34
太平洋の小笠原海溝一五〇〇メートルの深海に、原子力潜水艦[あかしお]は停止していた。
中に乗っているのは警視庁刑事局の刑事が三人と、核ミサイルの自爆装置を分解するため、鷲武の依頼で乗り込んだ京都大学教授の達川雄三博士の四人だ。
[あかしお]は当初海底棚に着底していたが、海底の地滑りで埋まりそうになったため、今は海中に浮遊停止している。
達川博士は、[あかしお]の自爆装置を兼ねる核ミサイルの制御装置の分解に没頭していた。
分解は最も重要と思われるところを除いてほぼ終了している。あとは人工衛星の電波を受信する回線と、発射されたあとの核ミサイルからの信号を受信する回線、自爆装置の回線、その三回線を点検して、できうるならばその回線を遮断する方法を見つけ出すだけの段階だった。
ただ、全ての回線は光学式電子銃で信号を伝えているため、簡単には遮断できない。それが唯一の難関だった。
へたな遮断のし方をすれば、その時点で全部の核ミサイルが一斉に爆発する。
衛星電波の受信回線も、ミサイルからの信号を受信する回線も、そして自爆装置の回線も、それぞれ百本以上の光学式電子銃で構成されている。この回線を一秒の狂いもなく瞬時に遮断しなければならない。
普通の電気の線ならば引き千切ればそれで済むかもしれないが、光学式電子銃の場合、ショックを与えた瞬間に、違う光が違うレンズに飛び込まないともかぎらないのだ。もしも違う回線に別の光が飛び込んだとき、どんな異常が起きるか、それは達川にも想像はできない。
これ以上はうかつに手を付けられないところまできている。達川は制御装置の前の床に腰を下ろして腕を組んだ。
「博士、いかがですか?」
座り込んでいる達川の横に、司令室から降りてきた国分が並んで腰をおろした。
「ああ、刑事さん。たしか国分さんでしたね…」
達川は両手で膝を抱えるように横に座った国分に言った。
自分に子供がいれば、たぶんこのくらいの年令だろうと達川は思った。もしもこんな美しい娘がいたなら、親としての自分の人生はもっと変わっていただろう。
「はい」
国分は笑顔で答えた。
「どうも難解なしろものです。最後の一歩まで辿り着いたのですが、その一歩が踏み出せません。下手をすればこの場で爆発してしまいますからね…」
達川は何か眩しいものでも見るように、目を細めて目の前の制御装置を見上げている。
「ところで…」
達川が国分を見た。
「あなたのように若くて美しい女の人が、なぜ刑事になったのです?。ま、これは人それぞれの立場がありますから、愚問かも知れませんが…」
そう言って達川が笑った。
国分も達川につられて声を出して笑った。
「わたしはもともと刑事ではなく、地方警察の広報係長だったんです。それがなぜか、押し寄せる波に流されるように、気が付いたら刑事になっていました。変なものですね、人間の運命って…」
国分は達川が見上げている制御装置を自分も見上げた。
「あの二人のせいです。あの二人がわたしを刑事にしたんです」
そう言って国分は笑った。
「でも、刑事になったことを後悔はしていません。それどころか大きな誇りに思っています。大勢いる中の女性警官では経験できないようなことを、あの二人のおかげで経験できましたし、それなりの緊張感というか、一歩間違えば拳銃や機関銃で撃ち殺されるような経験も味わいました。今もこうして、あと数十時間で死ぬかもしれないという運命の中で生きています。でも、あの二人のおかげでちっとも怖くないんです。あの二人と一緒にいると、死というものも、なぜか安らかに迎え入れることが出来るような気がして…」
国分は下を向いて言った。
「いい仲間なんですな…」
達川が目を細めて国分を見つめた。
「たしかに仲間ですけど、あの二人は上司です。あの二人は警察官として必要な全てを、他のどんな優秀な警察官よりもはるかにたくさん備えています。一人の上司は言葉が乱暴で、いちいち人を突き刺すような態度をしますが、それは性格で、本当は部下思いの人です。もう一人は紳士で、わたしが叱られているとすぐにフォローしてくれます」
そういって国分は笑った。
「そうですか…。大事にされているんですね」
達川がしみじみと言った。
「おかげさまで…。でも、ときどきあの二人はわたしをただの女としてしか扱わないこともあるんです。けっこうセクハラもありますよ。今日だって、わたしは気を失っている間に裸にされました。誰にも見られたことのない生まれたままの姿を、あの二人にしっかり見られたんです。おまけに下着まで洗濯されたんですよ。すごくショックでした」
国分は気を失っていたときのことを思い出して言った。
「そうですか。それはあの二人がうらやましい。わたしにもひとこと言ってくれれば、こんな制御装置など放り出して拝見したかった…」
達川はそう言って笑った。
「まあ、博士までそんな…」
国分は笑いながら達川の横顔をにらんだ。
自分たちが無事に帰れるかどうかは達川博士にかかっている。博士でもどうにもならなければ、自分たちはこの[あかしお]とともに海底に沈んで死ぬのだ。
達川の笑顔が唯一の救いだと鷲武は言った。国分もその通りだと思う。
化学の分子式を一つ一つ解いてゆくように、達川博士の頭の中で、この複雑な制御装置の配線を一本ずつ外してゆくのだろう。
「科学者になられて、もう長いのですか?」
国分が達川に聞いた。
「原子物理学と電気工学の博士号をとって二十三年になります。いつのまにか権威などと言われるようになりましたが、権威と言われるほどたいしたものではありません。最近の科学に関しては、助手たちの方がわたしよりも勉強しているかもしれません。それに、学者なんてのは半分身体障害者のようなものです」
達川は自分で自分を笑うように言った。
「どうしてですか?」
国分は達川に聞いた。
「医者などを含めて、全ての学者というのは、子供の頃から医学や科学ことばかりを必死に勉強してきていますから、ほかの事、たとえば、世の中の一般常識や道徳などはまるで知らないことが多いのです。つまり融通性がないというか、世の中に一人で放り出されたら、たちまちノイローゼになって自殺してしまうでしょう。極端ではなく、それほど学者という人種は世の中に対する適応性がないのです」
達川はそう言いながら制御装置を見つめた。
「いい例えが、あなたたちの誰でも知っている物の値段などは、恥ずかしながら全然知りません。喫茶店で飲むコーヒーの値段や、自分が研究室で使っているコンピューターの値段も知らないのです。物を買ったり喫茶店でコーヒーを飲んだりしたときには、自分でお金を払うわけですから、一時的には金額を覚えています。しかし、それはあくまでも一時的なもので、一歩店から出ると、注文したコンピューターやコーヒーの値段などはすぐに忘れてしまいます。覚える必要のないことですからね…。バスや地下鉄の定期券も死んだ家内や助手が買ってくれたのを使うだけで、定期券などどうやったら買えるのかも知りません。こんな人間は、どこかに閉じこもって自分の世界で生きてゆくしか道はないのです」
達川は少し淋しそうに話をした。
「…………」
国分は黙って下を向いたまま達川の話を聞いていた。
「でも、この潜水艦の中はわたしに合っているような気がします。これほど没頭できるのも久しぶりです。人類を救うとかそういう大げさなことではなく、わたし自身がこの制御装置を目の前にして燃えているのです。人類を滅亡の淵から救うことになるというのは、あくまで付随的なもので、わたしの気持ちを燃え立たせる研究材料がこの制御装置です。できることならば、薗村さんが説明してくれた原潜の制御ボックスとやらも、ひと目見てみたかった…」
達川はそう言って国分に笑顔を向けた。
ここにも自分たちと同じ、難解に命を賭けて立ち向かう人間がいる。国分はそう感じて達川を見つめた。
「何かがいるぞ。真上だ…」
伊達が顔を上げた。
「なんだ?」
鷲武も上を見上げた。
[あかしお]のレーダーが弱い金属反応をとらえていた。その弱々しい白い影が[あかしお]の真上からゆっくりと降下してくる。
「なんですか、これは…?」
国分が目の前のレーダーを見つめた。その白い影は、ゆらゆらと漂うクラゲのように頼りないほど影が薄かった。
「金属反応は薄いが、反応するかぎりは金属だ。だが、いったい何だ?…」
伊達は徐々に近づいてくる白い影を見つめながらつぶやいた。
魚雷ならばもっとはっきりした影が出るはずだが、これほどわずかな金属反応なら魚雷ではなく、もっと別な物だろうと伊達は判断したが、果たして何なのか。
「魚雷じゃないのなら放っておけ」
鷲武が腕を組んで言った。
『原潜の刑事へ、こちらは天神の会の池月英津子です。直ちに海上へ浮上しなさい。浮上を拒否した場合は、艦橋部に爆弾を仕掛けます』
突然女の声が司令室のスピーカーから流れてきた。
それは、香港を消滅させる前に警視庁へ脅迫電話をかけてきたときの声と同じ、天神の会の池月英津子のものだった。
「クソ女め、生きてやがったか!」
鷲武が立ち上がって艦橋の上を睨んだ。
国分も立ち上がった。その国分の顔が赤みを帯びているのに伊達は気が付いた。
『天神の会の司祭、大神だ。刑事の諸君、この潜水艦は我々天神の会が腐った世界を洗い流すために摂収する。諸君たちは、世界を統治する天神の会にこの潜水艦を即座に明け渡し、我々の指示に従うことを命ずる』
スピーカーから大神士郎の声が流れてきた。初めて聞く大神の声だった。
「クソッタレめ!。刑事の諸君ときやがったぜ!」
鷲武はそう毒づいてハンドマイクを握った。
「おい、クソ女と司祭とやら。あの攻撃でよく生きていた。一応はほめておく。この深海まで来たこともだ。だか、わざわざ来てもらってすまんのだが、おれ達はこの艦をあけ渡す気はない。鮫の餌にならんうちにさっさと消えてしまえ!」
鷲武はマイクに怒鳴った。
『我々は、あなたの冗談につきあうためにここまで来たわけではありません。あと五分以内に浮上を開始しない場合は、香港を灰にしたのと同じ種類の小型の時限爆弾をしかけます。艦橋を吹き飛ばされる前に降伏して浮上しなさい』
冷たくて抑揚のない池月の声が響いた。
「浮上しましょう!」
国分が鷲武に言った。顔が朱に染まっている。
香港に核爆弾をしかけて何千人という人を殺した池月の声だった。
同じ女として池月は自分が殺す。国分はそう決心していた。その池月がすく近くにいるのだ。決着を付けるのは自分だと国分は思っていた。
「浮上してどうするんだ。あのクソ女と大神という気狂いに降伏するのか」
鷲武は国分を見つめて言った。
「池月を殺します!」
国分は腰から拳銃を抜いていた。
「落ち着け、国分」
伊達が拳銃を持って艦橋の上を睨む国分に言った。
「気持ちはわかるが、いま[あかしお]を浮上させることはできん。おれたちにはあんなバカどもを相手にしている時間はない。達川博士が必死で制御装置に取り組んでいる。艦を不安定な姿勢にするのは極力避けねばならんのだ」
伊達が目を光らせている国分に言った。
国分は獲物にとびかかる寸前の豹のような目をしている。細くてしなやかなその身体に、驚異的なバネを秘めているようだった。
「国分、拳銃をおさめろ。それより[あかしお]の周りをうろうろしているギンバエをどう始末するか、そいつが先だ。自分の手で池月を殺せないのは残念だろうがな…」
伊達は低い声で悟すように国分に言った。
「でも!」
国分は不満そうな表情で伊達と鷲武を見つめた。
「国分、おまえはあんなクソ女を相手にするために[あかしお]を追っかけて来たのか。おれや伊達と一緒に、地球を救うためにここまで来たんじゃなかったのか?」
鷲武がそう言って国分を見つめた。
「おれも、あのクソ女のケツに弾倉が空になるまで鉛の弾をぶちこんでやりたい。その気持ちはおまえと同じだ。だが、いまはその時間がないのだ。こらえろ、国分」
「はい…」
鷲武の言葉に国分は不服そうに拳銃をおさめた。
池月英津子と対峙できない悔しさに、噛み締めた唇から血が出そうだった。
香港に核爆弾をしかけ、一瞬にして六千人もの人の命を平気で奪った冷血な女。その天神の会の池月英津子が自分のすぐ近くにいるというのに手が出せない。
だが、国分は鷲武と伊達になだめられた。自分たちの目的を見失うなと。
鷲武と伊達の言葉で国分は少しずつ冷静さを取り戻したが、池月と直接対峙できない悔しさは消えなかった。
「伊達、何か方法はないのか。ブンブンとうるさくてかなわん」
鷲武は[あかしお]の周りをゆっくりと回っている白い影を見ながら言った。
「よし…」
伊達はうなずいた。
「国分、奴らを永久に海の底に沈めてやる。ここへ来ておれの隣に座れ」
伊達の言葉に国分が隣の椅子に座った。
「魚雷ですか?」
「いや、一気には死なせない。じわじわと恐怖を味あわせながらこの海溝に沈めてやる。国分、スイッチはおまえが押せ。殺された人たちの仇を討たせてやる」
伊達がそう言って国分を見つめた。
「はい。押します!」
国分は目の前の計器盤を見つめた。
引き締まった国分の白い横顔を、鷲武は黙って見つめていた。
女は理解できん、と鷲武は心の中でつぶやいた。
誰が池月を殺したって、殺したことに変わりはないはずだ。それなのに国分は池月というクソ女に固執している。
女とは理解できない動物だと、鷲武は改めて思った。フライパンで自分を追いかけ回す伊達の女房と国分はどこか似かよっているとも思った。
だが鷲武は〈いや…〉と、心の中で首を振った。
女なんてどれでも同じで、おかしな下着を着て男を惑わす、男の手には負えない生き物だ。鷲武はそう思うことにした。
「おれが合図したら、WA・Uと表示してあるボタンを押せ」
伊達が国分の目の前の計器盤をあごで示しながら言った。
「はい!」
国分はボタンのカバーを開けて答えた。
「いいか、これはタイミングが大事だ。一秒でも遅かったり早過ぎたりすると、二度と池月と大神を葬る機会はない。いいな…」
「はい!」
国分はWA・Uのボタンに右手の人差し指を乗せて答えた。
「よし、合図を待て」
伊達はそう言って[あかしお]のレーダーを三倍に拡大した。
目の前の拡大されたレーダーには、ひときわ大きくなった[あかしお]と池月と大神が乗っている潜水艇が映し出された。
潜水艇は、ゆっくりと[あかしお]を何かで縛り付けようとするように、右から左、下から上へと筒状に回っている。
「国分、用意はいいか」
伊達がレーダーを見つめたままで言った。
「はい!」
国分は、ボタンに乗せた自分の指を見つめたまま答えた。
レーダーはゆっくりと[あかしお]の周りを回る池月たちの小型潜水艇をとらえている。その小型潜水艇が[あかしお]の左側から艦橋の方向に浮かび上がってきていた。
『あと二分以内に浮上を開始しなさい。我々が持っている核爆弾の威力は、香港が灰になったことでじゅうぶん承知しているはずです。ただちに浮上して艦を明け渡しなさい』
降伏を通告する池月英津子の声が司令室に流れた。鷲武はハンドマイクを握った。
「あわてるなクソ女め!。いま検討中だ。まだ二分あるんだろう。二分もあれば、おれならクソをしてメシも食い終わる!」
鷲武はマイクに毒づいた。
『その声は刑事局の鷲武ね。そこには伊達警視長と国分という女警視もいるのですね。同じ女として一度会いたいと思っていました。三人ともこのまま殺してしまうには惜しい人たちです。あと一分です。これが最後通告です。一分を過ぎたら艦橋に時限爆弾を仕掛けます』
落ち着いた冷たい池月の声が聞こえている。
「勝手にしろ、クソッタレめ!」
鷲武はマイクを放り出して怒鳴った。
おい、さっさとクソ女を始末しろ!、と伊達に怒鳴りそうになったが、その言葉を鷲武は飲み込んだ。
伊達が真剣な表情でレーダーを睨んでいた。国分も獲物に飛びかかる雌豹のような目で伊達の合図を待っている。いま声をかけようものなら、国分に噛み殺されるような気がした。
「三、二、一、押せ!」
伊達の合図と同時に、国分は右手の人差し指に力を込めた。
青いランプが点灯した。
国分はレーダーを見つめた。
[あかしお]のレーダーに艦橋の真上にいる池月と大神が乗った小型潜水艇が映っている。その潜水艇に向かって、[あかしお]の艦橋付近から先端に円盤状のものが付いた紐のようなものが急速に接近していた。
「国分、合図をしたらWA・Cのレバーを前に倒せ!」
伊達がレーダーを睨んだまま言った。
「はい!」
国分はレーダーから計器盤に目を移して、伊達の言うWA・Cのレバーに手をかけた。
自分の手が汗で濡れているのを国分は感じた。
[あかしお]の艦橋から真上の潜水艇に接近した何かは、細く見える紐とともに潜水艇の周りをかなりの速さで回っていた。何度も潜水艇の周りで回転し、先端の円盤状のものが少しずつ潜水艇に近づいてゆく。
「今だ。レバーを倒せ!」
伊達の声に、国分はWA・Cのレバーを一気に前に倒した。同時に先ほど押したWA・Uの青いランプか消えた。
「よし、やったぞ国分…」
伊達は身体を起こして大きくため息をついた。
『何をしたの!。答えなさい、何をしたの!』
スピーカーから混乱した池月英津子の叫ぶ声が聞こえてきた。伊達はハンドマイクを握った。
「伊達警視長だ。きみたちにプレゼントしたのは、この潜水艦のワイヤーアンテナだ。海上との無線が聞き取りにくいときに、艦橋から撃ち出す直径三センチほどの鋼鉄のワイヤーと、重さ三百キロの円盤型アンテナだ。きみたちはこのワイヤーとアンテナの重さで海溝の底まで沈むことになる。この贈り物は、ここにいる国分警視からだが、気に入ってくれたか?」
伊達が無線を切った。
「国分、気が済んだか?」
伊達はレーダーをくいいるように見つめている国分に言った。
「はい…」
国分は緊張から解かれたのか、放心したような表情で伊達を見上げた。
「伊達、いったいどうなっている?」
鷲武は、放心状態で椅子に座っている国分の頭を軽く叩いて伊達に聞いた。
「ワイヤーアンテナを池月たちの潜水艇に絡ませてやった。たぶんスクリューにも絡み付いただろう。あの池月の慌てようからみると、ワイヤーが何重にも絡み付いて操縦不能におちいったようだ。あとは、この海溝の底に向かって落ちてゆく…」
「………」
「国分が押したWA・Uのボタンは、英語のワイヤー・アンテナ・アップの頭文字で、レバーのWA・Cは、ワイヤー・アンテナ・カットの略だ」
鷲武と国分は、伊達の説明を聞きながら無言でレーダーを見つめていた。
レーダーにはフラフラと頼りない姿勢で[あかしお]の右横を沈降してゆく潜水艇が映っている。
「池月と大神は本当に死んだのでしょうか。粟島から航空自衛隊の戦闘機の攻撃を逃れてきたように、また海の底から現われるのでは…」
国分が伊達に聞いた。
「まだ中の二人は死んではいないだろう。たとえ海中に逃れたとしても、ここは一五〇〇メートルの深海だ。出たら一瞬にして水圧で押し潰される。それに、あの様子では海中に脱出する暇はなかっただろう。今頃は九〇〇〇メートルの深海に落ちてゆく恐怖で震えているはずだ」
そう言って、伊達はレシーバーを耳に当てて無線のスイッチを入れた。しばらくして伊達はまたスイッチを切った。
「パニックを起こしている。断末魔の叫びだ」
そう言った伊達のレシーバーを、国分は自分の耳にかけようとした。
「聞くな。聞かないほうがいい。おまえが聞くようなものではない」
伊達はそう言って国分の肩を叩いた。
レーダーには、すでに二〇〇〇メートルを下降した潜水艇の影が映っている。
三人はそのレーダーの影を無言で見つめていた。
伊達の脳裏に、レシーバーから聞こえてきた池月英津子と大神士郎の、恐怖に耐えられず悲鳴を上げる断末魔の叫びがよみがえっていた。
「四五〇〇…、四五五〇…」
三人はレーダーで池月と大神が乗った潜水艇の影を見つめている。
小さくなった潜水艇の影を伊達はレーダーで拡大した。親指ほどに影は拡大された。
「限界深度の六〇〇〇メートルを越えた…。六一〇〇…、六一五〇…、六二〇〇…」
伊達が沈んでゆく潜水艇の深度を低い声で読んでゆく。
水深六四〇〇メートルを過ぎた直後、拡大されていたレーダーの潜水艇が一瞬でひとつの点となり、そして消えた。
「圧潰した…」
伊達が言った。
三人は影の消えたレーダーの画面をしばらく見つめたままだった。
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