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悪女ファウステリアの最期  作者: 黒井雛
58/64

【58】

 ファウステリアは自分に剣を突きつけたまま石のように硬直したバレンタイヌと、背後に控えるその仲間たちを、僅かな驚愕も示すことなく、褪めた目つきで眺めた。

 固まる人物それぞれに一通り視線を送った後、小さく眉を寄せて鼻を鳴らした。


「いつまでもふざけていないで、さっさと姿を現せ、メティ。お前がどいつに化けているかまで、もうすっかり見通してるぞ」


 ファウステリアの言葉に、バレンタイヌの背後で杖を構えていた神経質そうな線の細い青年の全身の輪郭が、ぐにゃりと曲がった。


「…あれ~、僕の姿を見ても全く平然としているから、すっかりばれてないと思ったんだけどな。」


 軽薄な返答と共に、ぐずぐずとまるでスライムか何かのように崩れていった体は、再び人型を形成し、やがて見慣れたメティの姿へと変じる。

 ファウステリアはそんなメティを鼻で笑った。


「何百年の付き合いだと思っている、お前の気配なんて、姿形が変わろうがすぐわかる」


「わお。愛だね。そんなにファウステリアが僕を愛してくれているなんて思わなかったよ」


 けらけら愉しげに笑いながらそうのたまうメティを、ファウステリアは冷たい面差しで睨み付ける。


「…どうせ、英雄殿にそのふざけた剣を渡したのもお前だろう。魔力を封じる剣なんぞ、どこで用意したんだ。まさか私を追いつめる為に作ったとか言わないだろうな。魔力の塊のような、お前自身さえ封じる恐れがある危険な剣を、わざわざ」


「まさか」


 メティは大げさに首を横に振りながら、小さく肩を竦めてみせた。


「確かに、バレンタイヌに剣を渡したのも、聖剣ヘレンを創ったのも、僕だよ。だけど、剣を創造したのは、君が生まれるずっと前、もう千年近くも前のことだ。その時は、悪魔狩りが流行っていてね」


 メティは過去を懐かしむように、黒に近い濃縮された紫の瞳を細めた。


「何十人、何百人の人間が、僕を狩ろうと挑んで来たけど、どいつもこいつもてんで弱くて、話にならなかったんだ。あまりに退屈で仕方ないから、ハンデとして、僕を倒しうる力を持った剣を創って人間にあげたんだよ。そうしたら、年月が経つうちに、いつのまにか『聖剣』だなんて呼ばれるようになってたんだ」


 悪魔が作った剣を、聖なるものとして崇めるだなんて、実に滑稽だと思わないかい?

 メティはそう続けて、喉を鳴らして笑った。ファウステリアはそんなメティに呆れた視線を送る。


「…相変わらず、悪趣味な奴だ」


「悪魔なんて、悪趣味なものさ。悪趣味で、享楽に飢えているからこそ、刺激を求めて、人間に契約を持ちかけるんだ」



 契約。その言葉を合図のように、一瞬にしてその場の空気が張りつめるのを、ファウステリアは肌で感じ取った。

 まるで空気が瞬時に凍りついたかのようだ。

 妖しく光るメティの瞳が、真っ直ぐにファウステリアに向けられる。


「――ねぇ、ファウステリア。300年、300年だ。300年もの間、僕はただひたすら待ち続けた。いい加減、待ちくたびれたよ。そろそろ終わりにしてもいいんじゃないかな?」


 メティが告げる口調はいつもと同じだが、その言葉の中には底冷えするような威圧感が過分に含まれていた。

 口調の軽さとは裏腹に、その言葉はどこまでも、重たく、そして冷たい。


「ファウステリア、僕は君の為に、身を粉にして尽してきたよ。君は、女王として、この世のありとあらゆる享楽を味わった。――それでもまだ、満足しないのかい?まだ、足りないというのかい?」


 一般の人間ならば、メティのような力ある悪魔にこのような威圧を掛けられたなら、恐怖から萎縮し、例え真実そう思っていなかったとしても「満足した」と口に出してしまうだろう。メティが纏う、その冷たいオーラに飲まれてしまうのが、普通だ。メティは、例えどんな優れた人間が束になったところで、けして叶わない驚異的力を持つ生き物なのだから。メティに恐怖を脅えることは、生物の本能からして当然の反応だ。

 しかし、ファウステリアは、僅かな恐怖心すら露わにすることなく、平然とした様子で首を横に振って見せた。


「満足なんて、するわけがない。私には、まだ手に入れてないものがあるのだから」


「…まったく、君はそればかりだ!!」


 ファウステリアの言葉に、メティは纏っていたオーラをすぐさま引っ込めて、拗ねたように唇を尖らせた。

 重かった空気は瞬く間に霧散し、いつもの二人の空気へと変わる。


「大体ずるいよね。本当はちっとも欲しがってなんかいないくせに、契約を遂行させない為に、まだ手に入れてないものがある、だから満足していないと、そう言い張るのだから」


「だが、私が『それ』を手に入れていないことは事実だろう。そしてお前は、私に、確かに、『それ』を与えるといった。お前自身が、そう言ったんだ。ならば、ちゃんと契約を果たせ。例え何百年かかろうが、何千年かかろうが」


 悪びれもせず、そう言い放つファウステリアに、メティは大きくため息を吐いてぼやいた。



「…あぁ『真実の愛』なんて、解釈次第で定義が曖昧なもの、与えてやるなんて言わなければよかった」







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