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赤 い 波
作:凪沙 峻



第5章 米海軍全滅


二十四時間

日本が世界にさきがけて開発に成功した人工衛星誘導で航行する無人原子力潜水艦[あかしお]は、太平洋の小笠原海溝一五〇〇メートルの深海に停止していた。
小笠原海溝は最深部が九八一〇メートルで、[あかしお]が停止しているところは最深部が九六五六メートル。小笠原諸島の須美寿島の東、北緯三十一度十分、東経一四二度四十分の位置だ。
 いま[あかしお]は警視庁刑事局の伊達英章によって操艦されていた。
[あかしお]には日本が開発した二十発の核ミサイルが搭載されている。一発が五十メガトン。合計一千メガトンの水爆だ。たった一発でも日本全土を灰にできるほどの威力を持っている。
京都大学教授の達川雄三博士が、ミサイルの自爆装置の分解に没頭していた。
 ピッ、ピッという自爆装置のカウントダウンの音だけが兵器庫に響いていた。
 自爆装置によって核ミサイルが爆発し、地球人類が滅亡するまで、あと二十四時間〇九分に迫っている。
二月八日、午前八時三十三分に自爆装置のデジタルカウンターに〇が六つ並ぶ。
 その時、地球という星と、その星に生きている六十億の地球人類が滅びるのだ。
達川博士は最終段階までたどりついた。だが、その最終段階で足踏みをしていた。
 床に腰をおろしている達川博士のまわりは、さまざまな工具や電子器材、分解した制御装置の部品が散乱している。
[あかしお]は深度一五〇〇メートルの海中に停止したままだった。
 達川博士に残された時間はあと二十四時間〇九分。それ以上の時間は地球人類に残されていないのだ。
どうすればいい。どうすれば…。
 心の中で達川博士は何度も自問自答を繰り返していた。
制御装置の中が見える。
 自爆をプログラムされている光学ディスクも、手を入れて取り出そうとすれば簡単にできそうだった。そのディスクさえ取り出せば、地球は一千メガトンの核爆発から救われる。
 だがそれができない。
 幾重にもはりめぐらされた蜘の巣が制御装置の中から達川博士を手招きしている。悪魔の手招きだ。手を入れたとたん、強烈な毒を持っている蜘が博士の手に襲いかかる。それは地球人類の滅亡を示す。
どうすればいい…。
 達川博士は心の中で自分に問いかけた。
全世界の核兵器を合計しても五五〇〇メガトンだ。しかし達川博士の目の前には全世界の核兵器の二〇パーセントをしめる核弾頭がある。これはまぎれもなく現実だった。
この[あかしお]に積まれている一千メガトンの核は、その存在を世界に知られていないものだ。これを合計すれば全世界の核弾頭の量は六五〇〇メガトンにも達する。
 たとえ全面核戦争が勃発しようとも、六五〇〇メガトンもの核は必要ない量だ。
 一度全滅した世界では、二度と核など使う必要はない。
 それを承知で世界は核兵器を開発する。
 相手が一〇〇発の核弾頭を持てば、自国は一五〇発の核弾頭を持とうとする。
現在の核大国はアメリカとロシアだが、両国は相手よりも多くの戦術核を持つことで強さを誇示し続け、バカなイタチごっこを繰り返してきたのだ。
 いわば、核保有国は量で抑止力を競争しているにすぎない。
 核の脅威はその核兵器を使うことではなく、核兵器を持っているという脅威を相手に与えることだ。
強い国になる。個人的には達川もそれに賛同する。
日本も強い国にならなければならない。
 そのためには五発や六発の戦術核を持つことも必要だ。
 平和国家を演じてはいるが、ロシア、北朝鮮、中国、インド、パキスタンと、アジアの国でも核を保有する国は多い。
 事実、北朝鮮、ロシア、中国の核保有国は、日本にも核ミサイルの照準を合わせているのだ。その現実を、平和国家を演じる政府の傘の下でのんびりと生きている日本国民は知らない。
 二〇〇三年にイラクに派遣された自衛隊員九人が、アルカイダと思われる自爆テロにあって死亡した。
 一時は国内でも大騒ぎになったが、それも半年あまりで国民の多くから忘れ去られた。
日本人は世界というものを知らない民族だ。
 世界中で紛争が後を断たないのを、日本人は対岸の火事としか受けとめていない。
 もし他の国が日本を侵略しようとくわだてたら…。
 その仮定を日本人は立てられないし、万が一というときにも対応する能力はもっていない。もちろん愛国心などは欠片もない。
なぜ日本は核兵器を持たないのか。達川はずっと前からそう思っていた。
非核三原則はたしかに平和国家日本の象徴だ。
 アメリカによって広島と長崎に原爆を投下された世界で唯一の被爆国というのも事実だ。こんな悲惨な戦争は二度と繰り返すな。国民はそう叫び続けた。
 だが、その叫びは日本だけのものだ。世界はその日本の叫びなど相手にしない。
日本に原爆を投下したアメリカは、悪魔の兵器を使用したことを反省はしていない。戦争を終わらせるためには、やむを得ない事だったと世界に宣言している。
 だがそれは、アメリカが世界をあざむくための言い訳だ。
 広島と長崎に原爆を落としたのは、単なるアメリカの核実験だったのだ。
 日本人は世界で初めて開発された核兵器の実験台になったという真実を知らない。
アメリカは、マンハッタン計画の成果を同胞のアメリカ人を使って実験をするわけにはゆかず、戦争に名を借りて日本人を実験台にしたのだ。それを世界に向けて堂々と正当化している。
 同じ民族が大勢死ぬのは胸を痛めるが、違う国の人間が何千万人死のうともたいして胸は痛まない。人間の心理とはそういうものだ。
 アメリカはよその国に対しては悪魔の兵器を容赦なく使う。そんな国が世界の正義をあずかる国と自負している。
 戦争に名を借りて悪魔の実験をする国。そしてそれを正当化する国になど、いつまでも世界の治安を任せられはしない。
日本は核兵器を持つべきだと達川は思う。
 世界が何と言おうと、日本に核ミサイルの照準を合わせている国に、こちらも堂々と照準を合わせてやるべきだ。
日本が世界各国から馬鹿にされているのは、世界に通じる防衛力がないからだ。
 特にロシアと韓国、中国、北朝鮮は完全に日本という国をなめている。
 今でも北海道の海では、ロシアや北朝鮮の国境警備船や工作船が日本の漁船を銃撃する事件が後を断たない。
 銃撃されても、日本という国は文書や口頭で抗議するだけで断固たる処置をとらない。
 なぜ断固たる処置をとらないのか。
 経済援助や緊急融資などを打ち切ると言えばロシアや北朝鮮も少しは考えるはずだ。
日本は外国に対して強く物を言えない国だ。
 言った場合は、政府はロシアや北朝鮮の次の出方を考える。
 金持ちの日本からの融資がなくなれば、ただでさえ経済破壊であえいでいるロシアや北朝鮮はますます貧乏な国になる。そうなったロシアは、チェコやルーマニアに武力侵攻したように、日本にも攻め込んでくることもありうるのだ。北朝鮮もそれと同じ行動に出るだろう。
 防衛力が乏しい日本は、ロシアがその気になれば一週間で占領されてしまう。
 自衛隊の人数や装備を考えて、一週間持ちこたえるのが精一杯だ。
 だが、日本が核を持てば話は変わってくる。核保有国同士ではうかつに手はだせない。出せば相手も核を使うからだ。
 それが核の抑止力で、外交面でも当然強い意見を言う立場を確保できる。
銃を持っていても、それを自分の意志で使うことができない。それが今の日本の現状だ。  海上自衛隊や海上保安庁も、自分たちに向けて銃を撃ってくる相手に対して銃を発射できない。指揮官の責任を問われるからだ。
 銃を持っていても使えない国民を相手に、平気で銃を撃つロシアや北朝鮮は遠慮などはしない。相手が銃を撃たないとわかればなおさら図にのる。
 大陸の国々は、海に囲まれた日本とは立場が違う。彼らは隣国や弱い国を侵略することで自分の国の領土を広げつつ、その歴史を重ねてきたのだ。
今の鹿部総理の考え方は正しいといえる。核保有国に囲まれた日本を鹿部総理は強い国にしようとしているのだ。
核兵器を持つことは、世界で唯一の被爆国としての日本国民を、考えようによっては裏切る行為だろう。
 だが現実に核兵器を保有してしまえば世界が何と言おうとあとのまつりだ。
 核兵器を持っている相手には、自分の国も滅びる覚悟がなければ手は出せないのだ。だから鹿部は極秘に核を開発したのだろう。
鹿部の思惑は、達川には解る。
 核兵器を開発したことはいずれは世界中に知れわたる。
 日本は世界中から非難を浴びるだろう。しかし浴びるのは非難だけだ。そんな非難は放っておけばいい。
 戦術核という強い抑止力を持つことによって、北海道の海で経済水域の二〇〇カイリ以内なら堂々と操業もできる。いずれは二〇〇カイリの海に警備艇も出すことができるし、銃撃されたらこちらも銃撃で応戦することもできる。
 相手が銃を撃つなら自分も撃ちかえす。本来であればそれが本当の防衛だ。
 だが、そんなことは大きな声では言えない。一介の学者がそんなことを言えば大騒ぎになる。
平和国家の日本。憲法第九条。国民はそう言って騒ぐだろう。しかし日本国民は現実から逃避している。
 現実に日本には自衛隊という武力集団がいるが、敗戦直後にマッカーサーから押しつけられた憲法をそのまま使っている。国民の勘違いしている平和によって、自衛隊を爪も牙も無い、大国に尻尾を振るだけの腰抜けの番犬にしている。
 憲法第九条には『国権の発動たる戦争は廃止する。他の国民との紛争解決の手段としての武力の威嚇、または武力の使用は、永久にこれを放棄する』とある。
 単にこれだけを読めば、自衛隊は確かに憲法に違反すると解釈できる。しかし現実に自衛隊は存在する。いや、存在しなければならないのだ。
 他の国に攻められて日本国民が殺されても抵抗はせず、自分たちの家族が目の前で殺されても黙って見ていろ。憲法はそう言っているのか。
 それは違う。
今の世の中で非武装中立などという論理は通じない。
 永世中立国のスイスとて世界水準に達する強い軍隊が存在し、徴兵制度がある。国民全部が、自分の国や自分の家族は自分たちで守ろうと努力しているのだ。
 それに比べて日本国民がいかにまぬけな国民かが解ろうというものだ。
軍国主義の再興とアジアの国々は日本に言うが、自分たちの国はどうだ。
 中国や韓国には軍隊はないのか。軍隊どころか核兵器さえも持っている。
 達川は日本国民の馬鹿さかげんに呆れ果てていたところだった。
 すっ裸で外を歩くわけにはいかない。自分の身は自分で守らなければならない。自分の家族もだ。
 外に出るときドアに鍵をかける。それと同じだ。自分を守る責任は自分にある。刑法では正当防衛や緊急避難も認められているのだ。
 日本人は平和の中で暮らしているがゆえに、もしも、ということを考えない。
 自分、あるいは自分たちだけは大丈夫だ。人のことは人のこと。何かがあっても誰かがなんとかする。それが平和にどっぷりと浸かっている日本人の姿だ。
万が一、ロシアや北朝鮮が北海道や本州の日本海側から突然武力で侵攻してきたら、いったい誰が、あるいは何が日本を守るのか。
 安全保障条約を結んでいるからといっても、アメリカは日本のために防衛力を提供してくれはしない。経済で世界を侵略する日本に防衛力を提供するほどアメリカという国はお人好しではない。
 条約というのはお互いに相当の利益を確保できるという前提にたってのもので、一方的に相手に奉仕するためのものではないのだ。日本を守るのはそこに住んでいる日本国民しかいない。
 だが、今の日本国民にいったい何ができるか。
 何もできはしない。日本を占領したロシアや北朝鮮人の奴隷になるだけだ。
達川は目の前の制御装置をうつろな目で見つめながら、長いもの思いにふけっていた。 
 日本も核兵器を持つべきだ。
 核という大きな抑止力は、結果的には日本という国を強くする。安保条約を破棄したと同然のいま、日本は世界に通じる強力な防衛力を確保すべきだ。
達川博士は、ロシアや北朝鮮もそうだが、アメリカという国が一番の脅威に思えた。
 対アメリカという外交政策を考えた場合、世界に通じる防衛力は絶対に必要だ。
しかし…、と、達川博士は制御装置の奥に見える六基の核ミサイルを見つめた。
 たった一隻の原子力潜水艦に積まれている、この一千メガトンの水爆は、一国が持つ戦術核としてはあまりにも大量すぎる。








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