146.100万分の1
アリスに付き合って、彼女の狩りの見学をした。
「トゲトゲ裏から回って、ボンボンは三発当てたら手を止めて、ホネホネ待って――そこ」
アリスの指揮の元、四体の仲間がスライムと戦っていた。
今までの単なるごり押し総攻撃じゃない、ある程度削って、タイミングを見計らってのトドメを刺すという戦い方をしていた。
それだけではなく。
「プルプルは一回溶けて」
傍から見て、何の意味もない様な指示も出していた。
本当に傍から見て理解できない行動ばかりだったが、それでドロップは100%になっていた。
モンスターを倒せば必ずドロップ、ドロップA並みだ。
それを丸一日回して、アリスは稼ぎが50万ピロをこえたのだった。
☆
「うーん、やっぱりダメだね」
シクロの街中、俺の拘束弾で拘束したハグレモノ――フランケンシュタインを至近距離で一分以上観察したアリスが結論づけた。
「いつ倒してもドロップしないね、これ」
「やっぱりダメか」
「これ倒してドロップ出来るのはやっぱりリョータだけなんだよ」
「そうみたいだな」
テストでまた一つ分かった。
アリスの能力と、この世界の仕組みを。
アリスは「ドロップ出来る物ならそれが出来るタイミングが分かる」という能力を持った。それはダンジョン内ではタイミングさえ計っていれば100%ドロップするけど、ダンジョン外のハグレモノはダメだと言うこと。
確率1%を延々と引き続けることはできるけど、0%のものははなっからどうしようもない。
そして、この世界のドロップは実質ルーレットを回してるって事。
ステータスのドロップが高ければ高いほどあたり面積がおおいルーレットだ。
全モンスターがそのルーレットを持ってて、ハグレモノはそれがあたり0という仕組み。
そして、この世界で存在しない俺のドロップSは全部があたりのルーレットだって事。
「ありがとう」
俺はそう言って、フランケンシュタインを貫通弾でヘッドショットして倒した。追尾弾はついでに拾っておく。
「ちがうよリョータ、ありがとうはあたしの台詞。リョータのおかげで今日すっごいドロップした。30万ピロもいったんだよ」
30万ピロ、それが彼女の稼ぎだ。
100%ドロップだが、タイミングを見計らうという手順が必要だからそれなりに時間を取られる。
だから30万ピロにとどまった。
だが。
「よかったな、これでアリスも1億プレイヤーだ」
「うん!」
日当30万、ということは単純計算で年収1億超えるということだ。
それは一つのハードルで、象徴的な数字である。
達成したアリスはもちろん大いに喜んだ。
「本当リョータのおかげ。ありがとう、あたしを仲間にしてくれて」
「どういたしまして」
お礼を言われたが、実は俺の方がうれしくおもってるのかもしれない。
レベルの上限が2と低く、何処のファミリーにいっても仲間に入れてもらえなかったアリス。
そんなつまはじきだった彼女がここまで来れたのは、みている俺も嬉しかった。
「お?」
「どうしたアリス、いきなり立ち止まって」
「あそこ……」
「あそこ? ああ魔法道具屋か」
アリスが見つめたのは、顔なじみの魔法道具屋だった。
「……はいるか?」
「うん」
何事もなくアリスが注目するはずがない。
俺が提案すると、アリスはさっと店の中に入った。
後を追いかける俺。中に顔なじみの店主アイザックと、知らない客がいた。
「あっ」
アリスは客が持ってる魔法の実をみて声を上げた。
「どうしたアリス」
「あの魔法の実……」
「ほしいのか」
「うん」
静かにうなずくアリス、その間も魔法の実をガン見している。
「別のじゃダメなのか?」
「実の中身はみんな違う。あれだけがあった」
アリスの能力を把握した俺は彼女が感じたものを解読しようとした。
みんな違う、そして「あった」。
多分魔法の実ごとに抽選箱――いやルーレットになってるんだろう。
そしてあの魔法の実にだけ、アリスが注目する魔法をゲット出来る可能性がある。
だが。
「おじちゃん、それ売って」
「申し訳ございません、これはたった今こちらのお客様がお買い上げになられました」
アイザックは言葉通り申し訳なさそうな顔をした。
「魔法の実でしたらこちらにもまだ」
「これがいいの。ねえ、それ売って」
「……じゃあ1000万ピロ」
男はアリスをじっと見つめたかと思いきや、とんでもない高値をふっかけてきた。
魔法の実はちょっと前に値上がりした、それでも500万だ。
男はアリスに1000万といった、彼女がなんとしてもほしいというのを見抜いたからふっかけた。
それがふっかけである証拠に、値段を聞いた瞬間アイザックの眉がびくっとなった。
「1、1000万ピロ……うぅ……」
困り果てて呻くアリス。ほしいけど、とても1000万は出せないって顔だ。
「1000万だそう」
「リョータ! で、でも……」
「どうしてもほしいんだろ」
「うん! それはそうだけど……でも」
「ならそれで充分だ」
俺は男に向かって、改めて言う。
「というわけだ。1000万出す、それを売ってくれ」
「……3000万だ」
男は一呼吸間を開けた後、更に値をつり上げてきた。
完全に足元をみられてる。こっちががっつきすぎたからつり上げられた。
どうする、3000万くらいまだ出せるけど、ここでだすとまたつり上げられかねない。
最悪値段提示もやめて、引っ張るだけ引っ張ってくるようになるかも知れない。
こんな場合、どうする。
「お客様」
アイザックが話に割り込んできた。
俺じゃなく、魔法の実を買った男にいう。
「一つだけご忠告致します」
「なんだ、俺は別に無理矢理買えとか言ってないぞ」
「いいえ。ただあの方はリョータ・サトウ様です」
「……え?」
「あのリョータファミリーのリーダー、リョータ・サトウ様です。その事をよく吟味なさって下さい」
「クリフォードファミリーを没落させ掛けたリョータ・サトウか!」
「はい。ご存じならばあの一件も『自業自得』であると理解しておられますね」
「うっ」
男が呻いて、アイザックはそれで何もいわなくなった。
さっきとは違って、強気一辺倒なのが完全に反転していた。
ここで名前がそういう風に作用するとは思わなかった。
ここだ、と俺は切り出した。
「1000万ピロ」
「え?」
「それで一度合意したんだから、いいよな」
「あ、ああ。それでいい」
男は助かったような顔で、首がちぎれるほど縦に振ったのだった。
☆
夜、屋敷のリビング。
アリスはかってきた魔法の実をじっと見つめていた。
「アリスちゃんどうしたのです?」
疑問に思う仲間達に、俺は彼女が新しく身につけた能力を説明してから。
「魔法の実でも同じ事がおきてるらしい」
「ということは、狙っている魔法が出るタイミングを見計らっているという事ね」
セレストはすぐに理解した。さすがファミリー随一の頭脳派。
「どんなまほう?」
イヴの質問に俺は首を振った。
「分からない、それは聞いてない」
「でもこんなに真剣なのです、きっとすっごい魔法なのです」
「あるいは本人がどうしてもほしい魔法、なのかもな」
「ニンジン無限増殖、とか?」
「そういうジャンルだ」
イヴのいつものボケが今回に限ってボケに聞こえなかった。
その可能性もあるからだ。アリスの特殊性を考えればその可能性も充分にある。
俺たちが話す中、アリスはじっと魔法の実を見つめ続けた。
おそらくは回り続けてるルーレットをガン見しているような気分だ。
ダンジョンでは数秒、ハグレモノでも一分みただけでルーレットを確信したアリスがずっと魔法の実を見つめ続けた。
一時間経って、二時間経って。
それでもアリスは見つめ続ける。
やがて、夜が明ける頃になって。
アリスは、がぶっと魔法の実にかじりついた。
何十万分の一の確率なんだろうか、と俺は何となく考えたのだった。