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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第10部 序章

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はじまり

 その日、イネスは一族の薬師の一員として薬草を取るために里を離れていた。
 里から一歩出てしまえば、そこは魔物が蔓延る死の世界。
 だからといって、里の者たちの病を救うための薬草を取らないわけにはいかない。
 そのため、薬師たちは魔物に襲われないような知恵と知識を伝えてきた。
 だからこそ、イネスのような若い女性でも里の外に出て、薬草を取りに行くことができるのだ。
 とはいえ、薬師たちが師匠から教わる魔物よけは、完璧だとはいえない。
 どうしたって襲われるときは襲われてしまうのだ。
 現に、イネスが知るだけで何人もの薬師たちが、薬草採取の最中に襲われて大きな怪我を負ったり、帰らぬ人となったりしている。

 里を離れるといってもいつもはそこまで遠くに行くわけではない。
 里を離れすぎてしまうと、それこそ魔物の餌食になってしまうのだ。
 ただ、今回は重篤な患者が出たため、どうしても遠くにまで足をのばさなくてはならなかった。
 いつものように近場であれば慣れているので魔物に襲われることはないと断言できるイネスも、今回ばかりはとても自信が無かった。
 その身には、いつも以上に魔物除けのお守りなどをつけているが、いまいる場所では気休め程度にしかならないことも知っている。
 だからこそイネスは、全身に緊張を纏って、慎重に周囲の様子を窺いつつ目的地まで進んでいるのだ。

 幸いにしてイネスが目指していた場所には、一度も魔物に襲われることなく着くことができた。
 目的の花を見つけたイネスは、ホッと息をついたあとで、すぐに気を引き締めた。
 採取もまだ終わっていない上に、無事に里に戻って患者に薬を与えないと意味がないのだ。
 なによりも、移動している最中より止まって採取している間が一番危ないこともわかっている。
 採取に夢中になりすぎて、周囲への意識が散漫になると魔物から逃げることが難しくなるのだ。

 
 今回イネスが里から離れた場所まで採取することになったのは緊急の患者が出たためなのだが、緊急の患者が出るたびにいつも採取しに来ているわけではない。
 本来は備蓄の薬があるのだが、その薬を切らしてしまっていて、そろそろ採取しに行こうかと話をしていた矢先に患者が出てしまったのである。
 いつもであれば十分に準備を行ったうえで、しっかりとタイミングを計って採取に来るはずだったのが、できなくなってしまったというわけだった。
 ちなみに、里には魔物と戦うことができる者たちもいるが、大勢で移動すれば魔物に見つかりやすくなる上に時間もかかるので今回はイネスひとりでの採取となった。
 そもそも、薬師が必要とする薬草のためにいちいち護衛がつくわけではないので、今回だけ特別になるわけもない。
 ついでにいえば、魔物と戦闘できる者たちは、別の件で出払っていたので一緒に来られないという事情もあった。

 色々な事情が重なったうえで、今回の採取となったわけだ。
 目的の花を見つけたイネスは、慎重に根まで掘り起こして採取袋に花をしまった。
 そして、すぐ傍に咲いている同じ花に手を伸ばす。
 いまいる患者のためならひとつだけで十分足りるのだが、備蓄をするためには複数必要になる。
 もう一度この場所に来れば採取は可能だが、できれば何度も来ることは避けたい。
 だからといっていつまでもこの場所にいれば、魔物に見つかる可能性も高くなる。
 里の外での採取においては、引き際の見極めが非常に重要になるのだ。

 三つの花を採取したイネスは、その時点で里に戻ることにした。
 花の咲く季節は決まっているが、これ以上長居すると魔物に見つかりかねない。
 緊急性を要する分の採取は終わったので、備蓄する分は今度また準備をしっかりと整えたうえで来ればいい。
 採取袋の口がしっかりと締まっていることを確認したイネスは、しゃがんでいた腰を上げてその場から里に向かって歩き始めた。
 採取自体は無事に済んだので、あとは慎重に里に戻るだけである。

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 採取場所から三十分ほど歩いたイネスは、ふとその歩みを止めた。
 イネスの耳に、自分以外の足音が複数聞こえてきたのだ。
 思わず走り出しそうになった足をこらえて、そのまま歩みを進める。
 不用意に走り出したりすれば、逆に注意を引きつけてしまうこともある。
 相手がどう出てくるのか見極めつつ、慎重に進む必要があるのだ。

 イネスが気配に気付いてから五分ほど経つと、状況に変化が現れた。
 それも、イネスにとっては悪い方に、である。
 いままでイネスと同距離を保っていた気配はひとつだったのが、さらにふたつほど加わったのだ。
 そうなってしまえば、相手がいままで自分を襲ってこなかったのかは明白だった。
 いまは気配が三つしかないが、これ以上引き延ばせばさらに数が増える可能性もある。

 この場で戦いを挑むか、今以上の速度で逃げるのか、イネスは選択を迫られることになった。
 その結果、イネスが選んだのは逃亡の二文字だった。
 この時点で相手が狼だということはわかっていたので逃げ切れるとは思っていないが、群れを作る狼が三体で終わるわけがない。
 それならば、ある程度距離を稼いで攪乱する必要があると考えたのだ。
 そうと決断すればあとは早かった。
 三体の狼との鬼ごっこの始まりである。

 
 イネスにとっては幸いなことに、追ってくる狼は四体以上に増えることはなかった。
 はぐれで行動している狼なのかと冷静に考えつつ、ついにイネスは狼と戦闘することを決断した。
 いくら身体能力に優れるヴァンパイアとはいえ、いつまでも狼から逃げ切れるわけではない。
 徐々に近づかれていることがわかっていたので、体力の残りを考えてこの時点で戦うしかないと考えたのだ。
 だからといって、薬師であるイネスが三体の狼を相手に勝ち切れるとは言えない。
 迫りくる死を覚悟しつつ、イネスは身に着けていた短剣を手に狼へと向かった。

「ハッハッハッ・・・・・・!」
 狼との攻防はしばらく続いていたが、どちらにとっても決定打を迎えることはなかった。
 ただし、いまのままではイネスに分が悪いことは、本人もわかっている。
 簡単に倒せないとわかった狼は、知恵を働かせて二体で攻撃してくることを選択したためだ。
 持久戦になることがわかったのか、一体を休ませる手段を取ったのだ。
 それに気付いたイネスは、どれだけ頭がいいんだと愚痴を言いたくなったが、戦闘中にそんな無駄なことはできない。
 絶え間なく襲ってくる狼の攻撃をかわしつつ、どうにか生き延びようと努力を続けるしかなった。

 
 いよいよイネスの体力が尽きて、思わず膝をつきそうになったそのとき、状況に変化が訪れた。
 イネスと狼が戦っている傍に、光が現れたのだ。
 戦闘中で自殺行為とはいえ、光のまぶしさにイネスは思わず目を腕で庇った。
 だが、幸いにも狼にとってもその光は不意打ちだったらしく、キャウンという複数の声が聞こえて来た。
 狼が強い光に目がやられたのだとわかったイネスだったが、そこからチャンスとばかりに攻撃を加えるわけにはいかなかった。
 光から目を庇うことに成功していたイネスだったが、その影響を完全に防ぐことができなかったためだ。

 どうにか目が回復して周囲の状況を素早く確認しようとしたイネスの耳に、のんびりとした男と呆れたような女の声が聞こえてきたのは、そのときだった。
「あれ? これってどういう状況?」
「どう見てもそこの女性が、狼に襲われている図だと思うがの?」
 緊迫したその場の雰囲気をぶち壊すようなその声に、イネスは安堵のため息をついた。
 どうやら自分は賭けに勝ったらしいと理解できたのだ。

 このときのイネスは、このふたりの男女が自分の想像を超える存在だと気付いていなかった。
 死地に向かう絶望が終わったのだと安堵でいっぱいだったのだ。
 このふたりが、ヴァンパイアから「力ある者」と「始まりの姫」と呼ばれる存在だとイネスがわかったのは、里に戻って患者の容体が安定したのを確認してからのことだった。
新しい部が開始です。
久しぶりに○○がメインの話です。
○○が誰かは・・・・・・敢えて言いませんが、登場シーンでわかるでしょうねw

今話の続きが登場するのは、だいぶあとになります。
ご了承ください。
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