第92話 カストールのでんきショック!
森の中で4人の亜人と一人の美丈夫が対峙する。
数の上では四対一。加えて男は何故かは知らないが勝手に浅くないダメージを受けている。
そして亜人四人は先程の戦いでも見せたように人類最強とまで呼ばれる剣聖フリードリヒをも容易くあしらった猛者だ。
だが彼等は踏み込めずにいた。
たった一人の、激しく傷付いた得体の知れない男に完全に気圧されていた。
隙がまるで見当たらない。どこから攻撃しても返り討ちに遭う己の姿が想像出来てしまう。
なまじ半端に強いからこそ明確に分かってしまう格の違い。
しかし相手は手負い……決して勝てぬ相手ではあるまい。
そう判断した四人は散開してカストールへと飛びかかった。
「おおおっ!」
「ふん!」
まず最初に蜘蛛男と半魚人が突撃し、それぞれの武器でカストールへ攻撃を仕掛ける。
だが半魚人の銛は錨で防がれ、蜘蛛男の腕は指先で止められてしまった。
いくら二人が力んでもビクともせず、カストールはまず半魚人を蹴り飛ばして次に蜘蛛男へ裏拳を叩き込む。
咄嗟に避ける事で直撃は避けるも――重い!
恐らくはダメージで動きが鈍っているのだろうが、それでもこの威力はどういう事か。
直撃を受けてしまった半魚人は木に叩き付けられてのびてしまっており、蜘蛛男も腕がへし折れている。
「アクアブラスト!」
「エアスラッシャー!」
ラミアが水の弾丸を発射し、ドライアドが風の刃を放つ。
だがカストールはそれを羽虫か何かのように錨で叩き落し、素早く反撃へと移った。
「ターミガン!」
カストールの呪文名宣言と同時に彼を中心として翼の如く雷光が広がり四人を打ち貫いた。
黒煙をあげて倒れ込むが、まだ死んではいない。
しかしただ一度の攻撃で深手を負ってしまい、両者の間の実力差を明白としてしまった。
膝を付く四人へとカストールはあくまで余裕の表情のまま告げる。
「あえて命は奪わなかった。だがこれ以上続けるというならばその覚悟を抱く必要もあるだろう。
さあ、まだ続けるかな?」
「ぬう……」
恐らくは纏め役であろう蜘蛛男はくぐもった声を漏らし、そして手を上げて仲間達へ指示を下した。
「……退くぞ」
「ちょっと、本気!? こんな半死人、アタシ等でかかれば余裕っしょ?
次は油断しないわよ!」
「目的はもう果たした。これ以上留まる意味はない」
冷静に退却を指示した蜘蛛男にドライアドが噛み付くが、蜘蛛男の結論は変わらない。
実力差は明白。いかにダメージがあるとはいえこのまま戦えばこちらに死人が出てしまう。
それに本当の実力者というのは手負いで追い詰められた時こそが最も危険なのだ。
だからここは無理をせずに退く。それが最善であると考えたのだ。
「ま、待て! お前達は一体何なんだ!
どうしてこんな事を!」
退こうとする四人へ、瀬衣が咄嗟に声をかけた。
すると蜘蛛男は一度振り返り、そして静かな声で語る。
「我らは、世界の変革を望む者」
「世界の、変革?」
「そうそう。アンタら人類がでかい顔をしてられるのも後少しだけだからね。
レオン様が本気になればすぐにアンタ等も魔神族も蹴散らして、アタシ達の時代が来るんだから」
答えなくてもいい瀬衣の問いに律儀にも蜘蛛男が答え、ドライアドが追随する。
だがその二人の頭をラミアの拳骨が叩いた。
「ちょっと、余計な事話すんじゃないよ。さあ、早く帰るよ」
ラミアは気絶している半魚人を尻尾で掴んで引き寄せ、ドライアドが渋々といった様子で手を掲げた。
すると彼女を中心として突風が吹き、四人の身体を宙へと舞い上げる。
そして引き留める間もなく亜人達はその場から飛んで離脱し、やがて見えなくなった。
「何だったんだ、あいつ等は」
「どうも嫌な予感がしますね。言葉から推測するに何か非常にまずいことが起きようとしているのかもしれません」
ガンツが瀬衣とウィルゴを糸から解放しつつ言うと、クルスが汗を流しながら憶測を口にした。
世界の変革、人類と魔物、そしてレオン……どうにも嫌な予感しかしない。むしろプラスのイメージを抱けない。
ともかくそれを考えるのは後だ。今は守護竜や傷付いた仲間達をどうにかするのが先である。
クルスは仲間達へと駆け寄り、傷の具合を確かめる。
「くっ、これは酷い……」
「お、俺達はいい……それよりも守護竜様を」
クルスが見たリヒャルト、ニック、シュウの傷は凄惨なものであった。
いずれも骨まで届く深手であり、高位の治癒術でも完治にはしばらくの日数を要する。
これではこの先の旅に付いてくる事も出来ないだろう。
ようやく自由を取り戻したウィルゴは助けてくれたカストールに頭を下げ、すぐに守護竜の所へと駆け寄る。
本当はもっとゆっくりとお礼をしたかったのだが、まずは守護竜の様子を見なくてはならないのだ。
「ハイ・ヒーリング!」
守護竜へと手を翳して癒しの光を当てる。
ハイ・ヒーリング――治癒天法の基本であるヒーリングの上位に位置する術であり、その効果は使い手の技量にもよるがウィルゴならば一度の術の行使でHPにして3万程を回復させる事が出来る。
つまりは今の世界ならばほとんどの生物を全回復させる事が可能というわけだ。
しかし傷はまるで消えず、守護竜も目を開かない。
その姿を見て、ウィルゴは顔を青褪めさせた。
これは……もう手遅れだ。いかなる回復の術を以てしても助ける事など出来はしない。
何故ならもう――死んでいるのだから。
「ど、どうしたのだウィルゴ殿? 何故回復しない?」
「……ごめんなさい。私の技量じゃ、もう……」
カイネコがウィルゴの肩を掴んで震える声で言うが、ウィルゴは目を伏せて首を振った。
死者を蘇生させる術は確かに存在している。
死んでからほんの短時間の間しか効果を及ぼさない術ではあるのだが、死者蘇生の天法は確かにある。
だがそれは最上位に位置する術であり、ウィルゴもまだ身に着けてはいない。
ルファスならばあるいは使えたのかもしれないが、ウィルゴには無理だ。
「そ、そんなはずはない……セ、セイ殿から聞いたぞ。君はあのルファス・マファールの仲間なのだろう。だ、だったら不可能など……」
「……ごめんなさい。私は、皆の中じゃ一番レベルが低くて弱いから……」
「……ッ」
ウィルゴの返事を聞き、カイネコは沈痛な面持ちでウィルゴから手を放す。
その顔は歪み、嘆いているようにも憤っているようにも見える。
だがウィルゴへその怒りや嘆きをぶつける事など騎士として出来るはずもなく、ぶつける先のないその感情はやがて魔物へと向ける事でかろうじて精神の均衡を維持した。
「おのれ、おのれ魔物共ォォォ!」
全身の毛を逆立ててフギャー! と怒りを体現するカイネコを他所に今の発言に興味を惹かれたカストールがウィルゴの隣へと立った。
それから彼女の顔をまじまじと観察し、やがて視線に耐えられなくなったウィルゴが声をあげた。
「あ、あの?」
「ああ、すまない。女性の顔を眺めるなど不躾だった。許してくれ。
君はルファス様の知り合いなのか?」
「あ、はい」
ルファスの仲間か? と問われて素直に頷くのは相手によっては悪手もいいところだ。
そのまま捕縛されても決しておかしくはない。
しかし男はなるほど、と嬉しそうに頷くと懐に手を入れて一つの小瓶を取り出す。
そしてその液体を守護竜の口へと落とした。
「あの、それは……?」
「アムリタという。ウルズの泉の水を壺に入れ、エリクサーや竜王の血、不死鳥の血などの様々な素材と掛け合わせて創り出された錬金術の最高峰だ。その効果はエリクサーを上回り、死後短時間のうちに使わねば効果はないが、死者の蘇生すら可能とする。ルファス様をして少量しか生産出来なかった逸品だ」
彼の言葉は実のところウィルゴにはあまり理解出来なかったが、とりあえずとんでもなく貴重なものである事は何とか理解出来た。
それを証拠にクルスなど、白目を剥いている。
「竜王の血……不死鳥の血……ウルズの泉の水……あばばばばばば……」
「あ、あの。いいんですか? そんな貴重な品を」
「ああ、構わない。どうやら君は私の新たな同志のようだからな。これはささやかながら私からの祝いとでも思って欲しい」
「じゃあ、やっぱり貴方も」
「ああ、紹介が遅れてすまない。私は覇道十二星が一角、『双子』のカストールだ」
十二星。その名を聞いてガンツ達は咄嗟に警戒態勢を取ってしまった。
しかし瀬衣は不思議とそんな気にならず、ウィルゴとカストールの様子を見守っている。
何というか……違うのだ。
他の十二星にはない落ち着きのようなものがこの男からは感じられる。
少なくとも今すぐ身構える必要を感じない程度には彼は穏やかだし、何より自分達を救ってくれた存在だ。
ここで身構えるのはむしろ失礼な気がする。そういう思いが瀬衣に戦闘態勢を取らせなかった。
「ん? どうやら竜が息を吹き返したようだぞ。流石の生命力だな」
カストールの言葉に全員が反応し、守護竜を見た。
すると確かに、守護竜の身体の傷は完全に癒えて穏やかな寝息を立てている。
それを見てカストールは満足そうに笑い、そして近くの木の付近まで歩くと木に背を預けて座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。ここに来る前に少しヘマを踏んでしまって休養が必要なだけだ。
少し休めばまた歩けるようになる」
瀬衣の心配そうな声にカストールはあくまで落ち着いた様子で答える。
それから全員を見まわし、言葉を続けた。
「それよりいいのか? 事情はよく分からんが、随分複雑な事になっているのだろう。
私などに構っているより話し合った方が有意義だと思うが」
カストールの言葉に瀬衣達は顔を見合わせる。
確かに彼の言う通りだ。今はすぐに引き返し、今起こった事を報告しなければならない。
恐らく今回の件は単なる魔物の襲撃ではない。
もっと明確な、国……いや、人類全体に対する敵対の意思表明に思えてならないのだ。
「そうだな。それにニック達も本格的に手当てが必要だろうし、一度戻ろう」
「だがもしかしたら、あいつ等がまた来るかもしれねえ。守護竜を守る見張りが必要じゃねえか?」
瀬衣が戻る事を提案し、ガンツが守護竜の近くに誰かを残すべきだと提案する。
すると、それに立候補したのはウィルゴだ。
「なら私が残ります。カストールさんとも少し話がしたいですし」
「分かりました……しかし、何かされそうになったらすぐに逃げるんですよ。何せ相手は十二星、何をしてくるか分かりませんから」
「あ、はい」
残ると言ったウィルゴに、クルスが心配そうに言う。
だがウィルゴも十二星の一人なので、これはある意味本人に対して『お前何するかわからない』と言っているに等しい行為だ。
勿論クルスはウィルゴが十二星という事を知らないので、そんな他意など微塵もないのだが。
かくして瀬衣一行は森を離れ、後にはウィルゴとカストール、そして守護竜だけが残された。
一難去ってまた一難。カストールにヒールをかけながら、これからまた色々あるんだろうな、と思いウィルゴは溜息を吐いた。
カストールは十二星でも珍しい、というか恐らく初の常識と良識を兼ね備えたキャラです。
(ウィルゴはずっと森にいたため微妙に常識知らず)
容姿、性格ともに問題なし。唯一の問題点は……妹とのセット運用が前提の『双子』なのでアルゴナウタイ抜きの単体だとアリエスより弱い事です……。
Q、軍曹の外見が想像出来ません。
A、ロト紋のゴルゴナみたいのだと思って下さい。
Q、ただの化物じゃねえか。
A、見た目は怖いけど話の通じるいい人(?)なんやで……。