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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第3章 ガゼンランの塔

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番外編(4)

「くそっ・・・・・・!」
 イルは、公的ギルドの資料室へ向かう最中に、盛大に悪態をついた。
 周囲に誰もいないと分かっていての行為だ。
 ギルドのカウンター側や食堂などで同じようなことをすれば、おかしな輩が絡んでくる。
 イルもそのくらいの分別は持っているのだ。
 そんなイルが苛立たしげになっているのは、ここ最近の依頼の成功率の低さのためだ。
 つい昨日も最後の望みをかけて塔に向かったのだが、あえなく失敗してしまった。
 ここひと月の依頼の成功率は、五割を切っているだろう。
 お陰で、先日もコウという冒険者に絡んでしまった。
 以前の自分は、他の冒険者に絡む輩を内心で嘲笑っていたりしたのだが、結果的に自分も同じことをしてしまった。
 あの後で、こってりとマイヤに叱られた。
 あの時の気分は、今と全く変わっていない。
 焦りからくるものだった。
 だが、冒険者としての実力の壁に来ているのか、それともスランプなのか、空回りが続いてしまってどうにも上手くいかない。
 今回も全く無策の状態で新しい階層に突っ込んでしまった。
 それを知ったマイヤに、さっさと資料室で出てくるモンスターのことくらい調べて来い、と怒られたためこうして休みの日に出向いてきたのだ。

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 イルが資料室に着くと、既に先客が何人かいた。
 冒険者の大多数は、資料室で調べ物をすることなどほとんどない。
 その時はイルも珍しいこともあるもんだなと流していたのだが、しばらくして資料室に新たに人が入って来て彼らの会話が耳に入って来た。
「ここにいたのか、オーバン」
「あ、デジレさん。調べものですか?」
「ああ。昨日行って来た階層で出た奴が、今まで見たことない攻撃をしてきたからな。ここの特有の攻撃なのかをな」
「特殊攻撃ですか?」
 首を傾げたオーバンに、デジレは首を振った。
「いや。そうじゃないんだが、少し気になってな」
「そうでしたか」
「ああ。オーバンたちは?」
「セシルさんとアリサさんのおかげで、新しい階層に行けるようになりましたから。皆で一から調べなおしです」
 苦笑しながらそう言ったオーバンに、デジレが笑いながら言った。
「ハッハッハッ。そんなもんだ。だが、調べずに行くよりも遥かにましだからな」
「ええ。そう思います」
「まあ、頑張れ」
「はい」
 オーバンの励ましに、デジレが首を縦に振った所で、彼らの会話が終わろうとした。

 彼らの会話を聞いていたイルは、ちょっとした興味を覚えた。
 会話を聞いていれば、彼らにとっては資料室で調べものするのは、ごく日常的な事だというのがわかる。
 だが、イルの常識だと、冒険者がわざわざこうして資料室に足を運んでモンスターの特徴を調べるなどほとんどありえない。
 イルがこうして資料室に来ているのもマイヤに言われて、渋々来ているのだ。
 イルが資料室に来るのは初めての事ではない。
 そのため、モンスターの事を事前に知っておけば、ある程度役に立つことは分かる。
 だが、それはあくまで「ある程度」であって、直接的に役に立つわけではないのだ。
 ところが、彼らの会話を聞いている限りでは、イルの考えと違っているように感じた。
 その違いが何なのか、何故かイルは非常に気になった。

 考えごとをしていながら彼らの方を見ていたためか、イルの視線に気付いたデジレが彼の方を見ていった。
「さっきからこっちを見ているが、何かあったか?」
 デジレに話しかけられて、イルはハッとした表情になった。
「あ、いや。済まない。少しだけ二人の話が気になったもんだから・・・・・・」
 慌てて右手を左右に振ったイルに、デジレがわずかに首を傾げた。
「気になった? 何か変なことでも言ったか?」
「いや。単に、普段から熱心に資料を見ているようだから、随分と役に立っているのだろうな、と・・・・・・」
 そう言ったイルに、デジレは突然大声で笑いだした。
 今、資料室には、彼らしかいないため、それを咎める者はいなかった。
 デジレとイルの会話を聞いていたオーバンたちも苦笑している。

 イルは、突然笑われたことに戸惑っていた。
 そんなイルを見て、デジレは口元を押えながら言った。
「いや、突然済まないな。随分と的外れな意見を言われた物だから、つい、な」
「的外れ?」
 イルは、笑われたことよりもそう言った来たことに疑問を感じて、首を傾げた。
「それはそうだろう。こんな紙に書かれた事なんて、実践で得たことに比べれば、滅多なことでは役に立たんぞ?」
 そう言われたイルは、心の中に失望が広がった。
 やっぱり資料室で調べるなんてことは、無意味だったのかと。
 だが、同時にふと疑問が沸き上がった。
 だったが、なぜ彼らはこうも熱心に資料室に来ているのだ、と。
 イルは、感じた疑問をそのまま口にした。
「だったら、あんたたちはなんでこんなところで、調べ物をしているんだ? 役に立たないんだろう?」
 イルにそう言われたデジレは、右手で頭をガジガジと掻いた。
「あのなあ。俺たちは、常にモンスターども相手に命を懸けているわけだ」
 ごく当然のその意見に、イルは頷いた。
「だったら、少しでも生き残れる確率を上げておくのは当然の事だろう?」
 デジレはあっさりとそう言ったが、言われたイルは、衝撃を受けたような顔になった。

 冒険者というのはモンスターと相対して、勝ち続けなければならない職業だ。
 それには当然のように、常に命のやり取りが発生している。
 そのごくごく当たり前のことに、イルはデジレの言葉でようやく実感した。
 いや。普段からマイヤに似たようなことは言われている。
 だが、その言葉は正直に言えば、右から左に流れていた。
 同じくモンスター相手に命を懸けている同業者であるデジレに言われて、ようやく実感を伴って耳に入って来たのだ。
 勿論、普段からモンスターを相手に命をやり取りしている以上、危険を感じることは多々ある。
 とはいえそれは、塔の攻略やフィールドに出ている時に感じているだけで、普段街にいるときにはごく当たり前すぎて忘れ去っていた。
 冒険者になったばかりの時には、ごく当たり前に感じていたその感情が、再びイルの中で湧き上がって来たといってもいいだろう。

 そのことにようやく気付かされたイルは、デジレに問いかけた。
「それは・・・・・・そう考えているのは、あんたたちのギルドのメンバー全員か?」
 イルはデジレやオーバンが、最近話題になっているギルドに所属していることを思い出して、そう聞いた。
 先日イルが絡んだコウという冒険者も同じギルドに所属していたはずだ。
「ギルドというか、まあ、そうだな」
 妙に言葉を濁したデジレだったが、イルは気にせずに頷いた。
「そうか」
 デジレの話を聞いたイルは、ここ数日悩まされていた気分が吹き飛ぶ思いになっていた。
 冒険者という生活に慣れきってしまって、なりたての頃に感じていたごく当たり前の感覚を思い出すことが出来たのだ。
 勿論、今すぐに依頼の達成率が改善するとは限らないが、それでも何かを掴んだ気がする。
 そのことを感じたイルは、デジレに頭を下げて言った。
「色々話をしてくれて助かった。お陰で少し、気が晴れたよ」
「そうか? 役に立てたんだったらまあいい」
 最初見た時とは違った顔になったイルを見て、デジレも何かを感じたのか、そう言ってその場を離れていった。
 先程話していたモンスターの資料を探しに行ったのだろう。

 その後、イルも同じように資料に目を通し始めたのだが、先程よりも身に入って来たのはある意味当然の結果と言えるのだった。
なにか、似たような話をどこかで書いた気もしましたが、敢えてここでも書きました。
次に来るマイヤの話の布石でもあります。
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