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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第2部 塔のあれこれ(その5)

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(2)写本

 セシルとアリサが書いた本を前にして、考助はムーンと唸っていた。
 折角のいい出来なので、出来れば複数冊作りたいのだがどうしてもお金がかかるためにいまいち踏み込めずにいるのだ。
 そんな考助に対して、シュレインが話しかけて来た。
「コウスケ、この本をしばらく借りていいかの?」
 シュレインの手には、一冊の本が収まっている。
 塔の機能で出した共有の本の一冊なのだろう。
 管理層にある本は共有扱いになっているのだが、管理層から持ち出す場合には許可を取るようにしてあるのだ。
「構わないけど? 珍しいね」
「うむ。ヴァンパイアにとって中々参考になることが書いてあってな。できれば写本をしてそれぞれの一族に渡したいんだ」
「なるほどね。それならいいよ。でも写本するならかなり時間かかるよね?」
 考助のイメージでは、一冊の本を写本し終えるのにかなり時間がかかると考えている。
 現在ヴァンパイアは三つの一族があるので、三冊分を写本するとなるとだいぶ手間がかかるだろう。
 だが、そんな考助をみてシュレインは不思議そうに首を傾げた。
「確かに手間はかかるが、時間はさほどかからないぞ?」
「・・・・・・へ?!」
 予想外の返答を聞いて、考助は素っ頓狂な声を上げた。
「え? だって、一冊一冊字を書いて写本してたら時間がかかるんじゃ・・・・・・?」
 考助の言葉に、シュレインが目を剥いた。
「手書きで写本とな!?」
 その様子を見て、考助がようやく自分がイメージしている写本とシュレインが言っている写本が違っているのに気が付いた。
「あー・・・・・・。なんか、今更な気がするけど、写本てどうやるのか聞いていい?」
「道具と材料を用意して魔法を使うのに決まっているだろう?」
 あっさりと言われたその答えに、考助は肩を落とした。
 既にこの世界に来て四年近くたっているのに、未だに新たに発見する常識に項垂れるのであった。

 そんな考助をみて、ようやくシュレインも考助が常識の壁にぶつかったのに気付いた。
 シュレインが写本のやり方を丁寧に説明する。
 といっても説明自体はいたって簡単だった。
 インクや紙などの材料を用意して、魔法陣を使って複写するのだ。
 話を聞いてみれば、いたって簡単な方法に考助は首を傾げた。
「聞くだけだと簡単な方法に聞こえるけど、それで何で本の値段が高いの?」
 複写が容易であるのならば、一般に広まっている本の値段が高くなるはずがない。
 だが、考助が確認している限りではほんの値段は非常に高い。
「それはまず、準備に時間が取られることかの」
「準備に? だって道具を用意すればいいだけだよね?」
「ああ、いや、そっちの準備ではない。まず写本を行う術師が本を読んで内容を確認しておかないといけない」
 写本の魔法を使うには、術師がきちんと本の内容を理解していないといけないのだ。
 子供向けの物語のような物であれば気にしなくていいのだが、専門書となると術師自身もそれなりの知識が無いと駄目なのである。
 さらにそれだけではなく、写本にはもう一つ大きなハードルがある。
「写本の魔法自体が、かなり高位の術師でないと使えんのだ」
「あー。なるほど」
 高位の術師というのは、それぞれの国で両手に数えられるような実力者の事を言う。
 そのような実力者は、ほとんどが高給を貰って国に仕えたりどこかの組織に所属していたりするので、写本専用で働く者など皆無と言って良いのだ。
 勿論、個人的な依頼という形で頼めたりするのだが、当然ながらその際の料金は推して知るべし、と言った所だ。
 基本的に魔法を使って本の写本を行うというのは、国が主導で行うのが主なのである。
 聖法を使って写本をすることもできるが、そちらは教会が人材を握って経典などを写本したりするので一般の本用に回ってくることはほとんどない。
 魔法によらない写本だと、個人個人での手書きになってしまうので、かかる手間と時間は魔法を使う場合の比ではなくなる。
「というのが吾の知っている事だな。恐らく今でも変わらないのではないのか?」
「わかった。今度、シュミットにも確認してみるよ」
「そうしたほうが良いの」
 考助の言葉に、シュレインは頷いた。

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

「・・・・・・という話なんだけど、どこか違っている所はある?」
 シュレインから聞いた話を、シュミットにも話して聞いてみた。
 シュミットは考助がこの世界の生まれではないことは知らないが、現人神になるだけあって常識に疎いことは察している。
「いえ。私が知っている事と違わないですね」
「という事は、前に写本に時間がかかると言ったのは?」
「勿論、写本の魔法を使える者を探すのに時間がかかるという意味ですが?」
 シュミットの答えに、やっぱりそうだったのか、と考助は肩を落とした。
 考助の考えていた方向とは全く違っていた。
 だからと言って、写本自体に手間がかかるのには違いが無い。
「もし必要なのであれば、吾が写本するが?」
 自分が知っている常識と違いが無いために同席していたシュレインが、そう申し出てきた。
「それはありがたいけど、根本的な解決にはならないんだよね。できれば、あの二人が作った本以外にも色々写本したいんだ」
 ある目的のために、出来れば大量の本を用意したいのだ。
 だが、本が容易に手に入る状況にならない限りそれは難しい。

「そういえば、インクとか紙とかの値段はどうなの?」
 考助が普段研究用に使っている紙やインクは、シュミットが卸している物だ。
 細かい値段まで知らなかったりする。
 それに、いざとなれば塔の機能を使って出せたりするので、あまり値段まで気にしていなかった。
「こんなものですよ」
 シュミットがそう言って提示してきた値段はべらぼうに高いという物でもなかった。
 きちんと確認して見れば、ごく普通の一般の家庭でも大事な時は手紙を出したりすることがある。
 もっとも出すのは冠婚葬祭に関わるような重要な場合だったりするので、頻繁にやり取りされる物ではないのだが。
 とはいえ、これらの話は考助が今まで思っていたのとは全く違っていた。
 本が高いと言うだけで、単純に紙やインクが高いのだと考えていたのだ。
 この世界に来てかなりの期間が経っているにも関わらず、今まで気づかなかったのは完全に考助の思い込みによるものだろう。

「うーん。そうなのか。となると印刷できないのはおしいな」
 大量生産というわけにはいかないまでも、数十冊単位で印刷が出来るようになれば本の値段も相対的に下げられるのだ。
 ただし、印刷の技術を導入してしまえば、この世界に大きな変化をもたらすことになる。
 それにそもそも印刷を行うには大きな問題がある。
「印刷、ですか?」
 考助の呟きを拾ったシュミットの眼がギラリと輝いた。
 商人の勘と今までの付き合いで、金の種になると思ったのだろう。
「同じ文章や絵を複数枚同時に作ることが出来る技術の事なんだけど・・・・・・」
 考助に説明されただけでは分からずに、シュミットやシュレインは首を傾げた。
「残念ながら、僕の持っている知識だと役に立つものがないんだよなあ」
 せいぜいが版画だったり、紙を切り抜いた上からインクを塗ると言った知識くらいしかない。
 あとは印鑑のような物を作って、文章になるように並べて印刷すると言った程度だ。
 それぞれが中途半端な知識なので、実行するにはかなりの試行錯誤が必要だろう。
 はっきり言えば、印刷だけにそこまで時間をかけている暇はない。
 悩む考助に、シュミットが提案した。
「アイデアがあるのでしたら、職人に試してもらうということもできますが?」
「思い付きと言った程度で、成功するまでどれくらいかかるか分からないよ?」
「幸いにして、現在のクラウンはある程度の余裕があります。もし試すのであれば、今のうちに試すというのもありだと思います」
 シュミットの提案に、考助は少しだけ考えた。
 だが、それ以上のいいアイデアは思い浮かばなかった。
「わかった。じゃあ、印刷に関しては職人たちでいろいろ試行錯誤することで話を進めようか」
「かしこまりました。今度ダレスを連れてきて話を伺うことにします」
「そうだね」
 考助が同意したことによって、クラウンで印刷の技術に関するプロジェクトが始まることとなった。
 とはいえ、考助の持つ知識が浅い物しかなかったので、印刷が形になるのにはしばしの時間がかかるのであった。
セシルとアリサの本の話を上げてから、印刷に関して色々感想を頂きましたので、きちんと決めないといけないと思ってこの話を書きました。
今更な感じですが、この世界の印刷技術に関して、色々まとまっていなかったのですが、この話に書いた内容で本決まりとします。
気を付けているつもりですが、以前の話と矛盾する点などございましたらご指摘願います。
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