119.1000年ぶり
現われたのは老人だった。
130センチのエミリーよりも更に一回り小柄な老人だ。
見たイメージが、小人族とかそういう種族の老人に見えた。
老人はアウルムの時と同じ、何もないだだっ広い空間のど真ん中に地蔵の如く座っている。
「ここに人間が来たのは何百年ぶりか」
「あんたがアルセニックか?」
「いかにも。すぐにそう呼べると言うことは、地上にはわしらの記憶がまだ残ってるのか?」
すぐに老人=ダンジョンの主アルセニックって分かったのは、前にアウルムの事があるからだが、それは伏せておくことにした。
今はそれよりももっと重要な事がある。
「あんた、死ぬのか?」
「そうじゃ。人間の尺度で言えば……後一月というところか」
「どうしたら止められる」
「人間には無理じゃよ」
「いいから、どうしたら止められるのか教えてくれ」
強く迫ると、アルセニックは驚いた顔で俺を見あげた。
じっと見つめてくる、まるでこっちの真意を探っているかのような瞳だ。
しばらくそう見つめてから、穏やかな口調のまま言った。
「そうじゃな、言ったところでわしが損する訳でもない。いいじゃろ。わしらダンジョンの精霊の延命には生命の実が必要だ」
「生命の実?」
「知らぬだろう? そのはずじゃ、人間には到底手にすることの出来ない幻の実じゃ。常人ならば触れるだけで魂の輝きが増し、生命力が増す伝説級のしろものじゃ」
「触れるだけで……生命力が増す……?」
「まあ、人間には――」
「ちょっと待ってろ」
俺は来た道を引き返して、外に出た。
一気に階段を駆け上がって、血の雨が降るアルセニック30階で待っている仲間たちのところに戻ってきた。
「ヨーダさん!」
「どうだったのリョータ」
「悪い説明してるヒマはない。アリス、次のアブソリュートロックを探してくれ、もう一回下りる必要がある」
「分かった、任せて!」
アリスは即座に頷いた、拳を握ってやる気を出した。
俺は身を翻して走り出した。
仲間を置いて、ダンジョンを駆け上がっていく。
アルセニックを飛び出して、シクロの街を横断して、ニホニウムに駆け込む。
ニホニウム、地下一階。
相変わらず冒険者のいないそこはスケルトンパラダイスだった。
「ポーチをつけて――リペティション!」
アイテムを装着し、最強の周回魔法を使ってダンジョンの中を駆け抜けた。
慣れ親しんだ地下一階を駆け抜けると、ポーチはHPの種でいっぱいになった。
触れるだけで生命力が増す、人間には到底手に出来ない代物。
多分……これのはずだ。
俺はポーチを持ってダンジョンを出て、一直線にアルセニックに戻ってきた。
地下三十階、そこにセレストが待っていた。
「リョータさん、こっちよ!」
待ってくれてたセレストは俺を先導した。
いくつかくねった道を曲がった先に、エミリーら三人が取り囲んでいるアブソリュートロックがあった。
「ありがとうみんな」
そう言うと、仲間たちは笑顔でキープしてるアブソリュートロックから離れた。
俺は手をかざし、リペティションを使う――がくらっときた。
MPが足りない現象だ。
銃を抜き、無限回復弾を注射器のように自分に連射。
MPを全快まで回復した後にリペティションをうつ。
さすが最下層のレアモンスター、リペティション一発でまためまいがして、MP切れを起こした。
が、道はちゃんと開けた。
一回目はものすごく苦戦したモンスターだが、一回は倒したから、リペティションで瞬殺出来た。
「ヨーダさんすごいです」
「こんなことが出来るのは世界でリョータさんだけね」
「低レベル、生意気」
「イヴちゃんはその台詞を顔赤らめないで言えるようになろうね」
「え? イヴあなたまさか――」
離れた仲間たちがやいのやいのしているが、それはひとまずスルー。
俺はポーチがあるのをしっかり確認して、階段を下りた。
アブソリュートロックのゴーレムがいた。
こいつもやっかいだが、同じように無限回復弾からのリペティションで瞬殺した。
そして、再びアルセニックのところに戻ってくる。
「なっ――」
驚くアルセニック、見開いた目で驚愕する。
「また来ただと……? 人間が連続でここに来れる確率など億万分の一もないぞ。若いの、お主一体何者――」
「そんな事はいい。それよりも生命の実ってこれの事か?」
「え?」
差し出されたポーチ、その中身を見るアルセニック。
最初はきょとんとしていたが、表情がみるみるうちに変わっていく。
「生命の実じゃ! しかもこんなに大量に!?」
「やっぱりこれだったのか」
「お主……いったい何者……?」
「それもいいから、とにかくこれを食ってくれ。そういえば量の事を聞いてなかった、これで足りるのか? 足りなかったらまた持ってくるけど」
「あ、ああ……足りるのじゃ……」
キツネにつままれたような顔をしてしまうアルセニック。
未だに何が起きたのかよく分かってないって顔をするが、次第に興味がHPの種――生命の実に吸い寄せられていく。
ポーチの中から種を取って――今まで俺しか手に出来なかった種を取って、それを口にいれた。
もぐもぐと咀嚼して、呑み込む。
老人の体が光を放った。
「……い」
「い?」
「生き返ったわ……………………」
最後の吐息がとてつもなく長かった。
それは、今までの我慢や、強いられてきた事でたまりにたまったガスのように思えた。
「うめえ……うめええ……うめええええぞ!」
「キャラ変わってるぞじいさん」
「仕方ないじゃろ! 一千年ぶりの食事なのじゃうめええええ!」
そんなにかよ、ってか千年も飲まず食わずでよく生きてたな、仙人みたいに霞でも食ってたのか?
……いや、食ってないからいま死にかけてるのか。
アルセニックは種をむしゃむしゃ食った。
食うたびに体が光を放ち、俺にも分かるくらい生命力が高まっていく。
……。
「じいさん、もうちょっと待ってろ」
俺はそう言って、種を齧歯類の如くむさぼるじいさんを置いて、再び上にでた。
☆
バスケットを持って、再びアルセニックの空間に戻ってくる。
種を一掃したじいさんはほくほく顔でゲップしていた。
「おお若いの、また来たのか」
じいさんは満面の笑みで俺を出迎えた。
「助かったぞ若いの。これでわしは生きながらえる事ができる」
「そうみたいだな、血の雨が止まってた」
「うむ。これで、後200年は生きられる」
「そんなにか」
今のはそんなに大した量じゃない。さっとニホニウムを一周してきただけだ。
ステータスを1ランクあげるための、その10分の1程度の量でしかない。
それで200年か。
「礼を言うぞ」
「礼はいいけど、こっちはどうする?」
「こっちとは?」
「これ」
俺はバスケットをじいさんの前に突き出した。
蓋をあけて、中身を見せる。
中はエミリーが腕によりをかけた料理の数々だ。
じいさんを置いて外に出た俺がエミリーに作らせたのだ。
バスケットを開けた瞬間、空間に暖かさが広がった。
エミリーの料理、存在しているだけで優しさと温かさをあたりに振りまく、ものすごい一品。
それは人ならざるじいさんにも届いた。
おにぎりやサンドイッチ類、おかずも一口ハンバーグといった、とにかく食べやすいメニューだった。エミリーの気遣いが現われている。
じいさんは最初キョトンとしていたが、それを口に運んだ瞬間――
「うめえ…………うめえのじゃあぁぁぁ…………」
リアクションが大げさすぎてちょっと反応に困ったが、喜んでもらえたみたいで何よりだ。
ここに囚われてものもまともに食べられないじいさん、そんな生活を強いられる精霊。
これからもたまに、料理を持って来てやろうと、俺は思ったのだった。
そして。
リョータ・ファミリーの活躍によってアルセニックの死が阻止されたという前代未聞の知らせは。
常時月殖状態というオプションがついた事と共に、あっという間に冒険者の間に広まったのだった。