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赤 い 波
作:凪沙 峻



42


「伊達、国分。どうやらおれたちはこの海で死ぬことになりそうだ。覚悟はできているか」 鷲武が静寂を破って二人に言った。
 艦内には、コーン、コーンというソナーの探索音だけが規則正しく響いている。
「はじめから覚悟はできているが、まだ死ぬと決まったわけじゃないさ」
伊達がレーダーを見たまま笑った。
「博士の、ステラコイルとかいうやつが完成しなければ、おれたちは死ぬ」
鷲武は目を開けて言った。
「そうだ。だが鷲武、おれは博士を信じている。タイムリミットはたしかにあと一時間四十分だ。しかし、ものは考えようだ」
伊達は振り返って鷲武と国分を見つめた。
 国分はいつもと変わらぬ表情で二人を見ている。
「どういうことだ?」
鷲武は伊達に聞きながら煙草に火を付けた。
「あと一時間四十分しかないと思えば望みは消えるが、あと一時間四十分の余裕があると思えば、少しは希望があるじゃないか。権威といわれる達川博士が、ステラコイルの完成に全力で取り組んでいるんだ。おれは、一千メガトンの核ミサイルが爆発する一秒前まで希望は捨てない」
伊達が笑った。自分も煙草を取り出してくわえた。
「国分、おまえはどうだ?」
鷲武が振り返って、小さなテーブルに皿を並べている国分に聞いた。
「わたしは死ぬことを恐れてはいません。だって、死ぬのがいやなら、[あかしお]を追ってきたりしません。何もお役にはたちませんが、わたしも伊達警視長と同じ思いです。達川博士を信じます。たとえダメでも、博士や両警視長と一緒ですから淋しくはありません。それに、もしも死んでも、両警視長ならわたしを地獄の悪魔から守ってくれるでしょう?」
国分は精一杯の笑顔で二人を見た。
「ふん。おまえが、おれたちに悪魔どもから守ってもらうような、か弱いタマか!」
鷲武が国分の言葉に鼻で笑った。
「まあ、失礼な!。あと一時間三十五分ですよ。少しは優しくしてくださったらどうなんですか。食べ物に毒を入れますよ!」
国分はそう言って鷲武をにらんだ。
「ああ、おれには一番強いやつをたのむ」
そう言った鷲武の言葉に、伊達と国分が大声で笑った。
 何時間か、あるいは何十時間ぶりの笑い声だった。
 三人のだれもが、あと一時間三十分後に迫った地球の最後に気持ちが沈んでいた。屈強なはずの鷲武や伊達もだ。
すき好んで死ぬ人間はいない。刻々と人類滅亡の時を刻んでいるたった今も、なんとかして地球を救いたいと思っている。
 もちろん自分たちも生きていたい。だが残された時間はわずかだ。腕時計が一秒一秒を刻むわずかな音さえ、三人の耳に聞こえそうだった。
三人とも動悸が高まっていた。
 いかに平静をよそおい、死ぬことなど恐くはないといってもそれは嘘だ。精一杯強がりを見せながらも、心の中は恐怖が支配しているのだ。
 本当は叫び出したい。だがそれはできない。三人のうち、誰か一人でも恐怖でパニックを起こせばそれが残った二人に感染する。そうなったらパニックは収まらない。三人ともそれを恐れているのだった。
久しぶりの会話は、鷲武の言葉と、伊達と国分の笑い声で終わっていた。
もっと話をしなければと国分は思う。このまま会話も途絶えたままで死ぬのは、なんとも心残りのような気がした。できることならみんなで笑いながら死にたい。
 だが会話のきっかけが見当らなかった。
 会話が途絶えたまま、壁の時計だけが刻々と時間を刻み続けている。
 あと一時間二十五分。
 それが地球人類に残された時間だ。




一時間

日本の人たちは、いったいどうしているのだろうか。
国分は、夜明けを迎えたであろう日本のことを考えていた。
 いつものように二月八日の朝を迎え、朝食をして会社に向かう人たちが、満員の電車やバスに乗っている光景が頭に浮かぶ。家庭では奥さんが夫や学校へ行く子供を送り出す時間だ。
岩手にいる父と母は…。
母はいつものように父にスーツを着せて、洋服ブラシで小さな埃をはらう。そして玄関まで出て定年間近な父を送り出す。
 いってらっしゃい、気をつけて。
 毎朝、母が父にそう言う。父は笑って母を振り返り、軽く手を上げて出勤する。それが毎朝の国分家の光景だ。いつもと変わらぬ父と母の姿だ。
自分の納得できる結論を出しなさい、と言った父の言葉を思い出した。
国分は父の言うとおり、自分が納得できる結論を出した。
 自分にとっての最後の切り札だった[おおとり]で[あかしお]を追ってきた。
 そしていま、自分は[あかしお]のなかにいる。同僚の伊達や鷲武と最後まで行動を共にする。それが国分が出した結論だ。
あと一時間二十五分後の、午前八時三十三分。地球に突然の大地震が襲う。
 赤道に近いフィリピン海で、原子力潜水艦に搭載されている一千メガトンの核ミサイルが一斉に爆発したときに起こる大地震だ。
 誰も予想できない、地球人類を滅亡に導く核爆発の地震だ。
一番最初に死ぬのは、警視庁刑事局の刑事が三人と原子物理学者が一人だ。
 あっという間に核爆発の熱で溶けてしまい、いつ自分が死んだかもわからないはずだ。死ぬ方法としては一番楽だろうと思う。
 四人の人間が死んだ直後、数十億の人間が死ぬ。数日後にはさらに数億の人間が死ぬ。そしてまた数日後に数億…。
一千メガトンの核爆発は、はかりしれない爆発力と熱エネルギーで、何億もの人間を一瞬にして溶かしてしまうだろう。
 次には、強烈な放射能が生き残った人類に襲いかかる。やがて核爆発の煙や灰が成層圏を覆い、地球全土にマイナス五〇度以下の、ニュー・クリアウィンターと呼ばれる核の冬が訪れる。
地球の半分を宇宙の彼方にふっ飛ばすほどの大爆発の衝撃で、地球の地軸と軌道が狂い、大洪水や大寒波、あるいは摂氏八十度以上もの高温が地球を支配する。
 地球は動植物が完全に絶滅した星となって、暗い宇宙空間をさまよい続ける。
真っ暗な宇宙に、半分無くなってしまった地球が宇宙をさまよっていた。動物も植物も、バクテリアさえも死滅した星だ。
 その地球から真っ赤な血のようなマグマが流れている。半分無くなった地球の中から流れだしているマグマだ。ドロドロに溶けた重金属が真っ暗い宇宙に放出されていた。
 ほんの数十日前まで、その星には六十億の人類が生きていた。
 人類ばかりではない。空には鳥や蝶が飛びかい、木々には深緑の葉が息吹き、青い海にはさまざまな魚が生息する太陽系のオアシスだった。
数十日前のある日、地球に大地震が襲った。一千メガトンの核爆発で起きた大地震だ。 
 そして地球に大きな穴がぽっかりとあいた。人類が開発した最終兵器はその使い方を誤り、自らの手で地球を死の星にしてしまった。
死の星が太陽系の星々の近くを通過して、まもなく冥王星近くにさしかかろうとしていた。以前は地球という名前がついていた星だ。
 軌道を外れたその星は、真っ赤なマグマ、大量の水蒸気と大気を彗星の尾のように放出しながら、太陽系に別れを告げようとしていた。
真っ暗な宇宙をさまよう地球の姿が国分の頭に浮かんだ。悪魔の叫びにも似た地球の悲鳴が、国分の頭の中から消えなかった。
刻々と過ぎてゆく時間の中で、国分は乾いた唇を舐めた。舐めてもすぐに乾く。
 三人の会話が途絶えてから、すでに数時間が過ぎたような気がする。
国分が食事の準備を終えたのを見て、鷲武と伊達が黙ったままテーブルについた。
 国分も椅子に座った。
食事の用意はしてあるが、達川博士には声をかけていない。かけても来るはずがない。全神経を集中してステラコイルの完成に取り組んでいる。命をかけた戦いに達川博士は挑んでいた。
 地球と、その星に住む六十億の人類を救うために、誰も知らない悪魔の潜水艦の中で、残された時間と戦っている。その戦いを知っているのは、達川博士本人と警視庁刑事局の三人の刑事、内閣総理大臣、警視総監、警視庁刑事局長だけだ。
 その七人の時計は、地球が滅亡するまであと一時間たらずしか無いということを知っている。
 政府の閣僚たちも薄々は気付いているだろうが、一千メガトンの核ミサイルが爆発する正確な時間までは知らない。それを知っているのは七人の人間だけなのだ。
壁の時計が、二月八日、午前七時三十三分を示した。
 それを確認して三人はフォークを持った。
きょう、二月八日の昼食は、おそらく食べることはないだろう。この朝食が三人にとって最後の食事となる。
 言葉にこそ出さなかったが、鷲武も伊達も国分もそう思っている。
あと一時間。
 そのとてつもなく貴重な時間が三人の心をよぎる。
 わずか一時間という時間だが、その時間は、地球と、その地球に生きる六十億の人類にとって、はかり知れないほどの貴重な時間だ。出来ることなら決して過ぎてほしくない時間だった。
時間よ、止まれ!…。
 国分は心の中で叫んだ。
「かわいそう…」
ささやくような小声で国分がつぶやいた。
「…………」
何も知らずに滅びる六十億の地球人類を国分はあわれんでいた。
 自分が死ぬことへの恐怖や悲しみではなかった。その国分の気持ちは鷲武や伊達にもわかっていた。
国分がすすり泣いている。
 あふれた涙が、国分の頬を伝ってテーブルに落ちていた。
 最後の食事をと、小さなテーブルに敷いた白いクロスに、次々と国分の涙が黒っぽいシミを作った。
「せっかくの食事を台無しにしているのに、なぜお二人ともわたしを叱らないんですか?」
国分がフォークをテーブルに置いて言った。
 その国分を鷲武と伊達は黙って見つめていた。
 ハンカチで涙をふきながら、国分は鷲武と伊達を見つめた。
 黙って国分を見つめる二人の目は、今まで見たこともないような、包むような優しさにあふれている。
「おれは、神や仏に信仰があるわけじゃないが、おまえが地球人類のために流した涙は、きっと神に通じる。おれはそう信じるぞ」
鷲武が静かに言った。伊達も国分を見つめてうなずいた。
「伊達じゃないが、あと一時間ある。おれたちはいつものように食事をして、博士の笑顔を待っていればいい。そうだろう、国分」
鷲武はそう言った。
「はい…」
そう答えた国分の目から、また大粒の涙があふれた。


達川博士の額からは大粒の汗が流れ落ちていた。
 汗をぬぐっている余裕はない。地球に残された時間は四十分をきった。ステラコイルの完成までもう一息だ。これさえ完成すれば地球は救われる。
制御装置に高圧電流を流す位置はわかっている。赤外線の間から強烈な人工の雷でディスクを狙い撃ちにするのだ。
 いま完成を急いでいるステラコイルは実験用の小型だが、計算では、瞬間的に三〇〇万から五〇〇万ボルトの高電圧を発生するはずだった。
制御装置のコンピューターに組み込まれている自爆装置を止めるには、自爆のプログラムが組み込まれているディスクを一瞬に破壊するしか方法はない。
 ディスクを取り外す方法も試みてみたが、ディスクの回りは高密度の赤外線がクモの巣のように張り巡らされていた。とても手を入れて取り出せるような場所ではなかった。
 うっかり手を入れたら、さえぎられた赤外線のセンサーが作動して、タイムリミットを待たずに核ミサイルは爆発する。
 残された方法は、ステラコイルが瞬間的に起こす高圧電流で、自爆のプログラムが組み込まれているディスクを破壊するしかない。
 チャンスはただ一度だ。その一度の試みに失敗したら二度目のチャンスは無い。まさに、一か八かの、地球人類の存亡をかけた大勝負だ。
達川は慎重にステラコイルを組み立てていた。ネジの一本一本を締め付ける手にも汗がにじむ。
まさか、こんなオモチャが地球を救うことになろうとは、と達川はコイルを組み立てながら思った。
 電気工学を学ぶ学者として興味半分に作り始めたステラコイルだった。
もしも、国分という刑事がこのステラコイルのことを達川に聞かなければ、達川はまだ制御装置本体にだけこだわっていたに違いない。
 最終的に地球が救われるとすれば、そのヒロインは国分という刑事になるはずだ。
時間が無い。
 投げ出した腕時計に達川は目をやった。
 散乱している制御装置の部品の片隅に転がっている達川の腕時計は、午前八時六分を差していた。あと二十七分で、[あかしお]の自爆装置のカウンターにゼロが六つ並ぶ。最終準備に要する時間を含めて、もうギリギリの時間だ。
「刑事さん!。手伝ってください!」
達川はネジを締めながら大声で叫んだ。
 まもなく司令室から階段を駆けおりてくる足音がした。
「博士、できたのか!」
鷲武が叫んだ。伊達と国分も一緒だ。
「時間がありません。倉庫から大きいほうの蓄電池を四つ持ってきてください!」
「わかった!。伊達、いくぞ!」
鷲武と伊達は、予備バッテリーを格納している倉庫に走った。
 達川はネジを締めおわったステラコイルの本体に、特殊強化ガラスの筒をかぶせた。
 そうしている間に、鷲武と伊達が大型のバッテリーを台車にのせて次々と運びこんできた。
「次は何だ!」
鷲武が聞いた。
「コンデンサーに、電気を蓄電します!」
達川はそう言いながら、ステラコイルの本体の下に取り付けてある大きな蓄電コンデンサーの電極をバッテリーにつないだ。
 電極を接続したあと、達川は流れ落ちそうな汗を白衣の袖でぬぐった。
「今から、この制御装置に組み込まれている自爆装置のプログラムを破壊します。時間はギリギリか、もしかすると間に合わないかもしれませんが、精一杯のことはやります!」
達川はそう言いながら三人の顔を見つめた。
「いま、コンデンサーに電気を溜めていますから、その間に説明しておきます」
達川の言葉に三人は無言でうなずいた。
「まず、このコンデンサーに、プログラムが組み込まれているディスクを破壊するために必要な電気を蓄電するには、約二十分かかります。残されている時間は二十四分です。そしてチャンスは一度だけです。失敗したら、もう蓄電する時間はありません」
そう言いながら、達川はコンデンサーの電極を次のバッテリーに接続した。
「ここに据え付けてあるステラコイルは、瞬間的に三百万から五百万ボルトの電気を発生します。その雷でディスクを破壊します。赤外線の網をくぐらせて発射しますので、一ミリの狂いも許されません。狙いはつけてあります。あとは蓄電コンデンサーに電気が蓄えられしだい、スイッチを入れるだけです」
そう言って達川が三人を見た。
「六十億の地球人類の命が、この小さな機械にかかっています」
「………」
三人は無言で達川博士を見つめた。
地球の運命は、達川博士が組み立てたステラコイルという小さな機械にかかっていた。もう後戻りはできない。時間は九分しか残っていない。
コンデンサーへの蓄電は、あとバッテリー一個になっていた。
 時間は午前八時二十四分。
 原子力潜水艦[あかしお]は、一千メガトンの核ミサイルを爆発させて地球を滅亡させるためにこの世に生まれ、地球とともに六十億の人類を滅亡させるために死ぬ。
 地球の最後まであと九分。
 だが、地球もこの[あかしお]も、三人の刑事も、誰も死なせはしない。達川は心の中でそう叫んだ。
「さあ、時間が迫っています。わたしたちに残された時間はあと三分です。決断の時がきました。国分さん、そしてお二人とも、覚悟を決めてください」
達川が三人を見渡した。
「伊達、国分、覚悟はいいか…」
鷲武は、伊達と床に座っている国分を見つめた。
「はい…」
国分は立ち上がった。
「博士、少し時間はありますか?」
国分は、ステラコイルを設置し終わった達川に聞いた。
「ええ、あと二分ほどは…」
達川が笑顔で言った。
国分は、並んで立っている鷲武と伊達にゆっくりと近づいた。
 そして、国分は鷲武に体を寄せて抱きつき、煙草の匂いがしみついた鷲武の胸に顔を付けた。鷲武は国分が抱きつくままにしていた。
 次に鷲武の隣に立っている伊達に国分は抱きついた。鷲武と同じように、シャツとネクタイにしみついた煙草の匂いがする。
 伊達は国分を抱いたまま、両手で軽く国分の背中をたたいた。
「伊達警視長、鷲武警視長。こんなはねっかえりのわたしを刑事に育ててくださって、本当にありがとうございました。お二人は、わたしにとって理想の男性です。わたしはお二人に恋をしています。それを最後に言いたくて…」
国分は、震える声でそう言いながら鷲武と伊達を見上げた。
 鷲武と伊達は黙ったまま国分を見つめてうなずいた。
国分は、次に達川博士に抱きつき、背伸びをして達川の頬に唇をつけた。
「達川博士。博士は最高の科学者です。地球を救うために、最大のご努力をされたことを心から尊敬いたします。お世話になりました。博士も、わたしにとって理想の男性です…」
国分は達川を見つめて言った。
「あなたのようなきれいな女性に、それほど誉められ、キスまでしていただくとは人生最大の栄誉です。これが成功したら、今度は祝杯の席で会いましょう」
達川は笑って国分に答えた。
「さあ、時間です!」
達川は三人を見て言った。
三脚に据え付けられたステラコイルの先端の電極は、制御装置の奥に見える小さな円盤に向けられている。自爆装置をプログラムした光学ディスクだ。
 国分に鷲武と伊達が近づいた。
「国分。おれと伊達も、おまえに恋をしている…」
 鷲武はそう言って国分を見つめた。
 伊達と鷲武は、国分の体を両側からしっかりと抱いた。二人に抱きしめられて国分の心は震えた。心が震えて涙があふれた。
「博士、準備はいいですか?」
伊達はスイッチを持っている達川博士に言った。
「いいですよ。できればわたしも国分さんに抱きつきたいですが、スイッチを入れる役目がありますので…」
達川博士は、国分に寄り添った鷲武と伊達に笑って大きくうなずいた。
「これで、安心して死ねます…」
国分は、自分の両側にぴったりと体を寄せた鷲武と伊達を見上げて言った。
「時には、おまえと付きあわんとな…」
鷲武が伊達と自分の真ん中にいる国分に言った。
 二人の優しい目が国分を見下ろしていた。
 鷲武と伊達は、両側から国分の腰と頭にしっかりと手を回した。国分は自分の髪に伊達と鷲武の息がかかるのを感じた。頭を鷲武と伊達に抱かれたまま、国分は静かに目を閉じた。
「やりますよ、祈ってください!」
達川は、ステラコイルを作動させる押しボタン式のスイッチを持った。
 自爆装置のデジタルカウンターは、00・00・40から39、38、37とカウントダウンしている。一千メガトンの核ミサイルが爆発して地球人類が滅亡するまで、あと三十秒しかない。
「いきます!」
そう言った達川博士の額にうっすらと汗がにじんでいた。
 国分は達川博士の声を聞いて、乾いてひび割れをおこしそうな唇を噛み締めた。
お父さん…、お母さん…。
 国分は心の中でつぶやいてきつく両目を閉じた。鷲武と伊達は真ん中の国分に体を寄せている。
 しかし、と国分は思った。
 地球が滅亡するか、それとも救われるか。いずれにせよ目を閉じていてはいけない。最後までこの目で見届けよう。国分はそう決心して目を開けた。
「十、九、八…」
達川はカウントダウンした。
突然[あかしお]が大きく左右にゆれた。
 国分は格納庫の天井を見上げた。
 その揺れはゆっくりとしたもので、自爆装置を止められるのを、[あかしお]自身が嫌がっているようだった。
「あっ!」
国分は叫ぶと同時に鷲武と伊達の手を振りほどいた。原因不明の揺れで三脚に据え付けられているステラコイルが倒れかかっていた。
国分は地を這うように飛んだ。
 ステラコイルが床に落ちる寸前、国分の両手がステラコイルを救い上げていた。[あかしお]はまだ大きく揺れている。
 したたかにわき腹を打った国分は息が詰まりそうになったが、揺れる[あかしお]の中でステラコイルを抱えて必死に立ち上がった。
「博士、早く!」
国分は叫んだ。その国分を見つめる博士も、伊達も鷲武も[あかしお]と一緒に揺れていた。
「先端をディスクへ!」
達川が叫んだ。
 国分は揺れる中で両手で持ったステラコイルをディスクに向けた。
「博士ーっ!」
鷲武が大声で叫んだ。
 その声に我にかえった達川がスイッチを押した。同時にステラコイルの先端からふたすじの落雷が走った。
 片方の落雷はステラコイルの先端から制御装置のディスクに吸い込まれるように落ちた。時間にしてほんの一瞬、わずか〇・一秒か二秒ほどの落雷だ。もう片方の落雷はステラコイルを持っていた国分の指先に落ちた。
 一瞬に流れた数百万ボルトの電流で、国分は激しく後ろに飛ばされた。国分の手から飛んだステラコイルが床に落ちてガラスの筒が粉々にはじけ飛んだ。
国分は完全に気を失っている。高圧電流が体の中を流れたため、国分の全身は小刻みに震えている。電気がまだ国分の体の中に残っているのか、髪の毛が逆立っていた。
 抱き留めている伊達の手にかすかに国分の脈拍が伝わっていた。
 鷲武と伊達は気を失った国分を抱き止めたまま、自爆装置のデジタルカウンターを見た。
残り時間が三秒のところで、悪魔のデジタルカウンターは停止していた。



国分。おい国分、起きろ、と、どこかで自分を呼ぶ声がする。
「国分。おい国分、起きろ」
その声に国分は目を開けた。伊達と鷲武の顔がうっすらと見える。ぼやけて見えていた二人の顔が徐々にはっきりしてきた。
「伊達警視長…」
弱々しい声で国分は伊達を見上げた。鷲武が国分の口に何かを入れた。
「飲め」
鷲武が笑いながら言った。
 国分は鷲武が口のなかに入れたものを飲み込んだ。飲んだとたんに咳き込んだ。
「何を…、飲ませたんですか?」
抱きかかえられたままの国分が鷲武を見上げた。
「気付け用のウィスキーだ」
鷲武が嬉しそうな表情で言った。
「わたし、生きてるんですか?。[あかしお]は…」
国分がゆっくりと上半身を起こした。体と頭が重い。吐き気がする。
 達川博士が国分の背中をさすっている。両手の指先が針で刺されているようにチクチクと痛かった。
「国分さん。あなたのおかげで、地球は救われましたよ」
達川博士は、吐きそうになってうつむいている国分の顔をのぞきこみながら言った。
「吐き気はすぐにおさまります。体を電気が流れたせいで吐き気がするのです。こんなめにあわせて、心から申し訳ないと思っています」
そう言って、博士はコップの水を国分に手渡した。国分はゆっくりと飲んだ。
 冷たい水が全身にしみわたった。コップを持つ手に針で刺されるような痛みが走っている。全身から力が抜けていた。瞬間的とはいえ数百万ボルトの高圧電流に感電したのだ。筋肉が弛緩しているらしい。
「指先は、まだ痛みますか?」
達川博士の問いに国分は黙ってうなずいた。
「ステラコイルの電気が指先から一瞬で流れたために痛むのです。マッサージしてさしあげましょう」
達川は国分の両手をゆっくりと揉みはじめた。国分はまだうつむいている。
「国分、地球は救われた。もう心配はない。おまえが六十億の人類を滅亡から救ったのだ」
伊達が国分を見つめてそう言った。
 伊達の言葉に、国分は制御装置のデジタルカウンターを見上げた。
 残り三秒のところでカウンターは停止していた。













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