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塔の管理をしてみよう 作者:早秋

第2部 塔のあれこれ(その4)

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(4)困惑

 くつろぎスペースに入って来たコレットを見て、休んでいた考助が立ち上がった。
「どうだった?」
 コレットの手には紙の束が握られている。
 先日セシルとアリサが完成させた精霊術の事が書かれた魔術書だ。
 コレットはニコリと笑って答えた。
「正直、驚いたわ」
 コレットの端的な答えに、考助もニヤリと笑った。
「ということは、お眼鏡にかなったという事かな?」
「ええ。多少のミスはあるけど、それさえ直せば十分使えるわね」
「そうか。よかった」
 考助としても二人に余計な仕事を押し付けたという自覚はあったのだ。
 全くの無駄にはしたくなかった。
 コレットのお墨付きがもらえたのであれば、十分活用することができる。
 もっとも、考助に仕事を振られた二人は、余計な仕事とは思っていないだろうが。

「とにかく、手直しが必要な所は二人に伝えて直させるようにお願い」
「それは勿論そうするけど、その後はどうするの?」
 コレットの疑問も当然のことだろうと、考助は頷いた。
「いや、正直最初からここまで使える物を作ると思ってなかったからまだちゃんと考えてない」
 考助の答えに、コレットが呆れたような表情になった。
「考えてないって・・・・・・」
「いや、普通に考えて初めて文章を書くのに、ここまで完成度高い物を作れると思う?」
「・・・・・・思わないわね」
「でしょ? だから何度か作らせて完成度を上げて行ってもらおうと思ってたんだけどね」
「良い物が出来てしまったので、扱いに困っていると?」
 コレットの懸念に、考助は手を振った。
「いやいや。そうじゃなくて、簡単に他人に売り渡して良い物でもなさそうだから、どうにかして量産できないかと思ってね」
「複写させるの?」
 この世界において貴重である本は基本的には一品物だ。
 数多く作るためには複写する者達がいて、数を増やしてくのである。
 当然ながらコストが莫大になり、本の価値は非常に高い物になっている。
「それもいいけど・・・・・・売れると思う?」
「難しいわね」
 二人が書いた物は、書かれている言葉が専門的すぎる部分もあるため、複写にさえ手間がかかりそうなのだ。
「だよね? だからどうしようかと思って」
 当然ながらこの世界には活版印刷なんてものは存在していない。
 そもそも識字率自体もさほど高いわけではないので、本を作ったとして読ませる相手が限られているのだ。
 その相手は、豪商だったり貴族だったりするのだが、嗜みとして魔法や聖法を習う者はいたとしても精霊術を習う事はほとんどない。
 精霊術を使うエルフは、基本的に口伝だったりするのでわざわざ紙に記して残すという習慣はない。
 ついでに、二人が書いた物はヒューマンの視点で書かれているので、エルフとは若干異なっている所もあるのだ。
 ちなみに、考助は活版印刷に手を出すつもりはない。
 木版のような物を使って印字するというイメージはあっても、詳しい機構などわかっているわけではないのだ。
 そんな物を他人に伝えて作れるとは到底思っていないのである。

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 コレットからの訂正をきっちりと修正させた本を考助はシュミットに差し出した。
「・・・・・・これは?」
 コレットがチェックしていた時は紙の束だったが、修正も終わっているので既にきっちりと製本されている。
 その本をシュミットは訝しげに持ち上げた。
 シュミットがこの場に居るのは会議とかではなく、考助の新しい魔道具を求めてのことだ。
 最近はほとんど新しい物を提示されることは無いのだが、それでもある程度定期的には来ている。
 どう見てもただの本で、魔道具などには全く見えないためにシュミットは首を傾げていた。
「セシルとアリサが書いた精霊術の本なんだけどね。どうしたものかと悩んでるんだ」
「あの二人が?」
 既に高ランク冒険者に足を踏み込んでいる二人の事は、当然シュミットも知っている。
「そう。二人が暇なときに遊びに行って精霊術の事を聞いたら、なかなか面白くてね。試しに書いてみるように勧めてみたんだ」
「はあ」
 本を書く経緯については分かったが、それを自分に差し出すことがわからずシュミットは首を傾げた。
 考助もシュミットの戸惑いは分かっているので、話を続けた。
「時間があるときの暇つぶしにでもと思って書かせたのは良いんだけどね。出来上がったのを見て驚いたんだよ」
「というと?」
「読んでみればわかるけど、その完成度の高さに。とても初めて書いたとは思えないよ」
 多少呆れたように、考助が言うのを聞いてシュミットはピクリと眉を動かした。
 それもそのはずで、奴隷である二人が書いた本が完成度が高いと言われてもにわかに信じることができないのだ。
「まあ、気持ちはわかるけど、取り合えずそれを読んでみたらわかると思うよ?」
「私が、ですか? 私は精霊術など専門外ですが?」
「専門的な記述に関しては、コレットにもチェックしてもらってるから大丈夫だよ。単純に読み物として目を通してみるだけでいい」
 シュミットは言われたことがわからずに、首を傾げた。
「読み物、ですか? 専門書じゃないんですか?」
 精霊術について書かれているという事は、当然技術的なことが書かれている本だとシュミットは考えている。
「まあ、騙されたと思って一度持ち帰って読んでみると良い」
「はあ。わかりました」
 こういう表情をしているときの考助は、素直にいう事を聞いた方が良いと付き合いの長いシュミットは十分に理解しいているのであった。

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 血相を変えたシュミットが考助の元に来たのは、本を渡してから一週間後だった。
 部門長として忙しい日々を送っているシュミットは、本などを読む時間が取れないのでそれほどの時間がかかったのだ。
 逆に言えば、たった一週間でセシルとアリサが書いた本を読み切ったとも言える。
「コウスケ様! この本はどうされるのですか?!」
 慌てたように言うシュミットに、考助はクスリと笑った。
「シュミット、慌てないでよ。その本をどうするかを話そうと思って渡したんだから」
 考助の言葉に、シュミットは幾分落ち着いたような表情になった。
「読んでみてどうだった?」
「・・・・・・驚きました。正直に言えば奴隷が書いた物とは思えませんでした」
「だよね? 一体どうやってこんな書き方知ったんだか」
 セシルとアリサが書いた本は、非常に分かりやすく基礎から書かれていた。
 精霊術に関してはほとんど知らないシュミットでもとっつき易いようにである。
 しかも、基礎から始まって、最後の方にはある程度高位の精霊術についても書かれているのだ。
 初心者が手にする本としては最高の出来になっていると言って良い。
 ちなみに、二人はそこまでの高評価になっているとは思ってもいない。
 二人で相談しつつ書いたので、どの辺がわかりづらいとかここをもっと詳しくした方がいいと色々突き詰めて書いたのだ。
 ユリとコレットに叩き込まれたことを出来るだけ分かりやすくなるように書いただけなのである。
 教師がよかったのか、あるいはきちんと噛み砕いて理解していた二人が良かったのか、判断は微妙な所だった。

「余りに出来が良すぎてどうすればいいのか、正直扱いに困っているんだ」
 考助の言葉に、シュミットは不思議そうな顔になった。
「売られるのではないですか?」
「誰を相手に?」
 その答えに、シュミットはハッとした表情になった。
「ね? 意外に困るよね? だから相談したかったんだ」
「・・・・・・確かに困りますね」
 考助の言いたいことを完全に理解したシュミットは、思わず唸るように返事をした。
「取りあえず僕が持っておきたいから一冊は複写してもらうとして、後はどうするか考えてもらっていい? こっちでも考えるから」
「分かりました。じっくり考えてみます」

 こうしてセシルとアリサの知らない所で、二人が書いた本は重要な扱いになっていくのであった。
というわけで、販売先に困ることになったセシルとアリサの本でした。
大量生産が出来て単価が安くできればいいんですが、そうそう簡単には行きません。
ちなみに本文でも書きましたが、考助の頭の中には印刷機を作るような知識はありませんので、活版印刷に関する知識チートは期待しないように願いますw
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