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§27 ……お願い
 その日フェアリーはかつてないほどに憂鬱だった。今日が来てしまったことに悲しみさえ浮かぶ。
「お嬢様、お気を確かに。大丈夫です。お嬢様はご勉学をご優先して下さい」
 安心させるように微笑むマリアンヌに少し勇気づけられる。
「ええ、そうね。とりあえず今日を乗り越えることだけを考えましょう。大丈夫。アレはお昼からだもの。私は三限目があるから、え~と、……多くて三時間くらい? いえ、うまくいけば一時間で済むかも。うん。平気よ平気。平気なんだから」
 何度も自分に言い聞かせるようにそう呟くフェアリーをマリアンヌは心配そうに見つめる。そんなマリアンヌに気が付いたのか、フェアリーはにっこりとマリアンヌに笑いかけた。
「全てが終わったらマリアンヌが煎れた甘いミルクティーが飲みたいわ。用意してくれる?」
「もちろんです。喜んで」
 そう言って微笑むマリアンヌに、フェアリーはほっとした。





 友好的に友好的に。あくまで笑みを絶やさずに。
 大丈夫よ、フェアリー・オートリア。あなたなら出来るはず。
「この度はわざわざおいでいただき光栄です。お久しぶり。シンシアちゃん」
 にっこりと音が出そうなほどに見事に微笑んでみせたフェアリーは、視線を少し落としその手を握った。
「久しぶり。フェアリーお姉ちゃん」
 そこに居るのは幼い少女であり、フェアリーの天敵でもある。

 きっと彼女に悪気はないのよ。ただ私が軽くトラウマになっているだけで。
「すごいねぇ。フェアリーお姉ちゃん。シンシアも早く入学したいなぁ」
「もうすぐじゃない。いざ入ってみると結構面倒なものよ。シンシアちゃん、大丈夫? 今お昼だから人が多いでしょう。手を繋ぐ?」
 大きな白いクマのぬいぐるみを両手で抱えてとことこと歩いているシンシアにフェアリーは尋ねてみるが、首を振られて断られてしまう。
「レディ?」
 少し沈んでいるときに掛けられる声。本当にこの人はタイミングがいい。
「今日は可愛らしいお客さんと一緒なんだね」
 顔を上げるとほら、そこには予想通りの微笑む彼が居た。

 シンシアはすっかりクロードに懐いてしまったようで、手を繋ぎながらフェアリーの一歩前を二人で歩いている。フェアリーは手持ち無沙汰になってしまった。
「……もう戻らないと」
 もうすぐ三限目が始まってしまう。前にいる二人に声を掛けようとするが、何故か声を出すことができない。
 微笑みながら話している二人。取り残されたような虚無感。
 ――また、取られるのか。
 頭に浮かんだその言葉にフェアリーはゾッとした。
 なんていう子供っぽい感情。私はもうあの頃とは違う。それに今回は人だ。人を物みたいに言ってしまうこの感情はきっと間違ってる。
 早く、早く授業に。
「少し速く歩き過ぎてしまったかな」
 すぐ近くから降りてきた言葉に驚いて顔を上げる。視線が合わさり、微笑むクロード。
「え、わ、私、」
「嗚呼、もしかして授業?」
「ええ、そう、そうよ。だから私そろそろ行かないと。今日はありがとう。シンシアちゃん、馬車に戻りましょ」
 少し早口にフェアリーは言った。シンシアに手を伸ばすが、シンシアは嫌がってクロードの後ろに隠れてしまう。
「イヤッ。まだクロードお兄ちゃんと一緒にいるーっ」
 ぎゅうっとクロードに引っ付いているシンシアを無理矢理放すわけにはいかずフェアリーはどうしようかと困惑する。本来ならそんなに取り乱すことはなかったのだろうが相手がシンシアであること、先程の自分自身の思考に戸惑っていることで今のフェアリーには全くといっていいほど余裕がなかった。
「レディ、大丈夫だから君は授業に行ってくるといいよ。彼女はもう少ししたら僕が責任持って馬車まで送っていくから」
 安心して、と言ってくれるクロードにフェアリーは甘えることにした。とにかく今は一刻も早くここから離れたい。
「……お願い」
 それだけ言ってフェアリーは走っていった。


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