神の筋書きか、悪魔の筋書きか(4/13)PDFで表示縦書き表示RDF


神の筋書きか、悪魔の筋書きか
作:俺とキルマシーン



第四話・「壊れた日常」


 朝のホームルーム。
 冷房設備無しのこの教室。そこにいる生徒達も含め、完全に夏の暑さにやられていた。
 シュウジは頬杖をつきながら、担任の出席確認をよそに窓の外を眺めていた。
 雲の輪郭を追うその目は、何かに憑かれたような目をしている。

「ミナミは今日も休みか……」

 担任の次の生徒の名を呼ぶ。

「これで一週間か」

「今日、終業式なのにねー」

 シュウジの後ろと隣の席の女子がミナミのことを話している。
 シュウジは一週間前のあの日、避難訓練の日のことを思い出していた。



 一週間前、避難訓練の日。
 蝉の鳴き声と消防車のサイレンの音が、シュウジとミナミの二人が密着する個室の中に響いていた。
 額から流れる一筋の汗が、鼻の輪郭を通り顎で滴となり、垂れ落ちる。
 ミナミが、不気味に微笑んでいる。
 シュウジはエッと言っているように目を点にしていた。何が可笑しいのか、シュウジには分からないようだ。
 ミナミが、口を優しく結ぶ。

「軽蔑した? 同じクラスの女の子が同じクラスの男の子と平気でしているなんて」

 シュウジは顔を伏せた。
 ミナミはその場を立ち上がる。
 ガクッ、と一瞬態勢を崩すも、そのまま個室を出た。
 シュウジも立ち上がるが、

「一緒に出ていって見つかったら大変でしょ?」

 ミナミが手を前に出し、首を横に軽く振った。
 シュウジは、蓋の閉められた便座に腰を下ろす。

「ありがとう」

 髪を大きく揺らしながら、ミナミがシュウジの方を向く。
 笑っていた。でも、目からは一粒の涙がこぼれおちていた。
 その涙の意味をシュウジは解ってやることができない。
 そんな奥歯を噛み締めたくなる思いが、膝の上に乗る二つ拳に爪が食い込むくらいの力を与えていた。

「もう、私、大丈夫」

 背を向けた時、ミナミの黒い髪が数本抜け落ちて、

「私は一人じゃない。“この子“と二人だから」

 水の染みた床に、沈んだ。
 ミナミがトイレから姿を消した途端、腹痛が再び呼び起こされた。
 腹を押さえ苦痛に歪んだ表情しながら、

「この子と二人……か」

 軽く微笑んだ。
 数分後、笑ってもいられない状況に追い込まれたのは、シュウジ以外の誰も知る由もない。



 朝のホームルーム。

「アルバイトをする人は、先生に報告を――」

 シュウジが呆然と窓の外を眺めていると、突然、教室のどこかから携帯の着うたが鳴り出した。
 ごわごわとざわめく教室。犯人当てをするように音の鳴る方に眼差しを向ける。
 シュウジの携帯だ。
 担任もわざとらしく、ゴホッと咳き込みをする。
 シュウジは、慌てて着うたを止めた。

「姉貴か?」

 そうぼやきながら液晶画面を見ると、メール一件と表示されていた。つまり誰かからメールが送信されたということだ。
 後ろの席の女子が、

「だれだれ?」

 と、笑いながら聞いてきた。
 シュウジは面倒くさそうにボタンを押して、携帯のメールを開く。

「なー、これって、チェーンメール?」

 メールに書かれていた文章は、『蝉の命は一週間、きみの余命は一週間』という、あまりにも子供騙し的なことが書かれていた。
 後ろの女子は呆れた声で、

「シュウジ君さぁ……チェーンメールの意味知ってて聞いてるの?」

 と言ってきた。

「へ? こういういたずらメールじゃないの? よく分からん」

 チェーンメールというものは、『〇人に送れば幸せなことが、送らないと不幸なことが起きます』などという文章が書かれているものだ。
 シュウジに送られてきたメールは、そのようなことを思い立たせるような文章ではない。

「とにかく、ただのいたずらメールなら消しとくか」

 後ろの女子にクスクスと鼻で笑われる。
 シュウジは携帯を隠すように身を屈め、メールを削除した。

「これでよし、と」

 パチッと携帯を畳む。
 ホッと一安心といきたいところだったが、

「って、また?」

 サブディスプレイに、メールを受信中と表示されていた。まるで削除を見計らったようなタイミングだ。
 携帯を開いて、受信完了を待つ。
 受信完了した瞬間を狙ってボタンを押す。また着うたが教室に流れてしまうからだ。
 シュウジは、周囲を警戒しながらメールを開いた。
 そのメールの内容とは――、

「おい、お前」

 シュウジの声は後ろの女子に向けられていた。
 クスクスと鼻で笑うその女子、それもそのはずだ。

「マジでシャレにならんから」

 シュウジに届いたメール、それは後ろの女子から送られてきたチェーンメールなのだから。
 内容も一分前くらいに送られてきたばかりのメールと酷似した内容で、今のシュウジの心境から考えれば、本当にシャレになってない。
 件名を見ると『Re』という返信を意味する文字がズラリと続いている。
 シュウジの額から、ヒヤリと汗が流れ落ちた。



 体育館。
 終業式が行われている。
 お仏でもとなえているように校長が話をしていた。
 端から端まで人で肉詰めにされた体育館は、鍋で煮られたように蒸し暑い。
 各々の暑さ対策でその場をしのいでいるようだが、どうにもこうにも自然の暑さに敵う気配はなさそうだ。
 さすがのカンナも、この日ばかりはサマーセーターを着衣していない。
 むしろ、今までが可笑しいのあって、それが夏としての正しい恰好であると思う。
 紡ヶ丘高校の全生徒が、半開きで死んだ魚のような目をしている。生臭さはないが汗臭さはある。

「――ねぇ」

 列の最後尾に立つカンナが、その前に立つシュウジを呼ぶ。
 カンナは点呼確認した後に最後尾に並ぶことになっているのだが、本来、シュウジはこんなに後ろには並んではいない。
 保健室で腹の薬を飲んでからきたため最後尾に立たされたのだ。
 で、点呼確認が完了したカンナがその更に後ろに立つ事となり、最終的にこんな特別な並びになる事となった。
 呼ばれたからといって振り向くわけにもいかず、シュウジは、カンナに背中を向けたまま話すことにした。

「何だ、風紀委員。今は終業式中だぞ」

「夏祭りのことなんだけどさ」

 校長の話が、マイク越しからスピーカーへと伝わり、館内へと響かせる。
 誰にも聞こえない。
 二人の、シュウジとカンナの、相反する恋愛感情を持つ幼なじみの会話が、小人のような小声で行われていた。

「夏祭り? あぁ、どうせ今年も俺とお前とタケとテツの四人で行くんだろ。――つか、んなもん後で話せよ」

 カンナは、間髪入れずに、

「後だと、タケとテツ来ちゃうから」

 そう言ってから、一呼吸空けて、

「今年は、二人だけで夏祭りに行きたい」

 と、告白してきた。
 シュウジは、暑さに負けてダルそうな表情をしているが、それが思い悩んでいるにも見える。
 毎年、シュウジとタケとテツは夏祭りを一緒に行っていた。
 そんな汗臭い男共の中には、毎年必ず、タケの強い要望でカンナがいたのだ。
 もちろんそれは、タケ本人からの強い希望であり、シュウジ自身は嫌々だったりする。
 シュウジが口を開いた。

「三年前だっけ」

 一呼吸空けてから、

「先輩が死んだ年だから、ちょうどそんくらいだよな。――お前が始めて告白してきたのって」

 カンナは、結んでいた口元を微かに緩めた。
 そして、懐かしむように笑い、

「もうそんな経つっけ? あの時、最初に告白した時、シュウジにボロくそ言われたっけね」

 ――それは、三年も前の話だ。
 ある日、シュウジはいつも通り学校に登校していた。
 黒い学生服姿の学生達が続々と玄関へと入っていき、シュウジもその波に流れていく。
 真面目に掃除していないのか、玄関は埃臭いニオイがする。タンスの角のようなニオイに近いかもしれない。
 それはさておき、シュウジは自分の靴を持って下駄箱に向かっていた。
 下駄箱を開ける。間に木板が入り二段分けされた下駄箱。上はシューズが入っていた。そうなると必然的に下は空っぽになる。――はずなのだが、
 シュウジは、それを手に取る。

「なんだこれ?」

 それは、一通のラブレターだった。
 表裏を繰り返し見る。
 すると裏の端っこの方に蛍光ペンで名前が書かれていた。

「誰だ? こんな見づらい真似をするようなヤツは」

 カンナだ。
 そのラブレターの送り主は、シュウジの幼なじみである。カンナだった。
 シュウジが硬直している。
 校門の近くにある石像と同じように固まっていた。
 まだラブレターと決まったわけじゃないしな、と言わんばかりに手紙を開けて確認すると――、
 ずっと前から、シュウジのことが好きでした。
 だから、アタシと付き合ってください!
 もし、答えがオーケーなら、今日の昼休みに屋上にきてください。
 待ってます
 と、書かれていた。
 シュウジはそれを読み進めていく内に、失望を露にするように瞼を重くし睨みつけている。
 シュウジはラブレターをポケットにしまってしまった。
 それから昼休みになるまでの授業では、いつもは口煩く付きまとうカンナが、あからさまにシュウジから避ける態度をしていた。シュウジはそれに気づいてはいたが、あえて黙殺していた。

 ――そして、昼休み。
 白いタイルの上に一人の女子生徒が、カンナが立っている。
 屋上へ通じる階段を上がる誰かの足音は、校舎の至るところから響く生徒達のはしゃぐ声に紛れ込んでいた。
 屋上の扉が開く。
 赤錆のへばりついた扉は重く軋んだ音とともに閉まる。
 白いタイルの先に立つカンナの元へ、その誰かが、シュウジがラブレター片手に向かってきた。
 カンナの目は喜びに輝いていた。それもそのはずだ。屋上に来ることは、告白成功を意味するのだから。


 パシッ、――。


 ラブレターが地面に叩きつけられた。
 誰からの手でもなく、シュウジその者の手から。
 屋上に来ることは、告白成功を意味する。なのに、まるで断るかのようにラブレターを叩きつけているのは何故なのか? そんな淡い疑問を抱いているようにカンナは眉をひそめている。

「なにこれ?」

 シュウジの声は努気が入っていた。

「…………」

 何も言い返す様子のないカンナを見て、シュウジは愕然とため息を一つつき、

「なんでこんなことすんの?」

 突き刺すように言葉を放つ。
 カンナは、近くにいるシュウジにすら聞こえないほどの小声で、

「好きって伝えたかったから……」

 と、口にする。
 泣きそうな声をしていた。
 シュウジは、自分の中の気を抑え、

「ありがとう」

 と、優しく口にした。
 だけど、

「でも――」

 言葉は終わっていなかった。
 一呼吸空けてから、

「本当にその事を伝えたいと思うなら、こんな物なんかに頼らずに、自分の口で伝えてくれよ」

 ラブレターを拾い上げ、カンナの胸に返した。

「じゃないとさ、何のために口があるのか、その内分からなくなっちまうぞ。なっ」

 シュウジは笑う。
 そして帰り際、カンナは涙声で伝えた。

「今度は! 自分の口でハッキリと伝えるから!」

 シュウジは、分かったよと言っているように手を挙げて、扉を閉めた。
 カンナは涙を拭い、とにかく笑みを作って、
 手元に残る一通のラブレターを折り紙のように扱い、
 紙飛行機を作って、空へと飛ばした。
 紙飛行機は一瞬だけ空を飛んだ。だけど、また返ってきた。
 まるで、ふりだしに戻されたように。

 ――そして、現在。

「そのせいで、今のお前がいると」

 シュウジは半笑い気味に言う。
「せいでとはなによ。せいでとは」

 カンナもおちょくるように言う。
 一つ、無言の間が流れ、

「……やっぱり駄目なの?」

 シュウジは、ぼやくように言った。

「自分を好きにならない男といって、それでお前が満足ってんなら、いいよ」

 体育館は蒸し暑かった。
 カンナから汗が流れる。
 その微笑んだ輪郭をつたって、

「今年の夏祭り楽しみだなー」
 夏祭りは、雨天中止になりさえしなければ、一週間後に決行となる。
 一週間という手の届く距離に出来た約束は、カンナを遠足前夜のような気持ちさせていた。
 こうして、一学期は終わりを迎えたのだった。



 七月ニ一日。
 夏休み初日となる今日この日、まだ夜は明けていない。
 月から一眸した紡ヶ丘市は、疎らだがまだ電気が着いている。
 時間も時間なので、着いていた電気が消えた。
 紡ヶ丘市から、明かりが消える。
 おや? どうやらこれは、雪のようだ。
 夜空を散らつかす、季節はずれの雪が紡ヶ丘市に舞い降る。
 全く馬鹿な雪だ。こんな猛暑の夏日に降る雪なんて聞いたことがない。
 よほど季節感の狂った雪なのだろう。
 まぁ朝には暑さで解けているだろうし、積もる気配はないな。――と、月は酔い知れているのだと思う。
 そして、今日も紡ヶ丘市に朝が来る。“はずだった“。



 シュウジの家。
 シュウジの部屋は八畳一間の不便することなく使える広さだ。
 半分の四畳くらいが雑貨用品で埋まっているのだが。
 部屋(外)は少し生温い感じがした。壁沿いに設置されてある(はず)のベッド(地面)から、シュウジは目覚めた。
 着ていたTシャツが汗(水)で濡れている。

「ッホ! ッゴホ! 妙に乾燥しきっッホ!」

 気管支に何かが詰まる。埃のようなものが。
 シュウジの目は赤く充血していた。見ているこっちが痒くなるくらいに。
 その充血した目をこすって、それを見た。

「………っわぁっ!!」

 ビシャビシャと、水溜まりを跳ねたような音。足腰に力が入らずにそのままズっこける。
 バフッと、羽毛布団を叩いたような音。そのまま後ろに吸収された。
 倒れたそこが腰掛けとなり、

「っえ、っあ、っな……な、なんだよ、こ、れ……」

 銀世界という言葉がある。
 意味としては、雪で真っ白になった景色のことを主に示す。
 では、この景色を喩えるなら、さながら『灰世界』とでも呼べばいいのだろうか?
 雪のように降り注ぐ灰で一面が染まった。この景色のことを。
 その景色に、輪郭はない。
 全てが灰となり、浸水した水を灰色へと不気味に染めていた。

 蝉の命は一週間、きみの命は一週間♪












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