6
「襲われた理由を聞こうか」
四人の人間と一頭の犬を乗せた車は、深夜の道央自動車道を札幌に向けて走行していた。
「着の身着のままで飛び出してきたんだ。何かとか、言えんばかりじゃ納得はしないぞ。殺されかけたわけを聞かせてくれ」
伊達が運転していた。
何者かがいきなり襲ってきた。二人は鷲武の拳銃に倒れ、二人がビリーに咬み殺された。 伊達には命を狙われるような覚えはない。もちろん奈美子や美子にもだ。だが襲われたのは現実だった。あまりの突然のことに奈美子の顔からは血の気が引いたまま、後部座席で美子を抱き締めている。美子は何事もないように奈美子の腕の中で眠っている。ビリーは前を見たまま座っていた。ヒーターが効いている。
とりあえず身近なものと現金や預金通帳、印鑑、キャッシュカードだけを持ち出してきた。あとは着替えも持ち出せなかった。
「なんとか答えたらどうなんだ」
ハンドルを握っている伊達が鷲武に言った。 「…………」
伊達の言葉に鷲武は前を見たまま黙っていた。
「フライパンを忘れたのが残念ね…」
奈美子が後ろの座席でつぶやいた。
「わかった…」
鷲武は後ろの奈美子に答えるように笑った。
「その前に、おまえの娘が大事にしているというお守りを見せてもらいたい」
鷲武が言った。
「拾ったのはその犬だけではないはずだ」
「なぜわかる?」
「だてに三十年もデカをやっていると思うのか。その子が「美子のお守り」と言ったのを覚えている。袋のふくらみ具合から見て、おれが探している物かもしれんのだ」
鷲武はそう言って煙草をくわえた。
「おれはその子の宝物を取り上げるつもりはない。ただ、おれが探している物かどうかを確認したいだけだ」
鷲武は煙草に火を付けた。
「いいだろう。奈美子、見せてやってくれ」
伊達の言葉に、奈美子が眠っている美子の首から錦織の袋を外して鷲武に渡した。
鷲武はギブスで固定されている左手で袋を持ち、中の三個の球体を右手のひらに出した。球体は高速道路の街路灯の光を反射して七色に輝いた。鷲武は三個の球体を袋に入れて奈美子に返した。
「大事にしてくれ。その子は日本の…、いや、地球の運命を握っている」
低い声で鷲武は言った。
「あんたの顔を見ていると、大げさだとは笑えないようだな」
伊達は彫りの深い鷲武の横顔を見つめた。 「娘が持っているあの玉が、なぜ地球の運命と関係があるんだ」
「…………」
伊達の言葉に、鷲武は黙って煙草をくわえた。
「今から、おまえたちは岐阜県のある村で暮らしてもらう。さっきも言ったが、おまえたちは命を狙われている。狙っているのが誰なのか、おれも今のところは知らん。だが、おまえの娘がその三個の玉を持っている限り命を狙われるだろう。その三個の玉は、あるもののキーの役割を持っていて、おまえたちを狙った奴らは、その玉を手に入れようと必死になっている」
高速道路の明かりに鷲武の横顔が浮かんでいる。
「奴らは、おそらくおれと同じ方法でおまえたちの所在をつきとめたのだろう。つまり十月十一日と十二日に上飯岡にいた人間をかたっぱしから調べたということだ。幸いおれのほうが一歩早かったようだがな…」
鷲武はヘッドレストに頭を乗せながら煙草の煙を吐いた。
「岐阜県のどこに連れてゆく気だ?」
伊達は自分も煙草をくわえて鷲武に聞いた。
「御母衣村という過疎の村だ」
鷲武はそう言ってまた勢いよく煙草の煙を吐いた。
「病院がダメになったことも心配だろうが、金や物のことは心配するな。警視庁の全力をあげておまえたちを警護するし、一億や二億くらいの補償金はおれが政府からしぼりとってやる」
鷲武は目を閉じて煙草を吸いながら言った。
十一月二十六日の夕方、鷲武秀介と伊達一家は岐阜県の山の中にある御母衣村の駐在所にいた。
来る途中、鷲武は刑事局長の高柳邦弘と警視総監の薗村忠相に、制御ボックスのキーが見つかったことを連絡した。同時に刑事局から五人の刑事の派遣を要請した。要請の理由は、御母衣村にいる伊達一家の二十四時間体制の警護だった。
薗村は刑事局の刑事五人と、総理大臣と防衛大臣を通じて市ケ谷に駐屯する陸上自衛隊第一師団の第三十二普通科連隊、朝霞の第三十一普通科連隊から隊員二百名を完全装備で派遣命令を出させた。任務は岐阜県の御母衣村を大臣の撤収命令があるまで絶対隠密に警備するというものだった。もちろん八九式小銃と五・五六ミリの実弾を携行している。
派遣された隊員たちは、出動前から御母衣村の住人と伊達一家の顔を覚えさせられた。それ以外の人間が御母衣村に入ろうとしたときは、刑事局から派遣された刑事と自衛隊の指揮官が徹底して検問する。
御母衣村は一夜にして鉄壁の要塞となった。
「…………」
伊達は、自分の身体が震えているのを知った。奈美子も鷲武の話で全身が硬直した。
日本が核を、それも人工衛星で誘導する戦略型無人原子力潜水艦に、五十メガトンの核弾頭を搭載したミサイルを二十発も積んでいるという。たった一発でも日本を灰にする威力がある。その原子力潜水艦とミサイル発射装置をコントロールする制御ボックスが何者かに盗まれた。
迷い犬だったビリーの前足に絡み付いていた袋のなかに三個の球体が入っていた。七色に輝く球体で美子が大事にしているお守りだ。そのお守りの三個の球体が、恐るべき核ミサイルの制御ボックスを作動させるキーだという。
「だからおまえたちは命を狙われたのだ。例えそのキーを手放したとしても、キーの秘密を知ったおまえたちは奴らに狙われ続けるだろう。この事件が終わるまではな…」
鷲武はグラスの水割りを飲み干した。
村人が準備してくれた料理が並んでいた。鷲武が村に帰ってきた祝いと、今後この村で生活することになった伊達一家の歓迎と合わせてだ。
「あんたは、これからどうするのだ?」
伊達はグラスの水割りを飲み干して鷲武に聞いた。妻の奈美子が二人に新しい水割りを作っている。カラカラと氷がグラスに当たる音がしている。
陽は暮れていた。鷲武は鈴虫が鳴いていないことに気が付いた。
ここ数年続く異常気象のせいなのか、雪は積もっていないが今は十一月の末だ。木々の葉は落ちて御母衣村は冬だった。
「制御ボックスを奪った奴らを追う。それがおれの仕事だ」
鷲武が伊達を見ていった。
「そうか…」
伊達はグラスを持ってつぶやいた。
「この村は絶対に安全か?」
「ああ。警視庁の刑事局からおれの部下が五人と、自衛隊の普通科連隊の二百人が完全武装でこの御母衣村を警備している。刑事や自衛隊員はこの村の住民全部とおまえたちの顔を覚えていて、それ以外の人間はこの村には入れない。それに…」
そこまで言って鷲武は笑った。
「この村は年寄りばかりだが人はいい。少しばかり面倒見が良すぎるところはあるがな」 「それは心配ない。愛別でも待合室は朝から年寄りばかりだった」
「そうか…」
鷲武は布団を跳ねとばして寝ている美子を見た。
「お年寄りなら任せて。わたしの得意の分野だわ」
奈美子が笑った。
「そのようだな」
鷲武も水割りを飲みながら苦笑した。
「フライパンで叩いたことは、心から謝っておくわ」
そう言いながら奈美子も自分で作った水割りを飲んだ。
「だって、鷲武さんが喧嘩をやめようとしないから…」
「旦那の助太刀というわけか」
鷲武が笑いながら奈美子をにらんだ。
「ちがうわ。鷲武さんのためにしたことよ」
奈美子は空になった伊達のグラスに水割りを作りながら、チラッと鷲武を見た。
「折れた鎖骨が肩の神経を切る前に、何とかしなきゃって思ったの。お礼を言ってほしいくらいだわ。勝負は付いていたでしょう?。うちの人は強いのよ」
「クソッタレめ…」
奈美子の言葉に鷲武は低く毒づいた。
「また…。鷲武さんの仲間の人って、みんなそんなに下品なの?」
奈美子は笑って鷲武を睨んだ。
「そうだ。上品ではデカはつとまらん」
鷲武は寝ている美子のほうをのぞいた。
眠っている美子を見つめる鷲武の表情に、奈美子は夫が娘を見つめるように優しさにあふれているのに気が付いた。
「いつ発つんだ?」
伊達が鷲武に聞いた。
「明日の朝だ」
「そうか…」
伊達は水割りを飲む鷲武の顔を見つめていた。
政治家のクズどもめ…。
伊達は暗い天井を眺めながら心の中でつぶやいた。伊達と奈美子の真ん中で美子が寝息をたてている。伊達はなかなか寝付けなかった。
日本が核ミサイルの弾頭を開発した。一発が五十メガトンの水爆だ。たった一発でも日本全土を灰にできる威力を持つ戦略核兵器だ。非核三原則を破ってまで開発した核兵器の、こともあろうに制御ボックスのキーを娘の美子が持っている。
日本がなぜそんなものを開発したのか鷲武は詳しくは言わなかった。だがそれはそれでいい。そんなことを知ったところで伊達には関係ないからだ。
問題は全世界や国民の知らないところで核兵器が作られ、その核兵器のおかげで世界が消滅の危機にさらされているという事実だ。
日本の政治家は国民を馬鹿にしていることでは世界一だ。
今回の核兵器開発のことだけではない。全てがそうだ。税金の高さや国民不在の法律改正など、国民を馬鹿にした政策は数え上げれば切りがない。その政策の少しでも国民の役に立つものならばいいが、全部自分たち政治家やその政治家のご機嫌をとる大企業に有利なことばかりだ。
今回の核弾頭や原子力潜水艦の開発も、国民に内緒で政府が勝手にやったことだ。
国民投票で米軍を日本から追い出し、安保条約が凍結状態となっては、日本としての立場を守るためにやむを得ないことだったのかもしれない。それくらいは伊達にもわからないではない。
在日米軍がいなくなったいま、地域紛争などが起きた場合、自衛隊や警察だけではどうにもならない。確固たる力が必要だと政府は判断したのだろう。しかし極秘にやるのであれば徹底的に極秘にやるべきだった。
蟻の一穴からということがある。その蟻の一穴から核ミサイルの制御ボックスが強奪された。絶対にあってはならないことだった。それほど大事な国家機密を、青森県警のたった十八人の警察官に輸送を任せたという責任は政府にある。
国家の命運、ましてやひとつ間違えば全世界が消滅するかもしれない核ミサイルの制御ボックスだ。百人、いや千人の警察官で護衛してもまだ安心できないような代物のはずだ。その核ミサイルで、まかり間違えば日本はおろか世界が消滅する。
日本の馬鹿な政治家が、日本ばかりではなく地球そのものを危険にさらしているのだ。
「奈美子。おれはあの刑事と一緒に行く…」
伊達は暗い天井を見つめながら低い声でつぶやいた。
「こんな理不尽なことをおれは許せない。おれは奈美子や美子を守るために、その制御ボックスというのを捜し出す。そしてそんなものが使われないように叩き壊してやる」
そう言って、伊達は美子をはさんでいる妻を見つめた。
「ええ…」
奈美子は答えた。もしかすると、と奈美子は思っていた。
正義感の強い夫だった。鷲武という刑事の話を聞く夫の目は真剣だった。その真剣さのなかに、奈美子は夫の揺れ動く気持ちを察していた。
もしも鷲武と一緒に行くといえば、自分は止めまいと決心していた。夫のわがままではない。自分と自分たちの娘を守るために行くのであれば、それを引き止める理由はない。夫の正義感がそうしているのだろう。自分や娘を心から愛しているから夫は行くのだ。ただ、夫がその制御ボックスというのを捜し出せるかどうかはわからない。無駄と分かっていても夫は行くだろう。
「美子をたのむぞ。奈美子にもすまないと思う。だが、美子があの球体を手に入れたのも、鷲武という刑事が現われたのも、医院が襲われたのも、おれは何かの運命のように思う。その運命のなかにおれは足を踏み入れようと決心した。世界がどうなろうとおれには知ったことじゃない。どこにいようとも核ミサイルが爆発したら死ぬことには変わりはない。だが、運命がおれを招いているいじょう、勝手な判断をするのなら、おれに何かが出来るかもしれないということだ。おれの運命という奴が、奈美子や美子のためにその何かをやれというのなら、おれはそれをやらなければならない…」
伊達の声が暗い部屋に響いていた。
「ええ…」
奈美子は体の向きを変えて、寝息をたてている美子の顔を見つめた。
「気をつけてね…」
奈美子は美子の頭を撫でながら夫に言った。
|