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第98話 ベネトナシュが勝負をしかけてきた

 闘技場の後もベネトナシュに色々と案内して貰っていた俺だが、現在少し後悔していた。

 やっぱり完全に任せっぱなしにするべきではなかったかもしれない。

 俺としてはこのまま緩い空気を作って戦いを回避出来ないかなと思っていたのだが、やはり現実は甘くないという事なのだろう。

 ベネトナシュに案内されたのは城の近くに建てられた大きな屋敷であり、しかし中には何もない。

 外観こそ立派な屋敷だが、中に入ればそこにあるのは頑丈そうな天井と壁と、そして床だけだ。

 最低限の家具すら用意されておらず、どう考えても生活する為のスペースではない。


「ここはいつか来るだろう日に備えて特別に造らせておいた屋敷だ。

ブルートガングから輸入したミザール鋼を使っているから、並大抵の事では罅一つ入らん。

それでも私と貴様にとっては脆いものだが、少なくとも他の場所よりは周囲を気にせず戦えるだろう」

「……どう考えても観光スポットではないようだが?」

「もう少し案内してやってもよかったのだがな……悪いな、あまり焦らされるのは慣れていないのだ。

人参が目の前にぶら下がっているのに、それを我慢する事は私には出来ん。

どうやら私は馬より堪え性がないようだ」


 そう言い、笑うベネトナシュだが表情とは裏腹に全身からは嫌でも分かる戦意が満ち溢れている。

 多分、レベルの低い奴がこの屋敷に入ったならば彼女から発せられる威圧感に呑まれて立っている事すら出来なくなるだろう。

 天翼族でもないくせにナチュラルに威圧使うとか、どうなってるんだこいつ。

 とはいえ、こうなっては戦闘は不可避と見るしかない。

 今までの敵とは明らかに格が違うだろうから、流石に今回ばかりは楽勝とはいかないだろう。

 俺も腹をくくるしかないって事か。


「待ち侘びたぞ、この時を……この時だけを、私はずっと待ち続けてきた」


 ベネトナシュの顔が好戦的に歪んだ。

 整った美しい顔を凶悪な形相へと変え、口角が吊り上がり牙を覗かせる。

 瞳が深紅に輝き、銀色の髪が波打っている。

 俺もそれに合わせて意識を研ぎ澄まし、それと同時に景色がスローに変わっていく。

 それでもベネトナシュの放つ気配はまるで変わらず、それは彼女の体感時間が俺に追いついている事を意味していた。 


「――さあ、闘争(はじ)めようか!」


 言うと同時にベネトナシュが飛び出した。

 踏み出しただけで彼女の立っていた床が爆ぜ、瓦礫が空中で静止する。

 別に本当に止まっているわけではない。第三者が見たならばベネトナシュが消えて、そして床が爆ぜたように見えるだろうし、一秒もしないうちに瓦礫は地面へ落ちるだろう。

 しかし俺にとっては別。爆ぜた瓦礫が地面に落ちずに停まって見えるほどに俺と現実の時間は隔絶し、体感時間を圧縮する事で限りなく世界の時間を置き去りにする。

 時間を停めたにも等しい体感時間の中。その中をベネトナシュだけが俊敏に駆け抜け、俺との距離を詰めた。

 魔神王もそうだったが、こうも平然とコンマの世界に突入してくるか。

 最強の七英雄の呼び名に偽りはないようだな。勿論、全然嬉しくない事だが。


「っ!」


 ベネトナシュの爪の一撃を、手首を掴む事で止めて足を蹴り払う。

 だが彼女は一瞬不安定な姿勢になったかと思った直後に蹴りを放ち、俺は咄嗟に手首を離して後ろへと跳んだ。

 俺とベネトナシュの間を大砲のような垂直蹴りが通過し、天井に大穴が開いた。

 並大抵の事では罅一つ入らないとは一体何だったのか……。

 そして至極どうでもいいが、俺の前で足を振り上げているせいで嫌でも見えてはいけないものが見えてしまう。

 ……白か。少し意外ではあるな。

 とりあえずスカート、もう少し長い方がいいんじゃないのか?

 そんな間抜けた事を考えているとベネトナシュの蹴りは垂直蹴りから踵落としへと移行する。

 距離的には当たるはずもないそれだが、まあただの空振りのはずもあるまい。

 俺はとりあえず半歩避け、やはりというか俺の立っていた場所を黒い斬撃が通過していった。

 魔法……! それも高威力を無詠唱で足から!

 しかし驚いている暇もなく、ベネトナシュはもう次の攻撃へと移っている。

 手の中に黒い輝きが凝縮され、闇の奔流とでも呼ぶべき破壊の具現が彼女の手から解き放たれた。

 極太レーザー? 破壊光線?

 表現する言葉に少し困るが、まあ漫画とかでよく見るぶっとい光線だな。

 それが一直線に進み、俺が避ける事で屋敷の壁を貫通してどこかへ飛んで行った。

 あ、駄目だ。この屋敷全然ベネトナシュの力に耐えられてない。

 とりあえず防戦一方はあれだ。今度はこちらから攻めてみようか。

 俺は床を蹴って距離を潰し、ベネトナシュへ手刀を放つ。

 それをベネトナシュが防ぎ、反撃の指突。咄嗟に半歩横に避けた俺の頬を掠めてベネトナシュの腕が通過し、反撃に反撃を合わせた膝蹴りを放つ。

 だがベネトナシュも同時に膝を合わせ、素早く繰り出された拳が俺の頬を打った。

 これをヘッドスリップしつつダメージを逃がし、身体ごと回転。

 遠心力を乗せて裏拳を放つもベネトナシュは身体を屈め、水面蹴りで俺の足を払った。

 倒れそうになりながらも俺は地面に手をつき、腕力だけで跳躍。上下逆さまに蹴りを放ちながら浮き上がり、ベネトナシュの顎を蹴り上げた。

 だが彼女は空中で回転するとすぐに俺へと迫り、俺もまたそれを迎え撃つ。

 互いの腕と足が高速で交差し、フェイントを織り交ぜながら幾度もぶつかって中央で拳が衝突する。

 その反動で離れながら、俺はすぐに次の手へと移った。


「サイコ・コンプレッション!」

 

 とりあえずデバフ、これ基本。

 ベネトナシュに念力をかけて動きを阻害し、一気に肉薄する。

 しかし俺が近付くよりも早くベネトナシュは念力の拘束を強引に引き千切り、反撃の爪を繰り出してきた。

 おま、全然拘束が続かないってどういう事だよ。

 しかしそれでも一瞬遅れたのは事実。彼女の爪撃は空振りし、またも壁と床を抉っただけだ。

 俺はというと、空中に跳躍して回避し、ベネトナシュの後ろへと着地している。

 咄嗟に彼女が振り向くが遅い。俺の回り蹴りがヒットし、彼女の華奢な身体を弾き飛ばした。

 七曜なら即死。十二星でも確実にダメージが入る威力だ。

 しかしベネトナシュは空中で急停止し、何もなかったかのように地面に着地した。

 そこから攻めてくる様子は……ない。

 とりあえず様子見といったところなのだろう。

 体感時間が元に戻り、最初にベネトナシュが蹴り上げた瓦礫が地面へと落下した。


「ふむ……まずは流石というべきか。

咄嗟にガードしたはずだが、腕が砕けている」


 変な方向へと曲がった腕を見ながら、しかしベネトナシュが嬉しそうに言う。

 拮抗した戦いにおいて片腕を潰されるというのは決して小さな出来事ではない。

 そのまま勝敗が決してしまうほどの大きなダメージだ。

 しかしベネトナシュは折れた腕を無理矢理元の位置に折って直し、何事もなかったかのように指を動かす。

 吸血鬼の再生力? いや、それにしても再生が速すぎる。

 こりゃ、装備にもHP回復の防具か何かを付けていると見てよさそうだ。

 しかしこの程度の攻撃で腕が折れるというのは朗報だ。

 いくら回復が速かろうと、耐久そのものは決して高くない。

 パワーと耐久力に関しては俺の方が上と見ていいだろう。


「しかし、貴様にしては随分と優しい攻撃だ。

加減されるのはあまり嬉しくはないぞ」


 ベネトナシュは少しばかり不満そうに言い、俺を睨む。

 加減か……。

 まあ今の攻撃はスキルも乗せていないし、天法によるバフもない。

 確かに全力の攻撃かどうかと問われれば、間違いなく全力ではないだろう。

 しかし本気の攻撃であった事は事実だ。

 バフもスキルも乗せていないが、それでも俺は確かに本気で蹴った。

 魔神王さんの時と同じだ。

 俺は本気で戦っているつもりなのに、相手からは加減していると思われる。

 それはつまり、俺が二百年前のルファスの強さに届いていない事を意味しているわけで……もしもベネトナシュが二百年前のルファスと互角だとすると、この戦いは相当にやばいかもしれない。

 ……あまり気を抜いている暇はない、か。

 俺はステータス上昇の天法を自身にかけ、それに呼応するようにベネトナシュもステータス上昇のスキルを発動する。


「次だ! いつまで余裕面でいられるか見てやろう!」

「別にそんなつもりはないのだがな」


 再びベネトナシュが、先ほどよりも更に速く飛び込んで来た。

 速い! 俺ですらその動きは一瞬のものにしか見えず、かろうじて来た事が分かるだけだ。

 咄嗟にガードをし、腕の上から重い衝撃が伝わる。

 反撃をしようとするも、既にベネトナシュは俺の視界内にはいない。

 銀の閃光が走ったと思えば、今度は背後から衝撃が走った。

 これも何とか翼でガードしたが……やばい、動きが見えない!?

 そこからはまさに防戦一方。

 銀の閃光が駆け巡り、四方八方から俺に襲い掛かるのを何とか防いでいるだけだ。

 反撃しようにも、視界内にいないのだからどうしようもない。

 かろうじて残像を捉えているから防御は間に合っているが、防御だけでは勝てないだろう。

 ならば、手は一つ。

 俺は次の攻撃を予測し、防御を捨てて相打ち上等の拳をベネトナシュの顔へと叩き込んだ。

 同時に彼女の攻撃も俺の頬へめり込むが、パワーと耐久はこちらが勝る。

 俺が多少のけぞったのに対し、ベネトナシュは軽々と吹き飛び、その美しい顔は鮮血に濡れた。

 しかしベネトナシュは壮絶に哂うと、顔の傷を再生しながら構わず飛び込んでくる。

 おい……普通、少しは躊躇うだろ。

 カウンターを取られたのに全く問題にせず、彼女は攻撃を続行してくる。

 俺はそんな彼女に押されながら、先ほど見た魔物の戦いを思い出していた。

 あのグズリに似た魔物……確かバファリンだったか。

 あいつも、ステータスで勝る大型の魔物に恐れず向かい、そして勝利していた。

 恐怖心がない奴は戦いにおいて何よりも怖い。躊躇わない奴ってのは保身を考えないから厄介だ。

 よく聞く言葉で、『怖がりほど長生きする』だとか、そんな感じのものがある。

 決してそれを否定するわけではないし、それは全くの事実なのだろう。

 勇猛果敢といえば聞こえはいいが、要は生物が当たり前に持っているはずの自己保身のリミッターが外れているだけであり、そんなのは到底長生きするわけがない。

 しかし一度の戦いに限って言えば恐怖心がないやつが一番怖い。

 そしてベネトナシュは恐らくその類だ。

 奴は間違いなく、この一度の戦いに全てを賭している。

 二百年間待ち続けたというのは誇張でも何でもない。あいつはここで死んでもいいと思っている。

 だから一生残る傷が残ろうが、自身が死のうが気にもしない。

 自分が死ぬか、俺を殺すかするまで戦いを続行する。そのつもりでここに立っている。

 ……こいつは、もしかしなくても今まで一番手強いかもな。


「錬成――『剣の冬』!」


 俺は剣を一本錬成し、地面へと突き刺す。

 それと同時に地面から無数の刀身が生え、逃げ場なしの全域攻撃となってベネトナシュを襲った。

 無論こんなものでベネトナシュを倒せるなどと思ってはいないが、奴の動きを先読みするのには役に立つ。

 剣の中を潜り抜けるならばどうしても速度は鈍り、へし折りながら進むならば折れた剣が奴の場所を俺に教えてくれる。

 だがそのどちらにも当てはまらず、剣山の中にベネトナシュの姿はない。

 ならば答えは一つ。俺は確認もせずに跳躍し、まさに上から強襲しようとしていたベネトナシュへと体当たりをかました。

 地面は剣の群れで俺に攻撃を行いにくい。

 ならば安全な上から飛び込むのが最も早い、というわけだ。


「はっ!」


 俺はベネトナシュの腕を掴むと、その柔な腹へ蹴りを叩き込む。

 それと同時に肘打ちを背中へと放ち、肘と膝とで挟み撃ちにした。

 ベネトナシュの口から血が零れ、多少の罪悪感を伴いながらも飛翔。

 天井を突き破って空へと上がり、ミョルニルの建造物が豆粒程度にしか見えなくなったところで急降下。

 落下速度を上乗せして彼女を思い切り王都から離れた地面へと投げつけ、更に追い打ちのスキルを発動した。


「錬成、『フルングニルの右腕』!」


 地面から砂や岩が巻き上げられ、雲の上へと昇っていく。

 そして俺が手を振り下ろすと、雲を割いて巨大な拳が降り注いだ。

 アルケミストのスキルによって生み出される重量数十トンもの巨人の拳だ。

 それが容赦なくベネトナシュに突き刺さり、轟音と共に地面を陥没させた。


「…………」


 攻撃を終え、俺は自分が出した巨人の拳を見守る。

 どうだ? 今の攻撃で終わったか、それともやりすぎたか。

 このままノックダウンしてくれていれば楽なのだが。

 しかしそんな俺の期待はあっさり砕かれ、巨人の腕に亀裂が走る。

 誰が砕いているか、などと問うまでもない。

 やがて完全に崩壊した腕の中から銀髪の吸血姫が飛翔し、俺の前で停止した。

 効いてはいるようだが……余裕の笑みはまるで崩れていない、か。


「やはりな。大した攻撃ではあるのだが、まだ貴様にしては優しいな。

私が相手ではまだ本気にはなれんか?

それとも……」


 ベネトナシュが瞳を怪しく輝かせ、牙を剥き出しにして笑う。

 やばい、何か嫌な予感がする。


「――私が先に本気を見せればやる気になってくれるか?」



 はい、きましたよ。まだ本気じゃなかった宣言。

 ぶっちゃけ、そんな気はしてたんだよ、畜生。 


ルファスVSベネト開幕

ちなみにベネトがダッシュしてから、「まずは流石というべきか」のシーンまで実際には一秒もかかっていません。

勿論、この戦いを外から一般人が見ると二人が消えてドゴンドゴンとあちこちが壊れたり爆ぜたりしてるようにしか見えません。

石を持って地面に落とすまでの間に、蹴り→回避→踵落としからの魔法→回避→手刀→指突→膝蹴り→裏拳→水面蹴り→空破弾→数十手くらいの攻防→サイコ・コンプレッション→拘束解除→爪で反撃→跳躍して避けて後ろに着地→ハイキック→吹っ飛んだベネトが急停止、という攻防を繰り広げています。


Q、速すぎて時間停止に等しいというのがよくわかりません。

A、1秒間の間にラッシュパンチとヘッドショックを繰り返し、プレイヤー視点では数十分に渡り延々と敵を殴っているゼル・ディンさんを思い浮かべて下さい。

ルファスとベネトはあの体感時間の住民です。

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