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117.究極の壁

 ダンジョン協会、応接室。

 そこで俺と向き合うクリントは、神経質そうに角砂糖をガリガリかじっていた。


 部屋に入って来た時にガリガリ、秘書に何かを告げた後もガリガリ、ソファーに座り込んでもガリガリ。

 齧歯類の如く、大量の角砂糖をかじり続けた。みてるこっちが胸やけ死そうなくらいの量だ。


「すごい食べるな」

「見苦しいところを見せてすまない」

「アルセニックが死ぬ、とやらに関係してるのか?」


 クリントははっきりと頷いた、その間も角砂糖をガリガリ。


「話を聞かせてくれ。なんでダンジョンが死ぬって分かったんだ?」

「……やはりサトウに話を持ちかけて正解みたいだ」


 クリントはしばらく俺をじっと見つめたあと、ため息交じりに口の中の角砂糖を丸ごと呑み込んで、言った。


「なんでだ?」

「今の質問だ。ダンジョンが死ぬ事をはっきりと分かって、それを疑問にも思っていない」

「……それはこの世界のルールだからだろ?」


 すっとぼけてみせた。

 ある意味うかつだった。

 俺がその事を――ダンジョンが死ぬという表現を不思議に思わないのはアウルムとニホニウムを知っているからだ。


 だから当たり前のように、「ダンジョンが死ぬ」を受け入れた。

 だが。


「それなら、ブラッディレインの事も知っているはずだ。それを知らずにダンジョンが死ぬという事を知っている人間はいない」

「ブラッディレイン……血の雨か?」

「そうだ。ダンジョンが死に瀕したときにダンジョン内で起こる現象だ。まるで血のような雨が降る、ただしそれは触れる事が出来ない、ビジュアルのみの雨だ」

「ダンジョンスノーみたいなものか」


 頷くクリント。


「ブラッディレインとダンジョンの死は二つでセット、どっちか片方だけ知っていると言うことはあり得ない」

「そうか」

「やはりサトウは不思議な人間だ。今、アルセニックの死を止められる人間がいたとしたら、サトウ、あんたしかいない」


 何故アルセニックの死を止めなくていけないのか、は聞くまでもなかった。

 あらゆる物がダンジョンからドロップするこの世界で、ダンジョンは街の税収に大きく関わってくる。

 ダンジョン協会長たるクリントがアルセニックの延命を図るのは当然のことだ。


 その一方で。


「普通は出来ないのか」

「……ああ、今まで一度たりとも」

「分かった」


 俺は立ち上がり、ドアの方に向かった。


「やってくれるのか?」

「保証は出来ないが、心当たりを当たってみる」

「ありがとう! 本当にありがとう!」


 クリントは立ち上がって俺を追いかけてきて、手をとって何度も何度も同じ言葉を繰り返した。


     ☆


 アルセニック、地下一階。

 足を踏み入れた俺はその光景に驚いた。


 ブラッディレイン、文字通り血の雨だ。

 ダンジョンスノーがゆらゆらと降ってきてある種の幻想的な景色になっているのとは裏腹に、雨――水のように振ってくる赤いそれはおどろおどろしい雰囲気を出していた。


 唯一の救いは、それはダンジョンスノーと同じ、物理的な影響をこっちに与えないこと。


「まずはアルセニックに会わないとな」


 そう言って、俺は振り向いた。

 振り向いた先に四人の女の子がいた。


 エミリー、セレスト、イヴ、アリス。


 亮太一家の面子がココに集結していた。


「会うにはどうしたらいいです?」

「はっきりとは分からないが、アウルムやニホニウムの事を考えると、ダンジョンを全攻略して最下層でレアモンスターを倒せば道がひらかれるはずだ」

「最下層のレアモンスター……地下三十階のアブソリュートロックのことね」

「知ってるのかセレスト」

「ええ、大分やっかいな相手よ。攻撃してこないのはアルセニックモンスターそのままだけど、とにかく硬くて、まともに倒せた冒険者は今までにいないらしいわ」

「名前の通り究極って訳か」


 そんな相手を俺は倒せるのか? ……いや。


「今はとにかく潜るのが先だ」

「うさぎたちは何をすればいいの?」

「攻略を手伝ってくれ。最悪俺一人で全階層攻略しなきゃならないかもしれないけど、もしかしたら手分けして攻略してもいけるかもしれない」

「アウルムの時と同じだね!」

「そういうことだアリス。って事で」


 俺は四人を見つめた。


 ハンマーを担いでる小柄なエミリー。

 長い髪にモデルスタイル、血の雨の中でも妙に様になるセレスト。

 自前のうさ耳にバニースーツのイヴ。

 肩に三体の仲間モンスターを乗せているアリス。


 四人を見つめて、頭を下げた。


「俺に力を貸してくれ」

「任せるのです」

「リョータさんのためなら、な、なんでもするわ」

「ニンジン、山盛りと舟盛りで。サシミとステーキもセットで」

「ファミリーの総力戦だね! うーん、わくわくするな」


 四人はそれぞれの言葉で応えてくれた。

 この世界に来てから出来た仲間たち。

 それが心強くて、嬉しかった。


     ☆


 アルセニック、地下15階。

 全三十階のダンジョンを、エミリー、セレスト、イヴ三人が上の15階を攻略して、俺とアリスで下の15階を担当する事にした。


 下りて、モンスターと出会った瞬間火炎弾と冷凍弾の融合、消滅弾でモンスターを倒した。


 アルセニックの岩モンスターは無限雷弾よりも消滅弾の方が効いた。


 一発で倒して、ドロップした花を魔法カートに放り込んで、家に居るエルザにすぐに送る。


 攻略、がどういう条件判定なのかは知らないが、倒す、ドロップする、査定して売る。

 これらを仮説でワンセットにしてそれを行った。


「アリス!」

「うん! 下の階はこっち!」


 アリスに来てもらったのは、俺がアルセニックを攻略してなくて、階層の事をまったく分かってないからだ。

 モンスターを瞬殺しても下に行くまでに時間をかけては意味がない、だからアリスに一緒に来てもらった。


 ダンジョン生まれのアリスの案内で進み、すぐに16階に下りてきた。

 血の雨の中でびくりとも動かない岩を消滅弾でまた瞬殺、ドロップした花を魔法カートで送って、更に進む。


 アルセニックはある意味「攻略」から遠いダンジョンだ。


 でっかい岩、小さい岩。

 飛んでる岩埋まってる岩透明の岩粉々の岩――


 様々な岩があるが、全部に共通して「動かない」岩ばかりだ。

 そいつらを見かけたそばから消滅弾で倒して、一気に駆け下りる。


 アリスの案内もあって、あっという間に地下30階にたどりついた。

 そこであたりにゴロゴロ転がってる岩を消滅させると。


「リョータ! あっち!」


 気配にいち早く気づいたアリスが反対側を指した。

 血の雨の中、岩がぽつりと佇んでいた。


 まわりの岩よりも一回り小さい、変哲のない岩。


 が、「違う」のは明かだ。

 そしてダンジョンの中で違うということの可能性は二つ、まわりがまだいると言うことはその可能性は一つに絞られる。


 アルセニック地下三十階、レアモンスター・アブソリュートロック。


「頑張れリョータ! あれを倒せばきっといけるよ」

「いけるか?」

「うん、いける!」


 アリスの迷いのない返事。

 ただの励ましとも違う、ダンジョン生まれでダンジョンのあらゆる事を感じ取れる彼女はきっと何かを感じとっている。

 だからこれほど迷いなく言いきれるんだ。


 俺に心強さを与えた。


 一歩踏み出し、銃を構える。

 強化弾マシマシの火炎弾と冷凍弾を撃った、途中で弾丸が融合して、全てを呑み込む消滅弾になった。


 消滅弾は着弾、まわりの空間を呑み込む黒い球体になった――が。


「効、効かないの?」

「そうみたいだ」


 俺は眉をひそめた。

 今まで全てを呑み込んできた黒い球体は、逆に自分が呑み込まれて月蝕のような形になってしまった。


 弾が消えた後、アブソリュートロックは変わらない姿でそこにいた。


「リョータ、大丈夫?」

「……いろいろやってみる」


 アブソリュートロックにむけて色々うった。

 強化マシマシの雷弾、貫通弾、追尾弾、単体の火炎弾に冷凍弾。

 まさかと思いつつ変化球の回復弾に拘束弾、融合した睡眠弾も撃ってみた。


 火力が高すぎて効かない可能性も考えて、ただの通常弾も撃ってみた。


 全部ダメだった。

 あらゆる弾丸を撃ち込んでも、アブソリュートロックはびくりともしなかった。


「ヨーダさん!」


 声に振り向く、上の階の攻略を任せたエミリーと、セレストとイヴが駆けつけてきた。


「上は終わったのです」

「あれがアブソリュートロックなのね」

「どいて、うさぎがなんとかする」


 イヴはそう言って、アブソリュートロックにゆっくり進んでいった。

 右手を振り上げる、今までで一番遅い――早すぎて逆に遅く見えるチョップを叩き込んだ。


「……痛い」


 アブソリュートロックはびくりともしなかった、逆にイヴの手がぐちゃ! って音を立てて血まみれになった。


 イヴは眉一つ動かさず痛みを見せないが、逆に落胆の色が見えた。

 彼女に回復弾を撃って、手を治す。


「私がやってみるです」


 エミリーがハンマーを引いて、アブソリュートロックから距離をとった。

 たっぷりと離れたところで身を翻し、岩に向かってダッシュしていった。

 目一杯助走をつけてから飛び込んで、巨大ハンマーを振り下ろす。


 イヴとは正反対の、パワフルな一撃。

 洞窟が揺れた、たっていられない程の大揺れだ。


 が。


「び、びくりともしないです」


 アブソリュートロックはやはり傷一つつかない。


「……ねえリョータさん、前に言ってた金属疲労、というのは?」

「熱してから冷やすのか」

「うん、あれならどうかしら」


 魔法使いらしい着眼点で指摘するセレスト。


 銃に弾を込めなおした。

 それぞれに強化弾をマシマシで、火炎弾と冷凍弾を込める。

 消滅弾と同じこめかただが、同時にじゃなくて順番でうった。


 業炎が岩を包み、その直後に冷凍弾で一気に冷やす。

 それに合わせてイヴが更に飛び込み、超スローチョップを放つ。


 それもダメだった、岩はびくりともしない。


「この子すごい……全然びくともしない」

「知識で『硬い』のは知ってたけど、ここまでだとは」

「このままじゃまずいのです、このモンスターを倒さないと先に進めないです」

「……ニンジンだったらかじれるのに」


 仲間たちが困り果てた。

 まったく動かない、その気になれば悠々と逃げられるモンスターだが、その硬さは今までの相手でダントツに最強だった。


 あらゆる手を尽くしても割れない、もはやどうしようもないのか。


「――っ!」


 ふと、岩が泣いてるように見えた。


 物理的になんの干渉もしないはずのブラッディレインの中、それがまるで岩の体に流れて、顔が血の涙を流している様に見えた。


 それはまるで、アルセニックの顔、その心。

 俺にはそう感じた。


「ヨーダさん?」


 岩に向かっていく俺に驚くエミリー。

 銃をしまった。そんなものはきかない。


 岩の前に立って、目を閉じて一つ深呼吸。


 拳を握って――思いっきり殴った。


 パンチは効かなかった、ヒビどころか、かけら一つ出来ない。

 それでも殴った。

 殴って、殴って、殴り続けた。


 まるでとてつもないもの――山そのものを殴っているかのような手応え。

 それでも思いっきり殴った、殴り続けた。


 俺の最大の武器――いや切り札はこれだ。

 転移者として一段階、ニホニウムに鏡を捧げて二段階。


 通常の人間よりも二段階限界突破した、力SSが俺の最後の切り札。


 一心不乱に殴り続けた。


「頑張るのです!」

「リョータさん頑張れ!」

「ふれー、ふれー、て・い・れ・べ・る」

「あたし達がついてるからね!」


 仲間たちの声援を背に受けて、とにかく殴り続ける。


 どれくらい殴ったのか分からない、でも、殴り続けた。

 途中で、岩の涙が止まったから。


 いつも無表情でこっちを見てくるだけの岩、アルセニックのモンスター。

 その顔が、微かに笑っているように見えたから。


 だから殴り続けた。


 やがて。


 ――ビシッ!


 アブソリュートロックがひび割れ、拳が岩に突き刺さった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最初から力SSを活用して戦えよ・・・
[気になる点] >イヴ「ニンジン、山盛りと舟盛りで。サシミとステーキもセットで」 イヴは肉も食うのか。ウサギなのに。 >どれくらい殴ったのか分からない、でも、殴り続けた。 >途中で、岩の涙が止ま…
[一言] 知合いのダンジョン2人は女だったから、 さすがに次は男がいいなぁ
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