第94話 ウィルゴとカストールをあずけた
次の目的地は決まり、もうこの国に残る理由はない。
ならば後は出発してしまうだけなのだが、俺達はまだドラウプニルにいた。
それというのもウィルゴが勇者から伝言を預かっており、何でも勇者が俺との話し合いを望んでいるらしいからだ。
だから出発は少しだけ待ってくれ、というものだった。
仕方ないので俺は田中の中に設置しているソファに背を預けて勇者達が来るのをこうして待っている。
アイゴケロスは『主を待たせるなどと……』とご立腹の様子だったが、まあ亜人襲撃の事などを皇帝に説明するのなどで色々時間がかかっているのだろう。
ま、気楽に待つさ。俺は窓の外から見える月光を眺めながらリーブラが淹れてくれた紅茶を口にした。
どうでもいいが、これからの旅を見据えて茶葉はドラウプニルで結構買い込んだらしい。
「ところでディーナ。『天へ至る鍵』というのが何だか分かるか?」
俺は隣に座るディーナへと小声で問いかける。
どうもカストールの話では俺はそれを知っていなければおかしいはずなのだが、いくら記憶を掘り返してもさっぱり全く出てこない。
『ルファス』の記憶の方にならばあるのだろうという確信はあるのだが、引っかかったように取り出す事が出来ない。
どうもこれに関しての記憶はかなり深い所にまで追いやられているらしい。
「いえ、私も詳しくは。ただ、手にした者は世界の摂理すらも変え得る力を手にするとか……」
「世界の摂理、か」
世界の摂理、つまりはルールを捻じ曲げる力か。
そりゃ、まるで運営だなというのが俺の正直な感想であった。
あるいは運営から権限を与えられたGMか。
どちらにせよ現状では「何かやばい鍵」くらいの事しか分からんな。
そんな物を使って何をする気だったのやら、二百年前のルファスは。
いや、というか……何故七英雄との戦いで使わなかった?
使うのに条件があって使用そのものが出来なかったのか、それとも使えたのに使わなかったのか。
前者ならばいい。辻褄は合う。
問題は後者だった場合であり、もし使用可能だったのならばそれを二百年前に使わなかったルファスの意図が全く分からなくなってしまう。
何故ならそれは勝てたはずの勝負を自ら捨てた事と同異議だ。ルールを捻じ曲げるっていうのがどれだけの事を可能とするかは分からないが、それでも使えば有利にはなるだろう。
なのに使わなかった。使わずにカストールへと預け、そして負けた。
……意味が分からない。これでは二百年前のルファスがわざと負けたとしか考えられないぞ。
ダメだな、これ以上は情報不足で推察の域を出ない。もう少し推測材料が必要だ。
「あ、ルファス様。セイ君達が来ましたよ」
「む」
ウィルゴの声に俺は思考を中断し、ソファから立ち上がる。
そしてドアを開けると、呆けたような顔をした勇者一行と鉢合わせた。
特に瀬衣少年などは「ファンタジーなのにキャンピングカー……」と遠い目をしている。
ああ、うん。そういや他はともかく彼だけは反応するか。
確かにこれ、現代を知っていないと出来ないデザインだからな。
というか客観的に見ると、キャンピングカーで移動する覇王とかちょっとシュールな気もする。
どこぞの世紀末覇者だって巨大な馬で移動してるから恰好いいのであって、車に乗って移動してたら何か恰好悪いしシュールな光景になってしまう。
で、実際にそれをやっちゃってるのが俺なわけだ。
威厳が崩壊しそうな気もするが、周囲に怖がられるだけの威厳とか要らないのでむしろ崩壊してしまえ。
「よく来たな、勇者よ。待っていたぞ」
俺はまずは友好的に勇者達を出迎える事にした。
向こうがせっかく歩み寄ってくれているのだから、俺としても無碍に扱う趣味はない。
見た所、瀬衣少年は緊張が三割、恐怖が三割、そして覚悟が四割といったところか。なかなかいい顔をしている。
ガンツは俺の事を既に知っているのでそこまで恐怖や緊張は感じられない。
ジャンも同じで、全然緊張や恐怖というものが感じられなかった。相変わらずのようで少し安心だ。
一方エルフの兄さんは俺を見てひたすらに恐怖していた。
こいつも相変わらずというか……確かこの兄さん、最初に俺を召喚した時もこうだったな。
あの時もひたすら俺に怯えていたが、もしかすると上がり症なのかもしれない。
その後ろにいるのは虎の獣人と猫の獣人のモフモフコンビに、ゴリラの獣人だ。
勇者に冒険者に傭兵にエルフ。そんで後は獣人が三人か。
ちょっと前衛寄りすぎやしないか、このパーティー。
「あれ? ニックさん達はどうしたんですか?」
俺が何かを言う前にウィルゴが不思議そうに声を発する。
ニック……ああ、確かジャンの仲間の脳筋冒険者達か。
言われてみれば確かに姿が見えない。
「ああ、あいつらはちょっと傷が深いんでしばらくドラウプニルで養生する事になった」
「左様。代わりに我輩が勇者殿達の仲間に加わり、彼等の抜けた穴を埋めるつもりだ」
俺は場に居合わせなかったので詳しい事は分からないが、冒険者三人がリタイアして代わりに猫が加入したらしい。
いや、それ大丈夫なのか? 言っちゃ悪いがあの猫人、滅茶苦茶弱そうだぞ。
見た目も二足歩行するベンガルって感じで微笑ましさはあるが、どう見ても強そうには見えない。
相手が猫好きの日本人なら居るだけで相手が勝手にKOされてくれる最終兵器になるだろうが、ガチバトルで活躍出来る姿が想像出来ない。
猫は愛でるものだ。戦わせるものではない。
「それでだ。話を聞こうか」
「はい。実は――」
瀬衣少年の話は単純なものであった。
要するに俺が本当に敵なのかどうか疑問を持って、それを確認する為に俺と話に来たらしい。
それはまた、随分と勇敢な事だ。
俺は自分で言うのもあれだが、この世界では結構怖い相手と思われている。
更に前回は十二星がノリで巨大化してしまったりと、正直俺が彼の立場なら俺にいいイメージは抱かないだろう。
メグレズの保証があるとはいえ、そのメグレズは俺と二百年前に敵対しているのだ。
ならばもしかしたら殺されるかもしれない、くらいの考えは彼にもあっただろう。
だがそれでも彼は『先入観のない存在』という自分の立場を自覚し、俺に歩み寄るという選択を取った。
これ……なかなか出来る事じゃないんじゃないか?
「ふむ。確かに今の余は積極的に其方等と敵対するつもりはない。
そもそも、最初に喚ばれた時にそう言ったはずなのだがな」
俺が咎めるようにエルフの兄さんを見ると、彼は小さく悲鳴をあげた。
この人、ちょっと俺の事恐れすぎなんじゃないかな。
別にそんな怖がらんでも取って食ったりしないっての。
「それはつまり、俺達と協力して魔神族と戦ってくれると考えても?」
「それも悪くはないが、まだ先だ。その前にやる事があるのでな」
勇者達と共闘するというのも悪くないだろう。
しかし次の俺の目的地はレオンとベネトナシュが戦争している地域だ。
他はともかく、ここだけはレベルが低いと本気で死にかねない。
少なくともレオンやベネトナシュと遭遇して生き延びるならば最低でも十二星クラスの力が必要だ。
そうでなければ逃げる事すら叶うまい。
つまりはあれだ。言い方は悪いが勇者一行は足手まといにしかならない。
「やる事?」
「うむ。レオンの奴が魔物を焚き付けて何やら破滅の道に巻き込もうとしているらしいのでな。
レオンは自業自得だが、付き合わされる魔物達が哀れだ。
部下の失態は主である余の失態でもある。故、ここらであの馬鹿を止めねばならん」
「なら俺達も無関係じゃねえ。魔物共が団結して戦争を仕掛けて来たら一大事だ。
そのレオンってのを止める為に協力するぜ、ルファスよ」
俺の説明にガンツが迷いなく共闘を持ち掛けてきた。
相変わらず気のいいおっさんだが、共闘か。
気持ちは嬉しいんだが……その、あれだ。正直彼等程度のレベルだと俺とレオンの戦いの余波だけで死にかねない。
しかもいつベネトナシュが動くか分からないのだ。
彼等を連れていくのは余りにリスキーすぎる。
しかしだからといって、『お前ら弱いから要らん』なんて言っては折角芽生えてきた和解フラグがポッキリと折れてしまうだろう。
ここはとりあえず、比較的安全な所をさも重要な場所であるかのように任せるのが妥当か。
「いや、レオンのいる所は激戦区になる。我等だけで向かいたい。
其方等は代わりに、ケンタウロスの里を探して調べては貰えんか?」
レオンとベネトナシュも気になるが、同じくらい気になるのがサジタリウスだ。
今回の件はレオンはともかくサジタリウスにしては有り得ない短慮さだとリーブラが言っていた。
つまり、それだけ短慮にならざるを得ない理由があるという事だ。
そして俺が思うに、それは彼がリーブラとの会話中に発した彼の『守るべき者』に繋がっているのではなかと思っている。
ならばそれをどうにかすれば、あるいはサジタリウスとの戦いは避ける事が出来るかもしれない。
とはいえ、ケンタウロスは結構強力な魔物だ。勇者一行だけを向かわせるのは少し危ない。
そこで俺は、彼等に同行するメンバーを即決で選出する事にした。
「ウィルゴとカストールを其方等に付ける。
多少は見知った顔の方がやり易いだろう」
勇者一行に足りないのは魔法型だ。
だからといってディーナみたいな怪しいのや、アイゴケロスみたいなヤバイ奴を送るわけにはいかない。
というかアイゴケロスは勇者一行を背後から撃ち殺しかねないので絶対に一緒にしてはいけない。
となるとメンバーは限られており、俺達の中で最もまともであろうウィルゴと比較的まともそうなカストールに白羽の矢を立てる事とした。
というかウィルゴをこちらに付ける理由はむしろ危険から遠ざける為というのが本心だ。彼女をベネトナシュやレオンのいる所に連れていくのはリスキーすぎる。
代わりにアリエスは今回はこっちに入れる。彼の割合ダメージ攻撃はレオンとベネトナシュ、どちらと戦う事になっても有効だからだ。
特にボスキャラ時代にステータスが戻っているだろうレオンはHPが百万を上回るはずだ。
それはつまり、アリエスならば99999ダメージを軽々と叩き込める事を意味する。
アリエスは確かに十二星の戦闘要員の中では弱い部類だが、それでも彼より強い奴より役に立たないわけではない。
相手が強ければ強いほど猛威を振るうのが彼なのだ。
「後は、そうだな。サービスで移動手段も付けておこう」
ブルートガングで購入した有り合わせの材料で適当に二台目のキャンピングカー型ゴーレムを造る。
他はともかくウィルゴは女の子だ。身体も洗わずに野宿とか、そういう事はあんまりさせたくない。
だから最低限の設備をゴーレムに付け、寝室は男達と別個に個室も用意しておく。
限られたスペース内に個室、シャワールーム、トイレなどを付けてしまったせいで男達が寝る空間がやや狭くなってしまったが……野宿よりはマシだろう、うん。
贔屓しているというのは否定しない。
かくして完成したキャンピングカー型ゴーレム二号機だが、名前は考えるのが面倒なので鈴木と名付けた。
【鈴木】
レベル 350
種族:人造生命体
HP 20000
SP 0
STR(攻撃力) 620
DEX(器用度) 120
VIT(生命力) 700
INT(知力) 9
AGI(素早さ) 1650
MND(精神力) 75
LUK(幸運) 100
よし、微妙なステータスだが戦力にならん事もないだろう。
いざという時にはウィルゴ達を守るように指示も下し、後はカストールやウィルゴの命令通りに動くようにしておく。
一応勇者一行の言う事も聞くようには言っているが、もし鈴木を悪用しようとしたらそいつを放り出すようにも指示しておくか。
後、万一ではあるがウィルゴに手を出そうとする奴がいたら死なない程度に体当たりしろとも命令した。
ま、あくまで保険だがね。
「あの……ルファスさん、何でキャンピングカーを?」
「旅に向いていると思ってな。トラックの方がよかったか?」
「いや、そうじゃなくてですね」
「分かっている。まあ詳しくは言えんが、余も向こうの世界の事を少しは知っているという事だ」
瀬衣少年の問いをはぐらかし、俺はそこで会話を打ち切った。
中身は現代日本人です、なんて言っても信用されないだろうし俺が彼等の立場でも信じない。
だからこの情報を伝えるメリットはない。
瀬衣少年はしばらくこちらをいぶかしむように見ていたが、やがてこの場でいくら追及しても無駄だと悟ったのか何か言ってくる事はなかった。
∧べヘ
(・ω・´)≡ ルファスが来る予感!
ο ⊃ ≡
〝◎◎〃 ≡=3
↑ベネトナシュ 【吸血姫ダッシュ中……】