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海上自衛隊横須賀地方総監部
鷲武秀介は基地司令室にいた。中は閑散としている。いるのは鷲武と地方総監の佐山海将、基地司令の枝川1等海佐の三人と、総監と司令の副官の五人だけだ。二百名の隊員たちは、全員が完全武装で[あかしお]の警備に出ている。
原子力潜水艦[あかしお]は、基地のドッグに全長二百メートルの真っ黒い巨体を浮かべていた。
その巨体の中には、合計して一千メガトンの核ミサイルが積まれている。
一メガトンは百万トンのTNT火薬が爆発したエネルギーに相当する。その一千倍の破壊力を秘めた核弾頭がその巨体の中に積まれているのだ。もしもこんなものが爆発したら地球の半分がふっ飛ぶかもしれないと言った薗村の言葉も、鷲武には嘘ではないような気がしてきた。
[あかしお]は真っ黒い防水シートでまわりを囲まれていた。
警備している自衛隊員も[あかしお]の姿は見たことがない。見たのは、ここを警備する鷲武と刑事局の山際警視の二人だけだった。
ドッグの中で黒い防水シートに囲まれ、それ以上に真っ黒な[あかしお]が停泊していた。その近くには海上自衛隊の潜水艦も二隻停泊していた。整備のためらしい。
[あかしお]は、その自衛隊の潜水艦の二倍以上の巨体だった。自衛隊の潜水艦がモーターボートのように見える。まかり間違えば世界を破滅させる怪物だった。
「本当にくるのか?」
総監の佐山海将が鷲武に聞いた。
「必ずくる。奴らには、奪った制御ボックスと同様に[あかしお]も必要なのだ」
鷲武は目を閉じたまま佐山に言った。
「しかし、奴らはこの警備をどうやって破るというのだ。武装した隊員が二百名も待ち構えているんだぞ」
佐山は少しイライラして鷲武に言った。
長官命令だから仕方がないが、そうでなければ警察官などは一歩もこの基地のなかに入れないつもりだった。潜水艦の警備などは二百人の武装した隊員で十分だ。
突然ヘリでやってきたこの刑事と、自分たちだけでは信用できない防衛大臣に佐山は腹を立てていた。
それに地方総監の自分も、まだ噂の潜水艦は見たことがない。大臣を通じて、統合幕僚会議議長と海上幕僚長名で絶対に囲みの中を見るなと厳命されている。少しでも中を見たら、たとえ地方総監でも一生刑務所から出られない運命だと命令されている。
だが刑事局の刑事だけは見ることを許可されていた。捜査のために、場合によっては艦の中までも立ち入れるという。そのことも佐山はおもしろくなかった。ここは海上自衛隊が、それも総監たる自分が管轄する基地だ。その基地のなかに噂の潜水艦はある。総監である自分にも一切見せないとは、大臣は何を考えているのかと腹がたった。
「確かに警備は厳重だ。だが、奴らも機関銃で武装していることを、あんたは忘れている」 鷲武は佐山と枝川に言った。
「いくら武装しているといっても…」
枝川が面倒くさそうに言って佐山の顔を見た。
「人間を、殺したことはあるか?」
鷲武が二人に聞いた。右手でポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「人間を?…」
佐山が鷲武をみて顔をしかめた。
「そうだ。人間を殺したことはあるか?」
鷲武は大きく煙を吐いた。
「奴らはすでに十八人もの人間を殺している。人を殺すことなどは何とも思わない連中を相手に、言いたくはないが、標的にしか実弾を撃ったことのない自衛隊が、いざ自分に向かって殺し屋どもが機関銃を撃ってきたとき、ひるむことなく確実に奴らを倒せるのか。おれはそれを聞いているんだ」
鷲武はそう言って佐山を見つめた。
「きみ!。いかに警察官といえど、今の無礼は聞き流すことはできんぞ。撤回したまえ!」 佐山が椅子から立ち上がった。侮辱を受けた佐山の顔は興奮で真っ赤になっていた。枝川の目も怒りで燃えている。
「興奮するな。あんたたちは認めたくはないだろうが、これは事実だ。おれは犯人を実際に撃ち殺したことがある。何十人もだ。演習にはルールがあるかもしれんが、命を賭ける喧嘩や戦争にルールはない。奴らは自衛隊が統轄する演習に参加しているのではない。日本国に戦争をしかけているのだ。命を賭けてな…。だから大丈夫なのかと、おれは聞いているのだ」
鷲武は、立ちあがって顔を真っ赤にしている佐山を見上げた。
「大丈夫に決まっとるだろう!。確かに我々は人間を撃ったことはない。人間に銃を向けるのは、国民の生命や財産を守るため、真にやむをえない場合に限られているからだ。そのために毎日訓練をしている。実戦で本当に役立つためにだ!」
佐山は立ったまま、人差し指で机を突付いて鷲武に怒鳴った。
自衛隊生活三十年の中でこれほどの侮辱を受けたことはない。
国民の誰もが自衛隊を認めている。どんなに防衛費を割り当てられても、それに文句を言う国民はほんのわずかだ。
海での遭難などでは、海上自衛隊は常に出動できる態勢を整えて不測の事態に備えている。海ばかりではない。陸上自衛隊も航空自衛隊も、色々な民生協力はもちろん、数多くの災害に出動して国民のために役立っている。防衛費を無駄に使っているわけではないのだ。
数々の災害派遣でも常に第一線は自衛隊だ。警察はその後からやってきて検証や遺体の検死をやるだけだ。後始末はいつも自衛隊にやらせる。
今まで何度も海難出動で大勢の部下を指揮をしてきた佐山は、日頃からその事が面白くなかった。
偉そうにしゃしゃり出てきたこの刑事が、佐山に対して自衛隊を侮辱するようなことを言った。日頃からの佐山の思いがとうとう爆発したのだった。
「おれは自衛隊を侮辱するつもりはない。場合が場合だ。だから実戦経験のない隊員を心配している。もしも侮辱と受け取られるのならば仕方がないが、ここが襲われたとき、あんたたちは痛いほどそのことが解るはずだ」
鷲武は鋭い目で佐山を見つめた。
「銃に弾は装填しているのか」
鷲武が枝川1佐に聞いた。
「まだだ、装填命令はわたしが出す」 (※装填:銃の薬室に弾を込めておくこと)
枝川が言った。
「ならば、いますぐ装填命令を出せ。隊員の命が大事ならそうしろ。奴らは、あんたの命令に合わせて襲ってくるほどお人好しじゃないぞ」
鷲武はそう言いながら自分の拳銃を点検した。
「次長!」
司令室のドアが開いて刑事局の山際警視が入ってきた。
「どうした」
鷲武が振り返って山際を見た。
「おかしい…」
山際が低い声で鷲武に言った。
「なんだ!」
「二分ほど前だが、一斉にカモメが鳴いた」
「カモメだと?」
「そうだ。そして、すぐにかき消すようにカモメは鳴きやんだ…」
「なに?…」
鷲武が立ち上がった。
いやな予感が鷲武の脳裏をかけめぐった。
カモメは夜行性の鳥ではない。いまは夜の十時。カモメが眠っているはずのその時間に一斉に鳴き出し、そして一斉に鳴きやんだ。
「鳴きやんだだと…」
鷲武はそうつぶやいて司令室の天井を見上げた。
「山際!」
突然鷲武が怒鳴った。
「持ち場に戻れ!。奴らが襲ってくるぞ。風上で応戦しろ!」
鷲武は拳銃を抜いて山際のあとから司令室を飛び出した。
岸壁のほうに走って行く途中、鷲武は異様な匂いを嗅いだ。砂糖が焦げたような匂いだった。
「山際、気をつけろ。ガスだ!」
鷲武は大声で叫んだ。山際も気が付いたらしく右手で鷲武に応えながら走って行く。
タタタタタタ、という軽機関銃の連続した銃声が聞こえた。ウージーかマックだろう。拳銃弾を使う小型の機関銃だ。
呼吸を止めたまま鷲武は走った。匂いから判断して青酸ガスらしい。吸ってしまったら窒息して死ぬ。鷲武は闇のなかに向けて拳銃を発射した。ガスマスクをかぶった黒装束の人間が倒れた。鷲武が撃った弾は額の真ん中に命中していた。転がっていたウージーサブマシンガンを鷲武は拾った。
「クソッタレめ!」
鷲武は走りながら自由にならない自分の左腕をののしった。散発な銃声が聞こえている。その音から山際の拳銃だとわかった。
走りながら鷲武は闇のなかに向けてウージーを発射した。連発の発射の反動が肩に響く。五人の黒装束が鷲武のウージーで血塗れになって死んだ。弾倉が空になったウージーを捨てて死んだ黒装束がもっていたマックを拾った。ウージーと一緒で九ミリ拳銃弾を使用するサブマシンガンだ。弾倉には三十発の弾が入っている。
鷲武は止まらなかった。止まったら相手の的になるからだ。鷲武はジグザグに走った。走りながら気配のするほうに向けて引き金を引いた。
「生きているのは、おまえとおれだけのようだな」
鷲武は山際に言った。
「そのようだ。自衛隊は全員死んでいる。一発も撃たないうちに…」
闇の中で山際と鷲武は周りを見渡した。
一メートルほどの高さに積み上げた土のうの陰で待機していた自衛隊員は、小銃を抱えたまま青酸ガスにやられて死んでいた。
鷲武と山際はガスを察知するのが早く、呼吸を止めたまま戦ったが、自衛隊員たちはガスというものに対する対応が全くなってなかった。
刑事局の刑事は、その気になれば五分は呼吸を止めていられる。呼吸を止めたまま戦う訓練も受けている。ガスの対策だけではなく、水の中での戦いにも備えているのだ。
国民投票により日本から撤退し、今は無人となった米軍の箱崎基地の方から吹く海風が毒ガスを押し流し、あたりはもとの空気が支配していた。
「奴らは全部死んだのか」
鷲武が山際に聞いた。
「ああ。生かして捕らえる余裕はなかった」
山際はまわりに転がっている黒装束の死体を見つめながら言った。
「まあな…」
鷲武は低い声でつぶやいた。
短機関銃が相手では、いかに鷲武や山際でも簡単に相手を生かして捕まえることはできなかった。
司令室では地方総監の佐山と基地司令の枝川、二人の副官も青酸ガスで窒息死していた。 幸い[あかしお]は無事だった。鷲武と山際の素早い判断と行動が[あかしお]を守ったのだ。
夜行性ではないはずのカモメが一斉に鳴き、そして一斉に鳴き止んだ。何かに驚いてカモメが一斉に鳴いた。広範囲で眠っているはずのカモメが一斉に鳴くということは、その原因は人間や動物に驚いたからではない。そして一斉に鳴き止んだと山際から聞いて、鷲武は瞬間的に毒ガスだと判断したのだった。
自分が吸っていた煙草を山際は鷲武に渡した。青白い煙草の煙が海から陸に向かって吹く風に流れた。
「天神の会?」
伊達英章が宮島壽和をにらんだ。
「そうだ…」
椅子に座っている宮島は、伊達に折られた右腕をダラリとぶら下げている。
「その天神の会が、制御ボックスを奪ったというのか」
伊達は煙草の灰を落としながら宮島に聞いた。
「そうだ…。襲撃するときに顔を見られないようにマスクが必要だった」
宮島は大きく腫れあがった顔で伊達を見上げた。
天神の会は、大神士郎という男が作った新興宗教の団体だ。二〇〇三年に宗教法人の認可がおりている。
大神士郎は大阪の出身で、今年五十五才になる。
会を仕切るのは司祭の大神士郎で、天神の会が崇める神は大阪の剣尾山の総本部に祭ってある千手観音だ。その千手観音は大神が独自に作ったもので、無数にある観音の手は、世の中のあらゆる病気を治す神の手だという。
信者は全国に八万人とも十万人ともいわれている。
大神は司祭として常に総本部にいて、全国にある一二〇ヵ所の支部を動かしている。大神の権力は絶対であり、本部や支部の幹部たちは大神の命令を忠実に実行する。
大阪の総本部や全国の支部には、体に病をもつ老若男女が連日訪れ、司祭の大神や大神を取り巻く幹部たちによって病気の治療を受ける。
不思議なことに、天神の会に入信するとどんな病気もたちまち治ると評判になった。
学者達は一種の催眠療法だろうと分析したが詳しいことは不明だった。
設立した当時は、大神と幹部たちを合わせてもせいぜい二百人程度だったが、驚くほどの効き目をもつ謎の治療法と、司祭である大神の絶対的権力の魅力がたちまち信者たちを増やした。
大神士郎は司祭としその権力を思いのままにふるっていたが、悪どく儲けるようなことは一切していなかった。信者からも無理に寄付金やお布施を徴収するようなこともなかった。そのやり方がさらに評判を呼び、要求しなくとも信者が勝手に寄付金やお布施を置いて行くようになった。
いまでは、数ある新興宗教のなかでも、天神の会は最も良心的な宗教団体として知られるようになったのだ。
「その天神の会が、なぜ[あかしお]に目をつけたのだ」
伊達は火を付けた煙草を宮島の口にくわえさせた。
「総本部の千手観音が、司祭様にお告げをされた…」
煙草をくわえたまま宮島は言った。
「どういうことだ」
伊達が聞いた。
「夢をごらんになったらしい…」
「夢?」
伊達は、自分がくわえた煙草に火をつける手を止めて宮島を見た。
夢の中で千手観音は大神に告げた。
世界を消滅させろ。今の世界は神が統治するにはあまりにも汚れすぎている。その汚れた世界を消滅させて新世界を作るためには、天神の会を除いた全ての人間を土に返すことが重要不可欠だ。
世界を汚しているのは日本政府だ。その日本政府は世界を恐怖におとしいれる兵器を開発した。その兵器を奪い[夜明けの星]計画と名付け、日本の裏側でその星を輝かせよ。その時、世界は神のものとなる。
夢の中で千手観音はそう言った。大神は、自分が司祭をつとめる天神の会の幹部に[夜明けの星]計画を告げた。
天神の会が世界を治めるとき真の平和が訪れる。そのためには[夜明けの星]計画を成就させることが大事だと幹部たちを悟した。そして大神は、日本政府が核ミサイルと原子力潜水艦を開発したことを幹部たちに告げたのだった。
核の開発と制御ボックスの情報を洩らしたのは宮島だ。原子力潜水艦を開発したとの情報はどこから流れたのかは宮島は知らない。
「おれは、司教様、つまり会のナンバーツーの池月英津子さまに、原子力潜水艦を制御するボックスの情報を入手するようにご命令を受けた」
宮島は苦しそうにあえぎながら言った。口から血の交じった泡を出している。
「おまえは天神の会の信者なのか?」
伊達は宮島を見つめた。早いうちに知っていることを聞き出さなければと、伊達は思った。宮島は長くは持ちそうもない。目がうつろになっている。
「そうだ。二年前に入信した…」
「輸送車の襲撃は、その池月という女が計画したのか」
伊達はまた火の付いた煙草を宮島にくわえさせた。
「ああ、おれが機捜の友人からそれとなく聞き出した情報を、司教様に教えた…」
「その見返りは何だ。金か?」
「いや、司教様の、一夜の夫にさせていただくことだ」
そう言った宮島の表情は、至福に震える子供のようだった。
「望みは叶ったのか?」
伊達はよだれをたらして天井を見上げている宮島に聞いた。
「ああ、情報をお教えした夜、望みは叶った。夢のようだった…」
「そうか…」
伊達はそう言って宮島を見つめた。
「最後に聞かせてくれ。制御ボックスはどこにある?」
「聞いていない…」
「司祭は、今も大阪の本部にいるのか?」
「おれにはわからん…」
「池月英津子との連絡方法は?」
「ない…。司教様のほうから、必要のつどご連絡がある」
宮島は天井を見つめたままそう言った。
「よくわかった…。宮島、目を閉じろ」
伊達はそう言って煙草を靴でもみ消した。
至福の表情で目を閉じている宮島の後ろへ回った伊達は、手刀で宮島の脛骨を折った。至福の表情のまま宮島は死の世界に落ちた。
伊達は署長室の電話で警視総監の薗村に宮島の自白のことを報告した。
横須賀警察署の鷲武と合流しろ。それが薗村の指示だった。
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