100.レベル1だけどユニークスキルでダンジョンが成長する
目の前の少女は尊大で、しかしどこか人なつっこさを感じさせる空気を纏いながらそう名乗った。
「アウルム……このダンジョンの名前と一緒か?」
「一緒って言うかさ、ここがあたしだから」
「……ダンジョンの精霊、ってことか?」
「そういうことになるね」
にこり、と微笑むアウルム。
その美しさと神秘的な空気。
ダンジョンの精霊、と名乗ってもすんなり信じるほどのものだった。
痛くはない、かるいツッコミの様なものだ。
「まっ、人間基準だとこの体はモンスターみたいなもんだけどね。倒して行く? あたしを倒したらものすごい金塊がでるよ」
アウルムはニヤリ、とイタズラっぽい笑みを浮かべながら言う。
モンスターなら倒すが、こんな風に可愛くて、何より普通にコミュニケーションとれる相手を倒す事なんて選択肢はない。
「やめとくよ」
俺は肩をすくめ、若干オーバーなリアクションで答えた。
「そっ。ねえ、あんたの名前は?」
「佐藤亮太」
「サトウ? リョータ? 変な名前」
まっ、この世界にはない名前だからな。
「しかし何百年ぶりかな、あたしのところに人間が来たのって。ダンジョンを制覇した上で最下層のモンスターを倒して0.000000001%の確率でこの扉が開くからね。しょうがないね」
「何百年ぶり? アウルムは生まれたばかりのダンジョンじゃないのか?」
「あれ? 何も知らないの?」
目を見張るアウルム。
「あたしらってずっといるよ、ダンジョンになったりならなかったりして、あっちこっちに移動するだけで」
「そうなのか? ってあたしら?」
「うん」
アウルムは真顔で頷く。
アウルム……テルル……ニホニウム……あたしら。
「もしかして全部で118人いるのか?」
「なんだ知ってんじゃん」
「知ってるって言うか、水兵リーベっていうか」
「なにそれ?」
「いやこっちの話」
「ふーん、まあいいや。あたし300年ぶりに人とあうからさ、暇だったらここでちょっと世間話付き合ってってよ。もちろんただとは言わない。これくらいでどう」
アウルムはすぅと手をあげた。
レースをふんだんと使ったベル袖の先に出ている白い指をパチンとならした後、空間に山ほどの金塊が現われた。
文字通り山ほどだ。
倉庫に積み上げられたダンボール箱のようなノリで金塊が積み上げられていた。
光を反射した黄金色と、ざっとみて兆単位の金塊は二重の意味でまぶしかった。
金はほしい、あればあるほど嬉しいもの――のはずなんだが、さすがにこれは引く。
「いいよ、それは」
「なに? もしかして足りないの? それじゃ――」
「それよりもお前は大丈夫か?」
「――え?」
虚を突かれたアウルム、目を見開いて固まってしまった。
「大丈夫って、あたし?」
「ああ」
「大丈夫って何さ。ていうか、大丈夫に決まってんじゃん、このあたしだよ?」
「……」
アウルムはやっぱりどこか尊大な表情で言い放った。
同時にやっぱり人なつっこさもあった。
俺は更に確信する。
彼女にみた――感じたものが気のせいではない事を。
エミリー。
セレスト。
アリス。
マーガレット。
インドールの村人。
それらの人間の表情が、出会った頃の彼ら彼女らがまとっていた空気が。
次々と、走馬灯のように頭の中を駆け抜けていった。
それはかつて俺と同じだったもの。
元の世界で社畜をやっていた俺と同じだったもの。
不遇の人間、環境に恵まれずなにかを強いられている人間が出す空気。
アウルムはその空気をまとっていた。
すごくわかりにくいけど、その空気を確かにまとっていた。
「な、何よその顔」
「何を望んでる?」
「な、なにって」
「……」
「……はあ、あたしもまだまだだね。まっ、しょうがないっか、300年ぶりの人間で人恋しかったのは確かだしね」
アウルムはため息を吐いて、薄い笑みを口元に張り付かせながら俺を見た。
「あたし、外を見たいの」
「外」
「うん、ダンジョンの外。もう記憶にも残ってないけど、生まれてからずっとダンジョンの中だったみたいだからね」
「ずっと?」
「この体はモンスターの様なものだっていったじゃん? ダンジョンから出られないし、あたしなんかそもそもこの部屋から出られないのよ」
「……なるほど」
はっきり分かった、彼女の望みが。
非常に当たり前で、わかりやすい望みだった。
生まれてから一度も外に出たことがない、だから一度でいいから外に出たい。
こんなにわかりやすい望みもなかなかない。
「まっ、かなわぬ夢だけどね。それよりもせっかくだから何日かここにいてよ。外の事を色々話してくれたら、黄金は好きなだけあげるから、ねっ」
そう言いながらウインクをするアウルム。
尊大さが隠れて、人なつっこさが多めに出た。
同時に別のものが漏れ出した。
諦め。
せっかくだから何日かいてくれ、というのも決して嘘ではない。むしろ外に出られないからしばらくいてくれ、というのは分かる。
それはしかし諦めからの産物だ。
出られないからせめて話を聞かせて。
それは、見ていて切なかった。
だから俺は。
「ちょ、何を――」
彼女の眉間に銃口を突きつけて、無言でトリガーを引いた。
無限雷弾、マシマシ強化弾も効いて一発でゴスロリ少女の体を黒焦げにした。
帯電したまま倒れる少女の体、直後、ポン、と金塊に変わる。
全部の辺が大体一メートル――一立方メートルくらいの正六面体の金塊だ。
「確かにこれはすごい金塊だな」
俺はそう言いながら、金塊を抱き上げた。
ずっしりと重かった。エミリーのハンマーよりも更に重くて、力Sでもちょっと重いって感じてしまうほどの重量。
その金塊を抱えて、金塊まみれの隠し部屋を出た。
アウルムダンジョン、地下四階。
来た道を引き返していく――前に階段を確認、隠し部屋に続く階段は残っていて、しばらく消えそうにない。
安心して金塊を抱えて外に向かう。
地下三階、二階、一階。
途中で誰とも会わずに外にでた。村の広場に数人いたが、隙をついて見つからないように外にでた。
そして村から離れた、山のてっぺんに金塊を持っていった。
そこに金塊を置いて、ついでに砂金を一粒おいて、距離をとった。
人がいない距離――ハグレモノに孵る距離。
待った。その時を待った。
やがて、金塊から彼女が孵った。
出会った時とまったく同じ、無傷どころかゴスロリ服もほつれ一つない元の姿だ。
「……え?」
第一声が驚きだった。アウルムはまわりをみて、何が起きたのか分からないって顔をした。
「こ、ここは!?」
「ダンジョンの外だ」
「外?」
「ああ、モンスターと同じからだって聞いてピンときてな。ハグレモノにしたら外に連れて来れるんじゃないかって」
「そりゃ出来るけど、まずいよそれ」
「うん?」
「ハグレモノになったら外に来れるけど、逆に戻れなくなるじゃん。あたしあの階にしかいられないんだから。戻ろうとしたら途中の階で消滅しちゃうし、あたしがいなくなったらドロップもしなくなるんだよ」
「それも大丈夫だ」
「なにが」
「ほら」
俺は彼女の足元を指さした。
金塊を置いた時と一緒においた砂金が同じようにハグレモノに孵った。
砂金のハグレモノ、ボンボンとよく似ている小悪魔。
「これが――ひゃん!」
説明するより実際に見せた方が早いと、俺は小悪魔は即座に撃ち抜いた。
無限の雷弾が小悪魔を一瞬で黒焦げにした。
そして、ドロップする。
砂金ではなく雷弾にドロップした。
「え? ど、どういう事これ?」
「こうしてもう一回ドロップさせて、あの部屋に連れて戻ればいい」
「も、戻れる、の?」
「ああ」
「……」
目を見開かせるアウルム、呆然としている。
「ってことで、安心して外を楽しむといい」
「外……あっ……」
そこでようやく、自分が外にいる――外に出られたという事が彼女の意識の中に入った。
振り向くアウルム。景色が広がっていた。
山頂から見渡せる、広い大地、この世界。
あらゆる物がダンジョンでドロップされるが故に、何もなく、逆にそれが美しい広大な大地。
「これが……外……」
アウルムは感極まっていた。
感極まった横顔からはさっきまでにあった、諦めの下に押しやっていた陰鬱さがなくなっていた。
その姿をみて、俺はかごの鳥を連れ出せてよかったと思った。
「……ありがとう」
しばらくして、彼女は景色を見つめたまま俺に言った。
「あたしを連れ出してくれて、ありがとう」
「気に入ってもらえたなら運んだ甲斐があったってもんだ」
「でもこれで最後かー、うーん戻るのがもったいない」
「最後? なんで?」
「だって、あの出口が開くのって0.000000001%の確率だよ、何百年かに一回くらいだよ」
「それなら大丈夫。俺は何でも100%ドロップするから。多分あそこへ行くための階段も、該当モンスターなら100%いける」
「……えええええ!?」
素っ頓狂な声を上げるアウルム。
「な、なんで?」
「そういう能力なんだ。そもそもハグレモノからもドロップさせてただろ?」
「そういえばそうだ……」
「そういうわけだから、たまに来て連れ出してやるぞ」
「――うん!」
アウルムは年相応の女の子っぽい笑顔を浮かべて、俺に抱きついてきた。
「ありがとう!」
柔らかくて軽くて、金塊の時とは正反対の感触に、俺は思わずどきどきしてしまうのだった。
☆
アウルムを金塊にしてダンジョンに連れて戻ろうとした。
が、彼女を雷弾で撃ち抜いたあと、ドロップしたのはさっきの倍の金塊だった。
ハグレモノにしてドロップしたらものが変わる、ほとんどの場合より良いものになる。
アウルム自身も例外ではなく、倍の金塊になった。
それを運んでダンジョンに戻る――がさすがに重すぎる。
元から重かったのに、その更に倍だ。
力Sでも筋肉がプルプル震え出すほどの重さ。
重すぎてつかれたから、金塊を下ろしてちょっと休んだ。
重いぞアウルム……と、女の子にいったら怒らせそうな感想が浮かんだ。
まあ、何百年――ヘタしたら千年以上もダンジョンに閉じ込められた彼女を連れ出せて笑顔にさせたんだから、これくらいは全然構わないけど。
それよりも、他のダンジョンだ。
「やっぱり118人いるよな……ってことはあと117人か」
シクロにあるテルルも、ニホニウムも、シリコンもアルセニックも。
この世界に存在する全てのダンジョンがアウルムみたいな子――ダンジョンの精霊がいるって事だ。
「会ってみるか」
そろそろダンジョンに慣れてきたところに、新たな目標が出来た。
「あっ、いた!」
「アリス、どうした」
「あのねリョータ――ってそれなに!」
村のほうから走ってきたアリスが金塊を見て驚いた。
「これはスルーしてくれ。それよりも慌てて俺を探してるみたいだけどどうしたんだ?」
「あっ、そうだ。大変だよリョータ」
「だからどうした」
「ダンジョンのドロップがね、さっきから倍になったんだ」
「え?」
「全員倍になったんだけど、これってどういう事なのかな? いきなりだから心配する人もいるけど大丈夫なのかな」
「ドロップが倍……」
はっとして、足元に置いた金塊をみた。
倍になった金塊、外の世界をみて感動したアウルム。
「……どっちなんだろうな」
「え?」
「ああいや、こっちの話」
どっちなのか分からないが、俺は後者だと思うことにした。
その方がやった甲斐があるってもんだ。
「アリス」
「うん」
「ドロップが倍なのは大丈夫だ、これからずっと倍だってみんなに伝えてきてくれ」
「そうなの!?」
「ああ」
「うん、わかった!」
アリスは大きく頷き、伝達のため走って去っていった。
そんな彼女の後ろ姿を見送って、倍になったアウルムを眺めて。
俺は、ますますテルルとか他の奴らに会いたい、そう思うようになったのだった。