神の筋書きか、悪魔の筋書きか(6/13)PDFで表示縦書き表示RDF


神の筋書きか、悪魔の筋書きか
作:俺とキルマシーン



第六話・「サークルメーカー」


 ああ、そうだ……。
 純粋なまでの黒一色のストレート、何かを見透かしているような細目、そしてその神秘的な美貌。

 先輩は、生きていたんだ。

 ポチャ、
 シュウジの手前で水が跳ねた。流れるがままに沈んでいく、一本のカッターが見える。

「それを使って」

 シュウジはレイの方を向いた。彼女の手には不気味に血が付着したカッターが握られていた。
 握られていた方の腕、その手首は無数の赤い筋が浮き出ている。リストカットの切傷だ。まるで赤色のボールペンで白紙の上をがむしゃらに書き殴ったような傷痕だ。

「……?」

 言われるがままに沈殿したカッターを拾い上げる。
 レイはうっとりとした微笑みを浮かべていた。

「危ないよ! シュウ……!」

 カンナがシュウジに話しかけた瞬間、レイはその細目をかっ開いた。
 あの見透かすのような目はどこへやら、業火を写生したように紅く、灼熱を帯びたようなその眼は、紛れもなくレイその者の眼、
 その眼でカンナを睨みつけていた。
 カンナはその威圧感に押されたのか、一歩一歩と退き下がっている。

「……これで何を?」

 シュウジが低い声でそう言うと、レイは表情を元に戻して、

「一緒に死ぬの」

「一緒に死ぬ?」

 シュウジが聞き返すと、

「そう、私達二人で死ぬの。でも、ただ死ぬんじゃなくて、愛する人に殺してもらうの」

 レイはそう言いながら、うっとりと自惚れたような表情を浮かべていた。
 その快楽に満たされたような表情。まるで自慰行為に絶頂に達したような表情だ。
 フッ、とシュウジはあからさまに鼻で笑う。

「殺してもらうって……誰が先輩を殺すなんて言いました?」

 シュウジは手に握っていたカッターを放り投げる。

「シュウジ……?」

 カンナの傍により、安心しろと言うように肩を優しく叩き、

「俺は、“誰も殺さない“」

 絶望を垣間見たような驚愕の表情をしたレイに対し、突き放すように告げた。

「……はは、ははっ」

 レイは汚水に浸る髪と泣きべそかいたような酷い顔を上げ、

「面白いこと言うね、シュウジ。一度、私を殺しているくせに」

「何を言っているんですか、先輩。俺は、先輩のことを殺してなんか」

 シュウジの発言が途切れた瞬間、レイは身を屈め、懐に収めるように握り絞められたカッターとともに突進してきた。
 とっさの一撃、シュウジはカンナを遠くへと突き飛ばし、

「シュウ……!」

 レイを“受け止めた“。
 密着しあう後輩と先輩の二人、まるで臍の(へそのお)で繋れたように一本のカッターで繋れていた。
 ピチャ、ピチャ、
 雨漏りしたように赤い血が垂れ落ち、灰色の海に波紋を生む。
 カンナはバシャバシャと音をたて、シュウジの元に駆け寄る。

「……!!」

 幸い、腹には突き刺さってはいない。
 しかし、その刃先丸出しのカッターはシュウジの手の平の中に包み込まれていた。
 刃を直で握っているため、シュウジの手の平からは血がじわじわと溢れ出ていた。
 それを間近で見てしまったミナミは一瞬、立ちくらみを起こしてしまい、

「ミナミ……!」

 そのままアキラの体に倒れてしまった。――のだが、アキラは面倒くさそうにその体を払い除けた。
 非常なまでの行動、とても人がするようなこととは思えない。
 カンナはミナミの元に駆け寄り、水面に沈む前に何とか抱えて救い出した。

「ッ……!!」

 カンナの体内に痛みが走る。
 彼女もまた、怪我を負っているのだ。
 次々と起こる問題のせいで、自分の事を忘れてしまっていたのだろう。
 カンナは苦悶の表情を浮かべ、アキラを睨みつけた。

「あんた! 自分が何したか分かってるの?!」

 アキラは何も口にしない。
 ただ、真ん中分けされた長髪を捻っていた。わきに向かって跳ねた茶と黒の入り混じった長髪を、赤い半透明のサングラス越しから眺めていたのだった。

「ねぇ! きいてるの!?」

 再び、無視。
 一言ガツンと言ってやりたい気分だろうが、シュウジの方も見なければならない。
 カンナはシュウジの方を振り向く。
 シュウジはレイから距離をおいて立っていた。
 徐々に後退りしていっているため、背後に立つカンナにぶつかる。
 カンナはそれを支えた。
 シュウジは支えられた手に気づき、後ろを振り向く。

「待ってて、シュウジ! 今何かで塞いで……」

 もちろん、その場所に傷口を塞げるものなんてなかった。
 この場所では、応急手当もできない。
 それすらもできないのだ。

「こんなんどうってことねえよ。それよりお前はここから離れてろ」

 再び、レイが懐にカッターを収めながら突進してきた。

「やだ! そしたらシュウ……!」

 シュウジはカンナを突き飛ばす。
 カンナは態勢を崩してしまう。そのまま尻餅をつく。弾かれた泥水に舞う。
 突進してくるレイの目にその泥水がかかる。
 レイの動きが止まった。
 その隙を見て、シュウジはカンナの手を握り、

「ごめん。大丈夫だったか?」

 カンナは立ち上がり、

「へっちゃらだよ! これくらい」

 シュウジは一息ついたようにホッと笑う。

「歩けるのか?」

 カンナは大きく頷く。
 シュウジはカンナの手を強く握り、

「よし、行くか……!」

 二人は、走り出した。
 だが次の瞬間、カンナは立ち止まり、

「待って! ミナミの様子変なの!」

 シュウジはミナミのいるほうを向いた。

「ミナミ!!」

 ミナミは息を荒だてていた。
 とても苦しそうな表情をしている。体中からは尋常ではない汗が溢れ出ているのが分かる。

「シュウジ、待ってよ……シュウジ」

 よろけながらだが、レイがこちらに向かってきている。
 このままでは、数分前の二の舞になってしまう。
 だがしかし、ここでミナミを残すのは非常に危険な行為だ。
 誰かのために命を張る意味はあるのか?
 そんなことシュウジには関係なかった。

「ミナミ、歩けるか?」

 しかし、現実は想像以上に残酷で、熱意ある者を冷酷なまでに弄ぶ。

「はぁはぁ……れる」

「え……?」

「赤ちゃんが、うまれそうなの……」

 それはまるで“悪魔の悪戯“ように。

「赤ちゃんって……」

 ミナミの腹は変わりなく、少したりとも孕んでいる様子がなかった。
 見た目だけでは、完全に妊娠していたなんて分かるはすがない。
 こんな平たい腹のどこに、赤ちゃんがいるのだろうか?

 ――アキラ。

 そう、シュウジはミナミの腹の中の子の父親を知っている。
 父親のすぐ傍にいるのだ。なのにアキラは動こうとしない。
 なんで冷静でいられるのか?
 シュウジはアキラの元に近づき、胸ぐらを思いっきり掴んだ。

「お前の子だろ……!!」

 アキラは終始冷静な表情をしていた。あからさまに面倒くさそうな態度をしている。

「シュウジ、私と遊ぼうよ。また先輩と一緒に遊ぼう?」

 後ろからレイが近づいてくる。カンナはそれに気づき距離をおく。そしてミナミをかばうように立つ。
 狂いに狂ったこの時間を、一体どれだけの人が予想できたことか。

「何とか言えよ! アキラ!」

「――いいの、シュウジ君」

 シュウジの怒号が飛ぶ中、ミナミの荒々しく乱れた声が聞こえた。

「だ、駄目だって! ミナ……」

 ミナミが立ち上がろうとしている。カンナはそれを止めようとするが、

「ありがとう。カンナさん」

 ミナミはそれを除けた。
 そして、そのままゆっくりとレイの進行方向の前に向かい。

「……何度も死のうと考えていた」

 レイがミナミの元に接近してきている。

「手首を切ったりして自殺もはかった。でも、神は私を死なせてはくれなかった。けど――」

 ミナミは跪きそうになるが、何とか持ち堪え、

「これで死ねる」

 最後の力を振り絞るように、背筋をピンッと立てた。

「――何が“死ねる“だよ」

 だけど、その足は人間を訴えるように震えていた。
 シュウジは荒々しく突き進み、ミナミの手首を握り締める。
 その手首には、無数のリストカットの痕が。

「こんな“浅い傷“をつけたくらいで、よく死にたいなんて言えんな」

 シュウジは、精悍な眼差しをぶつけた。

「死ぬなら勝手に死ねよ。それでお前が楽になるっていうなら、俺は止めやしない。だけど、お前の腹ん中の子はおいてけ――」

 瞬間、ミナミの体に電流が流れたように震えた。

「お前の自己満足に付き合わされた子を、見す見す死なせるわけにはいかねえからな」

「シュウジ! 危ない!」

 シュウジはミナミをかばうように前に出て、向かいくるレイのカッターを身を盾にし受けた。
 瞼の上に傷が走り、破けたぬいぐるみのように開いた所から中の物が飛び出る。
 真っ赤な血がビュッと勢いよく飛び出てきたのだ。
 シュウジは一瞬よろけ、切られた方の目を血濡れた手で押さえ、

「ハァハァ……、どいつもこいつも、どうしてそんなに死にたがるんだよ」

 レイがカッターを持つ手を握り、カッターを無理矢理引き離し、

「自分を理解してもらう努力をする前から、自分は一生懸命頑張ったみたいに思って、ただ自惚れてるだけなんじゃねえのか」

 その無数のリストカットの傷が残った手首を強く握った。

「死にたいとか思う以上に、もっと強く生きたいって思えよ……!!」

 シュウジは血を出し過ぎたのか、立ちくらみが起きたみたいに体を跪きそうになった。
 カンナはシュウジの元に駆け寄る。そして、優しく支える。

「――ぼくは、強く生きたいと願ったけど、神に見放されたの」

 灰色の霧の向こうから、背丈の低い人影が見える。
 その声は幼い女の声だ。
 人影が姿を現した瞬間、ミナミは絶句した。
 我が目を疑うように、それを何度も目に焼き付ける。
 腹を押さえ、窮屈そうな表情と声で、

「“ヒカリ“なの……?」

 背丈一三○センチくらいの小柄な少女。髪は両端をゴムで束ねている。カジュアルな服装をしていて、一見男の子のようにも見えなくもない。

「久しぶりだね。お姉ちゃん」

 ヒカリは、シュウジの顔を見る。

「きみが“神“、……いや、ぼくを殺した“悪魔“なんだね」

 それは、忌まわしき交通事故の日のこと。
 あの日、事故現場が慌てはためいている中、“ある車内“の中は事故現場並に慌てはためいていた。
 “ある少女“が大量に血を流していたからだ。
 “ある少女“が――、

「ヒカリ、どうしてあなたが生きて……、っッ! シュウジ君、私もう……!!」

 事故により命を落としたはずの一人の少女、ヒカリが生きていたのだった。

「それも“筋書き“に描かれている事なんだよ。お姉ちゃん」

 それは、神の筋書きか、
 それとも、悪魔の筋書きなのか……。












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