第一一話・「結末の結末」
どこへ向かっても救われることのないこの悪魔の筋書きを、この自分の手で殺してやる――
その言葉が意味することは、未来の否定。既に完成した式を全て崩し、全く違う答えを見い出すようなもの。あらゆる論理から見い出された唯一の答えとは別に答えを見い出すようなものだ。
はっきり言って、限りなく不可能に近いと言えよう。
けど、何故だろう。
この少年――シュウジなら不可能を可能に変えれる気がしてならない。
むろん、それは何の根拠もない。けど、しかしシュウジからはそれが感じられるのだ。
言葉で表現できない何かが、そこにはある。あるいは、待っている。
「俺は、生きたいがために過去にやってきたんだ」
シュウジは、足踏んだ。
その向かい来る勢いには、何の戸惑いも感じられない。
しかし、どう止める?
不殺で終わらすことなんて、出来るわけがない。
「人を殺してまでして、生きたいのか?」
向かい来るシュウジに反応し、第二のシュウジのそのまがまがしい巨腕がうごめく。
関節と関節をつたりながら中の空気が膨張したように膨らみ、行く先は人一人軽く持ち上げられるであろう巨大な手のひらにまでつたり、まるで地割れを引き起こしたかのように腕が地面を這い、シュウジめがけて肉の亀裂を走らせる。
シュウジはそれに気づき、反応する。避けたその腕は自分でも制御できないのか、ある程度先まで伸びたままの状態になってしまった。
刹那。シュウジは気づく。
自分の背後にいる二人の人間の存在に。
自分自身が避けた腕は後ろへ――レイとヒカリのいるそこへ飛んでしまうんだ。と。
むろん、たった一人の人間が出せる力じゃ到底刃がたたない。走るその腕を止める力なんてない。
どうすればいいのか、そう考えていた矢先のことだ。
第二のシュウジのもう一つの腕が、否。背後から生える二本と通常の一本の計三本の腕がシュウジに向かって迫ってきた。
避けるに避けれない。いや、避けれないと言うべきかもしれない。
一本の坂道の頂上から大きな岩が転がってくるような、そんな絶対絶命の危機。自分の身を投げ出す以外に対処が存在しないことに遭遇しているのだ。
平たく言ってしまえば、シュウジが殺されたらゲームオーバーとなる。
つまり、シュウジは死ねないのだ。
だったら、後ろの二人を犠牲してしまえばいいじゃないかとも思えるが、シュウジにはそれができなかった。
(俺が、人の死を望まなければ、自分だけが、不幸だなんて思わなければ)
俺が、愛を受け入れれば!
「何も起きなかったんだ!!!」
シュウジには、責任がある。いや、責任を感じているのが正しいかもしれない。
殺人事件に対する世間の反応により信じるに信じれなくなっていた。そんな自分がいなければ、何も始まらず何も終わらないで済んだのだ。
「――避けるな!!」
背後からヒカリの声が。
刹那。その場にいる全ての者に巨腕が鼓膜をつんざく轟音とともに激突する。
物が叩きつけられた音が、三発なった。
天井はほとんどが真っ暗で穴が空いているように見える。
ほとんどということは、一部分は天井を維持しているのだ。
もっとも、その天井も青くはなく、むやみやたらに真っ白な天井だ。気味が悪いことこの上ない。
しかし、その真っ白い天井も剥がれ落ちており、天井は闇に覆われていくように白い部分を黒くしていく。
それが意味することは、一つの世界の崩壊――シュウジその者の死を意味する。
故に、この筋書きの終わりを意味することになるだろう。
ドスン、ドスンと巨人が足踏んだような音が鳴り止まない。
白い砂煙が陽炎のように映り、灰の地面には天井の欠片が埋まっている。次第に灰は時間の経過を知らせるように灰の量を増やしている。
それらは全て人の灰だ。この世の全てを拒絶した本当のシュウジが望んだ結末、自分以外の人間は皆死ねばいい。という結果が生んだ物だ。
けど、まだ世界は終わってはいない。
なぜなら、そこには三人の人間が地面の上に立っているのだから。
シュウジ、レイ、ヒカリの三人が。
「どういう……?」
シュウジはふと何かに気づいた。
ヒカリはそれに既に気づいているのか含み笑っている。
レイもヒカリから聞いたのか、同様に含み笑っていた。
「僕達は、お前に守られているんだよ」
それは昏睡状態のシュウジが夢見る筋書き。その中では沢山の生き物が命を失い、その中ではシュウジを想う人間やシュウジに救われた人間もいた。ただ生き残る者もいた。最初から最後まで絶対に死ぬことのない人間が。
「私達は、この筋書きが終わるまで死なないことになっている。同時に、シュウジも筋書きの完結直前までは絶対に死なない」
「そうか! つまり、俺や先輩やヒカリが完結までに死ぬことは、筋書き(みらい)が変わることと同じことなんだな!」
レイとヒカリは同時に頷く。
「そういうこと。この中の誰かが死ぬことは、昏睡状態の君が描いた筋書きには記述されていないからね」
「でも、それだとこの中の誰かが死なないと未来は変わらないんじゃ……?」
レイが不安そうな表情でそう聞くと、ヒカリは当然とばかりに大きく頷いた。
「そうだね。確かにそれが現時点での一番最適な手段だよ。――けど、それは、君の信念を否定することになる。そうよね? “シュウジ“」
不殺の信念を貫くシュウジからすれば、誰かの死で物語が終わるなんてことは絶対に許せない。
そもそも、それが出来るならわざわざこんな不可能な挑戦などしていないのだ。
シュウジは化物と化したアキラに目を向け、
「そうだよ。だから――」
身を屈め、グッと膝に力を入れた。
「誰かの死ぬ未来なんて、いらない」
「シュウジ、お前の言ってることはあまりに軽く、虚勢にも満たないその発言は、ただの偽善に過ぎない――」
第二のシュウジはその巨体からは想像もつかない身の軽さで天井の欠片から欠片へ軽快にステップを刻み、シュウジの方へ迫ってきた。同時に鞭のような巨腕をしならせながら。
「死に目を背けるな。この世には死で救われる命だってあるんだ……!!」
果敢にもシュウジはその巨腕に立ち向かった。
足場の少ない地面。もはや激しい凸凹に覆われた天井の欠片を道とするしかできない。
シュウジは迫り来る第二のシュウジとぶつかる覚悟で突進した。
が、あちらは化物こちらは人間。運動性はあちらのが数段も上だ。シュウジは足場を踏み外してしまった。体勢が崩れてしまう。
そこへ付け入るように第二のシュウジの巨腕が炸裂する。
体勢が崩れながらもシュウジはそれに目を向け、危機を訴えかけるように瞳孔をかっ開いた。
視界を覆う不気味な巨腕。まるで大蛇に睨まれたような圧倒感。シュウジは今、喰われることしかできない鼠のような立場にいるのだろう。
(……!! 時間は?)
天井は、全てが真っ暗だった。つまり筋書きの完結がすぐそこまで迫っているということだ。
すぐそれまで?
シュウジはふと感じた。
もしや、この目の前から迫って来る巨腕によって、筋書きは変化なくして終わるのではないかと。
つまりそれは、シュウジが死ぬという結末だ。
――死ぬ?
ここで死んでいいのか?
(……あいつと約束したんだ。夏祭りに行くって)
人が、こうも簡単に死んでいいもなのか?
命はそんなに軽いものではない。
人だけじゃない。動物や自然もだ。命あるものがこうも簡単に死んでいいものなのだろうか?
否。数多の命が失われていくこの世の中で、こんなにも簡単に死んでいいわけがない。
自分のためだけに生きるのではなく、世のためにも生きることはできるはずだ。
世界の心臓とは、その世界で生きるもの達が握っている。
一人が生きることは小さくはない。それは世界にとって大きなこと。ゆえに一人が死ぬことも大きなこと。
数多の命が失われていくこの世の中。一人が生きることはとても大きく、一人が死ぬこともとても大きなことなのだ。
死は、世界の心臓に削っている。
だから、死んじゃいけない。
自分から死ぬじゃいけない。自分から諦めるなんてもってのほか。最後まで闘う。それだけでいいのだ。
宙に浮くシュウジ。巨腕の一部分に手を当てた。
進行方向に合わせて手を弾き、勢いに乗せて体を反転、三本の腕の上に乗っかりその上を突っ走る。
振り上げれた握り拳を掲げながら――瞬間、進行方向に逆らった動きが裏目に出た。
「シュウジ!」
「シュウジ!」
レイとヒカリが名前を叫ぶ。
崩された体勢は持ち直せない。シュウジの体が倒れかけようとしていた。
遠のくその手は、何も掴めていない。
未来も友達も、そう何も。
だけど、それは掴める距離にいた。否。近づいてきていた。
「ずっと、友達であると信じていた」
シュウジは――“第二のシュウジ“はその身に内在するアキラに対しそう告げると、
――“どちら“の意思かは解らないが、巨腕が止まった。
「だから、お前を、殺す」
シュウジは何も掴めていない。
だから少し離れたところからそれを見るしかできなかった。
(ありがとう。シュウジ。――お前はずっと)
第二のシュウジが、
「“友達“だ」
化物と化した“その体“に巨腕をぶち刺すその瞬間を。
鮮血に染まるその手が物語ることは何か。それは――、
これが、神も悪魔も否定し導き出した。“結末“だったということだった。
友達を殺した。形は残らないけれど。
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