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ニートの仁義
作:樋川真


ニートの仁義 樋川真

 1
 ニートをやっていく上では仁義がある。
 生きてゆく上での最低限の活動とその経済的裏付けを親なり家族なり社会なりに頼ることになるので、それらには仁義を切る必要がある。
 ハローワークには問題がある。職務とはいえ個人の知られたくない秘密を挨拶代わりに訊ねることはニート達にとって死刑宣告である。せめて「ニートなんですか。そうですか。それは随分肩身の狭い思いをなさったでしょうね。」とでも言うならまだいいが、これで障害を持っていたら人によっては、おとなしく世間の片隅で生きていなさいよといわんばかりの場合がある。
 人生を切り開くのは親でも兄弟姉妹や親戚でも夫や妻でも近所の人でも友人知人でも師匠でも弟子でも仲間でも先輩同輩後輩でも上司や同僚や部下でも医師や看護師や心理士でも保険福祉士や社会福祉士でも坊主や牧師神父でも役人軍人警官でも神や仏でもない。人生を生きているその人自身である。またその生きる意志である。出会い系サイトで知り合って夫婦になる例だってある。ニートはその出会いを自らの意志でか、外的な様々な理由でか、恵まれない人々である。ニートの中には人と社会と関わることのつらさやデメリットに囚われるあまり人と関わらなくなって部屋に引きこもる例が多い。

 まおさんは思うのだ。人生は儚く短いが時として長い。一生夢の中でもよろしいやないですかと。
引きこもることは病気ではないと言うが社会的には病理を含む。
ニートの増大はその社会の活力を奪ってゆくことであり、一定数、一定期間ニートならそれが必要な人々も存在するが、仁義とは人を愛するということが基本であるからニートには仁愛を持って励ましていくことが何より大切である。
 ニートの仁義は極道の仁義とは少し違うが、孔子の言う仁義とも少し違う。
 孔子は古代華人で、政治家を志したが思想家として名を残した人物である。
 孔子は15才で学び始め30才で独立し40才で惑わなくなり、70才で天の声を知るようになるのが仁義を切る人であると言った。
 中国史上最大のニートは実は孔子なのである。孔子はきちんと就職したことが無く、人に仁義を説いて弟子に食べさせて貰っていた人である。礼節を説いたのは孔子ではなく孔子より後の時代の人である孟子や朱子である。

 ニートの仁義を受けるのには作法を要する。
 ニートの仁義とはニートをやってゆく上でのけじめであるので、やってはいけない事も当然ある。
 最も大きなニートの仁義は只で住むということである。この仁義を切らないニートはホームレスか入院患者か服役囚か死者になるしかない。
 ニートの仁義でなぜ只で住むことが仁義を切ることになるのかといえば、実態としてニートは親と同居しているか生活保護を受けているかがほとんどだからだ。ニートは家賃を自分で払ったり、野宿したり、ブルーテントに住んでいる場合はほとんど無いからだ。その場合はニートではなくワーキングプアやホームレスである。
 ニートもワーキングプアも早急に対策を講じないといけない社会問題であるがその解決策も有効なものがあまりないのも事実である。
 ニートはパラサイトシングルである場合がほとんどでワーキングプアには一人親世帯や高齢者世帯がままある。

 一生夢の中でもよろしいやないですかと桂文珍似の熊サノン83号は言いそうである。
 牧師達が実際に行った会議のシメに倣うなら、日本では会議を終えたければ君が代を歌うことになるかもしれない。
 牧師達が会議をシメるのに賛美歌の187番を歌ったことがあるのだが、ニート達に仁義を切らせるなら口上と唱歌とは基礎技能だろう。
 別段千の風になってでもいいのだが、要は歌を唱って、けじめをつけるのは孔子も詩経という書物を弟子にまとめさせているので道理は合う。
 繰り返すが一生夢の中でもよろしいやないですか。

 2
 今となっては想像してみるしかないのだが、A THOSAND WINDS の作詩者はだれかわからない。であるのでここではその熊をサノン83号と呼ぶことにする。
 サノン83号は愛しい妻を殺されてしまった。悲しみのあまりに北は北極からモロッコの砂漠、ヒマラヤのチョモランマ、マッターホルンにキリマンジャロ、ギアナ高地にイグアスの瀧、タスマニア島にアンティグア・バーブーダ、ワットアルンにカーバ、カザフスタンにパラムシル島、タージマハルと世界をあてど無く放浪した。
 サノン83号は2001年9月11日NYで飛行機がビルにつっこむのを見てしまう。
 あまりの惨事に A THOUSAND WINDS を悲しみや怒りに打ち震える人々に詠って回った。ジョージ・ブッシュ・JRがUSAと叫んでアドレナリンを吹きだす様に危険な匂いを感じてサノン83号は静かに遺族達にDO NOT STAND AT MY GRAVE AND WEEPと詠んだ。
 自らのためにあの詩を書いたことをすっかり忘れていたためサノン83号は数億人が口ずさむ詩を詠じていた。
 この詩を妻に先立たれた友人を慰めるべく日本語に訳し曲をつけて新井満は私のお墓の前で泣かないで下さい私はそこにいません眠ってなんか居ませんと唱った。
 この詩はなくなったものからのこされたものへのメッセージとなっているのであって、この話ではサノン83号としておくがサノン83号は当初誰にもA THOSAND WINDSを伝えるつもりが無かったらしい。仏陀の悟りのようなことになってしまってのだろうか。菩提樹の下で悟りをひらく前のシッダルダは夢を見ていた。悪魔が邪魔をしても悟りをひらいた。人の死を悼むというのは悟りの境地である。

 サノン83号はニートである。彼がライバル視している熊が居る。リラックマという有名熊だがリラックマの日常はニートそのものである。
 サノン83号はリラックマより少しだけ真面目で、事業を興そうとしては失敗し、詐欺師に騙され、犯罪の片棒をかつがされて逮捕され、服役が嫌で気が触れたふりをして病院に放り込まれ、その病院を脱走して奄美大島に逃げているときに殺された妻マングースのミツと出会う。
 妻はマングースだったので(ピアニカは吹かないが)種族を超えた結婚だった。
 かれらはしばらくひっそりと暮らしていたがミツはマングースバスターズのしかけた罠にかかり死んでしまう。

 サノン83号は仁義を切るのが実に上手い。
 9月11日(2001年)NYでA THOUSAND WINDSを詠んだ後、日本生まれのサノン83号は日本に帰ってきて大阪は堺に住むまおさんの家に転がり込んだ。
 まおさんは生活保護を受けている障害者でニートである。
 ニートの家にニートがパラサイトするという、少々風変わりな暮らしがはじまったが、まおさんは国にニートの仁義を切りサノン83号にニートの仁義を切られるという身の上で、あまりニートらしくないが、まおさんにはニートの彼女ありさんという人もいる。

 そもそもニートの仁義の話だったが、ニートは愛と生きる糧とを与えてもらって生きているので、まおさんの場合生きる糧を国に与えてもらっているのである。
 まおさんは生活保護をもらいながら黙々とプラモと絵と小説とを作っている。行政書士の試験を受けて落ちたりもしているが、さほどニートの身の上は変わっていない。

 サノン83号の妻、マングースのミツは千の風になって彼に会いに来ているらしい。
 まおさんは荒唐無稽な話でもあっさり信じたりする上、まりもにナターシャと名付けていてけったいだが、詐欺師に騙されたことはまだ無い。

 少々の年金を受けているありさんは年金生活者なので正確にはワーキングプア世帯だが、実際は自身の年金とまおさんの扶助とを合わせて共同生活を行っているまおさんの生活共同体で彼女である。
 この暮らしに放浪帰りのサノン83号がパラサイトしているのだがこのサノン83号という熊(桂文珍似の)あきらめはすこぶる悪い。
 堺市内のラーメン店に修行に行き、モノにならないと親方に引導を渡された後もその店にしばらくしてから客としてやってきて、店内で狼藉を働き逮捕される。
 堺南署で厳重注意を受け釈放されて、まおさんちに帰ってきては昼間からナターシャと酒盛りしてまおさんに怒られ、パラサイトの肩身の狭さをまざまざと感じながら、冬眠を始めたがすぐに飽きてミスターチルドレンのライブチケットをネットオークションで競り落として憂さを晴らしに行くというかわいげのカケラもない有様だった。
 しかしサノン83号も好きでニートをやっているわけでもなさそうである。
 
 3
 ニート達を穀潰しと見る人々が居る。
 働かざる者食うべからずという格言を持ち出して彼らはニートに浴びせる。
 ハローワークが問題なようにこれらの人々も問題である。
 差別をしていることになるとは思わないのが差別者の特徴で、サルトルも差別者は群集の一人として差別を行うと言っている。
 一般化しないと何も考えられないのが彼らの特徴の一つである。
 退職型ニートの場合在宅期間が履歴に加わるので、ハローワークでは必ず在宅期間は何をしていたか訊ねる。
 それはニートにとって暗におまえは働きもしないで、ハローワークにも来ないで人の世話になっていたのか?勤め先を紹介してもすぐまたやめるんだろう?と勤労の義務を盾にとって勤労の権利を制限するということをしてニートから抜け出そうとして活動する意志を見せてハローワークに来たニート達を迫害することになっている。
 酷い場合は障害者ニートを迫害し圧迫することを公僕の一部は行う。
 かれらは障害を持つニートも居て社会的弱者を見守るという仁愛に欠けるのでニートにとって仁義を切りたくとも切れないという二重三重の圧迫を加えることになる。
 ここまでいくといじめである。
 いじめは差別行為でまた犯罪行為なので罰を加える必要がある。この場合は地方公務員法違反で罰金か懲役が妥当か。もしくは国家賠償法に従うか。
 ニートをするしかできないからニートなのであって、仁義を切らないニートは棄民の対象となり社会から放置されることになるので仁義を切らないニートの方が少ないのが現実である。
 ニートは潜在的なワーキングプア世帯と生活保護世帯の予備軍なのでワーキングプアの一部は最終的に生活保護を受けるようになると言われるぐらいだから、ニートは社会的弱者なのである。
 ニートの問題は誰もが明日は我が身の問題なのである。

 孔子は君子淡交と言って自分は君子であるのでつき合いは淡いものですよと述べたらしいが、孔子の生きていた社会はニートを養う余裕のあった社会であることは間違いがなさそうだ。
 大体においてニートは哲学や思想を体現する場合が多く、ワーキングプアやニートの存在は、またその増加は、ジニ係数を限りなく1に近づける。
 人生の終期は人は皆ニートなのである。だから孔子は老人を敬いなさいと説いたのである。70才で天の声を知ると言った孔子に言われるまでもなく晩年人は穏やかに暮らせるのが一番良いのが事実である。

 まおさんが売れない小説を書いているのも仕方がないから書いているのであって、まおさんの場合、売れるよりもその質にこだわったほうがよさそうである。
 レベッカのノッコはかつて友達のあの子は売れない小説を書いてると歌ったが、体操で金メダルを取った日本人が書いた原作マンガをアニメにしたときの歌で、小説で売れるということは体操で金メダルを取るようなものであるのだろう。

 ニートは大体貧乏なので出かけるときにはバスと電車、たまの外食はファーストフードが多い。公園でコンビニのおにぎり1、2個で済ます場合もあり、スーパーの試食を荒らすこともままある。
 至於犬馬皆能有養という一説が論語にあるが、親を養うことと犬馬を養うことの違いは敬意を払うか否かであろうと孔子は言ったという。
 飼育と扶養とは尊敬という義がそれらを区別するのである。
 しかしサノン83号やありさんをまおさんが面倒をみているといことは飼育なのか扶養なのか。
 扶養というよりも相互扶助の精神であるので、生活保護の受給費をサノン83号やありさんに流していることになる。ありさんとは年金との持ち寄りである。
 人生に必要なものはお金でも名声でもなく愛と夢であろう。ニートの仁義もそういうわけで愛と夢が伴うものである必要があろう。
 ある意味社会や人生、家族の有り様に絶望するからニートの道を選ぶわけだが、子供を学校に行かせて給食費を滞納しペットの費用や携帯の利用料は払うとTVに出て堂々と言う馬鹿もいる。
 ニートの救済の方が彼らの払った税金を使う手段としてはまあ有用だろう。そもそも彼らが税金を払っているという保障はどこにもないが。

 極道の仁義は本来義の為に命を張り、親分は仁徳をもって子分を養うという意味に用いられ、道を極めると仁義に行き当たる。
 孔子は極道でもあったのであろう。

 4
 まおさんがニートの暮らしをはじめてもう10年になる。
 今では随分賑やかな日常だが、自立準備の内地留学をしていたときには普段だれとも話さず下宿と学校を往復して黙々と勉強していた。学校は離島にあったので離島に住み、食料の買い物は船で本土に渡って買い出しをしていた。
 その癖からか今でもスーパーに買い出しに行くと2000円札を握りしめてその範囲で食材を買う。 だからというわけでもないが、買いたいものを我慢しなければならないことも多い。貧乏は人を鍛える。
 まおさんは学生の頃に将来物書きになりたいとだけ思っていて、なれると決めてかかっていて、それ以外の職でとりあえず食べていくということを軽く考えていた。現在まおさんはニートだが、国に仁義を切るというある意味確信犯のパラサイトぶりで、結構いい根性をしている。
 紅の豚という映画があるが、賞金稼ぎで飛行艇を飛ばすなんぞは「さらばアドリア海の自由と放埒の日々よ。」である。まおさんも退廃思想、破廉恥で怠惰な豚で居る罪という罪状があるなら、逮捕されそうである。サノン83号やありさんなどはまちがいなくそうである。

 ニートの仁義といえばまおさんの彼女ありさんも仁義を切る。
 古来より居候や部屋住みはニートだが、居候はごはんのおかわりを3杯目はそっと出したもので、部屋住みは冷や飯を食べたものだ。これもニートの仁義であろう。
 何も核爆弾を実験しなくとも偽ドル札をばらまかなくとも、拉致などしなくとも、軍隊の理屈が優先される朝鮮民主主義人民共和国にニートは存在するのかということを考えてみても不毛なのでしないが、国際社会で北朝鮮は迫害されるニートのような存在である。部屋にこもってネットでハッキングをしたりするニートというのも居そうにない。居るのはトイレにさえ出られない重度の引きこもりのニートである。

 まおさんは退職型ニートなのでまたフリーターとニートとの間を行ったり来たりしていた時期もあるが、ありさんと出会うまではプラモや絵や小説を作ったりして日々を過ごしていた。
 一生夢の中といえばまおさんは夢を見るためにうまれてきたようである。
 サノン83号はまおさんに焼きそばを作ってもらい食べ終わると昼寝である。このサノン83号も少々いやかなり夢の中に住んでいる熊っぽいのだが、発作的に商売をしたくなるらしい。
 生活保護とは国に面倒をみてもらっているニート達のことかワーキングプアだが、あまり数が増えすぎるのは問題である。それがジニ係数が限りなく1に近付いていっているということで、ニートの増加は社会の活力を奪う。生産活動に誰も従事しなくなれば社会は機能不全を起こす。ニートの総数を一定数に限るのはまさかナチスのようにホロコーストしてまわるわけにはいかないからだ。

 食べ物を運んできてくれる人に仁義を切るのはそれが人のみちだからだ。
 千の風になってが大ヒットしたことをサノン83号はあまり知らない。A THOUSAND WINDSが自分の詩だと告白したのも随分後になってからで、まおさんはやはりこいつは病院に放り込んだ方がいいのだろうかと数日悩んだが、サノン83号が嘘を言っているようには見えなかったのでまおさんは相変わらずサノン83号の世話を焼いているのである。

 ありさんは寝てるか食べてるかコマコマ動き回っているか、ネット通販をしてるかだが、生業はまおさん同様無い。サノン83号はサノンたちの世界で事業家として多額の負債を背負ったため人間界に出てきたのだが、奄美大島でマングースのミツと出会い、生きるとは実は素晴らしいことであると思い結婚したのだという。その最愛の妻はマングースだというだけでバスターズに狩られてしまい、その悲しみからA THOUSAND WINDSができるわけである。
 千の風となったミツは雪となってサノン83号の周りをきらめいている。

 5
 まおさんには老境を迎えた両親と兄が居る。兄は生活のために働きづめで、両親は破産して年金生活である。
 ニートの仁義の切り方をよく知らなかったまおさんは家庭内暴力を起こして病院に入院した。
 退院後ひとりで暮らし始めたまおさんは住んでいたアパートが取り壊しになり、府営住宅に入居することになった。
 西成区の府営住宅の窓口に電話をかけ事情を話すと「あるにはありますが。」という。詳しく聞くと「いわくつきですよ。かまいません?」と言われた。
 なんでもその空屋は前の住人が中で自殺して発見されしばらく空室だったというのだ。
 いいもわるいもないのでまおさんはその部屋に住むことにしたのだが友人の何でも屋さんに頼んで引越を行い、友人はお祓いの心得もあるというので、お祓いをして貰った。
 霊とかはまだ見ないが、少々不気味なオーラを感じるときはある。
 孔子は天を祭ったが、ニートが転居でお祓いをするというのもなんだかラテンな話である。

 尻と背の間の肉付き麗しいありさんは桂文珍似のサノン83号とまおさんを伴って近鉄百貨店へとやってきた。
 ありさん達は地下2階の食料品売り場へと降りて行き、ありさんは精肉店の陳列ケースの上を鋭く見つめ、ギャロップで走る馬のごとくカリマーのリュックを背で揺らして走って行った。
 ありさんの後を追ったまおさんとサノン83号は先にローストビーフの試食をばくばくやっているありさんに続いてローストビーフをばくばく食べた。その間30秒。
 店員が気付いたときには2人と1匹は鶏肉店の鶏唐の試食へとその魔手を向けていた。

 まおさんとありさんはまるで終戦直後の満州なら満州取り残され組で、舞鶴へと引き揚げる引き揚げ船に乗れず、華人として生きてゆくより他になかった人々の様である。
 堺市内某所で昼食をロハで食べているまおさんとありさん達は昼食やくざである。
 さらにまおさんにパラサイトのありさんはお食事ギャングである。

 サノン83号は北朝鮮へと向かうマンギョンボン号に新潟から乗っていって元山に上陸してから放浪をはじめたので、金日成バッジの偽物を偽造して米をゲットし、平壌でしばらく滞在したことがある。
 その後鴨緑江を渡って中国に入国したサノン83号はチェブラーシュカと間違われて耳を横にされそうになったり、食材として熊の手を狙う料理人に手を切られそうになった為、北朝鮮の次に中国が嫌いになった。

 まおさんはある日の晩ゴハンの時にサノン83号とありさんがサバをつついている姿を見ておもむろに「スキーがしたいなあ」と呟いた。
 「怪我したいん?」とありさんが言うとまおさんは「スピード狂やからなあ、オレ。」と言った。
 サノン83号はゴハン粒を頬につけて「わたしはロシアでジャンプしたことがあります。」と言った。
 マジかい、とまおさんはつぶやいて、窓の外を眺めると堺でも山手の和泉丘町に雪が積もっていた
 「今でも飛べるか?」とまおさんが聞いたところサノン83号は「若い頃の栄光というヤツですよ。」と言ってサバを平らげた。

 桂文珍似の熊、サノン83号は麻原彰晃の画像が出てくるPCを使っている。
どうやら人件費0円のPCらしく、CPUは台湾製、マザーボードはマレーシア製、DVDはタイ製である。
 値段は安かったが彰晃マーチとか流れて結構賑やかである。
 サノン83号は伊万里マリエルがベネチアの路上でカタカタやっている鶴田謙二のマンガを見てすっかりオリベッティのPCが欲しくなったという。
 「尊師」を日本橋のPCジャンクショップで手に入れてきて、まおさんちでゴソゴソとネットにつなぐと、最初の立ち上がりがWINDOWSではなく麻原だったのでまおさんが飲んでいたコーヒーを吹き出した。
 返してこいとまおさんは言ったがそれ以後毎朝9時に勝手に「尊師」は立ち上がり彰晃マーチを奏でるので目覚まし代わりにいいですよとサノン83号は返すそぶりもなくこのPCを「尊師」と名付けて虐待している。
 高橋源一郎は極彩色のアミーガで解剖実習を見てたらしいがサノンの「尊師」はマーチの他に空中浮遊の合成写真のつくりかたというファイルがハードディスクに残っていて、どうやら消去出来なかったらしい。
 まおさんも大概ラテンな暮らしだがサノン83号のラテンな暮らしぶりはパラサイトの限度を遙かに超えている。その点ではリラックマといい勝負である。

 現在和泉丘町に住むまおさんは昼食やくざをしながらお食事ギャングのありさんとサノン83号やナターシャ達とプラモに囲まれて賑やかにくらしている。
 まなびておもわざればすなわちくらしとは孔子の言葉だがずいぶんと詐欺師っぽいことだなあとまおさんは時々思う。まおさんは日に3度自らを省みる。サノン83号は日に3度地面を見てお金を探す。

 まおさんたちはニートだが存外逞しくゴキブリ並の生命力で満州取り残され生活を生きている。
 そういうニートは実はいたって少数派である。多数派のニートはもっと社会の助けを必要とする社会的弱者である。
 しかしすぐに社会参加が期待できそうにないならニート達はまおさんたちのように生きてみれば少しは楽になれるかも知れない。
 なにもあくせく働くだけがえらいわけでもない。子育てしなくたって生きていける。
 現に働いたり子育てしたりして大人をしている人々に仁義を切って控えめに暮らしていれば月に一度ぐらいは電車に乗れる。半年に一度は焼き肉を外食できる。
 普段は鶏ソバや豚ソバと豆腐でも案外そういうものだと思えば大したことはない。
 食べていくことさえ何とかなれば、ワーキングプアの身の上でもとりあえずは生きてゆける。貧乏は人を鍛える。
 石川啄木は貧乏の最中に「働けど働けど我が暮らし楽にならざりじっと手を見る」と歌った。貧乏暇無しといってもじっと手を見る暇ぐらいはあるのだ。
 アレクサンダー・フォン・シェーンブルクは「優雅な暮らしにお金はいらない」で、職人などの手を使ってお金を稼いでいる人程相手の職業を聞いてこないが自由業や弁護士、医師の場合は1〜2分、広告界やマスコミ界の人たちは30秒で相手の職業を聞いてくると書いている。
 ニートは職業を聞かれたくはない人々だからはっきり無職ですと言ったほうが良い場合が多いのも実際の姿だ。
 もっとニートの身の上を緩やかに考えてもいいのではないかとまおさんは思う。
 弱い人々が弱いまま生きられる社会の方がいいのではないだろうか?
 一生夢の中でもよろしいやないですか。

参考文献・引用
若者が社会的弱者に転落する 宮本みち子 2002年 洋泉社
ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る 門倉貴史 2006年 宝島社
優雅な暮らしにお金はいらない アレクサンダー・フォン・シェーンブルク 畔上司訳
      2006年 集英社インターナショナル
A THOUSAND WINDS 作詩者不詳
千の風になって 訳詞・作曲 新井満
紅の豚 二馬力 スタジオジブリ 宮崎駿
FORGET ME NOT 鶴田謙二 講談社














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