§9 ……たべていいわよ
フェアリーは俯に落ちなかった。目の前の男を盗み見る。
マリアンヌの代わりに夕食を持ってきた彼は、私の分だけでなく彼の分の夕食まで料理人が用意してくれたと言った。部屋へ入れるのを渋る私に、フロアは片付けがされていて戻れないとも言う。
結局部屋へと招いてしまった私はうまく丸め込まれた気がする。
「レディ、手が止まっているよ。何か苦手な物でも?」
視線に気付いたクロードが声を掛けるがフェアリーは無視してスープを掬う。
「レディは、此処で寝泊まりしているんだね。毎日この料理を食べれるなんて少し羨ましいな」
構わず話し続けるクロードに観念したようにフェアリーはため息を吐いた。
「貴方、帰らなくていいの?」
「光栄だな。心配してくれていたなんて。
大丈夫だよ。馬車の迎えの者にはアバンズが気を効かせて何か言ってくれていると思うし」
「それはお気の毒に」
もちろんフェアリーは従者に対して言ったのだが、何が面白いのかクロードはくすくすと愉しそうに笑っている。
「実は今日はレディに渡したい物があるんだ」
そう言ったクロードは立ち上がり、ぬいぐるみなど小物が置いてある棚に近寄る。フェアリーの部屋はとても女の子らしく、かわいらしい物がそこら中にある。クロードはその中の一つであるテディ・ベアを手に取った。
「やっぱり。此処にあるほとんどがうちのメーカーだね」
フェアリーはばつが悪そうに顔を反らす。
ジェントルマン家の主な収入は玩具メーカーで成り立っている。アンティーク調のそれは子供から大人まで幅広く人気があった。
フェアリーはそのメーカーの熱狂的なファンだった。だから尚更、フェアリーはジェントルマン家の一人息子であるクロードをこの部屋に入れたくなかった。
「……気付いてないと思っていたのに」
フェアリーは顔を伏せる。それを見たクロードが幸せそうに柔らかく笑ったのだが、フェアリーには見えなかった。
「嬉しいよ。レディがうちのお得意様だったなんて。ほら、顔を上げて?」
クロードの声に、フェアリーはおずおずと視線を上げる。満足そうに微笑んだクロードは何処からか小さな箱を取り出した。そっと箱を開け何かを掴むとそのままフェアリーの髪に優しく触る。
「はい、どうぞ」
ニコニコと笑うクロードをいぶかしんで、フェアリーは諭されるままに鏡を見た。
鏡の中の自分の左耳の上には、いくつかの黄色の花を模したかわいらしい髪飾りが付いていた。
「思った通りレディの赤毛には黄色がよく映える。作った甲斐があったよ」
フェアリーにはどう反応していいのかわからない。伏し目がちにとりあえず疑問を口にしてみた。
「コレ、あなたが?」
「うん、そうだよ。今デザインの勉強をしていてね。ある恩師に急に課題を出されて、その過程で君にぴったりの素材を見つけたものだからつい作ってしまった。春をイメージした物なんだ」
ご機嫌で話すクロードを見て、フェアリーはどうしたらいいのかわからず困り果ててしまった。
「……たべていいわよ」
「レディ?」
言っている意味を確かめようと、クロードはフェアリーを覗き込もうとした。
「だからっ、私の分の料理も食べていいって言っているのよッ。分かった?」
覗き込もうとしたクロードの襟首を掴み、フェアリーは思いきり叫んだ。
クロードは一瞬ポカンとするも、すぐに下を向き手を口元に置いて、我慢できないというように声を出して笑いだした。
それを見たフェアリーはムッとし、椅子に座り直し乱暴に食事を再開する。
結局クロードは最後まで頬を弛めたままだった。
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