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三十時間
二月六日午後十一時二分。
日本が開発した無人原子力潜水艦[あかしお]に積まれている二十発の核弾頭ミサイルが、自爆装置によって爆発するまで、あと三十三時間に迫っていた。
太平洋小笠原海溝の海上に一隻の輸送船が停泊していた。
船名を消した輸送船から三人乗りの小型潜水艇がクレーンで下ろされた。
小型潜水艇は通称[キャップ]といわれ、川島重工業が開発した潜水艇で、深海調査用として一九九二年に海洋技術センターに装備されたのと同じものだ。野球帽を伏せたような形をしていることから[キャップ]と呼ばれている。
[キャップ]は、長さ七メートル、幅五メートルの楕円形で、高さ二・三メートル。重量は三・一トン、外殻は真空熱処理をしたセラミックス製で、最大潜航深度は六〇〇〇メートル。
乗員の三名は、帽子でいうつばの方向に腹ばいになるような状態で乗る。海中の推進は、蓄電池を十個並列でつないだ十二ボルトの電力で動く八馬力のモーターだ。それで二本のスクリューを回す。
[キャップ]の前面に、厚さ三十センチの高透明度を誇るクリスタルガラスの窓があり、乗員はその窓から海底を見ることが出来る。深海での作業や海底のサンプルを採取するためのリモコンハンドが二本と、小型テレビカメラも装備している。
水面まで吊り下げられた[キャップ]に二人の人間が乗り込んだ。二人ともウエットスーツを着ている。その体形から一人は女だと判別できる。
女の横顔が輸送船の灯りに浮かんだ。整った顔立ちだった。整いすぎて冷たささえ感じられる。
「ではゆこう…」
男が言った。
「はい」と女が答えた。
女は池月英津子だった。男は天神の会の司祭の大神士郎だ。
今までの作戦では、制御ボックスの強奪と第一の神の罰のふたつは成功したものの、それ以外の作戦はことごとく失敗した。
制御ボックスのキーも手に入らなかったばかりか、警視庁刑事局の三人の刑事によって仲間が大勢殺された。
唯一大成功だったのは制御ボックスの強奪作戦と、香港を灰にした第一の神の罰だけだった。
電話回線の転送機能を使って、池月がアジトから警視庁に脅迫電話をかけた。だが、それも考えようによっては失敗だった。
転送に使った電話が成田空港の公衆電話だったからだ。成田空港からは、仲間の大島一彦、菅浩司、中島紀美子の三人が第二の神の罰実行の準備のためにフィリピンのマニラに向かうところだった。
警視庁刑事局の三人の刑事は逆探知によって成田空港に押し寄せた。
空港のエプロンで出発準備をしていた二機の旅客機を検問したあと、南ウィング待合室の捜索をはじめた。
ひとりは女の刑事だった。その女刑事が、空港警備員が手荷物検査をしてごったがえしている中から無造作に菅浩司に目を付けた。女だてらに鍛えぬかれた目をもっていた。
逃げようとした菅を女刑事は射殺した。そして何百人もの中から大島も中島も見つかってしまった。
三人は、万が一ということを考えて奥歯に青酸性の毒薬を仕込んでいた。警察に捕まって天神の会の作戦を知られる前に自決するためのものだ。足を撃たれた中島と大島はそれで自決した。
恐ろしい眼力をもった三人の刑事たちだ。
岐阜県の村に隠れていた親子を襲ったときも、あと一歩のところで三十人もの仲間が警視庁刑事局の刑事たちに全滅させられ、制御ボックスのキーは手に入らなかった。
制御ボックスは分解するしか手はなかった。
ボックスの上部にかすかな継目を発見した会の技術者が上部のカバーを外したが、配線そのものが複雑すぎて改造にまでは至らなかった。その最中に、またも三人の刑事がアジトのある粟島に上陸してきたのだ。
大神と池月が[あかしお]の位置を知ったのは十七時間ほど前だった。
警察無線を傍受していた池月と大神が、富士山を中継する警視庁の無線をとらえたのだった。無線は[おおとり]の国分警視と総理大臣の鹿部静夫の会話だった。
池月は急遽この[キャップ]を調達して、大神とともに[あかしお]を強奪すべく太平洋に出たのだった。
警視庁刑事局には大きな借りがある。
粟島のアジトは航空自衛隊のミサイルで木っ端みじんにされた。攻撃寸前で何とか脱出したものの、あと一分でも脱出するのが遅かったら、大神司祭とともにミサイルでやられるところだ。会の仲間も大勢彼らに殺されている。
このままでは引き下がれない。
原潜の行方がわかったからには、池月はたとえ自分が一人になっても攻撃して原潜を奪う。奪って[夜明けの星]作戦を実行する。
そのプログラムはすでに人工衛星の[すずらん]を使って[あかしお]の制御装置のコンピューターに組み込んだ。原潜さえ手に入れれば、搭載されている二十発の核ミサイルの脅威に全世界は平れ伏すのだ。原潜の中にいると思われる刑事たちも殺して、死んだ仲間たちの恨みを晴らせる。
大神士郎と池月英津子が乗った小型潜水艇[キャップ]は、クレーンから切り離され、ゆっくりと太平洋に沈んでいった。
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