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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第2章 塔のあれこれ(その19)

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閑話 初カレー

 C級冒険者であるニックは、遠征を終えて帰ってきた翌日に、街をぶらぶらしていた。
 塔の上層に行って素材を取りまくっていたので、第五層の街を見るのはひと月ぶりになる。
 セーフティエリアがあってテント暮らしが続いていたわけではないが、大勢の人の中を歩くのは久しぶりのことになる。
 それに、そもそも第五層の街は、できた当初から常に発展し続けているので、たとえひと月といえどもかなり変わっているところがある。
 遠征から戻ってきた休日には、こうして街歩きをするのがニックの楽しみのひとつだった。
 ちなみに、ニックは第五層で生まれた正真正銘の塔っ子である。
 塔で生まれ育った人が塔っ子と呼ばれているのだが、いつ誰が言い始めたのかはわかっていない。
 そのうちのひとりであるニックにとっては、別にどうでもいい話だ。

 街を歩いて新しくなったところを見つけるといっても、そもそもの街が大きくなりすぎて、全てを一日で確認することなどできるはずもない。
 とはいえ、以前にはなかった店ができていたり、見覚えのない家が建っていたりするのは見ていて楽しい。
 新鮮な気分でメインの通りを歩いていたニックは、ふと嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
「なんだこの匂いは? ・・・・・・香辛料?」
 世界中の物が集まってくる第五層の街では、香辛料が使われている料理も珍しくはない。
 とはいえ、これまでニックが嗅いだことのないような香りに、なぜか惹かれるものがあり気の赴くままに匂いの発生源に向かって歩き始めた。

 香辛料の匂いが強かったので、発生源を見つけるのは比較的簡単だった。
 なによりも、そこには多くの人が集まっていたのだから見間違えようがない。
「なんなんだ、一体。・・・・・・屋台?」
 数多くの屋台がある第五層の街だが、ここまで多くの人が集まるのも珍しい。
 それこそ多くの人に支持されている人気店でないと、いまニックが見ている数は来ないだろう。
「なにかの食べ物だということはわかるが・・・・・・それにしても、あの色はなんだ?」
 屋台で購入した客が手に持っている物をちらりと確認したニックは、簡易皿の上に乗っている黄色の物体を見て眉をひそめた。

 職場なり自宅に持ち帰っているような者もいるが、多くはその場で食べている。
 その表情を見る限りでは、奇妙な見た目に反して美味しそうに食べている。
 人の多さからいっても不味いわけではないことはわかっているが、それでもあの色には抵抗がある。
 それでもニックは、その屋台の列に並ぶことにした。
 香辛料の匂いに刺激されたせいなのか、妙にお腹が空いたことが最後の決め手となった。

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 並び始めてから気付いたのだが、常連らしきものたちは、自分で器を持ってきてそれに入れてもらっているようだった。
 さすがにふらりと街を歩くつもりだったニックは、そんなものは持っていない。
 美人な売り子から簡易皿の料金がかかると言われて了承したニックに、カレーが手渡された。
 ちなみに簡易皿は、食べ終わったあとに持ってくるとその分の料金が返ってくるようになっている。
 ただし、繰り返し使えるものなので、次回の販売のときに出してもらってもいいと説明された。
 確かに、並んでいる者たちの中には、そうした器を持っている者たちも何人かいた。

 カレーという名前は、並んでいる間に、売り子と他の客とのやり取りですでに確認している。
 客の中には、サイドメニューを買っている者もいたが、ニックは買っていない。
 初めて食べるカレーがどういう物かもわからないし、なによりもカレー自体がそれなりの値段だ。
 それにも関わらず、サイドメニューを付け足している者も多いのである。

 屋台なので周囲に椅子が置かれているわけではない。
 一応屋台のある場所は、広場になっているのでいくつかベンチは置かれているが、既に満席である。
 仕方がないので、ニックは屋台から少し離れた場所で立って食べることにした。
 既に一般家庭でも食べられている米にスプーンを差し込んで、上に乗っているカレーごと掬い上げた。
 特徴的な臭いのお陰で、最初の一口を入れることに躊躇したが、一口目を飲み込んだあとは早かった。
「な、なんだ、これは!?」
 まったくもって初めてのその味に、ニックは驚きで目を見開いた。
 思わず声を上げて周囲の視線が気になって周りを窺ったが、自分に注目している者はいなかった。
 ニックはホッとすると同時に、他にも自分と同じような状態になっている者がいて、なるほどこういう反応をする者がいることになれているのかと納得した。

 周囲の視線を気にしなくていいと理解したあとは早かった。
 最初はためらっていた匂いもまったく気にならなくなり、次々とカレーを口に運んでいた。
 気が付けば簡易皿には一粒の米も残っておらず、ニックは名残惜しそうに最後の一口を食べきった。
「・・・・・・ごちそうさま」
 子供のときから馴染みのある締めの言葉を口にすれば、ニックの初めてのカレー体験は終わりとなった。

 
 屋台に簡易皿を返しに行ったニックは、売り子のひとりに皿を渡しながら気になっていたことを聞いた。
「とてもうまかったんだが、なぜ飲み物は売っていないんだ?」
 カレーはある程度の辛さがあるため、食べているときに飲み物がほしくなる。
 だが、屋台には飲み物の類はひとつも売っていないのだ。
 そのニックの問いに対する売り子の返答は、実に簡単な物だった。
「この屋台で買わなくても、周囲には飲み物を置いている屋台がありますから」
 その答えを聞いたニックは、なるほどと思った。
 人気がある店は、それだけでよその店の売り上げを奪っていると言える。
 なんでもかんでも自分の店に客を集中させると、いらない恨みを買いやすいので、敢えてそうしているのだと理解したのだ。
 実は、それ以外にも理由はあるのだが、このときのニックには思いつかなかった。
 売り子との答えに頷いたニックは、「ごちそうさま」と言いながら皿を手渡すのであった。

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 泊まっている宿に着いたニックは、そこで丁度すれ違った仲間に呼び止められた。
「おい、ニック。なんだ、その匂いは?」
 言われるまですっかり忘れていたが、カレーの匂いは独特なのだ。
 ニックを呼び止めた者は、仲間の中でもちょっとした感覚に鋭いので気付いたのだ。
「うん? ・・・・・・そうだな。いまだったら神殿の広場に行けばわかるんじゃないか?」
「神殿の? なんのこっちゃ?」
「まあまあ。全部教えたらつまらないじゃないか。とにかく行ってみろ。早くしないと売り切れるかもしれんぞ?」
 にやけ顔でそう言ったニックに、仲間は首を傾げながらも宿を出て行った。
 好奇心が勝ったその仲間は、ニックから答えを聞くことに時間をかけるよりも、直接見に行くほうを選んだのだ。
 その後ろ姿を見ていたニックは、間違いなくその仲間もはまることになるのだろうと確信して、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。
客側視点でした。
とりあえず、あの独特な匂いにこだわってみました。(?)
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