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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第3章 ガゼンランの塔

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番外編(5)

 最近イルの態度が変わった。
 昔からずっと傍にいたマイヤには、その変化がすぐに分かった。
 何のおかげで変わったかと聞かれても分からないのだが、確かにイルの中で何か変化のきっかけになることがあったようだった。
 以前は、依頼の失敗の多さからイライラしていることも多かったのだが、今はそんなことはなく以前のような落ち着きを取り戻している。
 さらに言うと、受ける依頼もつい最近の物よりもワンランク下げた物を選んでいるようだった。
 散々マイヤが口を酸っぱくして言っていても全くそれを受け入れる様子は無かったのだが、これもまた変化の一つだった。
 何が彼を変えることになったのか、マイヤは内心で首を傾げつつ、日々の業務をこなしていた。
 悪い変化ではなかったので、変に自分が関わらない方がいいと判断したのだ。

 そんなある日、マイヤはあることに気付いた。
 イルが自主的に資料室に入る日が多くなっているのだ。
 以前は、無理やりマイヤが行かせているような状態だったのだが、最近はイル自身で進んで資料室に向かっている。
 冒険者は実力が一番と言っていた以前のイルには、考えられない変化だった。
 イルのその行動に、何かあると気付いたマイヤは、業務のついでに様子を見に行くことにした。
 イルが資料室に入るのを見た後に、たまたま業務の資料をしまう必要があったのだ。
 これは業務の一環でサボりじゃないから、と自分の中で言い訳をしながらマイヤは資料室へと入った。
 そして、資料室に入ったマイヤが見たのは、女性と談笑するイルの姿、ではなく男の冒険者と談笑する姿だった。
 益々意味が分からずに思わず立ち止まってしまったマイヤの姿に、イルが気づいてこちらを見て来た。
「何だ、マイヤ。こんなところで、サボリか?」
「ち、違うわよ。この部屋に届ける必要がある資料を持って来ただけよ」
 少しの間とはいえ、ただ立ち止まっていたのは確かなので、若干焦りつつ答えた。
 そのおかげで、業務中にもかかわらずいつもの調子で返事をしてしまった。

 幸いにもイルはそのことには気づいていなかった。
 ただ「ふーん」と返事を返して、再びその冒険者と話をし始めた。
 本来であれば、資料室では大きな声で話をすることは禁止されているのだが、今は彼ら以外には誰もいない。
 マイヤは本来の業務をこなすべく、持って来た資料をしかるべき場所へと返しに向かった。
 勿論、その間も二人が何を話しているのかは、聞き耳を立てていた。
 といっても、聞き耳自体はすぐにやめてしまった。
 彼らが話していた内容が、モンスターに相対した時にどうすればいいのかなど、冒険者として必要なことだったのだ。
 ただし、話をしているといっても、イルが一方的にその冒険者に聞いているだけだったが。
 話の内容も、以前マイヤがイルに話したことがあるようなものだったのだが、今のイルはその話を素直に聞いているようだった。
 自分が話していた時は、ほとんど右から左だったのはよくわかっているので、イルも彼らの邪魔をしないように資料室を後にするのであった。

 後からイルに聞いて分かったことなのだが、その時は偶々その冒険者デジレと会ったので、聞きたいことを聞いていたとのことだった。
 デジレと会えないときはちゃんと調べ物をしていたと、イル本人から聞くことになる。
 デジレとの交流が始まったのも、以前に資料室でアドバイスを貰ったからということも聞いた。
 結局、イルの最近の変化はデジレのおかげだという事がわかって、マイヤも胸をなでおろしたのであった。

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 イルとデジレ、というよりもデジレの仲間達との交流はしばらく続いていた。
 その間に、デジレが所属している<神狼の牙>の活躍も、噂としてマイヤの元に流れてきている。
 ついでに言うと、デジレ自身のパーティもその噂の中にあった。
 噂の筆頭は、闘技場で活躍しているコリーの話だった。
 だが、それ以外にも、以前イルが絡んだコウという冒険者の活躍も聞こえている。
 そんな中で<神狼の牙>に関して、さらに信じられないような噂が舞い込んできた。
 <神狼の牙>がクラウンに吸収されて、今<神狼の牙>が拠点として使っている場所は、クラウン支部になるというものだった。

 ここ最近のイルとの交流で、マイヤもデジレのパーティと仲が良くなっている。
 資料室でいつものように話をしているときに、何気なくその噂に聞くと、あっさりと答えが返って来た。
 <神狼の牙>の拠点が、クラウン支部に変わるというのは本当のことだと。
 それを聞いたときのイルの表情を見て、マイヤはある確信を持つのであった。

 そしてマイヤは今、正式にクラウン支部に変わった元<神狼の牙>の建物に来ていた。
 物見遊山の見学ではなく、職員募集のチラシを見て来たのだ。
 気紛れで受けに来たわけではない。
 イルがクラウンのメンバーに入ることをいち早く決めたというのもあるが、それ以上にデジレと話をしていて、クラウンでの業務に興味があったからだ。
 こうした組織の場合は、最初のメンバー集め以外で、飛び込みで受けることも難しい。
 丁度いいタイミングだったのだ。

 採用試験をするための部屋で、マイヤが試験が始まるのを待っている時に、それは起こった。
「ちょっと。貴方たちがここの試験を担当するの!?」
 試験で使う用紙を持った女性が二人入って来たのを見て、試験を受けに来た女性の一人が椅子から立ち上がってそう聞いたのだ。
「はい。そうですが?」
 突然なんだと、試験官は首を傾げている。
 その様子を見て、女性が不快な表情になっていった。
「試験官を交代してもらえませんでしょうか?」
「なぜでしょう?」
「なぜって・・・・・・なぜ私たちが、貴方のような奴隷に指示されなければならないのですか?」
 私を馬鹿にしているのかと、憤慨した様子で、その女性がそう言った。
 その言葉を聞いて、試験を受けに来ていた何人かが、不快そうになったのをマイヤは確認すると同時に、内心でため息を吐いた。

 試験官は、試験官の交代を言ってきた女性にため息を吐きながら言った。
「そのようなことで、試験官を交代する理由にはなりません。もしご不快なのでしたら、どうぞ試験は諦めてお帰りください」
 そう言いながら、部屋の入口に向かって指さした。
 それを見て、女性は顔色を変えた。
「あ、あなた、私を誰だと思っているの!?」
 マイヤは、その態度の大きさから、それなりの身分がある女性だと思っていたのだが、どうやらその予想は当たったようだった。
 面倒なことになったな、と考えつつも、マイヤはどうやって試験官がこの事態を捌くのかと見ていた。
 周りを見ると、同じような顔で見ている者たちもいる。
 そんな周囲の注目を知っているのかいないのか、試験官は全く動じた様子をみせなかった。
「貴方は、クラウンの職員募集の試験を受けに来た、一受験者です。それが分からないようでしたら、どうぞお引き取り下さい」
 相変わらず入口を指したまま、試験官の女性はきっぱりとそう言った。
 そして、そう言われた言われた女性は、悔しそうな表情を浮かべて自分の椅子へと腰かけた。
 一応試験を受ける気はあるようだった。

 結局、マイヤは無事にクラウンの職員採用試験に受かった。
 今回採用されたのは五名女性だったが、当然のように試験の時に難癖をつけた女性は落ちていた。
 ついでに言えば、あの時に同調するような表情になっていた者たちは、全員が不合格だった。
 それもそうだろう。
 試験を受ける前に渡された、クラウンの職務規定の中に、しっかりと奴隷に関する項目もあったのだ。
 その規定に違反するような行為をしていたのだから、試験に通るはずもない。
 人数的には狭き門だったように感じたが、実際はそんなレベルは高くなかったのかなと思うマイヤなのであった。
マイヤ編でした。
このあとマイヤは、セイチュンのクラウン支部の人気受付嬢として活躍していきます。
一方、イルはクラウンに所属する冒険者たちに冷やかされる立場となっていきます。もっともそれはクラウンに所属する前から一部ではそうなっていました。
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