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109.姫の「好き」

 インドールからシクロに戻る道中。

 何もない荒野、申し訳程度に作られた街道。


 ダンジョンが全てをドロップ(生産)するこの世界は、ダンジョンから少しでも離れれば街も人もほとんどなくなって、寂れた世紀末のような雰囲気を漂わせている。


 そんな何もない道を、マーガレットと二人で歩いていた。

 いかにも冒険者っぽい格好になった俺とは違って、マーガレットは逆にザ・お姫様って格好だ。


 清楚かつ上品、気品が満ちあふれている。

 それがこの荒野とかなりのミスマッチになっている。


「ということは、リョータはあのインドールの長ですの?」

「村長は他にいる、俺はあくまでダンジョン協会長、しかも雇われだ」

「村長などよりも協会長の方が圧倒的に立場が上ですわ。どこの街も村も、ダンジョン無しではやっていけませんもの」

「……そりゃそうだが」


 クリフとは違って、この世界の常識をよく知っているマーガレットの言う事はもっともだ。

 どの街も村もダンジョン無しではやっていけない、故にダンジョン協会長は村長などよりも圧倒的に立場が上。


 それはわかるが、俺自身「長」という立場に慣れていない。


 元の世界の会社にいた頃も役職なんてないド平だったし、ブラック過ぎてここ何年も新入社員が定着しなくて会社での後輩すらいなかった。

 長、といういわゆる人の上に立つ立場はどうしてもなじみがない。


「ということは、あの方々もリョータに助けられた方々ですのね」

「そういうことになるな。救出とダンジョンの最初の攻略をしてやった」


 それとダンジョンのドロップ倍増――これは言わんとこ。

 ダンジョンの精霊だか神だかわからないが、アウルムの存在は黙っとこうと思った。


「さすがリョータですわ」

「それよりも――」


 俺はまわりを見回して、誰もいないことを確認してから彼女に聞いた。


「あの四人はついてきてないのか?」

「ラト、ソシャ、プレイ、ビルダーの事ですの?」

「ああ」


 確かそんな名前だった。


「来てますわよ」

「え? どこに?」

「ラト」

「はっ」

「うわっ!」


 マーガレットが呼ぶと、騎士の一人がいきなり斜め横に現われた。

 音もなく幽霊のように現われて、器用に「姫に付き従う従者」の姿勢で一歩下がったポジションでついてくる。


「ど、どこにいたんだ」

「……」


 ラトは俺の質問には答えなかった。


「さあ、どこなのでしょう?」


 マーガレットは小首を傾げた、彼女にも分からない様だ。

 俺の質問にまったく答える気配のなかったラトは、マーガレットの独り言の様な質問には答えた。


「我々はいついかなる時も、マーガレット様のご命令を承れる場所、そして用のない時は邪魔にならない場所に控えております」

「と、言うことですわ」

「ぜ、全然説明になってないんだけど」

「お疲れ様ラト、もういいですわ」

「はっ」


 ラトは軽く頭を下げるとそのまま消えてしまった。

 ずっとその姿を見てたのに、瞬きをした瞬間消えてしまった。

 まるで最初からいなかったかのように。


「……おいおい、足跡も消してるじゃないか」


 荒野には俺とマーガレットの足跡しか残ってない、数十メートルとは言え並んで歩いたはずのラトの足跡はどこにも見当たらなかった。


「まるで召喚術とかそういうのだな、いやそれ以上だ」

「そうですの?」

「それにあの態度。ああいうのは昔センパイのパシリを見た時以来だぞ」

「パシリってなんですの?」


 分からないのかパシリ、お姫様じゃしょうがないか。


「焼きそばパンとか、ジュースとかそういうのを買ってこいって命令される下っ端のことだ」

「でしたらみなさんはパシリですわね」

「へ?」

「ソシャ、冷たいお茶を」

「ここに」

「おおぅ!」


 思わずのけぞる程びっくりした。

 マーガレットの斜め後ろに、今度は違う男が現われた。

 男はどこから持ってきたのか、氷入りのグラスをマーガレットに差し出した。

 グラスに凝結した水滴でひんやりしてるのが分かって美味しそうだ。


「ありがとうですわ」

「恐悦」


 マーガレットが受け取った瞬間、ソシャはまた音もなく消えた。

 格好は騎士だけど……この人たち中身忍者じゃないのか?


「本当にすごいな。どこまでやってくれるのか興味がでてくるな」

「ございますの?」

「うん、ああ」

「リョータがそう言うのでしたら」


 マーガレットは立ち止まった。


「ラト、ソシャ、プレイ、ビルダー」


 四人の名前を呼ぶと、立ち止まった事もあってか、今度は斜め後ろじゃなくて、四人揃ってマーガレットの前に現われて、片膝をついて頭を垂れていた。


 出現は忍者、仕草は騎士。


 アンバランスさがちょっとおかしかった。


「どこまでわたくしに協力してくださいますの?」


 マーガレットが質問すると、四人はほとんど間をあけず、かといって急いでもなく。

 まったく迷いのない口調で言い放った。


「マーガレット様のために生きる」

「マーガレット様のために死ねる」

「マーガレット様の喜びが全て」

「マーガレット様のために全てがある」


「信者だ! もう完全に信者だ!」

「ありがとうですわ」


 マーガレットがそういうと、四人はまた音もなく消えた。


「と、言うわけですの。納得していただけまして?」

「納得というか、ものすごくすごいなって思った」


「あれ? でもさっきマーガレットからの砂金は受け取ってたな。こういう手合いって恐縮して受け取らないとおもったけど」

『マーガレット様の御下賜を拒否するなど万死に値する』

「うわっ!」

「どうかなさいまして?」


 飛び上がる程びっくりした俺だが、マーガレットはきょとんとしていた。

 まわりをみる、今確かに耳元で誰かにささやかれたのだが、まわりをみても誰もいない。


 それに……声も普通の声とは違った気がする。

 なんかすごいな、ひたすらすごいな。


 驚きが収まって、落ち着いていく俺はしかし納得もした。


「本物の信者だな。まあ、マーガレットは出会った頃からアイドルみたいなものだったからな。空気箱とか売ってたし」

「アイドルってなんですの?」

「うん? ああ……みんなから好かれる人種のことだ」


 俺なりの解釈で彼女に答えた。


「みんなから……ですの?」

「そうだな」

「……リョータも?」

「え?」

「リョータからも……好かれますの?」


 ドキン。


 俺の方を向いて、まっすぐ見あげながら聞いて来るマーガレット。

 潤んだ瞳、赤らんだ頬。

 これじゃまるで――待て待て待て。

 アイドルは恋愛とか結婚とかしちゃいけない――。


「わたくしはリョータが好きですわ……リョータに……好かれますの?」


 小細工無しの剛速球が投げ込まれた。

 クリティカルに胸に直撃した。


 ドキドキする、心拍数が一気に跳ね上がった。


「……」


 濡れた瞳のまま俺を見つめるマーガレット。

 俺がドキドキして、あたふたしてると、彼女は徐々に困って、悲しんで、涙がこぼれそうになった。


「やっぱり、ダメですの……?」

「いやそんな事はない!」

「本当ですの?」

「ああ! 好きだと思う、でも――」


 エルザの事もあるし、そもそも今までそんな経験ほとんどないし。

 どうしたらいいのか分からない。


 と、迷っているよ。

 視界が不意に暗くなって、唇に柔らかい感触が伝わってきた。


 0.1秒程度の接触、小鳥のようなついばむだけのキス。


 キス。


 頭が更に真っ白になった。


「――っ! わ、わたくしなんてことを!」


 一方のマーガレットは更に顔が赤くなった。茹でたこのように真っ赤っかになった。


「ラト、ソシャ、プレイ、ビルダー! わたくしの顔をかくして」

「「「「はっ!」」」」


 四人の忍者騎士が音もなく現われて、四方からマーガレットを取り囲んだ。


「うぅぅ……ご、ごめんなさいですわ!」


 それでもまだ恥ずかしいのか、マーガレットは四人に護衛され、顔を手で覆ったまま逃げ出した。


 残った俺もポカーンとしていたが。


「サトウ殿」

「うわっ!」


 マーガレットを護衛していった騎士の一人が真横にいた。

 たしか……ラトだったか?


 いやいや待て待て、今一緒にマーガレットを守って立ち去ったんじゃ?

 なんで俺のそばにいるんだ?


 などとパニックになった俺だが、ラトはまったく平然としていた。

 彼は俺をまっすぐ見つめて、どこまでも真剣で……剛健実直そのものの顔で静かに言った。


「マーガレット様があれほど嬉しそうな姿は初めてでございます」

「え? ああ……」


 てっきり「姫様に何しやがるこの不埒者が!」って言われるのを想像したんだが、言われたことはそれと正反対だった。


「これからもなにとぞ」


 そういって、ラトは一礼してまた消えた。


「なにとぞって……」


 ラトに言われて、キスの感触を思い出してしまって。

 マーガレットとの「これから」を「色々」想像してしまい、心拍数がますます跳ね上がったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] え?なんなのこの人たち 騎士と言うより忍者だな しかも主人公と同等以上に能力高そうなんだけど? それに姫に好意をもってるのかと思いきや、 どちらかというと執事みたいな雰囲気だし、 何が…
[気になる点] ダンジョンが存在しない村はどのようにお金を稼いでいるのですか? [一言] 全作楽しく読ませてもらっています
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