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幻想酒場 【金卓シリーズ】

金卓の酒場と、勇者の憂鬱

作者:葵 大和
 僕は勇者だ。

 そんなことをグランドニア王国の城下町で言ったら、通りすがりの通行人に鼻で笑われました。
 いや、嘘じゃないんだよ。ホントホント。
 ホントなんだけど、今の時代勇者って、っていうのが実情なんだよね。

 僕、五年前に魔王倒したんだ。
 五年前ね。
 そしたらさ、最初はすごいもてはやされたんだけどさ、三か月で飽きられたんだよね。
 知ってる? 役割を失った凶器ってすごい危ないんだよね。
 ああ、僕のことなんだけどさ?
 おかげでもともとそんな快活じゃなかった性格が余計根暗方向まっしぐらした気がするんだよ。
 ネガティブオーラ発生検定五段とか、今なら取れそうなんだ。――もちろんそんなものないけどね。

「はあ……」

 僕はまだグランドニア王国の城下町の片隅で生きていた。
 今は城への道をとぼとぼ歩いているところ。城の中に職業斡旋所があってさ、仕事紹介してくれるんだよね。
 僕、勇者として割と普通に血反吐吐いて鍛え上げた力はあるからさ、やっぱそういう討伐とか? そういうの選んで受けてるんだよね。でも魔王倒してから魔獣とか大人しくなっちゃってさ。
 なんでも先代魔王が魔界領と聖界領を区分けするために魔獣を意図的に凶暴化させてたらしいよ。
 魔界の瘴気は聖界領――つまりこのグランドニア王国のある一般人用の領域――に住む人間たちの身体に悪いから、わりと善意な感じで、『お前らこっちくんな』してたらしいんだよね。最初は口で穏便に説明してたらしいんだけど、それでも聞かないから、仕方なく力づくってノリね。もしかしたら魔王との戦争なくなるとグランドニア王国が困ったりするのかもね。僕、勇者(使用済み)になってから王国の黒い部分にも触れたから、そんな気がするよ。
 まあ、とにかく、僕それ知らずに魔王撃退しちゃったんだけど。

 別に殺したわけじゃないんだ。
 美髯生やしたナイスミドルな魔王を必死こいて追い込んでたら、なんか向こうが『もうわし飽きた。これ面倒くさい。わし隠居する』って言って魔王城戻ってったんだ。
 なんでも、『お前らの身体に瘴気入んないように善意で境界敷いてんのに、お前らいつまで経っても俺の話聞かねえよな。勇者なんか作って攻めてきやがってよ。もう分かった。好きにしろよ。踏み込んできて死んでも知らねえからな』(意訳)。
 ――らしいよ。
 僕、唖然としたね。

 無知で剣振るってた自分を嫌悪したし、それを教えてくれなかったグランドニア王にも激怒したね。メ○スみたいにね。あ、ちなみに僕の前世ちょっと小生意気で中二病入ってた地球人十四歳。
 勇者作るためにこの世界に呼ばれたんだ。召喚とかそんな生ぬるい感じじゃないよ。
 強制転生ね。
 異界から剣持った変なの出てきて十四歳にてぶっ殺されたんだ。
 転生してからちょっと記憶壊れ気味だから、曖昧なんだけど、それ思い出したのも魔王倒したあとね。とことんこの国の王様クズだったよ。――おっと、勇者がこんな言葉遣いしちゃいけない。

 おかげで合計年齢三十路――やめよう。こんな話はやめよう。僕の身体はまだ十九歳。精神も十九歳。まだまだやんちゃ盛りさ。

 ちなみに僕は勇者だけあって魔界に入っても瘴気の影響受けないから、勇者(使用済み)になったあともう一回隠居した魔王に会いに行ったんだ。聖界にあんまり居場所なかったからね。
 そしたら魔王に子育て相談されたよ。なんかものすごい美人さんのメイドがたくさんいて、僕そこで暮らしたくなった。待遇こっちのが良いんだけど。魔王も隠居したは良いものの、結構暇してたらしい。

『聞いてくれ勇者。息子の話なんじゃが』

 なんで魔界と聖界の戦争が終わったかっていうと、魔王が隠居したのも理由の一つではあるんだけど、なによりも魔王の息子が魔王継承しなかったことが大きいんだって。
 息子に魔王の座を与えようとしたら断られたらしいよ。ついでに家の備品パクられたあげく家出されたんだって。
 なぜか大きな銀卓をパクっていったらしい。

『わし、勇者と話していて気付いたんじゃが、たぶんわしの息子、勇者と同じ世界から転生してきとる』

 なにいったんだこの爺。おっと、また言葉が悪くなったね。
 うん。
 なにいってんだこの爺。

『死亡フラグ? とか、さっきの勇者の話中にあったメ○スは激怒した? とか、わし息子から聞いたことあるんじゃよ』

 それ間違いなく僕と同じ世界線から来てる。僕より過去はないな。あっても同じ時代か未来かだ。

『魔王の魂は代々転生によって入れ替わってな。あ、身体的には血が繋がっとるんじゃが』

 なにそれ複雑。

『魔王って、昔はマジに聖界の人間ぶっ殺しとったから、魂の繋がりが続いてくると背負った業がこう――パーンって』

 魔王が両手を合掌から大きく開いて見せた。なにその形容、僕現場見たら泣くかもしれない。

『だから、魂の縁を定期的に切るんじゃよ。まあ、血の繋がりだけでも結構心臓バクバクなんじゃが』

 僕今ちょっと魔王に呼ばれなくて良かったって思った。いや勇者も相当だけどね。

『わしも父とは魂の系列違うし、先代はなんでも火炎世界とかいうところから転生してきたらしいぞ。ちなみにわし、暗黒世界ね。こっちの世界はちゃんとまともな昼があるから最高じゃわ』

 だからやたら使う魔術が黒系だったんですね。魔王に似合うなぁ、って思ったらたまたまだったらしい。

『ともあれ、そういうわけで、前世の記憶引きずっとると、魔王業に適応しづらい場合もあるからな。あいつはそうじゃったらしい。ああ、昔はあんなに可愛かったのに。パパ、パパって』

 この話長くなりそうですか? 僕、王国関係者に罵詈雑言浴びてから得たネガティブスキルで、人の話完全にスルーするスキル持ってるんですけど、今使っていいですか?

『まあ、よいか。ともあれわしは、魂の縁がなくとも当然息子を愛しておるんじゃが、あやつはどうも魔王業に魅力を見出しておらん』

 魅力を見出すのはサディストとかじゃないでしょうか。

『わしが魔獣使ってた頃も、「なにそのやり方、生ぬるくね?」とか植物図鑑見ながら言うとった』

 ああ、サディストではあるんですね。あれですか、つき抜けちゃって、その挙句に一周した感じでしょうか。

『なんでも――「親父でどうにかなってんなら親父がやってりゃいいじゃん。そもそも善意で聖界の人間助けてやってんのすらいらねえだろ。お前どんだけお人よしなんだよ。向こうは戦争して産業一気に発達させたいだけだって。放っておけよ」――ということらしい』

 息子さんの演技うまいですね。影が見えます。興味なさ気な顔で言う息子さんの陰影が見えます。

『放っておきゃ勝手に魔界に踏み込んでバッタバッタ死ぬじゃねえか。お前、逆に状況悪化させてんだよ。バッタバッタ死ねば向こうも気付くって。王国の思惑はどうあれ、使われてる部下たちは気付くから。これなんかおかしい、って。そんでまだグランドニア王がヒャッハーするってんなら、革命でもなんでも起こすだろ。そうでもしねえと自分たちは魔界に送り込まれて死ぬだけだって、常軌を逸した馬鹿以外は普通気付く』

 正論っすね、息子さん。植物図鑑見ながら言ってるあたりがすごい。僕と同じ地球世界からの転生者みたいだけど、なんだかデキるやつ感がすごい。

『そのまま息子、銀卓背負って、「俺、これで最高の酒場を作って見せるぜ!」って言って出てっちゃった』

 ああー、そっちかあ……! 頭良いけどすごく馬鹿な方かあ……!
 いるいる、頭良いけど頑張る方向間違っちゃってる人。でもそういう人って見てる分には楽しいよね。僕は好きだよ、そういう変な人。あ、お父さんの前で変とか言っちゃだめだよね。

『どうしよう、勇者。わしこのままでいいのかな。あいつちゃんと結婚とかできるかな』

 心配事の飛躍っぷりがすごいです。

『あいつ、わしほどじゃないけどまあまあイケてる顔じゃし、容姿的には大丈夫じゃとおもっとるんじゃが――』

 負けず嫌いっすね。ていうかすげえ大人げないです。なんか今、この父にしてその子あり、みたいにガッツリ思いました。お父さん、たぶんお二人似てると思います。

『じゃが興味ないことにはとことん冷然としとるし、それでもそつなくこなせるタイプではあるんじゃが、いかんせん精神面がな。だから、あんなん拾ってくれる美人おるかなって』

 美人は確定なんですか。

『当然わしの息子じゃから、美人は寄ってくるはずじゃ』

 褒めるのかけなすのかどっちかにしてくださいよ。自分以下っていったり自分の息子だからっていったり――あんた子供ですか。

『はあ。いっそのこと勇者、魔王やるか? その間にわし、息子探しに行ってくる』

 落ち着いて。ねえ、落ち着いて。
 僕勇者から魔王にジョブチェンジはさすがにまだギリギリ勇者プライドあるからキツイなぁ。勇者が碌な存在じゃないの知ってても、一応戦ってきた軌跡は本物だからなぁ。それが間違いであったことも含め、ちゃんと僕が背負って行かないと。

『そっかー。じゃあ勇者、もしわしの息子っぽいの見かけたら、様子を教えてくれんか』

 別にいいですけど、そんな都合よく出会いますかね?

『銀卓背負っとるから、たぶん分かるじゃろ』

 ああ、そういえばそんな奇特な息子さんでしたね。一応もう一回言わせてください。お宅の息子さん常軌を逸した馬鹿ですよね?

『んー、何人かメイド連れてくか? 超有能じゃぞ。――毒舌だけど』

 やめておきます。僕メンタル豆腐なんで。最近はスルースキル手に入れてどうにか精神まともになってきましたけど、まだまだ油断できないんです。

『あー、でもメイドは息子を気に入っとるやつ多いからなぁ。息子以外には懐かんかもしれん。むしろ息子以外に触れられたらそいつ殺して私も死にますみたい純情っ子多いしなぁ』

 わざとなんですか? そんな危なっかしいモノを僕に押し付けようとしたんですか? ていうか毒舌のくせに純情一途ってもうそれだけで怖いです。ヤンデレ? ちょっと違うか。でも似たところあるよね。
 あ、本当にメイドさん、手にナイフ二本持ってジャグリングしてますね。すっごい怖い目つきで僕の方見てますね。すっごい美人だけど超怖い。

『んじゃあ、魔族貸そう』

 ああ、魔界領の住人たちですね。魔物や魔獣と違って魔族は人語話せるそうですし、それなら大丈夫そうで――全然大丈夫じゃないです。
 それ引き連れて聖界戻ったら大騒ぎですよね?

『すでに結構聖界に潜んでおるぞ。気付かないだけで』

 まさかあのキャバクラのお姉ちゃんも――

『グランドニアの片隅で〈ぺぺろんちーの〉って接待場開いてるサキュバスもおったな。息子が店の名前命名しとった』

 あ、それです、それ。がんばってお金貯めていったんですよ。――ぼられました。
 ちょっと、息子さんに俄然会いたくなってきました。あのやたら親近感のある店の名前のせいで、誘われるように入っちゃったんですよ。ペペロンチーノって懐かしいなあ。ちょっとひらがなにするとエロいなぁ、って昔考えてたんですけど、どうやら息子さんとは趣向が会うようですね。あと一発殴らせてください。

『じゃ、連れてくるから、ちょっと待っとれ』

 ええ、ええ。お願いします。できれば有能な、そして出来れば女性型であれば――

◆◆◆

「ほら、何してる馬鹿。おい、馬鹿、さっさと歩け馬鹿」

 僕の隣でコッコッと音を立てて歩く女性が一人。
 なんか足音多い気がするんだよね。
 うん。

「あの、馬鹿って多くないですか?」
「なんだ、馬鹿を馬鹿と言って何が悪い馬鹿」
「使い慣れた口癖語尾みたいに言わないでください」

 〈ケンタウロス〉って知ってる?
 上半身人間で、下半身馬の怪物ね。
 それ、僕が魔王さんから預けられた魔族ね。魔族? 魔獣? くそっ! なんでリアクションに困るもの渡してくるかな!?
 ちなみにこれで聖界歩いてると漏れなく大騒ぎのはずなんだけど、このケンタウロスさんすごいんだよ。人間が近づくと上半身も馬になるの。違和感なく馬になるの。
 で、馬になるたびに、

「あっ、人」
「ぬっ」

 ……。

「どっか行った」
「おい、私の手を煩わせるな、蹴るぞ」

 蹴ってから言わないでくださいよ。僕の身体勇者クオリティ(血反吐)のおかげで丈夫ですけど、馬の蹄に蹴られると結構痛いんですよ。
 こんな風に一擬態につき一蹴りされる。
 この人上半身人間の女で、しかもタチ悪い事に絶世の美女なんだよね。ブロンド長髪の美女。ぼいんぼいん。服着てるけど。男ケンタウロスみたいに裸で――

「おい馬鹿、今なんかイラっとしたから蹴るな」

 横暴です。僕に内心の自由はないんですかぁ!? 極まったディストピアだっ! 絶対革命してやる!!

「お前、いつまであんなちんけな斡旋所の仕事してるんだ。そろそろヴラド様を捜しに行くぞ」

 〈ヴラド様〉っていうのは魔王の息子さんの名前。どうやらこのケンタウロス、そのヴラドさんにかなり惚れ気味らしいんだよね。でも相手にされないんだって。こんな美人なのにね。下半身馬だけど。
 でもまだあきらめきれないから、今回僕についてヴラドさんを探しに行くんだって。
 だからかなり急かしてくるんだよ。

「だってー、旅に出るにも軍資金必要だもん」
「うるさい馬鹿、とりあえず旅に出ればいい。あとはその場なんか、うまいこと頑張れ馬鹿」
「まったくまともな答えになってない……」

 はあ。
 そうなのだ。旅に出るにも金は必要で。
 いっそ僕もヴラドさんに倣って酒場とか開きながらうまいことやりくりしようかな。
 ついでに移動式の酒場とかにして、噂を広げながら諸国漫遊みたいな。
 ヴラドさんがどの国に腰落ち着けて酒場やってるのか分からないから、探す方としては旅しなきゃならないよね。
 うーん。

「いっそヴラドさんの方から来るよう仕向けられたらいいんだけどなぁ」

 魔王さんに話聞いた感じ、たぶんヴラドさんは自分の興味ある分野で他の人に目立たれるとかなり悔しがるタイプ。どうでもいい事柄に冷然としている分、興味ある事柄にはうるさい人、前世でもいっぱいいたよ。
 なら、対抗すべきか。
 ヴラドさんは派手な銀卓を酒場のウリにするらしいって話だったし、じゃあ僕は――

 金卓で酒場開くとか?

「安易すぎる馬鹿」

 なんでこの人僕の心の声聞こえたんだろう。怖い。

「だが待てよ馬鹿。気付いた馬鹿」

 すごい。まったく語尾がぶれない。ここまで来ると洗脳されそうだ。

「ヴラド様は銀卓の酒場。そして馬鹿は金卓の酒場。これでこちらが話題になれば、ヴラド様は負けず嫌いだからこちらに接触を試みるかもしれない。ああ! でもヴラド様がこの馬鹿に負けるのは看過しがたい! このジレンマッ!」

 勝手にやってればいいと思います。
 僕は頭を抱えるケンタウロスを無視して、王城の手前まで来た。ちなみに裏道だから、人通りも少ない。
 このケンタウロスいるからね。
 ちなみに名前は〈ンタ〉ちゃんらしいよ。すごい名前だね。どっからツッコんでいいか分からないよ。
 でも本人は、ヴラドさんにつけられた名前だから、ものすごく気に入ってるんだって。
 さしもの僕も一回ヴラドさんと腹を割って話そうかと思ったよ。たぶんヴラドさん鼻ほじりながら名前決めた可能性あるからね。意外と呼びやすい名前なのがちょっと腹立つね。

「あの、ンタさん。じゃあそれ採用でいきましょうか」
「ならうまいことヴラド様の銀卓の酒場よりは目立たずに、かつヴラド様にぐぬぬと言わせる酒場をやれ馬鹿」

 勘弁してくださいよ。あなた今『落ちながら登れ』みたいなこと言ってますからね。

「ひとまず、確かグランドニア王城に金のテーブルがあったと思うので、それパクってきます」
「ほう、卑屈なお前にして珍しく豪気な物言いだな」

 お、なんか語尾の馬鹿が消えた。あと『お前』にランクアップした。

「金卓か……確かにそれならヴラド様も『はっ? 金卓とかやめろよ! そっちのが豪華みたいじゃん!』とかいって悔しがるかもしれん。魔王城に銀卓しかなかったことがうまいこと功を奏したな」

 それはいいんだ。そこで悔しがるのはいいんだ。

「だが酒場の評判が良すぎるのはだめだ」

 そこで調整するんだね。

「じゃあ、なんか適度にマズイ感じで?」
「ああ、それでいこう」

 いやいいのかよくわかんないけど、ひとまず僕はお金が入ればオッケーかな。

◆◆◆

 金卓盗んできた。
 僕勇者だけど、グランドニアには恨みいっぱいあるから、オッケーオッケーね。
 むしろ今までよく我慢して来たよ。僕の良心強靭過ぎたね。
 魔王さんと話したり、ンタさんとも話したりしているうちに、僕にもそれらしくやってやるぞって気持ち出てきたから、覚悟を決めようと思う。

「よし、盗んできたな」
「うん。これどうする? 結構重いけど」
「お前が背負っていけ」

 ですよね。まあ鍛練だと思ってそうしよう。

「これ、売れば金になるけど――」

 本末転倒だね。完全にどうしようもない盗人だ。

「馬鹿が、それだとヴラド様に対抗できないだろうが馬鹿が」

 ちょっと語尾が戻りながら変化球になった。

「――うん。ただ盗んで売るなんて普通の賊にも出来るから、これを二次的にうまく利用してやろう」

 インテリな賊ならそれくらいやるだろうけど、面倒だから除外。

「食材は――まあ、それくらいは私も手伝ってやるか」
「おお、ンタさんの狩りが見られるのか」
「あとは魔獣と交渉する。再生力の高いやつらなら、腕の一本や二本くれるだろうからな」

 魔獣とか魔族って怖いね。いろんな意味で。

「じゃ、それを料理して出すって感じ?」
「ああ、そういうわけだ」

 そういえば、肝心の調理は誰がするのだろうか……。

「調理は私がする」
「お、ンタさん料理できるの?」
「できないから私がやるんだ」
「何言ってんだこの人」

 おっと、思わず悪態ついちゃった。

「大丈夫だ。いずれうまくなる。ヴラド様に手料理を……」

 目がキラキラしてる。美人の目が。でも僕にはそのきらめきがかえっておそろしく映るよ。

「最初はたいしたものも作れないだろうが、逆にそうであればこそ、金卓の酒場の評判もそううなぎ上りというわけにはいかないだろう」

 その調節超難しいよね。あとたいしたものっていうか、そもそもちゃんと料理になるのかすごく不安なんだ、僕。

「金卓は目立つ。噂を流すように客を脅し、そしてヴラド様に存在を知らしめる。ヴラド様のことだ、自分の模倣をするものがいて、それらしく噂になれば、間違いなく悔しがる」

 確かに興味がある分野ではかなり意固地になりそうな人柄だもんね。

「あの、脅すっていうのは……」
「まんまの意味だ馬鹿が」

 たぶん馬鹿はあなただと思います。

「憂鬱だ……」
「よし、では行くか」
「あっ、人」
「ぬっ!」

 あの人が見えなくなったらまた蹴られるんだろうなあ……。

◆◆◆

 グランドニア王国を金卓背負って出発して、およそ一週間。
 僕は今、ンタさんと一緒に南方への旅路にあった。
 南方国家を一つ越え、その次の国への街道。

「おい、そろそろ客を捕まえるぞ」
「はあ……」

 食材は前の国で買ったり、途中で僕が狩ったり、ンタさんが魔獣と交渉して卵をもらったりなんだり。
 食材自体は素晴らしいものだと思う。鮮度もいいし、魔獣からもらう食材は、結構うまい。生でもうまかったりするんだよ。魔獣って実はすごいね。
 でもさ、

「あの、そろそろ一旦僕が調理を……」
「なにをいうんだ馬鹿め。今日も私だ」

 今日も絶望だ。
 ンタさんの調理技術がすべての食材を台無しにする。この人は天才だ。紛うことなき天才。
 卵の黄身を原型たもったままで真っ黒にする人はじめて見た。これすごいよ、逆に天才だよ。
 肉は液状になって皿に盛られ、逆に新鮮だった水がドロドロのスライムみたいになって出てくる。
 極めつけは料理全般の匂いだ。
 これ、たぶん匂いで人を殺せる。

 一つ前の街で捕まえた客は、西方の水中都市国家サラース出身の魚人たちだったんだけど、彼らンタさんの料理食べたあと実家に帰った。
 世界を旅するって意気揚々と出て来たらしいんだけど、こんな悲惨な目に遭うくらいなら旅人やめるって言ってた。
 『かーちゃんの味が恋しいよおおお!』って叫んでたよ。
 僕はただただ彼らの背を儚げに眺めながら、心の中で百回謝ることしかできなかったね。
 ンタさんは満足気味だった。
 『よし、これで噂が広がるな』いっそこの人のメンタルすごいと思った。僕と真逆だよ。自分の欠点誇らしげに活用してるもん。
 たぶんヴラドさんへの想いが最優先だから、そうやって健気に自分の欠点すら利用できるのだろう。ヴラドさん、早く来てください。

 ンタさんのためではなく、僕とこれからの犠牲者のために。

 今すぐあなたにこの怪物を譲渡したいです。

◆◆◆

 そうして今日、また犠牲者を捕まえた。
 あっれ、僕実は結構すでに悪党なんじゃないかな。
 被処刑者探してるみたいな気分になってきたよ。

 今日のンタさんの獲物はビクついた鳥人族の三人だって。食べられないだけマシだと思ってね。調理に入ったンタさん、もう僕じゃ止められないから。

 鳥人たちも僕の後ろの方から漂ってくる匂いに、かなり顔を青くしてるよ。
 ンタさん、僕が魔法で作った超火力の篝火で適当に料理してる。
 他にも火精石とか、氷結晶とか、料理に役立ちそうな小物は荷物に忍ばせてあるんだけど、『そんなまともなモノを使ったらまともなモノが生まれてしまうだろ馬鹿!』とか、ンタさんどうかしてる発言してるから、これからも使うことない気がするよ。

「あ、あの、私たちはいつになったら帰れるので……」

 死んだらね。
 ああ、嘘嘘、ごめんごめん。――倒れたらね。

 ちなみにンタさん、最近下半身人間化する術を身に着けて、おかげで僕も馬の蹄で蹴られることはなくなったよ。相変わらず蹴られはするけど。
 まだ人間の脚だからマシだね。でも筋力そのままだから常人だったらパーンだよ。

 ンタさんはまだへそだしルックの背中側から馬のふさふさ尻尾出して、楽しげにそれを左右に振りながら料理に勤しんでる。これだけ見ると美人な獣人がちょっとエロい格好で料理作ってるようにしか見えないんだけど、僕には彼女の楽しげな鼻歌がデスソングにしか聞こえません。

「できたっ!」

 さらばだ、鳥人たち。死の宣告が今下った。
 作り上げた何かが入った鍋を持って、ピョンピョン無邪気に跳ねるンタさんは、本当にかわいい。美人だし、かわいい。本当に、手に持った鍋さえなければ、抱き着きたくなるくらいかわいいのだ。
 ただ僕にはあの鍋がデスサイズに見える。あれ、命を刈り取っていく鍋だよ。

「さあ、食え!」

 ンタさんがピッカピカに光る金卓の上に鍋をドンとおいた。
 僕は耳栓ならぬ鼻栓をすでにしている。植物の葉っぱを丸めて作ったんだ。便利でしょ。

「うっ……おっ……に、兄さん……僕まだ死にたくな……っ!!」

 あっ、匂いだけで一人逝った。今日のはまた強烈だなあ。

「んぐがっ、んごあっ!」

 なんとか持ちこたえてる二人もすごい声出してるね。たぶん今死神と戦ってる最中。死闘だよ。

「んぬううう! んあっ! ああっ!! あああああああああ!!」

 もうホント、僕は彼らの精神力に喝采を送りたい。倒れる寸前まで死神に対する威嚇の声をあげられるなんて、本当にすごい。普通なら音もなくスゥっと意識を刈られていくはずなんだ。

「ふうっ……! はあっ……!」

 あと一人。

「ほら、食えよ。おい、食え」

 だめだよンタさん。それ『死ね』って言ってるのと同じ意味だから。いっそ『苦しんで死ね』って言ってるのと同じだよ。

「き、貴様まさか我らに対する刺客か……っ!」

 息も絶え絶えに鳥人さんが言ってきた。

「なにを言うか。善良なる私たちが善意によって飯を食わせてやるというんだ」

 善意の押し付けはそれもう悪意と同じだよ。
 あとンタさん、善意で食わせておいてしっかりお金取るよね。それ善意って言わないよ。いっそ強盗のようだよ。

「わ、我らはこの程度では死なんっ! 舐めるなよ……!!」

 舐めない舐めない。あとあなたもその鍋の中の物体舐めない方がいいよ。物理的にも、精神的にも。
 あ、僕がうまいこと言葉を掛けて内心でキリってポーズ取ってたら、鳥人さんが鍋に(くちばし)を突っ込んだ。
 し、死んだかな……

「……」

 あれ、顔あげないな。もしかして実は食える感じ?

「…………」

 あ、違うわこれ、嘴突っ込んだ時点で気絶したんだ。このままだと窒息しそうだね。

「ふん、軟弱者め。この程度で気絶するとは。傭兵と言っていたがたいしたことないな」

 ンタさん鼻で笑って自慢げに胸張ってる。巨乳がプルンって揺れるけど、もう僕それどころじゃないから全然興奮しないよ。今鳥人さん助けるのに必死だからね。――うおっ、鼻栓してんのに匂いがっ!! この人よくこんなもんに嘴つけられたな! 勇者! 僕の代わりに勇者やってもらいたいくらいだよ!

「よし、片づけておけ。あと起きたら言質もとっておけよ。ちゃんと金卓の酒場の噂を触れ回るように、ってな」

 たぶん何もしなくても勝手に噂広がるよ。
 そして世界に轟くと思う。――悪名が。

 僕は必死で鳥人さんたちを助けだし、街道横の草原に寝かせた。
 彼らが起きるまで少し待っていよう。

 ンタさんは前の国で買ってきた干し肉食べてる。自分だけずるいね。

◆◆◆

「貴殿も怪物との旅はつらかろう」
「もうほんと、許してもらった上に同情されるなんて、今なら僕死んでもいいです」

 起きた鳥人さんたちに事情を話したら、許してもらった上に同情してくれた。
 涙があふれた。

「がんばれ、としか言えんが……ああ、とにかく頑張れ」

 たぶん鳥人さん言葉が見つからなかったんだね。まださっきのアレの後遺症があるみたいだ。

「実は我らは傭兵家で、先日西のサラースで少し有名になったところなのだ。その前にあの金卓に良く似た銀卓の酒場で料理を馳走してもらい、そのあまりのうまさに驚愕してな。あれのおかげで戦にもうまく勝つことができた。力が湧いてきてな」

 へえ、すごいなあ。こっちの酒場とは真逆だよ。

「――ん? 銀卓?」
「ああ、そうだ。黒髪赤眼の若い亭主がいて、金色のスライムと、あと白いゴーレムもいたな。珍しい合わせだった」

 黒髪赤眼。それは魔王さんに聞いた息子さん――つまりヴラドさんの特徴だ。
 銀卓の酒場というフレーズもあるし、どうやらそれ、ヴラドさん本人っぽい。

「あの、僕もそれ気になります。その人はどこに行けば会えますか?」
「いやあ、それが分からんのだ。銀卓の酒場は足の速い移動式の酒場で、情報を丹念にたどっていくか、運が良くないと会えないと。二度目の来訪を誓ったが、まだ我らも見つけられていなくてな」

 うっわー、これ見つけるの苦労しそうだな。
 ともあれ、この鳥人たちはヴラドさんのおいしい方の移動酒場を探していた挙句、同じような移動式の酒場に捕まった、と。――まずい方の。

「まあ、そのうち会えると信じているが」
「まるでその悪質な模倣品のようにこの金卓の酒場があるので、次もこれに捕まらないように気をつけてください」
「あ、ああ……君は一応亭主なんだろう?」
「一応です」

 迫真の顔で言った。

「逃げられませんから……」

 それに、旅自体は楽しいのだ。ンタさんもまあ、僕の知らない情報を教えてくれたりはするし、おかげでグランドニアに籠ってたころよりずっと楽しい。
 お金も一応ある。なぜなら生贄をささげているからだ。これやっぱ完全に賊だよね。でも僕気にしないことにしたよ。真面目に考えたらメンタルブレイクするからね。

「そ、そうか……。まあ、会いたいならあえてこの金卓の酒場の噂も広めてみよう。もしかしたら対抗心を燃やしてあの銀卓の亭主が向かってくるかもしれない」

 ンタさんと同じ考え方で鳥人さんがいった。まあ、それも真理なのかもしれない。ひとまずその方針でいこう。

「ただ、できればこれからも君だけは彼女のアレから客を救ってやってくれ……それがせめてもの救いとなるように……」

 任せて。回復薬系の薬草常備しとくようにするよ。

「では、そういうことでな……」

 三人の鳥人さんたちはそのままフラフラと飛んで行った。律儀にもお金をおいて。
 本当にちょっと、僕涙止まらないんだけど。

「おい! 馬鹿! そろそろ次に行くぞ!」

 嗚呼……死神が次なる獲物を求めて僕を呼んでいる。

「分かりました、分かりましたって! 今行きますから! お願いですからその鍋の中身を僕に向けてひっくり返そうとしないでください!!」

 僕の旅はまだ始まったばかりだった。

 ―――
 ――
 ―

◇◆◇ 表シリーズ ◇◆◇
『銀卓の酒場』
【臭くない入口】

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