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プラネタリウム

作者: リック

「デネブ、ベガ、アルタイル……」


 忘れ物を取りに夕暮れの小学校の教室に戻ったら、クラスメートの竹下くんが、ランドセルを背負いながら、なんか日本語じゃない言葉を話していた。驚いて物音を立てると、彼はゆっくりこちらを振り向いた。


「君は……夏木琴音(なつきことね)さん?」

「はい! えっと、あの、今の……」


 返事したあと、今の言葉について聞こうとするけど、なんて聞いたものか。今の呪文か何か? それとも本によく載ってる○○で△△をすると恋が叶うみたいなおまじない? と尋ねようとする前に、竹下くんはどこか寂しげに笑って言う。


「聞いちゃったんだ。でもいいや。もうここにはいないから」


 宇宙人――何故かそう思った。昨夜そんな番組をテレビで見たからかもしれない。それくらい、今の竹下くんは、消えてしまいそうだった。


◇◇◇


「あー、知ってるだろうが、竹下は先日父親を事故で亡くした。で、母の実家に行くんだそうだ。今日がこの学校にいる最後の日になる」


 翌日の朝の会で、口が軽いと評判の先生がそんなことを教えてくれた。諸事情で転校するじゃダメだったのかな。


「あれ? 亡くなったのって結構前だよね。今なんだ」

「ばっかだな。そーしきとかそーぞくとか色々あるんだろ!」


 先生の言葉で一気にクラスがざわつく。よく分からないけど、こんな空気で竹下くんは大丈夫なのかな。なんか、私まで居心地わるい。


「先生、僕が転校するのはお父さんが原因じゃないです」


 竹下くんはクラスの空気を読まず……あえて読んだうえでかな? とにかく明るくそんなことを言い出した。


「ん? じゃあ何だ?」

「僕は宇宙人だから、宇宙に帰るんです」


 一瞬シーンとした。そのあと「宇宙人って聞こえたけど」 「え、宇宙人?」 「触らないほうがいいんじゃない、ほら、お父さん亡くなったから疲れてるんだよ……」 と教室がざわつく。


 私だけが、やっぱりそうだったんだ! と思っていた。


◇◇◇


 宇宙人の竹下くんは、引越し屋さんに荷物を任せて、お母さんの車で旅立った。きっとあれはフェイクってやつで、人気(ひとけ)のないところで宇宙船に乗り換えるんだ。周りの皆は「宇宙人がマイカーで引越しとか」 って笑っていたけど、どうしてそんな単純な考えかなあ。本物は普通の人が考えもつかないようなことをするものだよ! 多分!

 でも今だったら、携帯電話もあるから彼が地球にいることはすぐに分かったんだろう。引越しが心身ともに距離を広げる時代だった。


◇◇◇


 時が流れ、私は中学生になった。学校の科学の授業で、あの呪文が出てきた。


「デネブ、ベガ、アルタイル、これらは夏の大三角形として知られ……」


 先生が教室の黒板に図を書きながら説明してくれた。普通だったら、あれが呪文でもなんでもない、空の星の名前を言ってただけって思うんだろうけど、私は中学で習う話を小学校の時に既に知っているなんて、相当の天才かやっぱり宇宙人だ! って確信を深めた。

 あの大三角形のどれかが、彼の母星なの? それとも別の星かな? 私のいつの間にか全ての星座を覚えた。


◇◇◇


 高校生になった。おしゃれと将来の経験のためにバイトを始める。学生だから当然、夜のシフトになる。自転車で通いながら、信号待ちではずっと星空を見ていた。


 あの星のどこかに、竹下くんがいるのかなあ……。


 竹下くんが宇宙人って言ったあの日から、夜空を見上げるのが趣味になった。そのせいか視力で困ったことはない。視力検査では勉強やゲームで落ちて悩む友人に「視力を保つ秘訣って何?」 とよく聞かれる。「星空を見るの、毎日!」 と答えるのだが、友人達は大抵三日坊主だ。こんなに綺麗なのに……。

あと三ヶ月に一回くらいは流れ星が見えるからお得なのに。でもあの流れ星は、竹下くんからの贈り物だったりして?


◇◇◇


 大学生にもなると、宇宙で地球と似たような環境の星なんて近場には無いし、あるとしても何億光年の距離か分からない。そんなところからやってくる技術があったら、地球なんてとっくに侵略されてる。そんな話は、もちろん常識として頭に入れている。

 けれど、私はどうしても竹下くんが宇宙人だと思う。


「あんたそれ、もしかして恋じゃないの」


 大学のカフェである日、友人にそうからかわれる。恋? 恋……言われてみると竹下くん以外の男の人に興味持ったことがないかも。


「にぶっ! 遅すぎる自覚だわ。天然とは思ってたけどこれほどとは……」

「でも、宇宙に帰っちゃったからもう会えないと思う」

「あーはいはい。けど気まぐれに来たりするんじゃないの? 同窓会には行くつもりなんでしょう?」


 そもそも今日はそれを友人に相談したかったのだ。宇宙人の秘密を知ってる私が参加してもいいのだろうか。


「だから何よ、行ってきなさい。あんたみたいなアホに知られてどうにかなる秘密とかないわ」


◇◇◇


 同窓会は日曜に行われた。私は早目に行って席に着く。待ってる間も面白かった。次々現れる昔のクラスメート。小さかったAちゃんが美人さんに。子供っぽかったBくんが落ち着いた大人の男性に。気の強いCちゃんが姉御な感じに。悪ガキだったDくんが年相応の男の人に。変化を見るのは楽しいものだ。そして……。


「久しぶり」


 竹下くんだ。昔からミステリアスな人だったけど、成長してもどこか影を帯びた人だった。でもそれがちょっとだけ、かっこいい。


『もしかして恋じゃないの』


 いっぱい竹下くんと話したいことがあったけど、あの言葉がどうしても気になってなんだか自分からは声をかけにくい。……私はちゃんと成長できてるのかな?


「おまえ、超久しぶりー」


 そうこうしている間に、友人達にあっという間に取り囲まれた。私のつけいる隙はなさそう……。でもなんとかタイミングを見て……。


 この同窓会はお酒も飲めるレストランで行われている。酔った人は代行を頼むらしい。気兼ねなく飲んでいる人は多かった。どうでもいいけど、絡み酒な人が多くていまだに竹下くんに話しかけられない……。うう、楽しい雰囲気に水を差す女って思われたくないし……。


「なあ竹下、ところでさ、お前、転校する時のアレ何だよ」

「アレ?」


 不意に、酔った人間の一人が昔のことを口にした。アレって、もしかしなくてもアレだよね。


「十年前の『僕は宇宙人です』 ってアレだよ! 何なのお前、俺内心超受けたんだけど!」

「ああアレだろ? 俺も覚えてる! マジ黒歴史だな! 竹下って真面目なやつで通ってたから余計だ」

「まあ色々あってお前もはっちゃけたかったのかもしれないけどよ」


 話題が当時のアレ一色になった。弄りなのかからかいなのか、とにかく男の人は竹下くんを笑っていた。女の子も、当時は呆然とするだけでも内心は面白がっていたのか、クスクスと竹下くん達を見て笑っている人が多かった。


「ってかお前宇宙人のくせに車つかうなよな!」

「あれ、今日は宇宙船?」

「宇宙語喋って、宇宙語!」


 どっと笑いが起こった。私には何が面白いのか分からなかったけど。


「くっくっくっ……あー面白れー。大体宇宙人とかいないのに……」

「いるよ!」


 全員が、声をあげた私のほうを見た。


「う、宇宙人はいるよ! 人間がそうでしょ! 生命は隕石についてた微生物だって説があるんでしょ? だったら宇宙人だよ。竹下くんは先祖返りなんだよ!」


 一瞬シーンとして、ドッと笑い声が起こった。ここには絡み酒と笑い上戸しかいないらしかった。


「やべえ! 天然がここに!」

「て、天然って何! 私は真面目に言ってるの!」


 ムキになって否定するも、皆はますます笑う。


「本物の天然は天然って言われると否定したり怒ったりするっていうしねー」

「だから天然じゃないってば! 私はこういうこともあるって話を」

「そうだとしても人間が出来る前の話じゃん、ないわー」

「あるよ! こう、魂の記憶とか! DNAって色んな情報持ってるでしょ!」

「やだ、不思議ちゃんで電波なの? 夏木さんはほんとにもう。もうハタチでしょー?」


 皆はもう竹下くんには興味ないらしいが、代わりに私が注目されていた。否定すればするほど、何故か面白がられた。


「違うってば! 違うの!」


 最後は半泣きになって否定するも、皆はすっかりお酒が回って笑うだけだった。


◇◇◇


 散々な結果となった同窓会から、歩いて帰る(店が割と近所だった)。皆がどうしてああも宇宙人を否定するのか分からなくて、あとどうして私のいうことをああも誤解するのか悲しくて、トボトボと歩いていたら、誰かが近寄ってくる。


「夏木さん、今帰り? 女の子一人じゃ危ないよ」

「……竹下くん!」


 鬱々としていたら、竹下くんに会った。何だか気分が明るくなった。


◇◇◇


 近況のこと、仕事のこと、それから昔のことを、さっき話せなかったぶん歩きながら話した。


「あの当時、人が死ぬっていうのがさ。頭では理解してたけど、心が追いつかなくて……」


 不意にさっきの話題になって、避けたほうがいいのかなと思ったら、彼から色々話してくれた。


『お母さん、早くお父さんに電話して。早く帰ってきてって言って』


 趣味の星空観察に出かけた帰りの事故だった。今考えると、母親を困らせることで、せめて母親だけは生きていると実感したかったのかもしれない。感情的な子供の浅知恵だった。


『お父さんは……大好きな星になったの。星になって、いつも見守ってくれてるの。夜でも困らないようにって、遠くから照らしてくれるの。……それしか出来ないの』


 苦し紛れの母親の言葉。そんなの嘘だ、と言いたかったが、その困ったように笑う表情は、有無を言わせぬ力があった。泣きつかれて寝た翌朝、母さんは申し訳なさそうに僕に家の事情を伝えてきた。


『ごめんね。お母さんだけじゃここで暮らせなくて……。近いうちに転校するから、帰ったら荷物まとめてね』


 そう言われた日は、帰りたくなかった。帰れば片付けしないといけない。そしたら慣れ親しんだ学校と離れるのが早くなるような気がした。用もないのに日が暮れるまで教室に残って、日が暮れてからは父が好きだった星空を見ていた。今の季節によく見える星といったら確か……。



「それ、あの時の……」


 彼女が驚いた。僕を宇宙人だと言って憚らない夏木さんは、あれがとりあえずメジャーな星をあげただけと知ったらどうするのかちょっと気になっていた。


「そうだよ。今思うと、もっとマイナーな星のほうが宇宙人っぽかったね」

「ううん。あの一言で、竹下くんは私を星座好きにさせたんだから、やっぱり宇宙人だと思う」


 変な子だと思う。あの最後の挨拶は、晒し者にされてるのが気分悪かったから、ほんの意趣返しのつもりにすぎないのに。ただ、ほんの少し、星になった父さんの息子だからっていうジョークのつもりもあったけど。伝わらなければただの電波だ。


 竹下くんは自分じゃ気づいていないみたいだけど、やっぱり宇宙人だと思う。だってそういう事情を知っても私は竹下くんが好き。こんなに好きなのは、宇宙人だから無意識に何かしてるんじゃないかと思う。


「絶対宇宙人だよ、あの言葉で今の私を作ったんだから!」

「普通なら、昔の黒歴史をほじくりかえすKYって思うところなんだろうけど」


 不意に、呆れた口調で竹下くんが言う。あ、私、もしかして調子に乗りすぎたかな。


「でも、あんな言葉を唯一ずっと信じて、庇って、熱弁してくれた。僕に言わせればこういう気持ちにさせる君こそ宇宙人じゃないかと思う」


 何でそこで私が宇宙人ということになるのか分からなくて、ぽかんとしてたら、急に肩を抱き寄せられて「こういうこと」 照れた顔で言われた。

 驚いたけど、でもこういうのはずっと追いかけてた私の方からしたかった。距離が近くなったのを確認して、彼にキスしてみた。


◇◇◇


 付き合ってからも、結婚してからも、子供が生まれてからも、私達の趣味は星座観察だった。でもお父さんのことを気にしてか、専ら遠い市にあるプラネタリウムに行っている。「もしかしたらあの星が父さんなのかな、なんてやってた時の癖が抜けなくて」 なんて言ってるけど。……本当は、彼は母星を探してるんじゃないかなって思う時がある。

 でもでも、その時は私達も連れて行ってね。先に行っても見つけ出すんだからね。と牽制しておいた。彼は「母星に迷惑はかけられないよ」 と笑った。

本編に出しそびれた竹下くんのフルネーム。

竹下(たけした) 光宇宙(ぴかちゅう)くんです。

お父さんがどうしても宇宙の入った名前にしたかったらしいです。

そしてこの名前をまったく気にしないのがヒロインくらいしかいなかったというどうでもいい裏話。

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