103.普段の二分の一
朝、三階建の家のリビング。
エミリーが作ってくれた朝ご飯を食べながら、作ってもらった通帳を見ていた。
それを横からセレストが不思議そうな顔でのぞき込んできた。
「何を見てるの?」
「通帳だよセレスト、昨日作ってもらった俺のヤツだ」
「今まで持ってなかったのね……って、なぜ12ピロしか入っていないの? 普通は1000とか10000とか、それなりにキリがよくて手渡しやすい額なんじゃないの?」
不思議そうに首をひねるセレスト。
確かに、口座を作る時って特に理由がなかったらパッと渡せるお札一枚が普通だ、それかなにかの理由があって1円ってパターンもある。
こんな中途半端な額は普通あり得ない。
だが俺はこうした。
「あっちの口座の残高がこれだったんだ」
「あっちの?」
またまた首をかしげるセレスト、気にせずに俺は続ける。
「月末だったんだ。口座には912円があったから、100円入金してATMで1000円札として引き出した。それが最後の所持金だった。給料日まで三日程度だから余裕っていえば余裕だった」
「えっと……三日を1000……円? ピロだよね、それで過ごすってことなのかしら?」
「ああ」
こっちのピロと円の価値はほぼ同じだからな。
「それって余裕なのかしら」
「余裕なのです、私なら一ヶ月くらいいけるです。一ヶ月千ピロ生活なのです」
「黄金な伝説になるな」
台所から料理を持ってもどってきたエミリーに言う。
金がない代わりにダンジョンでサバイバル生活だった彼女からすれば、それくらいの現金でもきっと余裕なんだろう。
「エミリー、とったどー、っていってみて」
「はいです?」
「いってみて」
「とったどぉ……なのです?」
「うん、よく似合う」
エミリーは「?」をいくつも頭に浮かべた、セレストもだ。
俺は通帳をもう一度みた。
12ピロ。
向こうでの最後の預金残高、HPゲージが赤く点滅している数字。
あえてその数字に合わせることで、ここから新しいスタートを切る風にしたかった。
「今日は稼げるだけ稼いでくる」
「朝からなのです?」
「そうするつもりだ」
「分かったです。お昼にお弁当つくって持っていくですね?」
「でも、今日は日が悪いかも知れないわ」
セレストは窓の外を眺めながらそんな事を言った。
「日が悪いってどういう事だ?」
「今日は日殖なのよ」
「日蝕?」
「そう、日殖」
俺に頷き、また窓の外を眺めるセレスト。
どういう事だ? って思って立ち上がって、窓を開けて外を見た。
朝のシクロはそれなりに賑やかだった。いや、普段よりだいぶ賑やかか?
昼頃からしかあけない店がもう開いてて、三軒先の露天バーは既に飲んでる冒険者がいる。
この光景……みた事ある。
「魔力嵐、稼げないからダンジョンに入るのをやめてみんな楽しんでるのと似てるな」
「アレのせいよ」
真横にやってきて、空を見上げて指さすセレスト。
それを追って同じように見あげると……たまげた。
なんと、太陽が二つあったのだ。
☆
テルルダンジョン、地下一階。
いつもよりだいぶ少ない冒険者、そしていつもより遥かに少ないモンスターの数。
そんな中、俺は自分の魔法カートを押して回った。
モンスターは少ない、なかなか出会えない。
「これが『日殖』よ、年に何回か太陽が増える日があって、その影響でモンスターの数とドロップ率が減るの」
一緒についてきたセレストが説明してくれた。
「モンスターの数は目に見えて減ったけど、ドロップ率もか?」
「ええ、全員ざっくりと1ランク下がってしまうわ」
近くにあるナウボードを操作するセレスト。
―――2/2―――
植物 F(-1)
動物 F(-1)
鉱物 F(-1)
魔法 F(-1)
特質 F(-1)
―――――――――
表示されたステータスは、はっきりと1ランク下がってる表示になった。
「こう言う事ね」
「なるほどな」
「モンスターが少なくて効率悪いし、ドロップ率も下がって二重に効率悪いから、大半の冒険者はこういう日はダンジョンに入らなくなるようね」
「だから街中魔力嵐の時と似たような空気になったのか」
同じように俺もナウボードを操作して、ドロップ率をチェック。
―――2/2―――
植物 S(-1)
動物 S(-1)
鉱物 S(-1)
魔法 S(-1)
特質 S(-1)
―――――――――
表示したステータスをみて、セレストが舌を巻く。
「さすがだわ、リョータにはまったく影響がないようね」
「って訳にもいかないさ、ドロップ率は俺変わらないけど、モンスターが減ってるのはそもそもどうしようもないからな」
「確かに、倒せるモンスターがないとどうしようもないものね」
「こんな風に減るんじゃなくて、増えるのだったらよかったんだ」
「あるわよそれ。『月殖』。東方の呪術師たちがいうには、日殖の時は陽の気が高まってモンスターが抑圧されるから全体的に下がってて、月殖の時は逆に陰の気が強くなって数もドロップも上がるらしいの」
なんかそれっぽい理屈が出てきた。
東方の呪術師って……一度会ってみたいなそういう人達。
「月も増えるのか……」
それを想像してちょっとクスッとなったが、同時に出鼻をくじかれた様な気分になった。
今日ガンバって稼いで残高を増やそうとしたのに、タイミングが悪すぎる。
こうなったらそれは日殖が終わるまでお預けで、今日は別の事でもするか?
こういう日はみんな消費に走るから、ゴミも多く出るから追尾弾の補充には適しているはずだ。
「……」
「やるのね」
「ああ、ハンデ付きだが、やるだけやってみる」
「ガンバってねリョータ」
セレストの声援を受けて、俺は、モンスターが減ったダンジョンの周回をする事を決めた。
☆
「くそっ! よく逃げる!」
狩りを開始してから二十分、俺はもう一つ――いや二つ普段と違う点を見つけた。
まずモンスターが弱くなった。もとから弱いテルル地下一階のスライムだが、動きの速さも攻撃の強さも全て半減していた。
今なら子供でも倒せそうなくらい弱体化している。
もう一つは、モンスターが逃げやすくなった。
弱くなったからか、遭遇するなりすぐに逃げ出してしまうことがよくあった。
日殖の日、二重苦じゃない三重苦だ。
モンスターが少ない、ドロップが少ない、遭遇してもすぐ逃げるから効率が悪い。
「もうやめたやめた!」
「おにごっこかっつーの」
「おいついても大抵何もドロップしないし、やんなっちゃうよね」
その三重苦にやられて、ダンジョンに入って来た他の冒険者が次々と音を上げてダンジョンから出て行った。
俺は踏みとどまった。
エルザに預けてきた通帳の存在、12ピロの数字が俺を踏みとどまらせた。
銃を握り締め直して、ダンジョンを回る。
テルル地下一階、慣れているダンジョンで、モンスターの出現ポイントを回った。
三回に一回はモンスターが出てこなくて空振りする。
その分、遭遇したモンスターを逃さずきっちり倒した。
無限雷弾、ケチらずぶっぱなしてモンスターを倒していく。
俺のドロップ率は幸い下がらない、純潔を汚す者・バイコーンの時と同じようにSからは下がらなかった。
他人は三重苦のところ、俺は二重苦ですんだ。
「……本当に数少ないんだな」
普段はほとんど起きない、ダンジョンを一周しても次のモンスターが湧かない事態もあった。
もやし3万2109ピロ分……いつもの4万に達しない分を送って、ひとまず狩り尽くした。
地下一階から二階に降りる。
ますます少ない冒険者、そして少ないモンスター。
地下二階も周回して、眠りスライムからドロップさせて、2万ちょっとの分を送る。
効率は悪い、普段よりもだいぶ悪い。
それでも俺は回り続けた。
狩り尽くして下の階にいって、下の階も狩り尽くしたらちょっと回復した上の階に戻る。
戻っても効率は更に低く、最初の半分……もやしだと1万ピロ台とかざらだった。
それでも、俺は周回を続けた。
☆
「お帰りなさいリョータさん」
夕暮れ時。
三階建の一階、燕の恩返し出張所。
丸一日ダンジョンを回って、戻ってきた俺をエルザが出迎えた。
「お疲れ様でした」
「日殖って最低だな、もう二度とこんな日にダンジョン巡りたくないぜ」
「月殖は月殖で大変ですけどね。モンスターもちょっと強くなるから」
「なるほど」
「それでも稼ぎよくなるからちょっと無理をしてても……って思う人多くて、それで通い慣れたダンジョンでもたまに死者がでるくらいですから」
「なるほどなあ」
ふう、と肺に溜まった空気をまとめて吐き出した。
くたくただ……ものすごく疲れた。
というか、徒労感が半端ない。
昔に戻ったような気がした、魔法カートがなかった頃、荷物がいっぱいになるたびに街に戻ってきたあの頃に。
いや、歩いた分で言えばあの頃以上かもしれない。
「はい、お預かりしたものです」
エルザは微笑みながら、俺に通帳を差し出した。
俺の通帳、12ピロしか残高のなかった通帳。
どれくらいになってるのか、深呼吸して開く。
120万ピロ
通帳は、俺が一度もみた事のない数字と、桁をしていて。
「すげえ……」
それまで体を支配していた徒労感が、一気に達成感に裏返ったのだった。