38.感謝の気持ちは100万ピロ
次の日、朝からセレンの地下一階に潜った。
追尾弾を使って、ドロップ二倍で稼いでいく。
飛んで来たスライムを誘導して魔法カートの上で追尾弾を撃って、倍のドロップをカートにそのまま放り込む。
追尾弾なのに動きを誘導してから撃つのがちょっと面白かった。
あっという間にドロップの大豆がたまって、ダンジョンを出て買い取ってもらった。
魔法カートを満杯につめた大豆は約1000ポン――おれの体重が70ポンだから、ざっと1トンって感覚になる。
買い取ってもらった金額は約8万ピロ、結構いい稼ぎだ。
魔法カートの計算機能もつかって、午前中で20万ピロ稼いだ。
☆
「セレスト」
「リョータさん」
三回目の買い取りをおえて、なんとなくダンジョンのまわりをぶらついてるとセレストと出会った。
人混みの中でも彼女はかなり目立った。黒い長髪にモデルの様な長身、背筋がピンと伸びてる事もあって、かなりの――いい意味で注目を集めている。
「何をしてるんだ?」
「買い物を、色々と日用品を」
「なるほど」
頷き、まわりを見る。
「結構いろんな店があるな。生活用品から嗜好品、宝石とかも売ってるな。なんで宝石?」
「こう言うところでは宝石がよく売れるのです」
「なんで?」
「出稼ぎにくる冒険者の皆さんは今、懐が温かいはずです」
「ああ、温かいな」
かくいうおれもそう。
昨日の50万ピロと今日の20万ピロ、早速70万稼いでる。
「そうすると帰りの時にお土産を買っていくんです。そういう時によく売れるのは女性向けのアクセサリーや宝石とかですね」
「男の見栄だな」
それを理解できてしまうおれもまた悲しい。
なまじ懐に金があると、プレゼントに見栄を張ってしまう。そういうことだ。
おれはアクセサリーを売っている出店を眺めた。
愛用の銃がふと、存在感を主張してきたように感じた。
そういえば、二丁めの銃をゲットしたとき、エミリーにお礼をするって思ったのを、ずっと先延ばしにしてたっけ。
……ふむ。
☆
見栄じゃない、感謝の気持ちだ。
その感謝の気持ちがたまたま全財産だっただけ。
「いや、これでも安い方だ」
言ってるうちに、普通にそうだと思うようになった。
二日の稼ぎ、プラスシクロから持ち込んだ手持ちの現金。
100万ピロの指輪が、箱に入れられていま懐にある。
一目見た時から、エミリーにきっと似合うだろうと思った指輪だ。
それは100万ピロしたが、感謝の気持ちが大きくて、おれは即決で買った。
今、それを持ってエミリーがまつテントに戻ろうとしている。
自然と早足になる、緊張してドキドキする。
思わずつまずく、指輪の箱を取り落としそうになる。
空中で慌ててキャッチする、安堵の息を吐いた。
「……むっ?」
箱を落としそうになって、ふと、なにかが頭をよぎった。
白い雷が落ちたかのような感覚、何かがひらめく感覚。
なんだ? いま何を思ったんだ?
考える、思い出せない。
思いついたのにすぐに忘れて思い出せない、普段からたまにある感覚。
でも思い出したい。
こういうとき、おれは同じ行動を繰り返す。
繰り返して、それで思い出すことがよくあるからだ。
ちょっと引き返して、同じように歩いてきて、つまづいて箱を落としそうになる。
それをキャッチする――思い出す。
指輪を落としそうになった――手から離れかけた。
この指輪も、ダンジョンのドロップ。
それはつまり、この世界の理にそって、無くしでもしたらハグレモノになるということ。
そしてここは外、ハグレモノになったら普通はドロップしない。
が、おれが倒せばドロップする、しかも普段とはちがうものがドロップする。
「……100万ピロ」
指輪のハグレモノが何をドロップするんだろうか。
好奇心と、エミリーへの感謝の気持ち。
おれは悩んだ。
☆
セレンダンジョンから離れた人気のないところ。
指輪を箱ごと地面に置いて、距離をとった。
「ごめんエミリー」
結局好奇心が勝ったおれは、指輪をハグレモノにする事にした。
エミリーには明日――いや明後日。
全力で稼いで、同じものをもう一回買う事で自分を納得させた。
そうして、待つ。
銃を握って、じっとまつ。
永遠にも感じた時間が過ぎていき、箱が内側から割れて、モンスターが出てきた。
人型のモンスター、しかしあきらかに人ではない。
人の倍はあるマッチョで、髪も肌も真っ赤に燃えている。
イフリート、という名前が頭に浮かんだ。
二丁の銃に冷凍弾を装填して、撃った。
銃弾は炎の精霊にあたり、冷気をほとばしらせた。
が、それは一瞬。
炎の精霊は銃弾を喰らったところが一瞬氷ったように見えただけで、すぐにそれが溶けた。
炎を吹いてきたのを避けて、更に撃った。
連射して融合弾を狙ったが、避けながら撃ったのでそうならずにただ当たっただけだった。
冷凍弾が連続で当たって、氷る範囲が大きくなった。
それは溶けた、溶けたが、さっきより時間がかかった。
気のせいか、当たったところの炎の色が暗くなってる。
「効いてるな」
そう感じたおれは手持ちの冷凍弾を撃ちまくった。
炎の精霊に、ありったけの冷凍弾をぶち込んだ。
☆
精霊が倒れて、アイテムがドロップされた。
「まったく同じ指輪……?」
地面におちてるのは、買ったものとまったく同じ指輪だった。
ダンジョンの外なのにこう言うこともあるのか。
実は、指輪が100万するって事もあって、銃より強いなんかの武器を期待してた。
してたんだけど、そうはならなかった。
しょうがない、指輪がそのまま戻ってきただけ良しとしよう。
ちゃんとエミリーにプレゼントするために、それを拾い上げた。
手に持った瞬間――。
――全てのドロップが+1します。
声が聞こえた。
能力が上がる種の時と同じ様な声だ。
これもそうなのか? いや微妙に違う。
種は取ったらすうと手の中で消えたが、指輪は消えなかった。
「……」
その指輪をおいて、もう一回手に取った。
――全てのドロップが+1します。
また声が聞こえた。
なんとなくわかった気がする。
消えないって事は、これは装備品だろう。
装備してる時に効果が出るステータスアップ系の装備品。
☆
エミリーをダンジョン近くのナウボードにつれて来た。
「ここになにかようがあるですか?」
「これをつけてくれ」
「これは――ふぇえええ!?」
指輪を見てうろたえるエミリー。
「こ、こここここれは!?」
「普段の感謝の気持ちだ、もらってくれ」
「で、でも……」
迷うエミリーを見つめる。
まっすぐ見つめられたエミリーは百面相した。
びっくりして、困って、顔を赤らめて。
最後はおずおずとうなずいて、指輪を受け取った。
「あっ……」
受け取った瞬間ハッとして、ナウボードに目をむけた。
「聞こえたか」
「はいです」
「試してみてくれ」
もう一度頷くエミリー、彼女は慣れた手つきでナウボードを操作した。
1ページ目を飛ばして、そのまま2ページ目を出す。
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植物 D(+1)
動物 E(+1)
鉱物 E(+1)
魔法 E(+1)
特質 E(+1)
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おれ達の前に、今まで見たことのないステータスの表示があらわれた。
やっぱり、こういうタイプの装備だったみたいだな。
「よかった」
「はいです、こういうのはじめてみるですけど、やっぱりヨーダさんの力でですか」
おれと長い付き合いのエミリーはすぐに答えにたどりついた、が、それは今どうでもいい。
おれはあらためて、彼女をみつめて、言った。
「いつもありがとう、これをもらってくれないか」
「…………はい」
少しだけ長い沈黙のあと、エミリーは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頷き。
「ありがとうございます」
と、指輪を大事そうに両手で握り締めたのだった。