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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第3章 ガゼンランの塔

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番外編(3)

 シュミットが一言「すぐに戻ります」と言って、一旦その場を離れた。
 何かを取ってくると言っていたので、商売の話に使うためものだということはわかる。
 部下ではなく、部門長自ら取りに行っていることから、この拠点で動いている人員がどれほど忙しくしているか想像できる。
 そんな考察をしつつもバルナバスは、折角の機会とばかりにまだ部屋に残っていたエクに話しかけた。
「・・・・・・しかし、まさかあなたがクラウンの副統括だとは思ってもいませんでした」
 穏やかな笑みを浮かべて言っているが、勿論裏に「すっかり騙された」という思いを込めている。
 そんな思いが通じたのか、それとも通じていないのか、エクは笑みを浮かべたまま小さく首を傾げた。
「私は嘘は言っていませんよ? ギルド<神狼の牙>の受付であることも間違いではないのですから」
「おや、それはおかしいですな。<神狼の牙>はクラウンの傘下にあるのでは?」
 エクの言葉が言い訳と取ったアネッサ商会の者が、ここぞとばかりに突っ込んできた。
 だが、エクはあっさりと首を左右に振った。
「いえ。<神狼の牙>は、正真正銘ここセイチュンで出来たばかりのギルドですよ? 少なくとも今まで一度もクラウンに属していたことはありませんでした」
 その言葉に、バルナバスは意外な思いで目を見開いた。

 <神狼の牙>からクラウンへの切り替えのスムーズさから、てっきり<神狼の牙>は元々クラウンに所属していたギルドだと考えていたのだ。
 それは、他の者たちも同じだったのだろう。今度はバルト商会の者が口を開いた。
「・・・・・・私はてっきり、クラウンの依頼を受けて<神狼の牙>が動いていたのかと思っていたのだが?」
「いいえ。違いますよ。<神狼の牙>は正真正銘、コウ様がセイチュンで作った初めてのギルドになります」
 そのエクの言葉に、アネッサ商会の者が思わずといった感じで言葉を発した。
「まさか。ではあの方は個人で動いてこのギルドを作り、そして、クラウンも動かしたと?」
 ありえん、と続けようとしたアネッサ商会の者に、エクは笑顔で頷いた。
「はい。そうなります。そうでなければ、副統括の私が自ら動いたりはしませんよ」
 少なくともエクは、セイチュンにいる間は、完璧に<神狼の牙>の受付として動いていた。
 普通に考えれば、クラウン程の大きな組織の副統括という立場にある者が、わざわざ就くようなポジションではない。
 裏を返せば、<神狼の牙>を作ったコウという冒険者は、クラウンの副統括を個人的に動かせるだけの力があるという事になる。
「は、ははは。まさか・・・・・・」
 バルナバスが思わず言葉に出してそう呟いてしまった。

 クラウンの副統括を個人的に動かせる存在など、これまで聞いたこともない。
 セントラル大陸のラゼクアマミヤ王国の女王でさえ、そんなことをするのは無理だろう。
 そんなバルナバスを見て、エクが言った。
「信じるか信じないかは自由ですが、事実です。それに、貴方たちに分かりやすく言えば、あの方は個人資産だけで、クラウンの年間予算に匹敵する資産を持っていますよ?」
「・・・・・・なっ!?」
 そんな爆弾を落として来たエクに、その場にいた彼女以外の全員が目を剥いた。
 他の大陸に比べて極端に町の数が少ないセントラル大陸とはいえ、大陸は大陸だ。
 その全てを支配して物流の過半数以上を動かしているクラウンの年間予算は、そこらの商会が束になっても敵わない。
 それどころか、それぞれの大陸にある大国の国家予算以上の予算を動かしているとさえ言われていた。
 それほどの金額を個人資産として持っているなど、エクが言ったのでなければ、冗談かもしくは狂人が吐いた妄言としか受け取られないだろう。

 自分の言葉が与えた衝撃の大きさがわかっているのか、エクはバルナバスたちが落ち着くのを待っていた。
 そのかいあってか、ようやく他の質問をしようとバルナバスが口を開こうとしたところで、小脇に包みを抱えたシュミットが戻って来た。
「おや? 話の途中でしたか?」
「いいのですよ。コウ様が、クラウンの年間予算に匹敵する資産を持っているという話でした」
 そのエクの言葉を聞いたシュミットも、大真面目な顔で頷いた。
「ああ、なるほど。確かにあの方でしたら、それくらいはありそうですね」
 クラウンの副統括に続いて、商人部門を直接統括している部門長までもが肯定するのを聞いて、ようやく落ち着いたバルナバスたちの気分が再びぐらつくのであった。

 そんなバルナバスたちの思いを知ってか知らずか、席に落ち着いたシュミットはすぐに話を切り出した。
「商売の話をする前に、まずは見ていただきたいものがあります。これもまた、あの方の功績になるんですがね」
 シュミットは、そんなことをつぶやきながら、包みを机の上に置いて包装をはがし始めた。
 そして出て来たのは、液体の素材を保存するための魔道具だった。
 これもまたクラウンが開発した道具の一つだ。
 この魔道具に液体を入れておくと、品質を安定したまま長期保管することが出来る。
 様々な分野で重宝されている魔道具の一つだった。

 シュミットは、その魔道具をふたつ(・・・)、バルナバスたちの前に置いた。
 最初は訝しげな表情を浮かべていたバルナバスたちだったが、そこはセイチュンで商売の行なっている者たちだ。
 コウという冒険者が第六十層に到達したという話も勿論知っている。
 わざわざこの場で出した物が何であるのか、察することが出来る情報も頭も持っている者たちばかりだった。
「まさか、もう?」
 バルナバスの隣に座っていたアネッサ商会の者が、呆然とした表情でつぶやいていた。
 その思いはバルナバスも同じだった。まだもう少しだけ猶予はあると考えていたのだが、それは甘すぎる見込みだったようだ。

 バルナバスたちの反応を見て、わざわざ説明をする必要もないと判断したのか、シュミットが頷いた。
「はい。商談というのは、この<アエリスの水>についてです」
 そのシュミットの言葉に、今度はバルナバスたち全員が呻き声を漏らした。
 それもそのはずだ。
 <アエリスの水>はそれぞれの商会が、根ざしている国の王家に卸している最重要な品物なのだ。
 バルナバスのミネイル商会も、その他の二つの商会も、セイチュンに支店を作っているのは、<アエリスの水>を確実に手に入れるためだといっても良い程だ。
 ここにいる三つの商会は、現在一つになってしまった<アエリスの水>の水源を枯らすことのないように、慎重に話し合いをしながら冒険者に汲んで来てもらっていた。
 目の前にその<アエリスの水>があるという事は、そのバランスが一気に崩れてしまったという事になる。
 そして、それだけではなく、シュミットはさらに驚くべきことを言って来た。
「既に我々は、この<アエリスの水>が汲める場所を複数個所・・・・見つけています」
「「「なっ・・・・・・!?」」」
 それこそあり得ない情報に、バルナバスたちは目を見張ることになった。
 <アエリスの水>が取れる泉は、長い年月を経て一つ一つ数を減らしていき、残りは最後の一つになっていたはずだ。
 それが、一つだけではなく複数あるという。
 この時点で既にバルナバスたちは、持っている情報だけで、クラウンを相手に劣勢に立たされたといって良い。
 この後の交渉は、厳しい物になるとバルナバスが考えたのは、ある意味当然なのであった。

 結局、この後の交渉でバルナバスたちは、予想通り厳しい戦いを強いられることになった。
 唯一の成果としては、今まで以上に<アエリスの水>が確保できたことだろう。
 水の確保という観点からも、三つの商会はクラウンには足元にも及ばない。
 何しろ冒険者部門を抱えているクラウンは、いつでも高ランクの冒険者が使えるのだ。
 秘密を守るという観点からも、他のギルドに依頼を出すバルナバスたちとは一線を画している。
 バルナバスが、ここまで見事に組織の格の違いを感じたのは、初めての事だった。
 恐らく同席している他の者たちも同じだったろう。
 交渉を終えて、エクとシュミットが去った室内で、残された者たちは顔を見合わせて大きくため息を吐くのであった。
三大商会との交渉編の後編でした。
この会談で、クラウンの立ち上げに同意することも取り付けています。
「(41)裏約束(?)」で考助がバルブロと会う前の事ですね。
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