13.バイオハザード
次の日、午前中はニホニウムに行ったが、地下二階じゃなくて一階にいた。
しかも奥には行かないで、ずっと入り口にいた。
スケルトンが出るのを待って、そいつをダンジョンの外に押し出して、銃で撃って倒す。
ダンジョンの外に出てから消えるまでに倒すと、冷凍弾が一発ドロップする。
スケルトンは狙える面積が少ないから、平均で五発あっちこっちにぶち込まないと倒せない。
通常の弾五発を使って冷凍弾一発に変換、という計算になる。
それ自体はいい、眠りスライムのハグレモノで通常弾なんて大量に手に入る。
問題はスケルトンが出るのを待つのが大変だ。
ちなみにダンジョンの奥からつれて来て外に出そうとしても、暴れるスケルトンについつい反撃しちゃって途中で倒してしまう。
結局ここで待つのが一番無難だ。
そうやって午前中やり続けて、十発の冷凍弾を手に入れた。
結構時間掛かったから、大事に使わなきゃ。
☆
午後はテルルの地下二階でエミリーと合流した。
パーティーを組んで、眠りスライムを倒していく。
当たれば通常弾で一発、エミリーのハンマーでも一発。
ニンジン狩りは順調にすすんで、今日も結構な稼ぎになりそうだった。
順調だし……敵が弱いうちに試しておくか。
「エミリー」
「はいです」
「おれがフォローするから、次が出たらとにかく突撃して」
「分かったです」
エミリーは詳細を聞かないで、即座に頷いでくれた。
おれに全幅の信頼を寄せてくれてるって分かって、ちょっと嬉しかった。
しばらく歩くと、前方の地面から眠りスライムが出てきた。
距離は約十五メートル、エミリーは早速巨大ハンマーを持って突進していった。
残り五メートルくらいで地面を蹴って飛びかかって、ハンマーを振りかぶる。
弾丸を込めて狙いをつける。
神経を研ぎ澄ませてトリガーを引く。
銃弾は眠りスライムの中心を捕らえた。
ヒットした瞬間魔法陣が広がって、スライムはかちんこちんに凍った。
元の体積の倍近くある氷の塊になった。
エミリーはよどみのない、迷いのない動きでそのままハンマーを振り下ろした。
ドゴーン!
洞窟が揺れる程の大打撃で、凍ったスライムは粉々になって、そしてニンジンがドロップした。
いけるな。
冷凍弾で動きを止めて、その間に強い攻撃を叩き込む。
ゲームで覚えた効果のあるパターンだけど、ここでも使えそうだ。
問題なのはこの冷凍弾の効果だな。
凍らせられる敵の強さは? 種類は?
凍らせられる範囲は?
その辺をもっと把握したい、じゃないといざって時使いにくい。
まあ、時間掛かるだけで、冷凍弾の獲得自体は簡単だから、コツコツゲットして、ちょこちょこ試していこう。
そんな事を考えつつニンジンを拾い上げると、エミリーが瞳を輝かせて聞いてきた。
「ヨーダさんすごいです! 今のはなんですか?」
「見ての通り撃った相手を凍らせられる弾だよ。数に限りがあるから乱発はできないけど」
「それでもすごいです!」
冷凍弾を使ったコンボはひとまず成功した。
おれ達はその後、二人が持てるギリギリの量、大体20000ピロのニンジンを狩って、ダンジョンから出ようとした。
地下一階に戻って、地上に出ようとしたところ。
外が、大雨になっている事に気づいた。
横殴りの雨で、ダンジョンの中にも雨と一緒に強い風が吹き込んでくる。
ピカッ! ゴロゴロゴロ……。
遠くの空が光って、数秒遅れて雷鳴が轟く。
「雨ふってるです」
「すごいなこれ、まるでバケツをひっくり返したみたいだ」
「これはちょっと帰れないのです」
「ダンジョンの中でやむのを待つしかないか……あっ」
おれは自分達が持ってるニンジンをちらっと見た。
「このニンジン達大丈夫なんだよな?」
「はいです」
最近ずっと一緒に行動してるエミリーはおれの不安をすぐに理解して、即答してくれた。
「ハグレモノは人間がまわりにいないとなっちゃうのです。ずっとそばにいると大丈夫なのです」
「そうか。ならいい」
安心して地べたにすわった。銃を持ったまま、いつスライムが出てきても狙えるようにした。
そうしながら外を眺める。
外はものすごい土砂降りで、窪んだ地面が川みたいに流れていた。まるで台風だ。
「この雨じゃどこかが崩れてもおかしくないな」
「大雨の時は家が崩れることもあるのです」
「うちは大丈夫かな、あれボロアパートだし」
「大丈夫なのです。それに崩れても、ナザロフの街がすぐ近くにあるから、シクロは建材が安く手に入る町なのです」
「うん? ああそうか、ナザロフは建材がドロップするダンジョンが多くて、近くにあるから輸送も楽で安い、ってことか」
「はいです」
なるほどな。
段々とこの世界の事がわかりかけてきた。
全ての物がダンジョンでドロップ――つまり生産される世界で、人々の生業はそれを基本にして成り立っている。
例えばおれ達が住んでるシクロは5つのダンジョンがあって野菜がよくとれるから安いが、その分肉とか、ものすごい遠い街から輸送してくるアルコール類がちょっと高い。
物流がそれほど発達してる訳じゃないので、距離がてきめんに値段に反映される。
そういう世界の事を、おれは、徐々にわかりかけてきた。
☆
結局雨がやんだのは翌日の朝方になった。
一晩明けてニンジンを担いでシクロに戻る道中、騒ぎになってるところと出くわした。
騒いでるのは二人、中年の男と若い男だ。
中年の男はいかにも成金っぽい派手な服とキンキラキンな指輪やらネックレスやら身につけてて、若い男は普通の冒険者風の格好だ。
二人は崖のそばで言い争ってる。
気になったので、近づいてたずねてみた。
「どうしたんだ?」
「荷物事故がおきただよ、昨日の雨で」
冒険者風の若い男が答えてくれた。
「荷物事故?」
聞き慣れない言葉がでて、おれは隣にいるエミリーに視線で答えを求めた。
「シクロは5つのダンジョンが全部野菜を生産する農業の街です、足りない物が多いですから、他の街からいろいろなものを輸入するのです」
「うん、昨夜もそんな話をしてたな」
「その輸送の途中でたまに事故が起こるのです。そして荷物事故っていう言い方は、大抵荷物がどっかに落っこちたり流れたり、なくなったりする事を指すのです」
「おっこちる? ああこの崖の下か」
二人が崖の前で争ってる意味に気づいた。
男たちは頷いた。おれは近くによって下をちらっとみた。
かなり高い崖で、20メートルくらいの相当深いところに魔法カートっぽい姿がみえた。
「あそこに荷物を落っことしたのか」
「昨夜の雨でね」
「なるほど」
おれはほっとした。
昨夜ダンジョンの中で過ごしてよかった。
無理矢理帰ろうとしたら、こっちもあんな風に売り物を落っことしてたかもだもんな。
魔法カートを使ってても落とすんだから、おれ達が持ってるのはもっと落としやすい。
うん、無理に帰らなくて――。
「待て、この崖の下、この距離ってことは!?」
「はいです。時間がたてばハグレモノになっちゃうのです」
「そうか!」
その事を思い出して、大変さに気づくおれ。
崖をもう一度みる、崖の下は人間がいない、そしてパッと見るだけでも20メートル離れている。
このままだと、あれの荷物がまとめてハグレモノになるってことか。
「でもでも、野外なのがせめてもの救いです」
「そうか、野外だし、すぐに被害が出るわけじゃないから、なっちゃっても退治すればいいのか」
荷物の損にはなるけど、人的被害出すよりはマシだもんな。
と、思っていたら。
「それが、あれはフェミニなんだ」
「フェミニ?」
エミリーは首を振った。知らないのか。
男をみて、視線でたずねる。
「モンスターの一種だよ。透明で決まった形がなくて、人を襲う瞬間だけちらっと姿が見えるんだ」
ガス系とか、幽霊系とかそういうのなのか?
「攻撃力はそこそこ強いんだけど、やっかいなのは人間に取り憑いて繁殖の苗床にしてしまうことだ。男も女も関係なく、気がついたら取り憑かれて大量に孕まされてしまう」
「うげえ……」
気持ち悪くなってきた。
なんて話だ、というかすごくヤバイ話じゃないか。
「だからハグレモノ化する前に処分しないといけないんだけど」
若者は成金男をみた。
「冗談じゃない! あの荷にどれくらいの価値があると思ってるんだ。原価でも300万ピロなんだぞ」
「しかし、いまのうちに燃やさないと、ハグレモノ化したら――」
「そんな事よりもアレを引き上げる方法を考えてくれ」
「無理だ! みろ! 変な岩の間に引っかかってる上にあんなに深い。引き上げるなんて不可能だ。一気に消滅させた方がいいんだ」
男達はもめた。
ハグレモノになったら大変だからなる前に焼却処分すると主張する冒険者風の男、それは損失だから何とかしろとわめく成金男。
どっちも言いたい事はわかる。もちろんおれは焼却に賛成だ。
やっかいなモンスターを大量に出してしまっては手遅れになるんだったらその前に――。
手遅れだった。
「とにかく――うわああああ!」
成金男はいきなり絶叫して、天を仰いでガクガク震えて、口から白い泡を吹いた。
体のまわりになにかうっすらと、まとわりついてるのが見える。
「ええい!」
若い冒険者の男は手をかざして、火の矢――攻撃魔法を放った。
矢は外れてしまった。
成金の男がものすごい速さで避けたのだ。
男の動きとは思えない、操られてるのだ。
「うごぎゃああああ!」
男は悲鳴を上げた。
とっさに銃を抜いて連射した。
動きが速すぎて外れまくった。
操られた成金の男、コクロスライムよりも早い!
銃弾を急いで装填して更に連射、思いっきり撃ちまくった。
銃弾を思いっきりばらまくようにして、結局20発近く撃って、ようやくモンスターを倒した。
ハグレモノから銃弾がドロップされて地面に落ちたが、拾ってる場合じゃない。
慌てて若い男と一緒に崖の下をみた。
魔法カートが中から壊れはじめてる、何かが出てくる。
「や、やめろ……あれは高価な……」
「まだそんな事を――くぉっ!」
今度は若い男が呻きだした。
考えるよりも前に銃を連射した。
とにかく連射――乱射をして男のまわりを撃ちまくった。
撃ちまくった後、男は糸が切れた人形のようの地面に倒れた。
銃弾はドロップした、モンスターは倒れた。
若い男の生死は不明、しかし確認してる暇はない。
崖の下をみた、遠くにあのモンスターがうっすらと見えた。
今まさに魔法カート、荷物から大量に出てくるところだ。
「逃げろエミリー!」
銃弾を装填しつつ叫んだ。
さっき苗床というヤバイ単語か聞こえたから叫んだ。
下に銃口をむいて、トリガーに指をかける。
「――っ!」
引く前にあることを思いだした。
銃弾を装填し直す、ありったけの分を装填する。
もっと効果を検証してからにしたかったけど――仕方ない!
ありったけの冷凍弾を打ち込んだ。
荷が大量にハグレモノ化していく魔法カートに冷凍弾を全部打ち込んだ。
直後、巨大な氷の塊ができた。
魔法カートを中心に、直径十メートルのでっかい氷が。
その中に半透明のモンスター、フェミニが大勢閉じ込められてた。
まるでゼリーの中のこんにゃくのようだ。
「やあああああ!」
エミリーが跳び降りた!
20メートルの崖を跳び降りて、ハンマーを思いっきり振り下ろした!
ドゴーン!
重力加速度プラス巨大なハンマー、エミリーの一撃で凍った魔法カートごとフェミニを粉々にした。
「エミリー!!!」
崖の下で、何もドロップされないで消えていくモンスターの横で。
「ちゃんとやれたです」
エミリーは、満面の笑顔を浮かべたのだった。