96.三人目だから
アウルムダンジョン、地下四階。
アリスと合流した後、彼女はおもむろに言った。
「ここが最後だね」
「そうなのか?」
「うん、下にいく道がもうないっぽい」
「全部で四階か、浅い方だな」
シクロにあるダンジョンは地下十数階まであるのが多くて、俺がこの世界に来てから生まれたセレンも地下十階まである。
それに比べるとこのアウルムは4階までで、かなり浅い方だ。
「さて、ここのモンスターはどんなのかな」
銃弾のチェックをして、戦闘準備をする。
ふと、アリスが明後日の方角を見つめている事に気づいた。
「どうした」
「イヴちゃんものすごく強かったね」
しみじみとこぼすアリス。
イヴは今地下二階にいる。
暇だから、って理由で彼女は俺達と一緒にダンジョンに入って、地下二階に残った。
「チョップで光の玉かち割ってたなあ。まあ俺よりもずっと早く有名になったベテラン冒険者だしな。前のパーティーを組んでた時は深い階層とかふつうに潜ってたっぽい」
「へー、そのパーティーってどうしたの?」
「イヴ曰く『ダンジョン性の不一致』で解散したらしい」
「ダンジョン性?」
首をかしげつつ聞いて来るアリス。
いや聞かれても困る、俺もよく分かってないんだ。
「使い方からして何となく音楽性とかそういうのと似てるんだろうなって推測はつくが、詳しい事はわからない」
「そっか……でもいいな、あんなに強くて」
ほんの少しだけ寂しげにつぶやくアリス。
ホネホネとプルプルが肩で彼女になにかアピールした。
「ありがとう、そだね、少しずつ仲間をふやしていけば良いもんね」
一瞬だけ落ち込みかけたが、すぐに元にもどったアリス。
彼女は最高レベルが2で既にカンストしてて、能力もきわめて平凡だ。
そんな彼女が強くなるには仲間モンスターを増やすしかない。
今はスケルトンのホネホネとスライムのプルプルがいるが、まだ二体の上その二体ともさほど強くないから、こうしてアリスと一緒にダンジョンに来ているけど彼女の事は戦力にカウントできない。
しばらく歩いているとモンスターと出会った。
上の三つの階層と同じ見た目で、色だけわずかに違う小悪魔だ。
そいつは遭遇するなり手を振り下ろした。
手が光る――光の玉くる!?
身構えて玉を躱そうとしたが、プスッ、って音がして手の光が消えた。
「出ないね、どうしたんだろ」
「さあ」
小悪魔は更にもう一度手を振り下ろした。
今度は手が黒くなる。
あらゆるひかりを吸い込む、そこになにもないかのような黒。
魔法攻撃の黒い玉が本命か!
と思って身構えるが、またプスッって空気抜けの音がして、何も出なかった。
「でないな」
「焦ってる、なんかかわいいかも」
アリスの意見には同意だ。
モンスターなのに、そいつは自分の手を見て、慌てて手を振っている。
子供が焦っているような、妙に愛嬌のある仕草だ。
「どうしようかこれ」
「どうしよっか」
「倒す……のはちょっと罪悪感を覚えてしまうな」
「見逃しちゃう?」
「そうだな……」
あごを摘まんで考えると、小悪魔の動きが変わった。
手を振っても何も出てこなくて、次第に目がぐるぐるになって頭から蒸気を吹き出した。
空中に飛んだまま地団駄を踏む仕草をした直後、両手を軽く拳を握ったまま天に突き出した。
拳を握ったバンザイのポーズ……すると、体から光を放ちだした。
いや体じゃない、体の奥からだ。
体がひび割れ、その奥から光が漏れだしている。
「――まずい!」
とっさに前に出てアリスをかばった。
直後、小悪魔の足元に魔法陣が広がって――そのままはじけた。
モンスターがはじけたのだ!
自爆。
アリスをかばう俺に強烈な爆風が襲ってくる。
歯を食いしばって耐える。
一瞬とも永遠ともつかない時間、光と音の奔流に呑み込まれる。
しばらくして光も音も収まって、俺は胸をなで下ろした。
体がチリチリするし耳鳴りもしているが、ダメージ的にそれほどのものじゃない。
「ふう……」
「リョータ! 大丈夫!?」
「大丈夫だ、アリスこそ大丈夫か?」
「あたしはリョータがかばってくれたから……ありがとね」
「無事ならそれでいい。それよりも今の自爆だよな」
「うん、そんな感じだった」
「自爆か……気をひき締めていこう」
「うん!」
アリスをかばって先を進む、モンスターの居場所を感知できる彼女の案内で一番近くにいるモンスターの群れと遭遇。
今度は三匹いた、まったく同じ見た目をした小悪魔だ。
手を光って振り下ろす、不発。
手を黒く染めて振り下ろす、不発。
そして――自爆。
三倍の爆風が俺たちを襲う。
アリスをかばった俺はある事に気づいた。
爆発する直前に見えた光景。
地団駄を踏んで自爆したのは一匹だけ、後の二匹は手を黒くしている段階だ。
なのに、魔法陣はその二匹も爆発させた。
一匹がトリガーになって、三匹とも爆発した。
「いててて……」
「大丈夫か」
「うん、これくらいなら平気。でも大変だねこの階。自爆したモンスターってドロップしてないよね」
「ああしてないな」
「自爆する前に倒さないといけないのかな」
「試してみよう」
「じゃあこっちね、こっちの子一人ぼっちだから」
アリスの案内で単体の小悪魔とエンカウント。
腕を振り下ろす、光って不発――のところに強化弾マシマシの通常弾。
爆発されるといけないから一発で吹っ飛ばそうとした。
ヘッドショット、小悪魔の頭をきっちり吹っ飛ばした。
「どう?」
「ドロップした」
新しい階層だからポーチは装備してない、小悪魔が地面に墜落して消えた場所に行って、砂金が落ちている事を確認した。
更に探す、今度は自爆をさせる。
三回目の自爆、マシマシ冷凍弾で氷の壁をつくって爆風を防いだ。
今度はドロップしなかった。
「だめっぽいね」
「ああ、大体の事がわかった。この階の小悪魔はローテーションの行動をする。光る弾を撃って不発、黒い玉を振って不発、その後地団駄踏んで魔法陣を出して自爆」
「その時にまわりにいる仲間を巻き込むね」
「ああ、どうやら魔法陣の中にいるモンスター全員自爆みたいだ。威力はストレートに人数分」
「モンスターハウスだとどうなるんだろ」
「怖いこと言うなよ!」
一瞬想像してぞっとした。
モンスターハウス、体育館の様な空間に大量にいる小悪魔。
どれか一体でも二回不発した後、魔法陣で連鎖的に大爆発する光景を想像してしまった。
「ここも特別な階だね」
「ああ、免許が確実に必要だな。まあでも、自爆でドロップしないから、それを知ったら冒険者たちも速攻で倒せないのならそもそも来ない気がする」
「それもそっか」
この世界でダンジョンに潜る理由は99%がドロップ品だ。
そのドロップ品が自爆でそもそも出ないのなら無理して通う意味はほとんどゼロになる。
一応免許制にするが、実質なくても大丈夫だろうと俺は思った。
「あっ」
「どうした」
「呼んでる」
「呼んでる? ――ってちょっと」
アリスが駆け出した、俺はその後追いかけていった。
細い道のダンジョン、何回か角を曲がるとそこに小悪魔が一匹いた。
小悪魔は腕を振り下ろした、光って不発した。
「待ってやめて、話を聞いて」
アリスはしかし、何故か語りかけようとした。
小悪魔は更に手を振り下ろした。
ルーティンの二回目、自爆の一つ前。
「ホネホネ、プルプル。ボンボンを止めて!」
スケルトンとスライムが肩のりサイズから元のサイズに戻った。
元のサイズ、しかしデフォルメされた造形。
アリスの仲間二匹が小悪魔に向かって行った。
小悪魔は地団駄を踏んだ――まずい。
とっさに銃弾を入れ替える。
強化弾5、拘束弾1。
マシマシ拘束弾を小悪魔に撃った。
光の縄が小悪魔を縛り上げる、地団駄が止まった。
魔法陣は出なかった。
「ありがとうリョータ!」
完全に拘束された小悪魔、それにアリスも向かって行った。
アリス、ホネホネ、プルプル。
三人で小悪魔を攻撃した。
レベル2のアリス、ともに地下一階に生息するスケルトンとスライム。
完全拘束されてやられっぱなしの小悪魔を倒すまでに一分かかった。
光の縄が消えて、小悪魔が地面に墜落。
消える直前、アリスがその体を抱き起こす。
小悪魔は彼女の手の中でポンと消えて――新しい姿になった。
ホネホネとプルプルと同じ、デフォルメされた造形の、手のりサイズの小悪魔だ。
名前は、多分彼女がさっきから呼んでるボンボン。
「これからよろしくねボンボン」
新しい仲間に眼を細めるアリス。
役目を終えたホネホネとプルプルはSDサイズに戻って彼女の肩に乗った。
「あたしはアリス、こっちはホネホネとプルプル、よろしくね」
アリスを介してボディランゲージで挨拶するモンスターたち、ちょっと微笑ましい光景だ。
と思ったら何故かホネホネとプルプルがアリスの背中に隠れた。
どうしたんだ、って思ったらすぐに原因が分かった。
「えー、自爆ってホネホネとプルプルも巻き込むの? 魔法陣の中にいたら強制的に? そっかー」
なんか、面白いような恐ろしいような話になっていた。