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赤 い 波
作:凪沙 峻



11


岩手県警のヘリ[おおとり]は、離陸してから三十分ほどで青森と岩手の県境にある四角岳の上空にさしかかった。ヘリは東北自動車道に沿うようにして北上している。眼下に見える山々はふもと付近まで雪に覆われていた。
「前方に見えるのが十和田湖です。いらしたことはありますか?」
操縦している国分警部補がうしろを振り向くように叫んだ。伊達はレシーバーを付けていなかった。
「まだ来たことはない。それと、わたしは観光旅行にきたわけではない。名所旧跡の案内は不要だ」
伊達は笑って国分に言った。
「警視庁刑事局のかたはとてもワンマンだと伺っています。刑事局のかたはみなさんそうなんですか?」
国分が大声で聞いた。
「考える事が多すぎるせいかもしれないが、ワンマンかどうかはわからない。ただ、どこの警察署でも迷惑をかけていることは確かなようだ。きみにもな…」
伊達はそう言って煙草を取り出して火を付けた。
「ヘリの中は禁煙ですけど、まあいいでしょう」
国分警部補は、そう言いながら副操縦席に針金でぶら下げてあったジュースの空缶を伊達に手渡した。中には誰かが吸ったのか煙草の吸い殻が三本入っている。
「操縦の経験は何時間くらいだ?」
伊達が国分に聞いた。
「免許は二年前にとりました。操縦は、シュミレーションと実飛を含めて約七十時間です。教官を乗せての操縦は五フライト・二十時間です。すでに単独飛行の許可も出ていますが、誰も一緒に乗ろうとしません。操縦の教官をのぞけば、伊達警視長殿が最初です」
国分が大声で言った。
「それは光栄だ。この吸い殻は教官のものか…」
伊達は煙草を吸いながら操縦している国分の後ろ姿を見た。
「パラシュートは積んであるんだろうな?」
伊達が笑いながら国分に声をかけた。
「失礼ですよ警視長殿。たいして惜しい命ではないはずじゃなかったんですか?。でも、酔ったときの袋ならあります」
国分が後ろを振り向いて笑いながら叫んだ。伊達はその言葉に苦笑いした。
 二十分後、ヘリは青森県警本部の屋上に着陸した。岩手県警から連絡を受けていたらしく、屋上には副本部長が迎えに出ていた。
「伊達警視長。たった今、東京の高柳刑事局長から連絡がありました。弘前署の前庭に直接着陸するようにとのことです!」
ローターの回転音の中で副本部長が叫んだ。
「わかった。それと、わたしが行くことを弘前署は知っているのか」
伊達はローターの風でめくれあがった上着を押さえながら聞いた。
「いえ、極秘任務なので、署長以外には知らせるなと高柳局長から命令を受けています」
「そうか、ではこれも極秘に頼みたいのだが、弘前署の署長に至急連絡をたのむ。防犯係長の宮島壽和を拘束しておくように伝えてくれ。それから、弘前でヘリの燃料を補給できるように手配を頼みたい。このことは絶対に他言無用だ!」
大声で言った伊達に、副本部長は「わかりました」と、挙手の敬礼をした。伊達は敬礼を返してまたヘリに乗り込んだ。
「国分警部補、もう少しきみの世話になることになった。弘前署の前庭に緊急着陸だ。できるか?」
伊達が大声で叫んだ。
「また警視長殿とご一緒できるとは嬉しいです。警視長殿と一緒ですと何でもできるような気がしてきました。ベルトをしてください!」
国分が伊達に敬礼しながら叫んだ。
 岩手県警のヘリ[おおとり]は、二枚のローターに風をつかんで青森県警の屋上から弘前に向けて南下した。


伊達を乗せた[おおとり]は、青森県警を飛び立って十分後、雪が積もった弘前警察署の前庭に着陸した。署長の秋町警視正が伊達を迎えた。
「宮島は拘束しているか?」
伊達は秋町の敬礼に答えながら聞いた。国分警部補もヘリからおりた。
「地下の独房に入れております。ヘリの燃料補給の準備もできています」
秋町は姿勢を正して答えた。
「ご苦労だった。彼女は岩手県警の国分警部補だ。休憩させてやってくれ。その間にヘリの燃料を補給してもらいたい」
伊達は秋町に国分を紹介した。伊達と国分は秋町の案内で弘前警察署の建物に入った。
「電話を借りる。それから、地下のいちばん奥にある独房に宮島を移してくれ。すでに誰かが入っているのなら直ちに他へ移せ。わたしが宮島に事情を聞いている間は、絶対に地下へは立入禁止だ。たとえ署長のきみでもだ。これは刑事局としての命令で、同時に警視総監の命令だと思ってもらいたい」
伊達は秋町に命じて署長室の電話をとった。
「わかりました。すぐに手配いたします」
秋町は敬礼をして署長室から出ていった。
「伊達警視長殿、自分はここにいてもいいのでしょうか?」
国分警部補はソファーに座ったまま、電話機のプッシュボタンを押している伊達に聞いた。
「ここにいてくれ。ところで、きみは歳はいくつだ?」
受話器を耳にあてて、伊達が振り向いて国分に聞いた。
「警視長殿は、本当に失礼な方ですね!」
国分は伊達を睨んで立ち上がった。
「いいから答えろ。命令だ」
伊達が笑って言った。
「昭和五十三年生まれです。これで答えになりましたか!」
そう言った国分はそっぽを向いてソファーに座った。
「五十三年というと、一九七八年か。年令的には問題はないようだな。ああ、警視庁刑事局の伊達警視長だ。先程は世話になった。この電話を磯上本部長につないでくれ」
そう言いながら伊達は国分を振り返った。国分はまだそっぽを向いている。
「伊達です。本部長のお計らいで無事に弘前署につきました。国分警部補も本当によくやってくれています。つきましては、ヘリと国分警部補をしばらくお借りしたいのですが…」
伊達は岩手県警本部長の磯上警視長に言った。
「そうですか、感謝します。それから、刑事総監の権限で、国分婦警を警部に昇格させます。承知しておいてください。では…」
そう言って伊達は電話を切った。
「いま聞いたとおり、きみは今日から国分警部だ。階級章も売店で買って取り替えておくといい。しばらくわたしをヘリで運んでもらうことになる。そのつもりで、ご主人やお子さんがいるのなら連絡しておいてくれ。わたしが戻るまでここで待機だ」
伊達の言葉に、国分は立ち上がって不動の姿勢をとった。
「ありがとうございます!。警視長殿が下さった階級に恥じないよう一生懸命努力いたします!。それから、自分は未婚ですからどこにも連絡の必要はありません。どこへでもヘリで飛びます!」
国分は伊達に挙手の敬礼をした。顔いっぱいの笑みを浮かべている。
「殿はいらん。しかし、三十才にしては若く見えるな」
伊達はそう言いながら国分の肩をたたいた。
「おそ生まれですから、まだ二十九です!」
国分はそう言って笑いながら伊達をにらんだ。
「それはすまなかった」
伊達も笑った。
「それから…」  
伊達は、署長室のドアを閉めようとして国分を振り返った。
「空缶の灰皿ではどうも味気ない。まともなのを用意してほしい。それと、上等なウィスキーを一本とグラスをふたつ積んでおいてくれ。ヘリに固定できる小さなテーブルもな」
「まあ…」
あきれた表情の国分に笑いかけてドアを閉めた。


「刑事局の伊達だ。宮島、なぜおれとこの独房にいるかわかるな…」
 弘前警察署の地下の独房だった。
地下には八部屋の独房がある。入るのはたいてい酔っ払いや軽犯罪者だ。ほとんどは一晩で釈放される。独房は伊達の指示で全部空けられていた。
「何のことですか…」
椅子に座っている宮島がとぼけるように笑いを浮かべて伊達を見上げた。
宮島は大きな体格の持ち主だった。身長こそ伊達におよばないものの、体格の良さでは伊達を圧倒している。顔と耳を見ると武道の腕はそうとうなものらしい。角張った顔とつぶれたような耳が格闘技の有段者であることを表していた。
「おまえと遊んでいる暇はない。正直に答えなければ痛い目にあう。湘南と熱海で買った二十五個のSA型潜水マスクを何に使った」  
伊達は独房の壁にもたれかかったまま、腕を組んで宮島をにらんだ。
「何に使おうとあんたに関係ない!」
宮島は細い目で伊達を睨み返した。
「おれを怒らせるな。もう一度聞く。マスクを何に使った」
伊達の静かな声が地下の独房に響いた。
宮島が素早く立ち上がった。大きな宮島が伊達に掴みかかろうと両手を前に出して突進した。大きな体格のわりには素早い動きだった。つかみ殺しそうな形相になっている。
 伊達は体をかわして壁に激突しそうな勢いの宮島の衿を右手でつかむと、両足を払いながら後ろに引き倒した。宮島の大きな体がコンクリートの床に落ちた。
「そういうつもりか」
伊達は宮島の右手をねじあげると、そのまま力をこめて二の腕を折った。ゴキッという骨が折れる鈍い音がした。
「ギャーッ!」
宮島の太い悲鳴が独房に響いた。折れた右腕をつかんだまま宮島を引きずり起こすと、叩きつけるように椅子に座らせた。
「最初から言っておくべきだったが、刑事局に情けや容赦はない。おまえがおれの質問に答えないかぎり腕の一本くらいでは済まない。今度は指を一本ずつ折る。そして両足もだ。おまえが吐くまでは徹底して締め上げるからそのつもりでいろ。もう一度聞く。マスクを何に使った!」
伊達は腕を組んで宮島を見つめた。
「警察官のくせにこんなことをしていいのか。上層部へ訴えてやる!」
宮島は額に脂汗を浮かべながら伊達をにらんだ。骨折の痛さで全身が小刻みに震えている。
「訴えるのはかまわん。だが、いまはおれの質問に答えるのが先だ。マスクを何に使った」
「そんなことは、あんたに言う必要はない!」
宮島は地下に響く声で怒鳴った。
「わかった。もう聞かん。死ぬまでおまえを締め上げる。ただし、言いたくなったら手遅れにならんうちに教えろ」
そう言うと同時に伊達の左のこぶしが宮島の顔面をとらえた。のけぞった宮島の口から折れた歯と血が飛び散った。
 宮島の折れたほうの右腕をつかんだ伊達は親指を一気に折った。反り返った指が手の甲に付いた。間髪をおかず人差し指も折った。
「ギャーッ!。や、やめろ!」
宮島の悲鳴が独房にこだました。
 伊達はその悲鳴にかまわず、中指、薬指、小指の順に指を折っていった。悲鳴とともに宮島が失禁した。床にゆっくりと小便が広がる。
 伊達のこぶしがまた宮島の顔面をとらえた。多少は手加減をしたものの、勢いあまった宮島は椅子から転げ落ちた。倒れた宮島の左手をとった伊達は親指をつかんだ。
「や、やめろ!。やめてくれ。言うからやめてくれ!」
親指を折ろうとした伊達に宮島が大声を上げた。
「マスクを何に使った!」
親指に手をかけたまま伊達は大声で怒鳴った。
「ゆ、輸送車…。制御ボックスを奪った仲間に渡した…」
宮島は苦しそうな表情で伊達を見上げた。
伊達はゆっくりと宮島の親指から手を離して、椅子ごと宮島を引き起こした。
「渡した相手は誰だ」
伊達は壁にもたれると煙草をくわえて火を付けた。その煙草を宮島の口にくわえさせた。宮島は右腕が折れた体で大きく呼吸をしている。













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