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小寒:狐と絵本、ふたたび
「これをよめ」
 白い息を吐きながら、毎度のごとく縁側から不法侵入をした化け狐(というだけあって人間の子供の格好をしている)は開口一番に言い放った。
「忙しい」
「とてもいいはなしだ。にほんごのべんきょうにもなる」
 英語ならまだしも日本語で困った覚えはねえよつうか勉強するべきなのはお前だろいつもいつもむだに偉そうな口調なんだが日本語ちゃんと読めんのか、という反論を押し込めて、
「じゃあお前が読めよ」とだけ返したのは何分か前のこと。
「よし、よんでやろう!」と途端に目を輝かせて絵本を広げた狐の横で、おれは今、狐と狸がお互いに礼を尽くそうとして泥沼にはまっていく話を聞かされている。


「どうだいいはなしだったろう」
「……まあハッピーエンドだよな」
 シュールだけど。考えてみたらシュールだけど。
 読み終わった狐は感想を強要した。寒風に当たって赤くなっていた頬がいつもの色に戻っている。ていうかお前ちゃんと読めたんだな。おとうさんはうれしいよ。
 冬休み明けまでに仕上げなければならない宿題の量を頭の中で計算しながら現実逃避気味に答えると、狐は絵本を勢いよく閉じてふんぞり返った。
「よし! というわけで、おかえしをようきゅうする」
「おかえし」
 鸚鵡返しに言ったおれに、狐は大きく頷いた。
「本をよんでやったことにたいするおまえのおれいの気持ちとしてだな。そしたらわたしからもなにかおかえしをだな」
「まんまこの話じゃねえか」
 で、おかえしに次ぐおかえしを繰り返そうというのだろうか。といっても、おれと狐とでは所有している物の量が違うんだが。でもこいつだったら、そこらへんを駆けずり回ってなんか獲ってきそうだ。……ヤモリとか。
「結局なにが欲しいんだ?」
 おれは単刀直入に訊ねた。元が動物というだけあってあまり所有欲はないと思っていた狐が、こんなまだるっこしいことをするほど欲しい物を、おれは持っているらしい。
「ほしいんじゃない。こうゆうふうにしたいんだ」
 狐はいつも以上にたどたどしく言って、じっとおれを見上げた。子供の目っていうのは、どうしてこんなに丸くて大きいのか、時々不思議になる。
 ええとそれはつまり話の通りにしたいということか? とおれは大事そうに抱えられている絵本を見た。よく見たらそれ、おれの小さいころのじゃないか? だから、さっき話半分に聞いててもあらすじが思い出せるんだが。
 狐と狸がお互いにお礼の品物を渡しあう話だ。家の中の物を「おかえし」しあっていくうちに、お互い渡すものがなくなってくる。そこで、一番最後に持って行くのは。
 自分自身、だ。
 そうして狐と狸がそれぞれ入れ替わったところで大団円。
「お前、おれと入れ替わりたいの?」
「べ、べつにいれかわらなくてもいいぞ。おまえがおまえでおかえしに来たら、わたしはおまえをつれてこっちにやってきてやる。わたしもいそがしいからいつもここにいるわけにはいかないし」
 思わず聞くと、狐は一生懸命に言い募った。
 最近、母親はじめおれの家族に妙に懐いているな、とは思っていたんだが、こんな妙な方法を考えるところ、狐の思考回路はよくわからない。しかし、実は単純な迷路なのだ。道順はともかく、動機と目的はわかりやすい。
「別に入れ替わらなくてもいいだろ」
 きょとんとした表情を見て、おれは言葉を重ねた。これはちゃんと言っておかなくてはいけない。
「そんなことしなくても、いつでも、来たいときに、来たらいいだろ」
 変な遠慮とかしないで。
 動機には触れずに達成した目的だけ言ってやると、狐はまだぽかんとしていたが、やがてゆるゆると表情を崩すと、
「よし!」と頷いた。……お前の最近の口癖「よし!」なのな。
 おれは手を伸ばして、まだ冷えたままの髪を撫でた。
 面倒事を自ら招いてしまったことには気付いてはいたんだが、掌の下で、にへへ、とやけに嬉しそうに笑う顔を見て、まあいいかと思ってしまったことは、狐にも、誰にも、言わないでおく。
引用:『おかえし』村山 桂子



この話でひと段落ついていますが、今後も何か思いついたら増やしていきたいと思っています(なので連載中にしてあります)。
ここまでお付き合いありがとうございました!
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