69.レベル1のおんなのこ
収穫祭最終日。
仲間たちと別行動して、適当に街中をぶらぶらしていた。
シクロの街は相変わらずお祭り騒ぎだ。
あれこれみてると、ある店が気になった。
巨大な、テニスコートほどもあるテントがあって、その中から黄色い悲鳴とか争う物音が聞こえる。
一方でその店の人は悲鳴とか物音を聞いても動じる様子はなく、むしろ更に連れ込もうと客引きをしている。
なんなんだろう、と思ってそこでみていると横から話かけられた。
「モンスターハウス? なんだこれは」
「それは子供用のアトラクションですよ」
「エルザか」
話かけてきたのはエルザ。
彼女は見慣れた買い取り屋の制服を着て、ニコニコしながらおれを見あげてくる。
「モンスターハウスが気になるんですか?」
「ああ、どういうものなんだ?」
「簡単にいえば、人間にダメージを与えられない特定のモンスターをもってきてアトラクションにしたものなんです。特に子供達に大人気になんです。子供達って冒険者に憧れますから」
「へえ……人間にダメージを与えられないモンスターなんてあるんだ。でもそれだと狩り放題じゃないのか?」
「だからドロップ品安いんです」
「なるほどな」
お化け屋敷みたいなものなのかな?
マンガとかだと幽霊とか、あるいは霊を召喚できるキャラがその能力を活かして安全かつリアルなお化け屋敷を作る事があるが、それと似たような感じなんだろう。
実際、入り口と出口があり、出口から出てきた小学生くらいの男の子が、楽しかったからもう一回やりたいと待っていた親におねだりをしている程だ。
理解したので、おれはモンスターハウスを離れて歩き出した。エルザは横についてくる。
「その格好、仕事中なのか?」
「はい、でも大丈夫です。昨日も一昨日もそうだったけど、収穫祭の間ってほとんど冒険者来ませんから。みんなお祭りを楽しんでるんです」
「そうなのか」
「ちょっとよっていきますか? 美味しいお茶とお菓子をお出ししますよ」
「いいのか? 何も持ち込むものないぞ」
「リョータさんはお得意様ですから」
微笑むエルザ。
そういうことならちょっとよっていくか。
「そういえば、あの子まだいるのかな」
「あの子?」
「一昨日からいる子なんです。なんでも冒険者になるために村から出てきて、パーティーにいれてくれる人を探しているみたいなんです」
「冒険者志望、ってところか」
「はい。でもみんなにことごとく断られてて」
「なんで?」
「才能がないって判断されたんです。レベルは1で最大が2、能力も低くて仲間に入れるメリットがないってみんな判断したんです」
「それは悲しいな」
「そういう子は冒険者じゃなくて他の道を自然に歩むものなんですけど、諦めきれない事情があるんだと思います。もう見つけてるといいんですけど……」
そう話すエルザと一緒に買い取り屋にやってきた。
彼女は沈みかけた表情を直して、いつものにこやかな営業スマイルを浮かべてドアをあけた。
「さあ、どうぞ」
「お邪魔します」
買い取り屋の中はエルザがいったとおりガラガラだった。
普段の繁盛ぶりとは裏腹に、冒険者が計三組いるだけのガラガラだった。
「待ってください、今お茶を――」
「本当に入れてくれるの!?」
エルザのセリフを遮るような形で、店内に元気な女の子の声が響きわたった。
声の方を見る、ポニーテールのいかにも活発そうな女の子が瞳を輝かせていた。
相手はカウンターのちょうど裏側にいて、ここからはどんな人間なのか見えない。
「あれがそうなのか?」
「ええ。でもよかった、仲間に入れてもらえそうなのね」
「そうみたいだな」
「うむ、君には素質がある。ダンジョンでこそ輝く素質だ」
「うん? この声は……」
「どうしたのリョータさん?」
訝しむエルザをよそに、おれは歩いて女の子の方に向かって行く。
カウンターの裏側に隠れたような形の相手の姿が見えた。
身なりのいい、エネルギッシュな表情をしている初老の男。
見覚えがある、ダンジョンで部下に「夢」とか「希望」とかを語って、無理矢理働かせているあの男だ。
そいつが洗脳して、ボロボロになるまで働かせた二人。
その二人の姿と女の子が重なった。
女の子の未来をつい想像してしまった。
「さあいこう、共にダンジョンで夢を――」
「ちょっと待て」
おれは反射的に動いて、男と女の子の間に割って入った。
男を睨む。いきなり睨まれた男は眉をしかめた。
「なんだね君は」
「この子を仲間にほしいものだ」
「なにぃ?」
「あたしを!? え、え、えええ? 今まで全然ダメだったのにどうして急に」
女の子はおれと男を交互にみて慌てだした。
そんな彼女をひとまず置いて男とにらみあった。
「後から割り込んでおいてその目は失礼ではないのかな?」
「彼女は渡さない」
「君の知り合いかね? だとしても……」
「お前には渡さない」
「……むっ」
ただでさえ人が少なくて静かな買い取り屋の中がますます静まりかえった。
わずかにいる冒険者も店員も、そして当の女の子も。
みんな、固唾をのんで成り行きを見守っている。
初老の男はおれを冷ややかにみる、目には強い敵意が籠もってる。
邪魔しやがって小僧が……というのが聞こえた気がした。
その目をみて、ますますこの子を連れて行かせたらダメだと思った。
洗脳された人間を解く力はおれにはないが、される前に遭遇したのならなんとしても止める。
手が腰の銃に伸びた、最悪力尽くで――。
「えー、本当にリョータさんが仲間にするんですか?」
緊迫した空気に陽気な声が割り込んできた、エルザの声だ。
エルザはにらみあってるおれ達を半ばスルーする様な形で女の子にいう。
「おめでとう、今一番注目されてるリョータファミリーに誘われるなんて、あなたはなんてラッキーガールなの」
「ら、ラッキーガール? あたしが?」
「うん! だってリョータファミリーだよ」
「そうそう、超少数精鋭ながら、今シクロで一番注目されてる一味。ちょっと前にダンジョン長の依頼を受けて大仕事をしてきた位だからね」
エルザに続いて、同僚のイーナがカウンターの向こうから参戦した。
彼女もおれをものすごく持ち上げてくれてる。
「そ、そんなにすごい人なの?」
「うん!」
「すごいわよこの人は」
エルザとイーナ、顔見知りの二人がおれを持ち上げてくる――と思っていたらそれだけじゃなかった。
「あれが、あの噂のリョータ・サトウか」
「一昨日あのネプチューンの失敗をおさめたらしいな」
「マジかよ、ネプチューンってあのネプチューン一家のネプチューンか」
少数いる冒険者たちも噂話をする形で、おれを持ち上げてきた。
そのおかげで、女の子のおれを見る目が変わった。
尊敬や憧れ、そういったものに変わった。
「……ちっ」
初老の男は舌打ちして、憎々しげにおれをにらみつけた後、大股で立ち去った。
目に見えておれに憧れるようになった女の子は洗脳するのに不向きだと思ったんだろう。
事実、女の子はもう男をみていなかった。
エルザたちが冒険者らが思いっきり持ち上げたおれをキラキラする目で見つめてきた。
男が店を出て行くのを見届けて、おれは密かに胸をなで下ろす。
ブラックに捕まりかけた子をギリギリで助けられたと、ホッとしたのだった。