第95話 あ! ベネトナシュがとびだしてきた!
勇者一行と別れた俺達はドラウプニルを発ち、次なる目的地へと田中を走らせた。
次に向かうべきは人類の生存権の中でも最北に位置する、最も危険と言われる領域だ。
危険と呼ばれる理由は三つ。まず一つはその地理が挙げられる。
何の事はない、単純に位置が悪いのだ。
人類は大地のほとんどを魔神族に奪われ、ほんの僅かな陸地の上で生活をしている。
そして最北は最も魔神族の生存圏に近いのだ。
しかしそれでも魔神族はそれ以上に侵攻をしていない。否、出来ない。
それこそが二つ目の理由。最北には最も魔に近く、七人類最強と呼ばれる種族、吸血鬼がひしめく王国――そう、吸血姫ベネトナシュが率いる『ミョルニル』が存在しているからだ。
いかに魔神族でもベネトナシュだけは警戒せざるを得ない。
素通りする分には彼女も放置してしまうらしいのだが、下手にミョルニルに侵攻しようとしたが最後、己の軍勢を率いて徹底的に敵の軍勢を蹂躙する。
つまり人類が未だ魔神族に生存権を全て奪われていないのは、一番面倒な位置に一番面倒な奴が陣取っているからである。
『ベネトナシュがそこにいる』。それだけの事実が二百年間もの間、魔神族の足を止め続けていたのだ。
と、いうのがディーナから教えられた情報である。
「ほう、あやつも何だかんだで人類に貢献しているのだな」
「本人にそんなつもりはないのでしょうけどね。実際の所、彼女にしてみれば自分は一歩も動いていないのに周囲が勝手に自分を挟んで戦争しているくらいにしか考えていないでしょう」
俺が素直にベネトナシュの活躍を褒めると、ディーナが苦笑しながら補足を入れた。
ベネトナシュ自身は人類の為などと考えてはいない。
たまたまいい位置にいたから、他の人類が勝手に彼女を盾にして、魔神族が勝手に彼女に怯えて足を止めただけだ。
しかしそれでも居るだけで抑止力になっているのだから大したものだろう。
「一度、魔神族も領土拡大を狙って攻め込んだ事はあるんですけどね。
結果は散々なものでした」
「ほう、聞きたいな」
「当時最強格であった先代の七曜とでも呼ぶべきレベル600の魔神族が七人。レベル500の猛者が三十六人。七曜と同格のレベル300の魔神族が二百人。以下、雑魚同然の魔神族が千人。
これが『ベネトナシュ一人』によって僅か一夜のうちに魔神族が被った損害です。
彼女の配下である吸血鬼達の健闘も計算に入れれば実際の被害は倍以上でしょうね」
……ベネトナシュ、パネェ!?
俺は思わずそう叫びそうになったが、かろうじて口からは出なかった。
こういう突発的な声が出てこないのはルファスの身体のいいところだろうか。
口調固定は相変わらずだが、こういう変な発言を抑制してくれるのだけは有り難い。
「なるほど。それは確かに抑止力になるな。
だが魔神王は何もしなかったのか?」
「少しだけ小競り合いをしたらしいのですが、何故か両者共に全力を出さずに退いてしまっています。
恐らく互いに興味がなかったのでしょう」
ディーナの言葉を聞きながら俺は改めてベネトナシュの厄介さに頭を抱えたくなった。
二人が退いた理由は何となく分かる。多分全力を出せば自分も相手も無事では済まないと悟ったからだ。
そして二人の目的は互いの打破ではない。死ぬかもしれない戦いに身を投じるメリットがどちらにもないのだ。
魔神王からすればベネトナシュは確かに厄介だが、彼女の基本スタンスは無関心。
つまりベネトナシュとミョルニルは無視してしまえば殆ど無害でありわざわざ戦うべき相手ではない。
ベネトナシュにしても魔神王は目障りではあるだろうが、それだけだ。
向かってくるなら叩き潰すが、そうでないならどうでもいい。
自分達を素通りして人類と雑魚同士勝手に潰し合うならどうぞお好きに、という感じだろう。
結果として二人はそこを己の戦場ではないと判断してしまい、ちょっと小突き合っただけで撤退してしまった。
予想するにそんな所か。
そして一番困ったことは、こいつは恐らく俺相手だと撤退なんかしないって事だ。
多分一度俺をロックオンしたが最後、どちらかが死ぬまで向かってくる気がする。
味方だったらこの上なく頼もしいんだろうが、敵だと怖いだけだ。
「そして三つ目の理由が」
「はい、魔物……というよりは亜人達の連合である『ティルヴィング』の存在です。
覇道十二星最強であるレオン様を首領とし、主にケンタウロス、人魚、蟲人、植物人、蛇人、そして巨人を中心として構成されており、数だけならばミョルニルを凌駕しています」
「人類として認められなかった者達、か……」
俺は正直な話、彼等を討つのはあまり気乗りしていない。
何故なら彼等は被害者だ。
ただ少し身体の形が人類の定義から外れていたが為に。あるいは少し大きすぎた為に。
それだけの理由で魔物と同列に数えられ、そして時には討伐されてしまう。
勿論人類の定義を決めた奴等が一概に悪いとは言い切れない。
彼等だって彼等なりに考えて決めたのだろうし、あるいは共存したらどうなるかの被害なども計算に入れて仕方なく切り捨てたのかもしれない。
しかしそれで魔物扱いされてしまった奴等が納得するかは別問題で、納得しなかったから今こうなっている。
後、どうでもいいがここでもオークはハブられてるのな。
完全に自業自得だが、少しだけ哀れだ。
「さて、此度の我等の目的はレオンと魔物――いや、亜人と呼ぼう。
彼等を止める事だが、ここで厄介なのがすぐ近くにミョルニルがある事だ。
ベネトが余に気付かねば問題は何もないのだが……」
「気付くでしょうな、間違いなく。吸血鬼は我等悪魔に最も近い。
ルファス様の発する魔の気配に奴が気付かぬ筈がありません」
ベネトナシュが俺に気付かなければ問題はない。
しかしその淡い期待をあっさりと壊したのはアイゴケロスだ。
どうも俺は彼等のような存在にしか分からない魔の気配というのを出しているらしい。
俺、一応天翼族なんですけどねえ……。
魔から最も遠い一族のはずが、どうしてそうなった。
そのような事を考えていると、天井の方から何かがぶつかったような音が響いた。
それと同時にリーブラが反応し、窓を開けて外へ出て屋根へと登る。
これは何かあったか?
俺はそう判断し、すぐに田中を停車させると自身も外へと出た。
かくしてそこで見たのは――。
田中の屋根の上に座る、銀髪の美しい少女の姿だった。
「っ、ベネトナシュ!」
アリエスが手に炎を纏って叫び、屋根の上に座る少女を睨む。
それに合わせて他の十二星も一斉に戦闘態勢へと入るが少女の側に動きはない。
余裕の笑みすら浮かばせ、その視線は一直線に俺だけを射抜いている。
なるほど……こいつがベネトナシュか。
俺は彼女の顔に見覚えがない。だが確かに、余は彼女の姿に見覚えがある。
二百年前から何も変わっていない。
雪のように白い肌。血のような深紅の瞳。
流れる銀髪は月光を反射して輝き、その顔立ちは出来すぎなくらいに整っている。
外見年齢は十四歳かそこらといったところだろう。予想以上に幼い容姿だ。
服装は白のカッターシャツを思わせる服と、黒のスカート。
上からは黒い外套を袖を通さずに羽織っている。
見た目は愛らしい少女だ。しかし理解る。
こいつこそが、吸血姫。彼女こそがベネトナシュなのだと。
「久しいな、ルファス・マファール。二百年と四か月ぶりか。
貴様の健在は既に知っていたが、こうして顔を見ると安堵も違う。
生きていてくれて嬉しいぞ」
「……其方も変わらぬようだな。記憶にある姿とまるで違いがない」
「変わらぬさ。あの時から私の時間は止まったままだ。
変わろうにも変われんのだ」
久しぶりの再会を喜ぶようにベネトナシュが穏やかに笑った。
多分、これは本心なのだろう。
彼女は心から俺との再会を喜んでくれている。
だが、それに反してその目だけが笑っていない。
僅かの揺らぎもなく、獲物を狙う猛獣のように俺を見据えている。
そこに、隙有りと判断したらしいリーブラが手刀を繰り出す。
だがベネトナシュは振り返る事すらせずに彼女の腕を掴むと、見た目からは想像出来ぬ怪力で握りしめた。
「――!」
「止めておけ、人形。今の私は珍しく上機嫌だ。
何もしなければ見逃してやるが……私とマファールの再会を邪魔するならば無事は保証出来んぞ」
それだけ言うとベネトナシュは腕の力だけでリーブラをこちらへと投げ飛ばした。
リーブラも軽やかに着地するが、決してダメージがないわけではない。
よく見れば手首に罅が入っており、どれだけ吸血姫の力が異常かを嫌でも教えてくれる。
「貴様等もだ、十二星。
多少腕が立つのは認めてやるが、所詮はマファールの愛玩動物。私の敵には成らん。
死にたくなければ隅で震えていろ」
「へえ……! 言ってくれるじゃなあい、おチビちゃん!」
ベネトナシュの嘲るような言葉にスコルピウスが飛び出した。
反対側にはアイゴケロスが回り込み、両者が同時に加減なしの一撃を放つ。
だがベネトナシュの姿が消えたと思うや、襲い掛かったはずの二人の方が弾き飛ばされていた。
魔法? いや、違う。
単純に速いだけだ。想像を絶する速度で二人の攻撃を避け、そして返り討ちにした。
言葉にすればそれだけの単純な答えでしかないが……不味いな、これは。あいつ、マジで洒落にならんスピードだ。
…………この身体になってから、誰かの動きを『見失った』のは初めてだ。
傍から見ていた俺ですらかろうじて反撃された、という事が分かっただけなのだ。
当事者である二人にすれば何が起こったかすら理解出来ないだろう。
「……っ! ルファス様の前で醜態を……!
許せない……殺してやるわあ……!」
「――生きて帰れると思うな」
スコルピウスとアイゴケロスが逆上し、本性を発揮しようとする。
だが二人が変身する前に、俺がその動きを手で制した。
まだ二人が負けると決まったわけではない。だがベネトナシュとやりあえば無事では済まないだろう。
勝てるにしても、恐らくどちらかが……最悪両方死ぬ。
だから、これ以上はやらせない。
「下がれ二人共。挑発に乗るな」
スコルピウスとアイゴケロスを黙らせて、再びベネトナシュと向き合う。
その間もずっとあいつの視線は俺に固定されたままだ。
スコルピウスやアイゴケロスの事など視界に入れてすらいない。
文字通りの眼中にない、というやつだ。
「英断だな。そのまま戦わせても可愛いペットが死ぬだけだ。
私と戦えるのは貴様しかおらんよ」
「言うではないか。レオンは其方の敵ではなかったと?」
「ああアレか。そうだな、手強い事は認めるよ。確かに倒すのは困難だ。
だが勝敗が最初から決まっているものは戦いと呼ばん。
困難ではあるが、それ以上ではない。アレでは私には勝てんよ」
ベネトナシュは虚勢でもハッタリでもなく、さもそれが当然の事であるかのように語る。
手こずりはする。苦戦もする。
だが己が負けるなどとは微塵も考えていない。
その口調や表情には己が絶対に勝つという自負だけが感じられた。
これは慢心なのか、それとも実力に裏打ちされた確固たる自信なのか……。
「これはあくまで私の考えだがね。戦いとは勝敗が見えぬからこそ戦いだと考えている。
敗色の濃い難敵に挑む事こそが私にとっての戦いであり……それが出来るのは貴様を置いて他にない。
誇っていいぞマファール。私が『挑む』相手など貴様しか居ないのだ」
ベネトナシュはそう言い、俺に一枚の紙を投げ渡した。
受け止めたそれは……招待状?
ご丁寧に場所まで記されたそれにはベネトナシュのサインらしきものもあり、裏面にはこの招待状を持つ者を無条件に城に通す旨が記されている。
「これは?」
「見ての通りだ。貴様を私の城へ招待したい。
ああ、安心しろ。罠も側近も用意しない。そもそも貴様相手にそんな小細工など意味を為さん。
私の望みはただ一つ……今度こそ、誰の邪魔も入らぬ所で貴様と一対一で完全な決着を付けたい」
望みは俺とのタイマン、か。
つまり今回はただ、それを伝えるためだけに来たと。
意外と律儀というか、変なところで丁寧な奴だな。
「逃げてくれるなよ、マファール。私は貴様との決着だけを求め、二百年も待ち続けてきたのだ。
これで無碍にされてしまっては、拗ねて癇癪を起してしまうやもしれん」
「ああ、案ずるな。そんな脅しをかけずとも折角の旧友の誘いだ。
有り難く受け取らせてもらうよ」
「ならば、よい」
ベネトナシュは見惚れそうになる微笑みを浮かべ、そして甘く囁く。
「貴様を殺していいのは私だけだし、私を殺していいのも貴様だけだ。
――妥協はない。今度こそ、どちらかが死ぬまでやろう」
それは本当に、待ち侘びたデートを前にした年頃の少女のような笑顔で。
だが口から放たれるのは紛れもない殺し合いへの誘いであり、発する空気は殺意に満ちている。
そんなアンバランスな雰囲気を持つ銀色の少女は最後に俺へ流し目を送ると、月光の中へと飛び去って行った。
…………。
やばい、どうしよう。あの子めっちゃ重い。
ベネト「いつまで待っても来てくれないから自分で来たぞ!」
というわけでレオンとベネトですが、先にベネトが突撃してきました。
スペック的には玉座でふんぞり返っていれば大ボスにもなれたのですが、先に出てきてしまったので中ボス化確定です。
堪え性がなさすぎる……。
尚、とっくにバレバレでしょうが実はベネトは別にルファスの事が嫌いではありません。
むしろ大好きです。
というか嫌ってたらパーティー組みません。
どのくらい好きかというと、ルファスに並びたい一心で黄金の林檎無しで自力でレベル1000に到達するくらい好きです。
ただ好意の裏返しで攻撃してしまうだけなのです。
つまりあれです、一昔前に流行った暴力系ツンデレヒロインなだけです。
照れ隠しで死んでもおかしくない暴力を振るい、別に付き合っているわけでもない主人公が他の女に目移りするとまた即死しても不思議ではないヤキモチ暴力を行使する。
うむ、まさに王道ツンデレ。
尚、ギャグ補正を突破してカンストダメージを叩き出すので、主人公が瀬衣君とかだとギャグシーンのヤキモチでガチで死にます。
ベネト「べ、別に貴様の事など好きじゃないんだからな!」バキィ!
グチャッ
主人公だったもの「」
普通の主人公でベネトに好意を持たれるとこうなります。