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第97話 魔物の噛み付く攻撃

 吸血鬼の国、ミョルニル。

 その王都は常に夜である事を大前提として作られている。

 国土の上にはベネトナシュの魔法によって生み出された暗雲が常に立ち込め、日の光が入る事を許さない。

 だからこの国に朝や昼、夕暮れといった概念は存在しないらしい。

 この周囲一帯に限り、全時間帯制限なしで真夜中なのだ。

 そんな事情からか、王都の至る箇所に外灯が用意され、日の光とは異なる人工の明かりが街を淡く照らしている。

 他の人類にとっては薄暗いが、吸血鬼にとってはこのくらいが丁度いいのだろう。

 建造物の造りそのものは、まさに中世ヨーロッパそのままといった感じか。

 しかし、やはり普通の街並みかというとそれは違う。どの建物も城と見紛うような豪華な造りをしており、一軒としてみすぼらしい家がないのだ。

 吸血鬼とは即ち夜の貴族。この王都に暮らす住民は全員が貴族であり、裕福なのだとディーナが俺に教えてくれた。

 無論、労働をする者がいないわけではない。

 街の至る所で仕事をし、あるいは店を開いているのは吸血鬼ではなく屍食鬼と呼ばれるアンデッドの一種だ。

 何でも、死んだ人間がマナで変質して蘇生してしまった存在で子供を遺せない哀れな魔物らしい。

 つまり一世代限りの存在なのだが、死体とマナがある限りいくらでもこいつ等は生まれてしまう。

 だから繁栄はしないが、絶滅する事もない。

 ま、要はゾンビだわな。この王都にいるのは見た目が綺麗な奴だけなので、そこまで生理的嫌悪が涌かないのが不幸中の幸いだろうか。

 顔色が真っ青なのを除けば普通の人間と同じに見えるし、会話も通じる。

 行き場のない彼らは吸血鬼の国であるミョルニルで暮らす事を認められ、彼等の奴隷同然の生活をする事でかろうじて日々を過ごしているらしい。

 哀れだとは思うが、暮らせるだけマシなのだろう。

 他の国では到底受け入れられるわけもなく、この国に入る事を拒否すれば後は動く死体として討伐されるだけだ。

 見た目の損傷が激しい奴に至ってはこの国にすら入国拒否をされてしまうというのだから、世知辛いものである。

 何を言いたいかというとあれだ。マナの濃い場所に墓場は絶対に建てるなって事だな。

 だからこの世界の一般的な墓場は教会裏などに建てられ、アコライトによるマナ除けの結界が張られる。

 そうしないとゾンビが大量発生してしまうからだ。

 しかしそれでもゾンビは沸く。

 死ぬのが怖い奴なんかはわざとマナの濃度が高い場所まで赴いて、ゾンビになっての蘇生を意図的に行おうとするのも一因だろう。

 気持ちは分からんでもないが……ゾンビになってまで生き延びたいもんかね。


「クラティーテ一つ」

「はいよ!」


 しかしゾンビといってもそう怖がるようなものではない。

 人間にも善人と悪人がいるように、その性格は生前の人格がそのまま反映される。

 だからいい奴はゾンビになってもいい奴のままだし、悪党はゾンビになっても悪党のままだ。

 勿論前者はともかく後者はただの魔物なので遠慮なく灰に返してしまっていい。

 顔色が青いおっちゃんが引く屋台に適当に注文をすると、清潔な手袋に包まれた手でクレープに似た菓子を渡してくれる。

 金を払って菓子にかぶりつくと、苺に似た味のジャムが口内を満たした。

 ふむ、ゾンビだからって別に腐ったものを渡してくるわけじゃないようだ。

 とりあえず簡単に言うと、この王都では吸血鬼が富裕層、ゾンビが労働者として区別されている。

 後は……通路がやや特徴的だな。

 俺も飛んできたから分かったのだが、この王都は上から見るとちょっと面白い形をしている。

 王都全体の形は丁度真円になっており、周囲はグルリと壁で囲われている。

 そして王都の中はというと、大通りと呼ぶべき通路が七芒星(ヘプタグラム)を描くようになっているのだ。

 一度ゆっくりと観光して回りたい気持ちにもなるが、生憎今回ここを訪れた理由は観光ではない。

 俺がここにいる理由は、言うまでもなくベネトナシュからの招待状に応じる為だ。

 本当はレオンと亜人連合(ティルヴィング)を先にどうにかしてしまいたかったのだが、ここでベネトナシュを放置すると何をしでかすか分からない。

 最悪、レオンとベネトナシュに挟み撃ちにされてしまう恐れもある。

 だから俺はレオンの方をディーナと十二星に任せ、単独でここを訪れているのだ。

 よく考えれば、この世界に来てから完全に一人になったのは最初に召喚された時以来だな。


「ま、少しくらいならいいだろう。軽く一回りしてみようか」

「おい、こら」


 折角吸血鬼の国なんて場所に来たのだからもう少しだけ観光しよう。

 そう思っていた俺に、後ろから声がかかる。

 振り返ればそこにいたのは、不機嫌そうに腕を組んでこちらを睨むこの国のお姫様の姿。

 前も思ったが随分フットワーク軽いな、おい。

 仮にも七英雄の一人で吸血姫とまで呼ばれる奴がこんな町中に出てきていいのか。


「む……ベネトか」

「ベネトか、ではない。気配が王都に着いたと思えばいつまで待っても城に来ないから何をしているかと思えば貴様……私を置いて観光とはいい度胸だな」

「まあ、そう焦るな。後でちゃんと向かうつもりだったさ」


 どうでもいいが、俺がベネトナシュを呼ぼうとすると勝手に『ベネト』という愛称に変換されてしまう。

 これは恐らく、本来のルファスが彼女をそう呼んでいたからなのだろう。

 それに、不思議と彼女には何の緊張感も抱かない。

 危険な奴だって事は理解しているつもりなんだが、それ以上に何故か好感が抱けるのだ。

 無論それは恋愛感情とは別物なのだが……何と説明するべきかな。

 例えるならば対等の友人? そんな感じの相手と話しているような、親しみを感じてならない。

 案外、本来のルファスが一番認めていた相手こそがこのベネトナシュなのかもしれないな。


「ところで、この王都のお勧め観光スポットはあるか? 後、土産屋も探しているのだが見付からなくてな」

「……貴様、何か性格が軽くなったか?」

「よく言われる」


 折角こうして会えた最後の七英雄だ。

 言葉からして、こいつもまた俺の同郷ではないのだろうが、それは最初から予想していた事だ。

 しかし、だからといって再会してすぐに殺し合いというのは余りに味気ない。

 少しくらいは語り合い、こいつの人となりを知りたいと思うのはそんなにおかしな事ではないだろう。

 俺はクラティーテを余分に一つ購入すると、文句を言いかけていたベネトナシュの口に押し込んだ。


「ともかく、こんな所で油を……むぐっ!?」

「そう固い事を言うな。折角の再会なのにすぐに殺し合って終わりではつまらんだろう。

ほら、この王都の見所を余に教えてくれ」


 性格は他の七英雄の方が人格者だった。それは間違いない。

 だが不思議と、こいつが一番親しみやすい気がする。

 何せこいつは俺に対する気負いがない。

 十二星のように過剰に崇拝されるわけでもなく、七英雄のように罪悪感で心を満たしているわけでもない。

 俺の事を恐れてもいないし、ディーナのように何を考えているか分からないわけでもない。

 何というか自然体なのだ。俺と同じ位置に立ってくれている。

 それが今の俺には、妙に心地よく思えてしまうのだろう。

 まあ、殺気みたいなものをバリバリぶつけられてるのにそう思える俺も大概おかしくなってるんだろうがな。


*


 ベネトナシュに案内され、訪れたのは闘技場のような場所であった。

 彼女としては早々に戦いたいのだろうが、俺が「もう帰ろうかな」と言ったらあっさり観光案内を引き受けてくれたのだから、実にわかりやすい。

 出来ればこのままズルズルと引き延ばして緩んだ空気を作り、戦いそのものを避けたいところだ。

 話を聞いた限り、今ベネトナシュを倒してしまうのは人類にとってかなりやばい事態を引き起こすだろうからな。

 ベネトナシュがいるから魔神族はこれ以上の領地拡大が出来ない。

 逆を言えば彼女を倒してしまえば、それが可能になるという事だ。

 だから俺としては彼女との戦いは後に回したいのだ。


「ここは魔物の闘技場だ。捕らえた魔物同士を殺し合わせ、その勝敗を予想して賭けを行う。

この王都で最も人気のある娯楽だ」

「血生臭い娯楽もあったものだ」

「最近ではティルヴィングの魔物がよく攻め込んでくるから選手には不足せん。

捕らえた魔物の処刑も兼ねている」


 サラッとドン引きしたくなる事を言うが、実の所この世界の文明レベルを考えればそんなにおかしな事でもない。

 地球でも中世における死刑は市民の娯楽であった。

 フランスやイギリスなんて、公開処刑を見る為に大勢が押し寄せたという記録もあるしな。

 ましてやここは好戦的で知られる吸血鬼の国。そして処刑されているのは敵対国の魔物だ。

 そりゃあ可哀想なんて道徳が働くわけがない。

 ここで『何て可哀想な事をするんだ!』なんて言えるのは道徳を学ぶ余裕がある平和な国の人間くらいだ。

 問題なのは……その道徳を学ぶ余裕がある平和ボケした日本人であるはずの俺が、そこまで拒否感を持たない事だろう。

 カワイソーだと思わないわけではない。

 ああ、酷い事をするなとも思っている。

 だがそれ以上に、『まあ、こういう国なんだろう』という納得が勝ってしまっている。

 俺も結構やばい所まで来てるのかもしれないな。


「折角だ。賭けていくか?」

「ふむ」


 ベネトナシュに言われ、闘技場を見る。

 闘技場とは言うが、周囲を壁に囲われて絶対に脱出出来ないようになっているのでどちらかといえば牢獄だな。

 そしてそれを吸血鬼達が安全な高みから見下ろし、口々に勝手な事を言いながらはやし立てている。

 そして中にいるのは見るからに強そうな巨体のカバと小柄な体躯のイタチのような生き物だ。

 サイズはカバが5m以上に対し、イタチは精々1m。正直勝負そのものが成立する気がしない。

 オッズは当然ながらカバが優勢で、実際にステータスを見てもカバがほとんど勝っている。

 これもう、ただの虐めだろ。


「ではカバの方に50エル賭けよう」

「セコイ賭け方だな」


 流石は一国の王だ。金銭感覚が違う。

 50エルは日本円にして一万円相当なので、結構賭けてる方なんだぞ。

 しかし彼女にしてみれば端金なのだろう。

 呆れたような顔で俺を見ていた。

 そして始まった戦いは、当然ながら誰もが予想した通りカバの圧倒的優勢であった。

 そりゃそうだ。何せ体格が違う。

 ボクシングだってほんの数キロの差で階級が細かく分けられている事から分かるように、重さっていうのはイコールで強さであり固さでもある。

 この世界だと結構ステータスでその辺を無視されてしまうが、そのステータスすらカバが勝るのだ。

 ならばもう、勝敗など決まったようなものだ。

 カバはイタチに強烈な体当たりをかまし、イタチの小さな身体が宙を舞う。

 腕や足も変な方向へと折れ曲がり、一撃で瀕死に追い込まれているのは明らかだ。

 しかしイタチは落下しながらも体勢を直し、カバの首元へと食らいついた。

 イタチの最後っ屁ってやつだろうか。屁はしていないけど。

 などと思っていたのだがどうも様子がおかしい。イタチの牙はいつまで経ってもカバから離れず、カバが苦しそうに叫んでいる。

 やがてカバは痛みに耐えかねて失神してしまい、その身体を容赦なくイタチが貪り始めた。

 ……小さい方が勝っちゃったよ、おい。


「ふふ、読み違えたな。ハヴァリンは小柄ではあるが恐怖という感情が欠落し、獲物に死ぬまで食らいつく危険な魔物だ。この闘技場においてはジャイアントキリングの常習でもある」

「ハヴァリン?」

「貴様が封印された後に発生した新種の魔物さ。元々は小さなグズリだったものが変異して魔物化したのがあれだ」


 周囲を見れば賭けていた吸血鬼達も「またあいつにやられた!」などと憤ってるのが見える。

 なるほど、彼らも俺と同じく読みを間違えてしまったわけか。

 これはやられたな、と思い仕方なく50エルを支払う。

 賭けですったなどと言ったら後でリーブラに叱られそうだ。


もの凄くどうでもいい事ですが、この話を書いている間、悪魔城ドラキュラの血涙を作業用BGMとして流していた為、危うくルファスにドゥエをやらせそうになりました。

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