65.リゾート地の使者
朝起きて、三階の寝室から二階のリビングに下りてきた。
キッチンにいたエミリーが振り向き、笑顔を向けて来た。
「おはようです」
「おはよう……セレストは?」
「イヴちゃんと出かけたです。今日から収穫祭でダンジョンに行く冒険者が少なくなるのでセレストさんにまとめてニンジンだしてもらうっていってたです」
「なるほど」
食卓に着き、エミリーがもってきてくれたお茶に口をつける。
今日から三日間の収穫祭が行われる。
「確かシクロで年に一回行われる大イベントだっけ」
「はいです、他の街からも見に来る人いるみたいです。人が集まるから、いろんな街からものが集まって冒険者獲得の出し物もするみたいです」
「冒険者獲得?」
「他のダンジョンのドロップを持ってきて売ったり、ハグレモノにして稼ぎやすいダンジョンとか街だとかアピールするみたいです」
「なるほど」
結構色々あるもんなんだな。というか、冒険者獲得のアピールって、そういうのも行われるんだな。
まあ、この世界はあらゆる物がダンジョンのモンスターからドロップされるから、モンスターを狩る冒険者は第一次産業の生産者ってわけだ。
冒険者の数と質がそのまま街の税収に大きく関わってくるよな。
「ある意味企業誘致みたいなもんか」
「はいです?」
「いやこっちの話。……そういえば、さっきからエミリーのそれ、全部伝聞系だけど」
エミリーは困った顔をした。
「セレストさんから聞いたです」
「セレストから? 彼女が情報をたくさん仕入れてるのは知ってるけど、なんでエミリーが彼女に聞くんだ?」
ずっとこの街に住んでたんだろうに。
「いままでダンジョンにすんでた事が多かったです、それにお祭りはお金かかるです」
「……」
そういうことか。
おれが無理矢理2万ピロの安アパートを借りて彼女をそこに引きずり込むまで、エミリーはドロップEの不遇な冒険者だった。
ダンジョンで暮らすサバイバル生活をしていた。
「よし、じゃあ一緒にお祭りに行くか」
「一緒にです?」
「そうだ、たくさん面白いものがあるんだろ? 一緒に楽しもうぜ」
「――はいです!」
☆
家を出て、エミリーと二人で街を歩いた。
まだ午前中だというのに、既に街はかなり賑わっている。
普段見かけない様な格好の人もいて、シクロ産じゃない品物を売る出店も至る所にある。
セレンダンジョンのまわりに集まってきた行商人たち、それと似た感じだが、それよりも遥かに数が多くて、品物も多岐にわたる。
「すごいです、いっぱいあるのです」
「なにかほしいものあったらいって」
「え? でも……」
エミリーは出店をぐるっと見て、申し訳なさそうな顔をして言った。
「お祭りのものだから割高なのです……」
「金の事は気にするな。祭りなんだから、パーッと使おう」
「でも……」
「エミリーが選ばないんならおれが勝手に買っちゃうけど? そうだな、このなにかに似てるぬいぐるみとか」
「やめて下さい本当にそれだけは許してくださいお願いです何でもするです!」
メチャクチャ早口でまくし立てられた。
それは黒いあの生物を擬人化したようなぬいぐるみで、おれの目からすれば可愛い方なのだが、エミリー的にはやっぱりダメみたいだ。
まあ、カサカサカサって高速移動するコクロスライムでもだめな位だからな。
「じゃあなんか買おう」
「わ、分かったです」
エミリーは変に意気込んで、あれこれ商品を物色し始めた。
ふと、彼女はある出店の前に立ち止まる。
「どうしたエミリー……集荷箱?」
横に並んで、その店に並んでる商品を見る。
それは全部集荷箱だった。
倒したモンスターのドロップを自動的に吸い込んで箱詰めにするアイテム。
おれも特殊弾をふやすためによく使ってるヤツだ。
「これは何ですか?」
「よく聞いてくれましたお客さん、これはアルキル産の経験値だよ」
出店の店主、糸の様な細い目に人なつっこい笑顔を浮かべる青年が質問に答えてくれた。
「経験値? どういう事だ」
「これをドロップしたのはメッキマウスってモンスターでね。知ってる?メッキマウス。同じ強さの他モンスターに比べて十倍の経験値をゲット出来る素晴しいモンスターさ」
「へえ」
「こいつを人気のないところにおいて、ちょっと離れる事三分」
「ああ、ハグレモノ」
「そう! ハグレモノになったメッキマウスで通常の十倍の経験値ゲットって訳」
「なるほど」
その発想はなかった。
ドロップが重要視するこの世界で、レベルと経験値は存在するが、それを気にする冒険者はほとんどいない。
冒険者は全員ダンジョンを周回し、モンスターを継続的に倒して行くから気づいたらレベルがその人の上限になってる事がほとんどだ。
「ハグレモノはドロップしないけど、経験値はちゃんと入るって事?」
「ヨーダさん、わたしがレベルアップしたです」
「え? ああ! 崖の下のフェミニ!」
頷くエミリー。
彼女と出会って間もない頃――ちょうど冷凍弾を手に入れた直後ぐらいの出来事だ。
崖の下に転落して人の手から離れた荷物がハグレモノになったのを、彼女が一気に倒してまとめてレベルアップした出来事があった。
そうか、ハグレモノでもレベルはちゃんと上がるんだ。
「そうか、経験値売りか……ちなみにこれの中身はどういうものなんだ」
「まってお客さん――」
糸目の店主が止めるが、おれは箱を一つとって蓋を開けた。
瞬間――。
「うおっ!」
「はうわ!」
「く、くせえええ!」
慌てて蓋を閉じて箱を置いた。
箱を空けた瞬間、とんでもない臭さが箱から飛び出してきた。
肉と魚が腐ったようなものを下水にぶちまけて更に発酵させたものを煮詰めたような。
そんな強烈が臭さだ。
「うぅ……目にしみるです……」
「こ、これは」
「それがメッキマウスのドロップの毒キノコです。物自体はまったく価値がないからこうして箱詰めで経験値として売ってるんですよ」
「な、なるほど。悪かったないきなりあけて」
悪臭はあたり一帯に蔓延して、祭りを楽しんでいた人々がこっちを睨んできた。
いたたまれなくなって、おれはお詫び料もかねて箱を一つ買って、そそくさとエミリーと一緒にその場から逃げ出した。
☆
シクロの外、人気のいない野外。
経験値の入った箱を置いて距離をとる。
かったはいいけど、処分しないとまずいから、祭りを回るのを一時中断して、ハグレモノ――経験値にしようとした。
ハグレモノになるのを待つ間糸目の店主からもらったパンフレットをエミリーと一緒に見る。
「アルキルの案内ですか?」
「ああ……このパンフだと観光に特化してるみたいだなアルキル」
「観光です?」
「アルキルのドロップは7割がアレのような毒か悪臭を放つもので、3割が何もドロップしないらしい。だから4つのダンジョンをもってるのに街の税収は大変だそうだ」
「そうなのですか」
「ドロップが腐ってるけどその代わりどのモンスターも経験値は高いから、観光とか冒険者のサポートに街を特化して、冒険者から金を落としてもらうようにしてるらしい。ほらここ、悪臭ドロップが苦手な方のためにハグレモノ闘技場完備、ってある」
「そういう街もあるですね」
「面白いな。エミリーもセレストもレベルはマックスじゃないんだろ? 今度いこうぜここに」
「はい! みんなで一緒に行くです!」
レベルマックスにして魔法を覚えるという約束を思い出したのか、エミリーは満面の笑顔で頷いた。
その時、箱が中から膨らんだ。ハグレモノが孵るのだ。
「ヨーダさん!」
「ああ」
頷きあうおれたち。おれは拘束弾と回復弾という、サポート用の弾丸を込めてスタンバイした。
エミリーはハンマーをもって、いつでも飛びかかれるようにした。
毒キノコから孵ったのは体長が50センチくらいの大ネズミだ。
体はメタリックな色合いをしているが、ところどころ剥がれ落ちて中からくすんだ色が見える。
何となくゾンビをおもいだした、あの肉が腐って落ちるのと似てる気がする。
金属のゾンビ、メッキマウスをみたおれの感想がそうだった。
はっきり言ってちょっと気持ち悪い。
しかもカサカサと、ちょっと動いてとまる、ちょっと動いて止まるという、ネズミそのものの動きをした。
「あれは大丈夫なのかエミリー?」
「何がです?」
「……いや大丈夫ならいいんだ」
Gがきらいな子はネズミがきらいなこともおおいが、エミリーは大丈夫のようだ。
「やるです!」
「ああ」
おれが拘束弾を撃ったのとほぼ同時にエミリーが飛び出した。
光の縄があっさりメッキマウスを拘束して、エミリーのハンマーが直撃した。
ガキーン!
「か、硬いです」
「手伝おうか」
「――大丈夫です!」
エミリーは深呼吸して、ハンマーを構え直した。
グググググ……って音が聞こえてきそうなくらい、エミリーは力を溜めた。
すごいのが来る、そう思ってみがまえる。
「はあああああ!」
「――リザヴィレーション」
とっさに思い出して魔法をかけた。
エミリーの一撃が当たる前に魔法が先に当たった。
その直後にハンマーがたたきつけられる。
ドシン! と地面が揺れて、離れたところにいるおれが思わず転げそうなくらいの揺れ。
ハンマーが叩いたそこに、直径三メートルくらいのクレーターができあがっていた。
「やったですヨーダさん!」
「レベルは?」
「ちゃんとアップしたです!」
「そうか」
あの一匹でアップしたのか。
これはますます、アルキルにみんなで行かないと行けなくなったな。
「ヨーダさん、これみるです」
「うん? おっ、新しい弾丸か?」
エミリーに呼ばれて近づいていくと、クレーターの中心に、今までみた事のない新しい弾丸が落ちていたのだった。