企画は井家くんが夏休みにどっかいったことないって言ってたから、僕が無理に母さんに頼むことにしたんだからさ。うん… …そうだよ。井家くんをがっかりさせないためにも、キャンプにはみんなでいこうよ」

「うん、わかった。よく考えてみたら本当にそうだよな」

 いつもの松平らしく、力強い語調に戻ってきたのを聞いて、僕は少しほっとした。やれやれ。あんなまな板みたいにぺったんこな胸のせいで、二時間半も長電話をすることになろうとは。


 キャンプ当日は、とても澄々しく晴れ渡っていた。母さんもこの青空と同じくらい、すこぶる上機嫌で――僕から話を聞いた父さんが、のらくらした態度を改めたためだ――最高のキャンプ日和になりそうな予感がした。

 父さんは運転席に乗り、助手席には美月、後ろに僕と母さん、そのまた後ろに井家くんと平野、松平という席順だった。最初は母さんが助手席に乗る予定だったんだけど、美月が後ろの席は絶対嫌だと言い張ったので、このような席順となった。

 砂湯までの二時間ばかりの時間、僕はほとんど後ろを向いて、みんなと話しこんでばかりいた。そしてサンドイッチやおにぎりやザンギなんかを食べ、父さんや母さんにはわからない、ゲームや漫画の話をして盛り上がった。

 ちなみにクーパーは隣の鳥の巣頭のおっさんに、三食エサを与えてもらえることになっているので、心配はまったくない。

 砂湯という場所は屈斜路湖くっしゃろこという湖のほとりにあり、その名のとおり砂を掘ると熱いお湯が沸きでてくる場所だ。八月のこの時期にはいつも、キャンプ場は大いに賑わっていて、湖の岸辺には水着姿のカップルや家族づれなんかが大勢いる。

 ちなみにここ屈斜路湖ではクッシーという怪獣が湖底に眠っているという伝説があるらしいけど、夢もロマンもないことに、松平も平野も井家くんも僕も、そのことを少しも信じていなかった。

「ネス湖のネッシーと兄弟だってところからして、あやしいよな」

「そうだよ。ネス湖には本当にネッシーがいるかもしれないけど、屈斜路湖のはただその噂に便乗したっていうだけなんじゃないかな。ねえ、父さんはどう思う?」

 ワゴン車から折りたたみ式のテントやコンロなどを取りだしている父さんに、僕は聞いた。

「うーん……そうだな。ここの湖のあまりにも青い青さをみてると、そういう生き物が住んでいてもおかしくないって、父さんはそう思うね。ここの湖に住む神さまが、そういう姿で現れたっていう可能性だってあるだろうし」

 およそ新聞記者らしくない見解ではあるけれど、子供たちはみな父さんの意見がとても気にいったようだった。父さんの指示の元、陸軍の兵士なみの従順さで、テントを手際よく張っていく。 その傍らで母さんや美月は調理器具を整え、早速とばかり、バーベキューの下ごしらえにとりかかっている。

 そして五人用の五角形のテントと三人用の三角形のテントを張り終えると、今度は火を起こすことになった。大抵の男の子っていうのは、この火を起こすっていう行為が大好きで――暫くはみんな、コンロを囲んでわいわいやってたわけなんだけど、美月が包丁で軽く手を切ったのを機に、その騒ぎは突然、雨が降ったみたいに鎮火してしまった。

 平野も松平も、お母さんが念のためにと持たせてくれた絆創膏を、リュックの中から急いで探しだしている。といっても、一番早かったのは母さんで、美月の左手の人差し指には、我が家の救急箱の絆創膏が貼られることになったのだけれど。

 でもその様子を見ていて、父さんも母さんも井家くんも、あることに気づいたみたいだった――つまり、平野は以前から美月に好意を持っており、松平のほうはそうでもなかったけど、つい先日のおっぱい事件で急に相手を意識しはじめたらしい、ということに。 それからも平野と松平は、水汲みだのなんだの、美月がしなければならない仕事に手と口をだし、彼女はモテモテぶりをひけらかすように、ふたりを下僕としてこき使った。

「そうね、水くみは松平くんにいってもらってもいい?あたしは平野くんと一緒に、お米をとがなくちゃ」

 つまり、それはこういうことだ。松平はただ水をくんで往復するだけの係。でも平野は美月と一緒に水飲み場までいって、彼女が米をとぐのにつきあう係。

「あらあら。うちのお姫さまったらモテモテね」

 三人が水飲み場のほうへ消えていく後ろ姿を、母さんは微笑みつつ見守っている。

「まあ、今のところ平野くんが優勢みたいだけど、これからどうなるのかな」

 助手の井家くんに火かき棒を手渡しながら、父さんは意味ありげな眼差しを母さんと交わしている。

 でも僕は、父さんや母さんとは微妙に違う見解を持っていた。確かに平野は、美月のことが好きなのかもしれない。でも松平はべつにそういうわけではないのだ。ただ彼は美月のぺったんこな胸を見てしまったという罪悪感から、彼女のことを手伝っているにすぎない。

 正直なところ、僕は車を降りた時点で、妹のことをどついてやりたくて仕方なかった。

 松平は車の中でもいつもより少し元気がなく、車窓の景色をぼんやり眺めていることのほうが多かった。そして彼はその間、自分がまずしなければならないことについて、ずっと考え続けていたはずなのだ。松平はキャンプ場に辿り着いて車を降りるなり、真っすぐ美月に近づいていった。

「美月ちゃん、この間はご……」

 でも妹は松平のことを無視し、母さんがバスケットやその他の荷物を降ろすのを手伝いはじめた。

「ねえ平野くん、そこにあるあたしのリュックとって」

 平野が後部席の荷物から、美月のキキとララのリュックをとりだす。

「優しいのね、平野くんて。どうもありがとう」

 松平と美月の間にあったことを何も知らない平野は、その魔性の笑顔にやられてしまったと、まあこういったわけだ。


 夕暮れ時の生ぬるい空気の中、バーベキューを囲っている間も、美月の松平に対する復讐は続いた。妹は父さんや母さん、また平野とばかり話をし――そして彼女が嫌いなタイプのはずである、井家くんにさえ優しくした。

「わたし、井家くんの妹と同じクラスなのよ。朋子ちゃんはちがうグループの子たちと仲良くしてるから、あんまり話をしたことはないけど」

「うん。妹も言ってたよ、なんでお兄ちゃんだけキャンプにいくのって。でもそんなにたくさん車に乗れないからって言っておいたんだ」

 肉や野菜の串があらかた片付くと、父さんがとうもろこしを焼きはじめた。特製のソースを刷毛でつけ、ひとりひとりに手渡していく。

「肉も美味しかったけど、さっきのいもだんごを焼いたのもうまかったよなあ。このとうもろこしも最高だし」

 井家くんが「うまい」とか「おいしい」という言葉をあまりにも連発するので、みんなそのたびに笑った。平野がそのあと井家くんの絵日記について教えてくれたところによると、どうも彼は「今日はカイくんちでおいしいチョコレートケーキを食べた」とか「カイくんちでサンドイッチとレモネードをごちそうになった」とか、そんなことばかり書いていたらしい。

 そして美月は井家くんに注目が集まることはまったく気にしなかったが、話が松平のことに及ぶと、突然冷たく態度を硬化させるのだった。

「松平くんはスポーツが得意なんですってね。サッカーとか野球とかドッヂボールとか……うちのみずほは勉強はわりとできるほうだと思うけど、スポーツはいまひとつだから、今度教えてやって」

 もちろん僕は母さんの意図に気づいていた――松平がひとり、元気なくしょんぼり食事している様子を見て、気になったのだと思う。「あら、お母さん。平野くんは野球部に入っていて一軍なのよ。すごいでしょ。小学三年生で一軍になれる人なんて、ほとんどいないって言ってもいいくらいなのよ」

「そう。平野くんもすごいのね。結構練習とか大変でしょう?」

「いやあ、べつに。自分が好きでやってるだけだから」

「そっか。野球少年がふたりもいるんなら、バットやボールなんかも持ってくれば良かったな」

 みんなの話に僕も時々混ざったりしてたけど、松平は聞かれたこと以外、ほとんど何も話したりしなかった。そしてそんな空気を早く終わらせたいように感じた僕は、テントの中から花火セットをとりだしてくることにした。

「早く後片付けをすませてさ、花火やろうよ」

 ねずみ花火に線香花火、ロケット花火にドラゴンスターなどなど、ビニールバッグの中には色々な火薬のお楽しみが詰まっている。

 食事前は夕焼け色だった空も、今は少しずつ闇の色を強め、どんどん藍色に染まってきていた。僕はビニールシートの上に花火セットの中身をぶちまけると、三人の友達とああでもないこうでもないと話し合いをしながら、それをほぼ五等分にした。

「お兄ちゃん、その水色のなんかよくわかんないの、ちょうだい」

「駄目だよ、これは。おまえには線香花火を多めにやっただろ」

「じゃあその分返すから、その水色のちょうだい」

「いやだね。大体さっきも井家くんからねずみ花火を二個も横どりしただろ、おまえは」

 美月の口許がへの字に曲がり、涙がうっすらと瞳に浮かんでくる。「美月ちゃん、俺のをあげるよ。でもそれ、火を点けたらすぐボボボッてなるから、気をつけたほうがいいよ」

「ありがとう、平野くん」美月がぱっと顔を輝かせる。「どっかの誰かさんとちがって、すごく優しいのね」

 たぶん松平は被害妄想的に「どっかの誰かさん」が自分のことだと思ったのだろう、色つきの煙がでる玉をふたつ、美月に手渡していた。

「他にも、好きなのがあったら持っていっていいよ」

 内心、やれやれと思いつつも、この時だけは美月も松平に笑顔を見せていたので、僕は少しだけほっとした。そして井家くんと一緒にぼそぼそ妹の苦労話をしながら、まず最初に線香花火を楽しんだ。

 松平も、花火をしているうちにいつもの彼に戻り、テントで横になる頃には、わんぱく小僧よろしく飛んだり跳ねたりしていた。 五人用のテントには父さんと母さんと美月が眠り――三人用のテントに僕たち四人が押しこめられる形になっていた。まあ三人用といっても大人の三人用なので、子供が四人眠る分にはちょうどいい大きさではあった。

 僕たちは自分たちが秘密基地にいるような気分でわくわくしていたので、なかなか寝つくことができずに、漫画やゲームの話、クラスの女子の話なんかで盛り上がった。父さんや母さんには明日は早いから早く寝なさい、なんて言われていたけど――そんなのは土台無理な話だった。

「なあ、二学期からどうする?あのクソ女子どもに一泡ふかせてやりたいような気もするけど、渡辺がいるからなあ」

「あいつ、なんでもすぐ戸塚先生にチクるんだよ。ヨットスクールは女子に甘いから、出席簿で叩かれるのはいつも男子ばっかりだしな」

 枕元に頭を寄せながら、僕たちは秘密の相談ごとでもするみたいに、小声で話し合う。

「大分前の話になるけどさ、そういえば先生、女子には忘れ物したらチューの刑とか言ってたよね。実際に実行したってわけじゃないけど、あんなこと言うから『ロリコンなんじゃない?』って女子に噂されるんだよな」

「いえてる。まあ俺とチューさせるぞ、なんて言ったら、女子の忘れ物は絶対ゼロになると思うけどね」

 平野が隣に横たわっている井家くんの背中をばしばし叩く。

「おまえ、サイコーだよ。自分のことを笑いのネタにするなんて、うさ吉には逆立ちしたってできないだろうな」

 うさ吉っていうのは、学級委員の宇佐美正吉くんのことだ。

「そうだよ」と松平も押し殺したような忍び笑いを洩らす。「あいつ、井家のこと表面的にはかばうけど、単に自分はこんなにいい奴だってことをまわりにアピールしたいだけなんだよ」

「うん……」しょんぼりしたように井家くんがうなだれる。「でも俺、宇佐美くんには感謝してるよ。最初の班分けの時に、仲間に入れてくれたのも宇佐美くんだったし……」

「まったく、お人好しだなあ、井家は」

 平野と松平が顔を見合わせていると、不意にテントの中を影がよぎったような気がした。それは本当に一瞬のことだったので、みんなは全然気づいていない。

「僕、ちょっとトイレいってくる」

 松平と平野のふたりをまたぎ、僕はそっとテントのチャックを開けた。懐中電灯はわざと点けずに、トイレのある方向へ向かうふりをする。そして木立にそっと紛れたあと、足を忍ばせてテントの後ろ側へとまわった。

(やれやれ。やっぱりな)

 僕は両手を腰にあてると、こやつをどうしたものかとしばし思案した。そこでは妹の美月が、黄色いテントの壁に耳をそばだてているところだったからだ。


「このチクリ魔。今度は盗み聞きか?」

 小声で囁くと、妹は一瞬びくりとした様子だったが、すぐに「しっ」と人差し指を口許に立てていた。中からは平野と松平の少し大きめの声がしている。

「へえ、そんなことがあったのかあ。なるほどねえ。美月ちゃん、おまえにだけロコツに冷たいもんな。てっきり俺はあまりにも意識しすぎるあまり、かえって翼にだけつらく当たってるのかと思ったよ」

「なに言ってんだよ。俺はべつに好きとかってわけじゃなくてさ、なんかいまだに怒ってるみたいだから、なんとかしようと思って……」

「ふうん。で、どうだった?ぺったんこな胸を見た感想は?」

「べつに……胸が大きいとか小さいとか、そういう問題じゃないんだよ。たとえばさ、俺がトイレに入ってるってことを知らなくて、美月ちゃんがドアを開けたとするだろ?そしたらどうなると思う?」

「きゃああーって叫ぶことになるんじゃないかな、女子だったら」

と井家くんの小さな声。

「そうだろ?そう思うだろ?つまりそれと同じことなんだ。俺はたぶんケツを見られた恥かしさのあまり、もう二度と甲斐家の敷居はまたげないと思う」

「でもまあ、チンポ見られるよりはケツのほうがまだいいよな。美月ちゃんもお尻を見られるよりは、おっぱいでよかったんじゃねえか?」

「そういう問題じゃないよ」

 松平が平野の頭を殴ったような、くぐもった音がする……続く三人の笑い声。

 そこで美月はすっくと立ち上がり、月の光のように冷たい顔をして、父さんと母さんの眠る隣のテントへと戻っていった。

 この時、美月が何をどう思ったのか、男の僕にはよくわからなかったけど――翌日、彼女の松平に対する態度が軟化したことだけは確かだった。そして今度は逆に、美月の平野に対する態度は、薄い氷のように微かに冷たくなっていた。きのうの松平に対してほどロコツではなかったけれど。

「俺、美月ちゃんに何かしたっけ?」

 平野は摩周湖でも阿寒湖でも硫黄山でも、とても不思議がってたけど――女心と秋の空ってやつだと、僕は適当に答えておいた。まあ今はまだとても暑い夏だったけどね。






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