神の筋書きか、悪魔の筋書きか(3/13)PDFで表示縦書き表示RDF


神の筋書きか、悪魔の筋書きか
作:俺とキルマシーン



第三話・「特別な日常」


「……お前は誰だ?」

 呼吸ができなくなるくらい何重にも包帯が巻かれていた。
 たまたま空いた隙間から目だけ見える。もはや人というより妖怪のような顔だ。
 乱重に巻かれた包帯がほどかれていく、

「俺だ。シュウジだ」

 息を乱しながら、その傷だらけの顔を見せる。
 シュウジだ。
 呆然とした振る舞いで後退りしていくタケとテツ。そのままの態勢で後退りしていると、首の根っこを掴むで襲ってきた。
 そして、廊下へと摘み出させる。
 タケとテツが振り向いたその先には、カンナがいた。
 時間はホームルームの時間だ。着席して担任を待っていなければならない。
 相変わらずだねぇ、と言っているように、タケとテツは顔を合わせて笑っていた。
 今日も長い一日が始まった。



 一時間目。
 今日の三時間目に避難訓練がある。
 それまでの二時間の授業は全て教室。三時間目だけ体育だ。
 窓側の最前席。シュウジは睡魔に惑わされているのか、間抜けな顔に頬杖をついて、半目で黒板を見ていた。
 もはや、教員の話していることなんて耳に入ってもこないだろう。
 何の問いもされていないのに、うんうんと首を頷かせている。
 シュウジの列、窓側の列の最後席がカンナの座席だ。
 カンナは、首を頷かせているシュウジを凝視していた。そのやり取りが、まるで犯人を追っかけている刑事のようにも見える。
 風紀委員であるカンナだが、学級委員や生徒会にも入っており、規律にはとにかく厳しいのだ。
 それが、居眠りような小さなことであろうともだ。

「国語辞書持ってきたから、前のやつは取りにきて、後ろの席まで配ってくれ」

 教員がそう言うと、列の先頭にいる者が続々と立ち上がっていった。一部を除いて。
 シュウジの背中を後ろの席の者が軽く指で叩く、起きない。
 シュウジの隣の席の者が加わって、合わせて軽く指で叩く、起きる気配がない。
 起きる気配がないことを確認したその二人が立ち上がる。
 その間に、まぁまぁとでも言っているように余裕のある表情をしたカンナがきた。
 夫婦喧嘩が始まるか?! という期待感がクラスにざわめく、あろうことか教員までもがだ。
 カンナはクラスの期待に反して、普通に辞書を取りにいってしまった。
 クラス全員が、夫婦に向けていた視線を下ろす。
 辞書を渡す教員の顔も少し残念な表情をしていた。
 辞書を受け取ったカンナは、何事もなく教卓を後にする。
 期待もむなしく授業再開。教員は乏しい声で、

「じゃあ、その辞書を使って、昨日のプリントの続きをやって」

 ドゴッ、重く鈍い音がした。
 教員の咳き込みではない。クラスの誰かが屁をこいたわけでもない。それは間違いなく居眠りをこくシュウジの方から聞こえた。
 鈍い音につられて見たその先には、後頭部を押さえながら悶絶するシュウジの姿があった。
 鈍器……ではなく辞書が床に落ちている。
 カンナは、悶絶するシュウジの後ろで淡々と辞書を配っていた。間違いなく犯人はカンナだと言える。
 シュウジは立ち上がった。
 後ろにいるカンナに向けて、指を差しながら、

「カンナ! テメェ! 俺を殺す気か!」

 泣いているのか怒っているのか、どっちとも言えない惨めな声で叫ぶ。
 カンナは、自分の机に辞書を叩きつけて、

「みね打ちよ? みね打ち」

 優等生ぶるように高貴な声で言う。
 余裕ぶるその素振りに、シュウジの怒号が飛ぶ。

「お前! みね打ちの意味知ってて言ってるのか!? つかそうじゃなくても殺人未遂じゃボケー!」

「殺人未遂? アタシはどっかの居眠り馬鹿を起こしただけよ?」

「おお起こす?? これがか!!」

 指先に、一ミリにも満たない血が垂れていた。もはや肉眼で捉えるのは不可能に近い。

「テメェのモーニングコールは眠りから起こすんじゃなくて、永遠と眠らせるだけじゃねえか!」

「でも、ほら、起きてるじゃん」

「馬鹿か! 運よく“生きれた“んだよ! いーか、今後一切な――」

 クラスが笑いに包まれている中、人目に着かずに静かに教室を退室していく生徒が一人いた。
 もはや、当校の規定なんて眼中にすらないであろう。
 背丈一七○はある長身。黒一色のストレートは足元にまで及ぶ。眉を越して睫毛まで達している前髪から、寝起きのような半開きの目が見える。
 体調が悪いのか、その細身を揺らしながら、教室を出ていってしまった。
 クラスで馬鹿騒ぎが起こる中、一人の女子が言った。

「せんせー、“ミナミ“がいないんだけど」



 一時間目の休み時間。
 シュウジとタケとテツは、男子便所の入口前で屯っていた。
 入口前の通路には水道があり、網で吊されたレモン石鹸がある。壁には鏡もかけられてある。
 シュウジは、眠気を洗い流すように顔を洗っていた。
 テツが、その横でタオルを差し出している。

「あんがと」

 タオルを受け取り、顔を強く拭いた。

「ったく、カンナの野郎」

 テツにタオルを返す。
 シュウジは疲れが全くとれていない。というより逆に増した気さえする。それぐらい疲れきった顔をしていた。

「普通やるかあ? 好きな男にこんなこと」

 シュウジが自分の後頭部を指差す。
 手触りでは感じとれないほど小さなタンコブができていた。

「はは……まぁな」

 テツは軽く失笑する。

「まっ、それも“愛“ってやつなんじゃね?」

 何を言っているんだ。コイツは……。

 シュウジとテツは口の中でそうつぶやき、タケに冷めた目線を向けていた。
 そんなことも知らず、タケは凛々しい顔つきをしながら、自信満々に鼻で息を吸っては吐いている。

「ちょっかいかけているやつほど、そいつのことが好きって言うだろ? あれと同じ愛情表現なんだよ。きっと」

 シュウジが軽くぼやく。

「何を知ったような口を。出生から彼女いない暦を更新しつづけている分際で」

 タケはまるで気づく気配がない。しかし、隣にいたテツは丸聞えだった。

「はは……」

 テツが、再び失笑する。
 もう後数分で二時間目の開始だ。

「っと、そろそろ教室に帰るとするか、タケ」

「ああ、そうだな。――んじゃ、またな、シュウジ」

「おう!」

 タケとテツは自分の教室に戻っていく、シュウジは二人が扉に入るまで見送っていた。
 教室に入るのを確認したところで、

「ギリギリ間に合うだろ」

 携帯の時計を確認する。
 人気のないことを確認した後、男子トイレの個室に向かった。
 ガヤガヤと人気の多かった廊下から、人気が消えていく、
 ――コーン、コーン……。
 紡ヶ丘高校伝統の鐘が鳴り響く。二時間目の開始だ。
 シュウジは、まだ個室で用をたしていた。



 二時間目。
 シュウジがトイレから出てきた。
 時計は既に、二時間目開始から一○分近く越している。
 運が悪いことに、一番遅刻回数の多い、数学の授業だった。
 水道で手を洗いながら、

「どうすっかなー、保健室って口実はもう使えんし……」

 水道の蛇口を閉める。
 Yシャツの後ろの方を掴み、手を拭く。

「とりあえず、保健室で休ませてもらうか」

 トイレ付近にある階段を使って、一階へと下りていった。
 一階に着けば、そこには一階の男子トイレがある。もちろん授業中であるため、人が使っている気配などない。
 そもそも、一階には勉学に行う教室はないため、教員や生徒の目を気にしなくて済む。
 そのせいか、シュウジも堂々と歩いていた。

「数学の単位やべーな、留年なんてなったらシャレになら……」

 シュウジは、立ち止まった。
 女子トイレの前、男子トイレ同様に入口前に設置された水道の前で、荒々しく息を乱す女子の姿に見入ってしまった。
 とても苦しそうな感じだ。
 シュウジは体を触れず、声だけをかけた。

「大丈夫か……って、お前、ミナミ……?」

 息を乱しながら、軽く頷く。
 呼吸が乱雑している感じが、シュウジに危険な雰囲気と教えたのだろう。

「……気分悪いんだろ? 保健室、すぐそこだから行ったほうが」

「駄目っ!!!」

 ガフッ、と舌を噛む。
 それぐらい必死に声を張ってでも、行きたくない様子がシュウジには伝わった。
 ミナミは、そんな声を上げるような性格ではなかったこと、ましてこんな乱れた姿なんて見たことがない。
 水道の淵をよじ登るように掴む。

「はぁはぁ……」

 シュウジは、ミナミの背中を軽く擦った。
 汗で透けた淡い水色の下着より、背中に刻まれた雷のような深い傷痕の方に目が向いていた。

「……やっぱ保健室行ったほうがいいって」

「お願い……、それだけは絶対にしないで……、お願いだから……」

 髪が生暖かい。
 こんなことがあるのだろうかと、シュウジは自分の感覚を疑った。
 まるで自分が汗をかいたように、手のひらにはミナミのかいた異常な汗で濡れている。
 手のひらの汗、苦しそうなミナミの姿、どれも正気沙汰ではなかった。

「何でそんな必死になるの? 何か人に見つかるとヤバい理由とか?」

 ミナミは、軽く頷いた。
 時間は、二時間目の半分を通り過ぎる辺りだ。
 シュウジは、必死になって辺りを見渡す。
 大げさなくらいに首を左右に振って、それを確認した。
 時間は、二時間目の半分を通り過ぎた辺りだ。
 シュウジは、それに向かって足を進めた。
 今日は、三時間目に避難訓練があるようだ。
 シュウジはそれの、火災報知器の目の前に立った。
 避難訓練の開始は、火災報知器のベルから始まる。

「まさか……!」

 女子トイレの通路から、ミナミはハッとした目で見た。
 シュウジが、火災報知器のベルを叩き割った。その全ての始終を目に焼き付けた。

 ジリリリリ……!!!

 空襲警報の如く鳴り響く火災報知器の音が、校舎に響き渡る時、それは避難訓練の開始を意味する。
 ただそれは、三時間目に予定されていたことだ。
 シュウジはミナミの元に全速力で駆け寄った。
 ミナミが、金魚が餌を食べるようなことをしている。

「個室に隠れっぞ!」

 もはや性別関係なく、シュウジはミナミを連れて女子トイレの中へと入り、わざわざ同じ個室の中へと入っていった。
 校舎は騒然としている。――わけではなかった。
 教員は驚きの顔を隠せないが、生徒達は皆、校長のミスか? などと茶化しながら笑っている。
 とりあえず、教員は移動を指示されているため、理由も分からないまま、生徒達を廊下に並べて移動させた。
 一階。シュウジ達が隠れている階だ。
 賑やかな笑い声と足音が騒然と通り過ぎていく……。
 シュウジとミナミは、息を殺す思いでその場にいた。
 もし、教員がトイレに入ってきたらと考える。

「どうするの!? こんなことして!」

「お前、こんなことでもしなきゃ、保健室に行かないだろ?」

「そんなことのために、こんなことを……!」

 シュウジは、ミナミの腹に触れた。

「“そんなこと“って、お前、自分の腹ん中の子を殺す気かよ」

 ミナミは、息を途切らすように、

「い、いつから……」

「ここきて少ししてから気づいた。名前までは聞かない。けど、そいつ――」

 シュウジは、ミナミの背中に触れた。

「腹ん中に子供がいるにも関わらず、暴力を振るうようなやつなのか?」

 校舎全体から騒音が消え、人気一つ感じられないくらい静かになっていた。
 個室内での声は、まるでスピーカー越しから話したように響いていた。
 ミナミから発せれた。腹の中の父親の名前も――、

「……アキラ」

 鼓膜を突き破れても聞こえるくらい、嫌と言うほどに届いた。
 女子トイレの窓から、消防車のサイレンの音が紛れ込んできた。
 ブウーン、ブウーンとサイレンの音が駆け回る。
 ミーンミーンミンミンと蝉の鳴き声も紛れ込んできた。
 ああ、夏が始まったんだ。












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