52.エミリー・ハンマー
拾ったポーチはとりあえずポケットに入れた。
経験上これも何かいいアイテムなんだろうけど、確認は後だ。
まずはエミリーとセレストのところに戻ってきた。
「大丈夫か、二人とも」
「わたしは大丈夫」
「わたしもです」
二人はそういう、言葉通り体は問題無いようだ。
「ハンマーの柄、曲がっちまったな」
「直して――ううん、強化しよう。今度は絶対曲がらないハンマーに強化するの」
「ナイスアイデアだセレスト。どういうハンマーがいいんだろう」
「この街の武器屋に500万ピロの一点物があったわね」
すっかり情報通になったセレストが答える。
「ハンマーの両端が違う効果を持ってて、片方は叩いたところに二回の衝撃を与える、もう片方は叩いたらまわりのモンスターにまとめて同じダメージを与えるもの」
「二回攻撃に範囲攻撃を自在に切り替えられるのか、いいなそれ。よし、それにしよう」
おれとセレストはうなずき合った。
「だだだめです、500万ピロなんてそんな高いものもったいないお化けが出るのです。ハンマーなんてこうしたら――」
エミリーは慌てて辞退しようとして、ハンマーの柄を逆方向に曲げようとした。
ふぬぬぬ――と顔を真っ赤にして力を込めて曲げようとしていたら。
パキーン!
甲高い音を立てて、ハンマーの柄は折れてしまった。
「うん、エミリーの気持ちはわかった」
「後腐れないようトドメをさしたのね」
「はう! 違うですそうじゃないのです!」
「スルト力自慢。確かに力Aは自慢してもいいレベル」
「ゴリラ顔負けだわね」
「はう! これは事故なのです! というかテープでくっつけたらまだまだ使えるのです」
「どんなテープだそれ」
「エミリーの力Aに耐えうるほどのテープ――ハンマーを新調するより高くつきそうね」
「うぅ……もったいないオバケがでるです……」
ちょっと涙目になってるエミリー、それでも辞退を試みようとしている。
そういえば、一緒に暮らしてからエミリーが自分のために金を使った事はなかったな。
そもそも暮らし始めた時も、彼女のために借りた部屋が、気づけば一緒に住んでいる。
エミリーは、いつでも自分よりおれ――おれたちを優先する。
それが彼女の暖かさの源なんだろうけど、今回ばかりはこっちの気持ちを押しつけさせてもらう。
「エミリー」
しゃがみ込んで、130センチのエミリーの視線の高さに合わせて、まっすぐ目を見つめる。
「いつもエミリーに世話になってるし、お返しをしたいんだ」
「う……」
エミリーはわずかにのけぞった、何故か顔を染めていた。
「お返しをさせてくれ。頼む」
「……はい、です」
エミリーは観念したように頷いた。
「そうと決まったら明日から荒稼ぎだ。目標500万ピロ。なあに、本気でやったら一週間もかからない」
「楽しみだわ、エミリーの新しい武器と一緒にダンジョンに潜るの。きっともっと深い階層を一緒に潜れるようになるわね」
「あっ……」
「エミリーへのお返しだと思ったらおれ達も恩恵受けちゃうな」
おどけた感じでいって肩をすくめると、セレストは穏やかに微笑んで、エミリーも恐縮した表情から笑顔になってくれた。
「ヨーダさん、セレストさん」
エミリーはおれ達を見つめて、ものすごく嬉しそうな、幸せいっぱいな笑顔をして。
「ありがとうなのです」
と、言ってくれた。
それはこっちのセリフだが、無粋なので言わないことにした。
☆
夜、ダンジョンに潜った後帰宅したおれ達に、身なりのいい青年が訪ねてきた。
リビングにあげて、テーブルを挟んで向かい合って座ったあと、青年は丁寧な口調で名乗った。
「わたくしの名はスミス、以後お見知りおきを」
「はあ、よろしくお願いします」
「いきなりのご無礼、お許しください。本日街で起きたスライムスルタンの事件をみておりました。お三方の戦いっぷりも実にすばらしい物でした。テルル地下26階の強力なモンスターを三人パーティーでいともあっさり倒してしまえるものはなかなかいません」
「はあ……」
スミスは延々とほめてきた。
ほめられるのは悪い気はしないけど、いきなり訪ねてきた初対面の人にやられてもちょっと困る。
目をあわせると、エミリーもセレストも困っている様子だ。
「さて、本題なのです。そちらのお嬢さんの武器が破損してしまったようですね」
「ああ、近いうちに新調するつもりだ」
「それを是非、わたくしに提供させてください」
「提供?」
「「あっ……」」
エミリーとセレストが同時に声を漏らした。
二人とも理解したみたいだが、どういうことなんだ?
「わたくしは武器を扱っておりましてね。サトウ様はどのような武器が売れると思いますか」
「どのようなって、強い武器だろ?」
「それはもちろんそうです、しかし同じくらいの強さの武器が複数ありましたら?」
「……さあ」
「有名人が使ってる武器、ですよ。多くの冒険者は安定を望むもの、新しい武器に手を出すことに消極的なのです」
そういう話は何回も出てたっけな。
あらゆる物がダンジョンでドロップされるから、ダンジョンでモンスターを狩るのは「生産行為」で、それ故に安定をとる冒険者が大半だと。
「ですので、『有名人も使っている武器』というのはものすごく売れるのです。著名な冒険者が使っているものであれば効果は保証されてる、使っても安心だ、という感じで売れるのです」
「なるほどな」
「ですので、エミリー様の新しいハンマーを是非提供させてください。スライムジャーリヤをも叩き潰したエミリー様が使ってるハンマーなら飛ぶように売れるでしょう」
なるほど、スポーツ選手に道具を提供するメーカーと同じことか。
スライムスルタンとスライムジャーリヤの一戦でエミリーはハンマーを失ったけど、代わりに新しいハンマーを手に入れられる機会を得たって事か。
おれはセレストをみた、彼女は静かにうなずいた。
おれ達でエミリーにプレゼントしようと思ったけど、そういうことなら話にのってもいいかもしれない。
「話は分かった、エミリーもそれでいいか?」
「えっと……」
「むろん、使って頂きたいとこちらからお願いするわけですから、無料で提供させて――」
「お願いするです!」
エミリーはものすごい勢いでいった。
500万ピロから0になったから、彼女的にはこうなるか。
「ありがとうございます。それでは早速エミリー様のオリジナルハンマー、エミリーハンマーの製作に取りかからせて頂きます。どのようなものにするか、詳しくお話を聞かせて下さい」
「はいです!」
エミリーとスミスが打ち合わせをはじめた。
エミリーは自分の要望を控えめながらも伝えて、それを見守るセレストは目が期待でキラキラしていた。
エミリーのハンマー、どんなものになるのか、おれもわくわくし出したのだった。