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赤 い 波
作:凪沙 峻



20


「政府はキーを渡す様子はあるか?」
幹部たちとの食事のあと、大神士郎が池上英津子に聞いた。地下の大広間だった。日本海に浮かぶ島にある天神の会の隠れ家だ。自家発電機の低いうなりが聞こえる。
「まだ最後通告を出していません。期限は明日の正午と指定してあります。三時間前に、もう一度電話で最後通告を与えます」
 大神の言葉に池月が答えた。大神と池月の会話を五人の幹部たちが黙って聞いている。
「こんど消えるのはどこだ?」
大神が池月に聞いた。顎からもみあげにつながった髭が司祭としての風格を漂わせている。ガラス玉のように透き通った大神の目が池月を見つめていた。
「フィリピンのマニラを計画しております。準備は整っております」
池月が答えた。
尊い輝きをたたえた大神の目だった。その澄み切った両目に見つめられると、司祭のためならばどんなことでもできる。この世に不可能はないとさえ思われた。
 この[夜明けの星]計画は、大神が天神の会の神と崇める千手観音から告げられたものだ。
昨年の夏、大神士郎は自分のコンピューターで特殊な電波をとらえた。光学ディスクに記録した電波をコンピューターで解析した。解析の結果、その電波は日本が打ち上げた二基の気象衛星から発信されたものだとわかった。日本が打ち上げている気象衛星は[すずらん]と[つばき]の二基だ。
大神のコンピューターは偶然に[すずらん]の電波をキャッチしたのだ。大神はその電波をさらに強力に受信するため、直径三メートルのパラボラアンテナを大阪の剣尾山の総本部と、このアジトの屋上に設置した。
[すずらん]の電波を増幅させてみると、[すずらん]から発射されている電波は赤外線カメラが発するものだった。
 大神は[すずらん]が発射する赤外線カメラの電波を画像処理した。
 モニターに表れた画像を見て大神は驚いた。
 画面には横須賀の港が映し出され、ドッグには一隻の巨大な潜水艦が繋留されていた。熱探知センサーにコンピューターを切り替えてみると、その巨大な潜水艦は原子炉が積まれているらしかった。近くには一回り小さな海上自衛隊の潜水艦があったが、熱センサーで解析してみると小さな潜水艦の方はディーゼルエンジンを積んでいる。その横に並ぶ原子炉を積んだ潜水艦は、長さがゆうに二百メートルはあった。
コンピューターで潜水艦の各部分を解析した。データが次々と画面に表れてくる。
全長:二百メートル。
 潜水時総排水量:二万四〇〇〇トン。
 戦略型原子力潜水艦:人工衛星誘導装置搭載。有人及び無人航行可能。
 外殻:特殊熱処理施工、ハニカム構造式超硬チタニウム合金。
 原動機:水冷式プルトニウムJSB2型原子炉二基。
 予備原動力:蓄電池。
 原子炉蒸気タービン最大出力:十万馬力×二。無音推進七枚スクリュー二基。
 水中最大速力:五十ノット。浮上時最大速力:四十ノット。
 潜水可能深度:二千メートル。
 搭載武器:SLBM二十基。
 各ミサイルの装薬:通常炸薬及びプルトニウム型水素爆弾。一弾頭五〇メガトン。〇・一メガトン核弾頭及び拡散弾頭搭載可能音響及び熱追尾式コンピューター誘導〇四式長魚雷一〇〇発。アクティブレーダースキャナ装備ハープーン改良型海対空迎撃ミサイル一五〇発。
それが、コンピューターがはじき出した潜水艦のデーターだった。驚くべき性能と装備だ。 アメリカやロシアの原潜でもこれだけの性能は持っていない。
 大神は自分の体が震えるのを感じた。
 まさに国家の最高機密情報を偶然にキャッチしたのだ。
神だ。神が自分に与えてくれたものだ。この潜水艦はわが天神の会のものだ。この潜水艦を手に入れれば、天神の会が世界を支配できる。
最終戦争が勃発したとき、世界で一番力を持つのは原子力潜水艦の艦長だという。
 たとえ自分の国が消滅しても海中深く潜っている原子力潜水艦は、自分の意志で相手国に攻撃をかけることができる。最終的に生きていられるのは原子力潜水艦の乗組員なのだ。
大神はこの潜水艦を手に入れる決心をした。この潜水艦で世界の海をかけめぐり、地球の支配者となる。文句を言う国があれば遠慮なく核ミサイルを撃ち込んで消滅させる。二・三の国を消滅させれば、どんな国も言うことを聞くようになる。自分は絶対権力をもつ神になるのだ。
この潜水艦に関するあらゆる情報をつかめ。
 大神は幹部たちに命じた。そして原子力潜水艦には核ミサイルを発射するための制御ボックスが必要だという情報をつかんだ。
 幹部たちは日本全国の信者に命じて制御ボックスの存在を調べあげた。弘前大学工学部で制御ボックスが作られたことも、三個のキーがあることもだ。
幹部たちの報告で、近いうちに完成した制御ボックスを横須賀にある原子力潜水艦に積載するため、青森から極秘に輸送されることを知った。司教の池月英津子がたった。池月は自ら輸送される制御ボックスを奪うことを決心した。
池月は、三年前に天神の会に入信した弘前警察署の宮島壽和に面会した。
 宮島は突然の司教の面会に驚いた。宮島から見れば、遠くて手の届かない司教が面会にきたのだった。ましてや池月は絶世の美女だ。天神の会の総会でも宮島は遠くからしか司教の池月英津子を見たことがない。信者の間ではまさに女神のような存在だった。その女神が宮島の目の前に座っていた。
「近いうちに、この弘前から或るものが東京方面に輸送されます。それがいつ輸送されるか、輸送する経路と時間を詳しく調べなさい。もしも宮島信者が確実な情報を手に入れたなら、わたくしは宮島信者を一夜の夫として迎え、身も心も宮島信者に捧げます」
池月はそう言って宮島を見つめた。
「必ず情報をつかみます…」
天にも昇るような気持ちで宮島は答えた。
制御ボックスの強奪は成功した。
池月英津子が指揮する二十人の信者は重機関銃と短機関銃で武装し、輸送車を襲うときには、宮島に密かに手に入れさせた潜水用のマスクをかぶさせた。顔を見られないための策だった。
 そして東北自動車道の岩手県内で襲ったのだった。
 だが襲撃のどさくさで肝心の制御ボックスのキーを見失ってしまった。輸送を担当していた青森県警の十六人の誰かが持っていたのには間違いはないのだが、襲撃の時に道路上か、あるいは高架下に落としたものと思われる。しかしそれを探している時間はなかった。
 池月英津子は、現場を捜査した際に警察官の手によって回収されたものと判断した。あくまでも池月の推測だった。
だが思わぬ情報が入った。天神の会の司教、池月英津子が、司祭である大神のコンピューターを操作し、人工衛星[すずらん]に侵入して警視庁の動きを監視しはじめた矢先のこと、警視庁から覆面の一団が岐阜県の山村部に移動したのを確認したのだった。
なにかある。池月はそう直感した。
「制御ボックスを強奪するまでは司教の思惑どおりに運んだ。だが、キーがなくては我々が世界を征服する計画が成就しない。警察もバカではない。いずれはこのアジトも発見される。そうなれば制御ボックスも放棄するしかないのだ。どのような手段を使ってでも早急にキーを手に入れることだ」
大神士郎の声が響いた。
「キーにつきましては、司祭さまのコンピューターのおかげで、ある情報を手に入れることができました。必ずや、司祭さまがお気に召すような結果をご報告できますよう努力いたしますので、吉報をお待ちください」
池月英津子が大神のグラスにワインを注いだ。
「その情報とはどのようなものだ?」
大神が池月に聞いた。
「はい。警視庁の刑事が五人と、自衛隊第一師団の自衛隊員が約二百人、習志野の自衛隊員百人が武装して岐阜県内の御母衣という村を警備しています。その村は住民のほとんどが年寄りです。しかしながら、衛星のカメラがある親子を確認しました。その親子は二ヶ月ほど前からその村に住みはじめたとのことです。これは岐阜にいる信者に確認させましたから間違いはありません」
池月はそこで一度言葉を切り、ワインを一口飲んだ。
 大神や幹部たちがじっと池月を見つめていた。
「この親子は、昨年制御ボックスを奪った日に現場近くにいた、北海道の開業医の妻と娘ではないかと思います。残念ながら北海道での襲撃には失敗しましたが、こつぜんと北海道から行方を断った親子が、キーを持ったまま警察と自衛隊に守られていることは十分に考えられます」
美しい横顔だった。整いすぎて冷たささえ感じさせる美しさだ。それは池月英津子の冷静さや冷酷さを表しているのかもしれないと大神は思った。だが、その冷静さと冷酷さは大神の片腕として必要なものだ。
 女の池月を会の最高幹部である司教にしたのも、池月の持つ冷静さと冷酷さをかったからだった。
池月英津子は誰のものでもなかった。
 天神の会は、下級信者たちはともかく幹部同士の恋愛や結婚は堅く禁じてある。理由はただひとつ、色恋いざたで会の柱たる幹部たちの団結が崩れるのを恐れるからだ。 
 池月は誰とも恋愛感情を持つことはなかった。池月自身も恋愛や結婚などには向かないことをよく知っている。自分よりも有能な人間はこの世にはいない。自分よりも能力に欠けている男と、恋をしたり結婚したりしてもうまくゆくはずはないのだ。それよりも自分は天神の会のために生きる。
もしもこの世に自分が恋する男がいるとすれば、万が一にでも自分を打ち負かす可能性を秘めている警視庁の刑事かもしれない。
 今までの警察の動きを見ているかぎり、自分を打ち負かすような刑事はいなかった。しかし自分たちの動きを素早く察知して、横須賀と成田空港で会の仲間たちを捕捉した刑事たちがいる。警視庁刑事局の刑事だ。
警視庁刑事局の刑事は、横須賀に停泊している原子力潜水艦を奪おうと送り込んだ十五人の仲間を皆殺しにした。会で作った青酸ガスも、自衛隊員たちは全滅させたものの、刑事局の刑事には効き目がなかった。
 成田でもそうだ。第二の神の罰の準備のためフィリピンのマニラへ飛ぼうとしていた三人の仲間を、あの雑踏の中から、まるで印の付いた石ころでもつまみ出すように特定した。
 通常の警察官にはない捜査能力を備えた刑事たちだ。その中には女の刑事もいるという。いずれ会うことになるかもしれないと池月は思っていた。
その刑事たちを相手に必死の戦いをしたいものだ。
 この[夜明けの星]作戦こそが自分の能力を最大限に発揮できる。国家権力と極限の戦いを繰り広げることで、決して消えることのないエクスタシーを感じ続けることができるのだ。
「この村には、部外者はいっさい立ち入ることはできません…」
池月英津子がそう言って大神たちを見渡した。
「三百人の自衛隊と刑事が五人、村を二十四時間体制で警備しています。核ミサイルを積んだ原潜の制御ボックスが奪われ、香港も核爆弾で消滅したという一大事の時に、あの小さな村を警備しているのには、何か理由があるはずです。今の時点で考えれる理由はただひとつ。二ヶ月ほど前から村に住みついた親子がキーを持っているのではと、わたくしは考えております」
池月英津子の白い顔がうっすらと赤みをおびている。
「戦闘部の一部がすでに岐阜に向かっております。わたくしの想像どおりにあの親子がキーを持っているとすれば、一両日中に司祭さまの手にお渡しできるものと思います」
池月はそう言ってワイングラスをかかげた。
「うむ。司教の吉報を待っている。これで[夜明けの星]計画が、実現に一歩近づいたことになるな…」
大神は、胸元まで伸びている口髭を撫でながら幹部たちを見回した。
「もしも、キーを手に入れることが出来ない場合は…」
池月が大神を見つめた。
「会の科学者に、あの制御ボックスを分解させてでも内部構造を調べさせます。そして制御ボックスを積まなくても原潜が動かせるのなら、我々だけでも太平洋に出られるのです。もと海上自衛隊で潜水艦に乗り組んでいた信者もすでにあたりを付けております。衛星誘導であろうと人間の操艦であろうと、司祭さまが神になられることには、何の変わりもありません」
池月は、大神や幹部たちを見回しながら言った。













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