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「国分、そういえば祝杯がまだだったな」
鷲武が言った。
「地球が救われたお祝いですか?」
国分は笑って鷲武を振り向いた。
「そうだ。二度も死にかけたおまえの生還祝いもな」
鷲武が上機嫌に伊達と達川博士を見た。
「待ってろ、おれが特製のカクテルを作ってやる」
笑いながら鷲武が立ち上がった。
「エーッ、鷲武警視長が作るんですか?。あの、わたし、遠慮しておきます…」
国分が大声で笑いながら腹を押さえている。
「ぬかせ!。おまえは知らんだろうが、おれはカクテルくらいは作れる。味をみてから文句を言え」
鷲武は、倉庫から出してあった色々な種類のウィスキーやワインを手にとって眺めていた。
どれを混ぜようかと鷲武は真剣に考えていた。国分の生還祝いだ。なんとかして気のきいたカクテルは出来ないものかと鷲武は悩んだ。
いつだったか忘れたが、高柳と銀座で飲んだとき、なんとかいうオレンジ色のカクテルを飲まされたことがあった。
アルコール分は低かったが、透明できれいな色のカクテルだった。鷲武はそのカクテルと同じものを作ろうと思っていた。
何種類かのウィスキーとワインを混ぜ合わせ、オレンジ色のカクテルを作っては味見を繰り返した。
その様子を伊達と達川は笑いながら見つめていた。国分は不安そうな表情だ。
「伊達警視長、鷲武警視長は本気でカクテルを作っていますよ。いいんですか?」
国分は小声で伊達に言った。目が真剣になっている。
「ほうっておけ。まあ、腹を壊すのを覚悟で、一口くらいは飲んでやらなきゃならんだろうな。少なくとも、鷲武はおまえの生還を祝おうとしているのだ。謹んで受けることだ」
伊達は笑いながら国分に言った。
「だってあれを見てください。あんなのを飲んだら、わたしは本当に死んでしまいますよ」
国分は無心にカクテルを作っている鷲武を見て言った。
机には色々な色の鷲武特製のカクテルが並んでいる。中には本当に飲めるのかと首を傾げたくなるようなものもあった。
「博士、なんとかしてください」
国分は、達川博士の腕をつかんで哀願するように言った。
「いや、わたしはだめですよ。化学の実験のように薬品を調合するようなことでしたらともかく、国分さんが喜んで飲めるようなものは、とても…」
達川博士は小声でそう言いながら顔の前で手を振った。
「伊達警視長…」
国分はすがるような目を、今度は伊達に向けた。
「せっかく地球が救われて、わたしはこうして生きているんですよ。それなのに、鷲武警視長が作った得体のしれないカクテルを飲んで死ぬなんて…」
国分は伊達の左腕を必死でつかんでいる。
「そうだな…」
伊達はそう言って立ち上がった。
首を傾げながらもカクテルを作り、それを自分で味見している鷲武のところに伊達は歩いていった。
国分と達川博士はその姿を見つめていた。
鷲武が作った得体のしれないカクテルのひとつを、伊達は持ち上げて一口飲んだ。飲んだあとそのカクテルをじっと見つめている。
また違うカクテルを持ち上げて伊達は飲んだ。首を傾げたり、時には顔をしかめたりしている。
その二人を見た国分と達川は思わず顔を見合わせた。
「おい鷲武…」
伊達は、一口飲んだコップを置いて鷲武を見た。
「なんだ…」
鷲武が不安そうな表情で伊達を見た。
「これを、あいつに飲ますのか?」
伊達が小声で鷲武に言った。
「だめか?…」
「だめだ。達川博士ならともかく、国分にこんなものを飲ませたら、あいつはまた気絶するぞ」
伊達は並んでいるコップを見つめながら鷲武の耳元でつぶやいた。
鷲武の気持ちはわかる。国分の活躍と、二度も死の淵から生還した祝いにとカクテルを作ろうとした。
だが、どれもこれも飲むに耐えるような代物ではなかった。
確かにカクテルらしい色はそれなりに出ている。しかしそれは色だけだ。中身は違う。思わず吐き出しそうなものや、匂いだけでもまいりそうなもの。舌にピリピリと刺激があるものなど、とても国分に飲ませられるようなしろものではない。
「おい伊達、おまえがなんとかしろ」
鷲武が小声で言った。
「わかったよ…」
伊達はため息をついて答えた。
そんなものおれが知るか、と心の中で思ったが、鷲武が国分の生還を祝おうとする気持ちは踏みにじる事はできない。
伊達は床に置いてある色々な酒の瓶を手に持った。
「博士、国分。祝杯を上げるぞ。ここへこい」
鷲武は座っている達川博士と国分に言った。
二人は顔を見合わせて立ち上がった。不安の表情だ。
「だいじょうぶでしょうか…」
国分は達川博士と顔を見合わせた。
「さあ…。とにかく、いくしかないでしょう」
二人は恐いものにでも近付くように、鷲武と伊達のほうに歩きだした。
「なんて顔をしている。変なものを見るような目をするな」
鷲武が笑った。
「…………」
国分は、並んでいる四つのコップと、鷲武と伊達の顔を見比べた。
「安心しろ。おれと鷲武の苦心作だ。味も色も申し分ない。医者のおれが保障する」
伊達が笑いながら博士と国分に言った。
達川博士と国分は、不安ながらも鷲武と伊達にすすめられて、渋々とコップを持ちあげた。濃いオレンジ色の、半透明なカクテルだった。
「名付けて、〈あかしおスペシャル〉だ。おい鷲武、艦長として何かひとこと演説したらどうだ」
伊達がコップを持ち上げて言った。
「おれがか?…」
「あたりまえだ。あんたのほかに誰がいる」
伊達は笑って鷲武に言った。
「そうか…」
鷲武は伊達の言葉に小さなため息をついて、達川博士と国分を交互に見つめた。
「国分。おまえは、おれや伊達の仲間として、地球人類を救うために本当によくやった。おれも伊達も、おまえが仲間だということを心から誇りに思う。そして博士。あんたは、自分には何の関係のない事件にもかかわらず、みずから[あかしお]に乗り込み、ステラコイルで地球を救った。我々も、そして日本政府も、あんたの事は一生忘れることはないし、あんたは、もうおれたちの仲間で戦友だ。本当に世話になった。あんたと国分の活躍と、救われた地球の未来に乾杯しよう」
鷲武の低い声が艦内に響いた。国分の目には涙があふれそうになっている。
「乾杯…」
鷲武がコップを四人の真ん中に差し出した。
「乾杯…」
鷲武のコップに三人のコップが当たった。透明な音が司令室に響いた。
国分はコップに口を付けて一口飲んだ。甘い香りとオレンジの味が口の中に広がった。
「おいしい…」
国分はそれだけ言うのがやっとだった。こみあげてきたものが胸の中にあふれた。自分は、いまやっと鷲武と伊達の仲間となったのだ。
岩手県警で伊達と出会っていらい、国分は色々な経験をしてきた。
最後に自分がいるこの[あかしお]までのことが、国分の頭のなかに走馬灯のように浮かんでは消えていった。
そして、おれも伊達もおまえに恋をしている。と言った鷲武の言葉が思い浮かんだ。
「おい国分、また泣くのか?」
鷲武がうつむいている国分の顔を覗いて言った。
伊達が国分に二杯目の〈あかしおスペシャル〉を作った。国分はじっくりと味わうように飲んだ。
「だって、うれしくて…」
国分が涙をふきながら顔を上げた。伊達が笑っている。達川博士が笑顔で国分の肩を軽くたたいた。
「バカかおまえ。嬉しいときには、普通は笑うもんだぞ」
鷲武は何杯目かのカクテルを一気に飲み干して笑った。
「鷲武警視長は、どうしてそんなにデリカシーがないんですか!。わたしがこんなに感激しているのに!」
国分は、大声で言ってコップに残っていたカクテルを一気に飲んだ。アルコールが回ったらしく顔が真っ赤になっている。
「こんどは怒ってやがる。泣いたり怒ったり、忙しいやつだ」
鷲武がカクテルを飲みながら自分を睨んでいる国分を見た。
「もう知りません!」
国分はそう言ってコップを置いた。歩いて操舵席の椅子に戻ろうとした。そのとたんにヘナヘナと床に座り込んだ。
「え?…」
国分は立ち上がろうとした。だが自分の気持ちとは裏腹に、足と腰に力が入らなかった。達川博士があわてて国分を立ち上がらせようとした。
「だいじょうぶですか?。国分さん。国分さん!」
何度も自分を呼ぶ達川の声が少しずつ遠くなっていくように思えた。ぼやけて見えている[あかしお]の司令室の天井がグルグルと回っている。
「少しアルコールが強すぎたか?」
鷲武は伊達にそう言った。
「あんたが消毒用のアルコールなど入れるからだぞ。見てみろ、国分が腰を抜かしたじゃないか」
伊達は、達川博士に抱きかかえられて床に寝かされた国分を見ながら笑った。
「そうか…。やはりまずかったか…」
鷲武は完全に眠り込んでしまった国分と、自分が持っているコップを何度も見比べた。
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