92.殺し間へようこそ
アウルムのダンジョン、地下一階。
先に入った俺は小悪魔を倒しつつ、ダンジョンをさまよった。
まったく見覚えのない道を通ってダンジョンの入り口まで戻ってくると、表にいるアリスの姿が見えた。
「お待たせ」
「このまま入ればいいの?」
「ああ」
頷いてやると、アリスは魔法カートを押してダンジョンに入って来た。
古いビデオテープの場面転換のようにまわりの景色が一変、直前までダンジョンの入り口に近くに立っていたのが、完全に知らない場所に飛ばされた。
「何度やられてもこれは慣れないな」
「そだね、ちょっとビクッとするよね」
アリスが隣で同調してくれた。
ダンジョンに入って来た彼女は、俺と一緒に飛ばされた。
誰かが入るたびに構造が変わるローグタイプのダンジョン、アウルム。
パーティーで攻略するにはばらばらに入って中で合流するか、今みたいに先に入った方が入り口まで戻ってきて新しく入った方と同じ場所に飛ばされるかのどっちかしかない。
つくづく面倒なダンジョンだと思った。
「で、分かるのか?」
「うん、こっちだね」
魔法カートを受け取りつつ聞くと、アリスは自信たっぷりの表情で反対側を指さした。
どこに飛ばされたのか分からない、前を見ても後ろを見てもダンジョンの道が続くだけ。
それでもアリスは迷うことなく反対側を向いた。
「やっぱりあるのか。なあ、それってどういう感覚なんだ?」
「それってなんの事?」
「ダンジョンの構造とかが分かる感覚ってどんなのかなって」
アリスは特殊能力を持っている。
ダンジョンの構造が分かったり、モンスターがどこにいるのか分かったり。そんな能力だ。
それは多分彼女がダンジョンで生まれた事が原因だと俺は推測しているが、今の所確証はない。
ただ、彼女はそれができる、ということがはっきりしている。
「よくわかんない、なんとなくだよ」
「なんとなくか」
「うん何となく――あっ、モンスターが生まれる」
「むっ」
アリスが立ち止まって、前方を凝視する。
押してきた魔法カートを背中にかばうように隠し、銃を抜いて構えた。
そうして待つ事しばし。
「……生まれないじゃないか」
「もうすぐだから――来た」
視線の先、天井が割れて、そこから小悪魔が一匹飛び出てきた。
まるでダンジョンから生まれたかのような光景。
小悪魔を産んだ後、ダンジョンのひび割れは元のなにもない天井に戻った。
通常弾を撃つ、生まれたばかりでもモンスターはモンスター、すぐさまフルパワーを出せるそいつは銃弾をよけた。
よけられることを想定していた俺は駆け出して、そいつがよけてくる方向に向かって詰めていた。
そして、カウンターのテレフォンパンチ。
来る場所にドンピシャと叩き込んだパンチは小悪魔を吹っ飛ばし、壁を割って中に突っ込んだ。
モンスターのうめき声が聞こえる、まだ生きてる。
パンパンパン!
壁の穴に向かって銃弾を連射、直後、ポン、って音がしてモンスターが消えた。
代わりにポロッ、と砂金が一粒穴の中から転がってきた。
それを拾い上げた。
「すっごいねえリョータ、全然容赦ないね」
「そうか?」
「うん! それに今のすっごい格好良かった。壁にめり込ませてその穴にパンパンパンって撃つの」
「刺せる時にさっさとトドメを刺すのが長く周回するコツだ」
「そかそか、うん、覚えとく」
アリスはしきりに頷いて、俺の言葉に納得していた。
そんな彼女をよそに、魔法カートに単価を入力した後、砂金を入れる。
さっそく、2567ピロという数字がでた。
「おー、今の一粒でそんなにするんだ」
「金――ゴールドだからな、小指の第一関節までくらいの分量で数十万する代物だ」
「すっごーい。あたし達も倒せるかな、ホネホネ、プルプル」
彼女の肩にいつも乗っているSDサイズのスケルトンとスライムがなにか返事をした。
「そっか、じゃあみんなの仲間ふやさないとね」
「無理って事か」
「うん、もうちょっと仲間欲しいって」
「なるほど」
納得しつつ、アリス達を連れて更にダンジョンを進む。
途中でエンカウントする小悪魔達は逃さず、きっちりと倒した。
何しろドロップ品の黄金は1グラムで3500ピロくらいするものだ。
階段にやってきたころになると58,121ピロになっていた。
これだけでもやし満載するよりも高いのだが、魔法カートの中を見るとちょびっとしか入ってない。
「本当にすごいね、黄金でカートいっぱいにしたらどれくらいになるんだろ」
「数億、いや数十億かな? 野菜よりグラム単価も高いし質量も高いからよく入る」
「えええええ!? そんなに?」
「そんなに」
はっきりと頷いた。
集まったらそれくらいはあるが、まあそこまでは集まらないだろう。
俺でも、このペースでやってカートいっぱいにするには一月死ぬ気で狩ってどうかってレベルだ。
でっかい箱に砂を一粒一粒入れる行為だから、それくらいはかかる。
もちろん、カートをいっぱいにしなくても買取額がすごいからいっぱいにする必要なんてないけど。
「さて、次にいくか」
「うん! あっ、降りたすぐそこにモンスターいる」
「じゃあ俺が先に入る、片付いてから合図する」
「わかった」
何があってもどうとでもなるように、俺は全種類の弾を込めてから、銃を握って下の階に降りた。
アウルムのダンジョン、地下二階。
足を踏み入れた途端また景色がぶれた。
階を降りても構造変わるのか!?
気がつくと俺は広大な空間の中にいた。
まるで体育館のような空間で、大量のモンスターがいる。
地下一階と同じ見た目の小悪魔、しかし色合いがはっきり違っている。
ゲームでいう所の2Pカラーだ。
それがうじゃうじゃと――パッと見回しても三桁はいる。
モンスターハウス――という言葉が頭に浮かんだ瞬間。
こぶし大の光の玉が飛んで来た。とっさにガードすると、ドッジボールで当てられた程度の衝撃が体を襲ってきた。
一発じゃなかった、全部のモンスターが一斉にうってきた。
体育館の様な空間の中で、四方八方から光の玉が一斉に飛んで来た。
衝撃が連続する、光が視界を覆う。
思わずカメの姿勢をとった、見えないし多すぎる、この光の玉のラッシュが過ぎ去るのを待つしかないと思った。
幸い、一発一発はたいしたことない。
ボールに当てられ続けて体がじんじんしてしびれたりするが、大けがになる程のものじゃない。
ガードして、念の為に回復弾を注射のように自分に撃ちつつ、光の玉のラッシュを耐えた。
どれくらいたったのか、非日常な光景で時間感覚がマヒしてきた頃、光の玉の数があきらかに減ってきた。
顔を上げて銃を構える――すぐそこに色違いの小悪魔がいて、手を振り下ろして光の玉を打ってきた。
それをガード、そして反撃――しようとしたら。
小悪魔はなんとそのまま倒れた。
空中でなにかに当たったかのように破裂音を立てて、ふらふらと地面に落ちた。どういう事だ?
真横から更に光の玉が飛んでくる、それも受け止めて銃を向けると、うってきたらしい小悪魔がボロボロで地面に落ちた。
よく見ると、あれほどあった――どう見ても百は超えていた小悪魔のモンスターハウスが既に半壊していた。数は半分以下に減っている。
まだいる小悪魔も体が赤く点滅している。
赤い点滅――はっ!
懐からスライムの涙を取り出した、そいつも同じように赤く点滅してる。
ハイガッツスライムのはぐれものがドロップするスライムの涙、効果は二つ。
攻撃した相手を追跡すること、そしてダメージを反射することだ。
それを持ったまま、俺は棒立ちになった。
更に光の玉が飛んでくる、それが俺に当たった瞬間、小悪魔の一体が力尽きて地面に落ちる。
光の玉を撃って、俺に当たって、自分が倒れる。
俺は何もしてない、立っているだけ。
それからさらに三分くらいして。
「おわった、か」
体育館のような空間の中を見る、モンスターは一体残らず反射で全滅していた。
代わりに、地面のあっちこっちに光るものが見えた。
「地下二階も砂金か」
落ちてるものを拾い集める。
アウルムの地下二階は地下一階と同じように砂金をドロップする様だ。
モンスターハウスで一瞬焦ったが、何もしないでも、目算で30万ピロくらいの砂金を手に入れたから、結果オーライだ。
その後アリスと合流して。
地下二階を詳しく調査すると、終わった頃には日が暮れる時間になった。
砂金は、百万ピロ分くらいになった。